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2021年6月18日

「本当はテレビに出るのは怖い」 故郷のために声をあげるミャンマー人は、あなたの隣にいる

ミャンマーで軍によるクーデターが起きて4ヶ月が経ちました。欧米を中心とした経済制裁、様々なメディアによる報道にもかかわらず、状況は悪化の一途をたどっています。 私はここ数ヶ月、岡山で声を上げ続ける在日ミャンマー人の活動を取材してきました。その中で、この悲惨な状況を変えるために日本人ができることがあるのか、ずっと考え続けてきました。彼ら・彼女達が発した言葉の中に、その答えを探してみたいと思います。 
(岡山放送局ディレクター 吉田宗功)

「お兄ちゃんの分も、2倍がんばります」
岡山でクーデターへの抗議活動を続けている主要メンバーのひとり、ミン・ミン・ティンさんは、私に一枚の写真を見せてくれました。去年10月、東京のミャンマー大使館前で撮った写真です。 その日ミンさんは、ミャンマーで行われた総選挙に在外投票するため東京にかけつけ、アウンサンスーチー氏が率いる政党・NLDに一票を投じました。結果はNLDの圧勝。ところがその4か月後、軍はその選挙に不正があったとしてクーデターを起こしました。ミンさんには許しがたいことだったといいます。

ミンさん
ふるさとのため、若者のため、子ども達のために東京へ行って投票した。それが踏みにじられた。こんなことを起こすために投票したんじゃない。

そう、涙まじりに悔しさを語ったミンさん。そして、人前でマイクを持つ勇気、テレビ取材に答える決意について次のように話してくれました。

ミンさん
本当はテレビに出るのは怖い。大勢の前で話すのも苦手。でも、デモクラシーがほしいと思っていて部屋の中にいるだけだと、誰にも私の声が聞こえない。故郷の民主化という目標のためには、今、声を上げないといけない。


左:デモ活動でマイクを握るミンさん 右:去年10月投票のために東京へ


4月上旬、抗議活動の準備を取材するためミンさん宅を訪れた時のことです。ミンさんの友人が私に声をかけてきました。私が取材に入ると聞いて、急遽、仕事を休み高松から岡山までやって来たと言います。彼女は切実な事情を抱えていました。この取材の前日、故郷であるミャンマーの古都バゴーが治安部隊の襲撃を受け、現地で暮らす兄と連絡がとれなくなったというのです。兄の分も声を上げるという決意を語ってくれました。

高松から岡山での抗議活動にかけつけた女性
お兄ちゃんは、向こうで「あなたの分まで、デモクラシーが欲しいと叫ぶ」と言って、活動に参加していた。だから、明日のデモ活動は、お兄ちゃんの分まで2倍頑張ります。


 
連絡が取れなくなった兄との思い出と、自らの決意を語るミンさん

ミャンマー人は、あなたの“となり”にいる
今、日本にいるミャンマー人は3万3000人ほど。その半分以上が首都圏に住んでいます。

岡山県にはおよそ340人。主に福祉や製造業の現場で、私たちの生活を支えています。取材に協力してくれたミンさんは、市内の福祉施設で働いています。取材に行った日も、「そのマニキュア、かわいいですね」と、介助を受け持つ入所者のマニキュアの色を褒める声かけをするなど、一人一人に向き合って仕事をしている様子が印象に残っています。

そして、岡山に暮らすミャンマー人への取材を通して、彼らの多くが日本の文化に親しみを感じていて、岡山という地域やそこで暮らす人びとに溶け込もうとしていることを、私は知りました。

たとえば、部品加工場で品質管理の仕事をしているモーさんは、上司が開いてくれたたこ焼きパーティーや、浴衣を着て祭りに参加したことが大切な思い出だと語ってくれました。自動車整備の技術を学校で学んでいるタイさんは、日本の自動車に憧れを抱いて来日、岡山のJ2チーム・ファジアーノのユニフォームを着た写真を見せてくれました。

しかしデモで2人が見せていた表情は、それらの写真とは全く違う、悲しみや憤りに満ちたものでした。モーさんは友人5人が軍に拘束されていて、タイさんは弟が命を落としています。

左:抗議活動でのモーさん 右:浴衣のモーさん(左端)


左:抗議活動でのタイさん 右:J2チームのユニフォームを着たタイさん


こんなにも、日本・岡山に心を寄せてくれている彼らが、胸が張り裂けそうな思いをしていることに、私はいたたまれなくなりました。

「NUGを正統な政府として認めてほしい」
5月、軍の弾圧によってミャンマー国内でのデモ活動はさらに困難になってきていました。岡山のミャンマー人たちは、岡山県選出の衆議院議員、逢沢一郎氏と意見交換する機会を得ました。逢沢氏は「日本・ミャンマー友好議員連盟」の会長を務めています。

ミャンマー人たちが最も強く訴えたのが、「日本政府は国民統一政府(NUG)を正当な政府として認めてほしい」という思いです。

リーダーのひとりアウンさんは、「日本政府はミャンマー国民の味方ですか?それとも、軍の見方ですか?日本政府ははっきり決めて、私たちミャンマー人の力になるような言葉を言って下さい」と、訴えかけました。それに対し、逢沢議員は、解決には時間はかかるかもしれないとした上で、「正当性はNUG(国民統一政府)にあるという整理の中で、物事を動かしていきたい」と答えました。

逢沢議員に要望を伝えるアウンさん


国民統一政府(NUG)とは、アウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主同盟(NLD)の議員らを含む民主派が結成した独自政府で、民主化デモの主導者や少数民族も含まれています。日本政府には、NUGを正当な政府と認め、また軍に対し毅然とした態度をとってほしいというのが、アウンさんらの訴えです。

たとえば、アメリカやイギリス、カナダ、EUは、軍の幹部や軍が所有または管理する企業等に対し、制裁措置を講じています。これに対し日本政府は、ミャンマーへの新規のODAの供与を見送り、継続中のODAは軍の対応次第で、停止を検討する考えを示すにとどまっています。

外務省は、「ミャンマー側に具体的な行動を求めて行く上では、日本とミャンマーには独自のパイプをいかして、やはり国軍側と意思疎通せざるを得ない」としています。 また茂木敏充外相は4月の国会で日本の対応を問われ、「イソップ童話の北風がいいのか太陽がいいのか、様々な組合せがないと、なかなか、この厳しい状態というのは打開できないのではないか」と答弁しています。

私が会った多くのミャンマー人は、こうした日本政府の姿勢に不満を抱いていました。これだけの多くの人の命を奪ってきた軍は、もはや対話が通じる相手ではない、と彼らの目には映っているからです。

あるミャンマー人のことば
軍が交渉できる相手だということを、もはや、信じてはいけない。長年、私たちを裏切り、今回もこれだけ残虐な行為を行った軍とは、もはや共存できない。

  アウンさんたちが企画した、ミャンマーでの軍による暴力のようすを演劇で伝えるパフォーマンス。ミャンマーでは軍が市民・メディアに対する情報統制を強めており、弾圧の実態が海外に伝わりにくくなっている。在日ミャンマー人たちが自ら軍や市民に扮して演じた。(5月2日撮影)
弟が武器を持って戦う日
4月上旬、NUGは、軍に対抗するための人民防衛隊(People’s Defence Force)を組織すると発表しました。軍に気づかれない僻地で訓練を始めた様子や、手作りでライフルを作る様子が、ニュースやSNSでも流れ始めました。

話を聞かせてもらったミャンマー人の中には、弟が人民防衛隊に入ったという人がいました。ただし、どこにいるかまで聞くと、情報が漏れるかもしれないから、詳しくは聞かないようにしているとも。 そして、「本当は故郷に帰って自分も人民防衛隊に参加したい」という声も多く聞かれました。「自分の命が犠牲になることも、怖くないー」そんな切実な思いを口にする人さえいました。

弟が人民防衛隊の訓練に参加しているというミャンマー人はこう言います。

大学にも通えなくなり、普通に生活しているだけでも、いつ拘束されるかもしれない。そうであれば、もう軍に入って戦うしかない。母親も息子のことを心配している。でも、武器を持って戦った方が未来を変えられる、私はそう考えるようになっています

「何もできないと、思わないで下さい」
ミャンマーでの軍の支配と市民の抵抗がエスカレートしていく中で、日本の私たちに何ができるでしょうか。正直なところ、岡山でいくら抗議活動を行っても、ミャンマーの状況を今すぐ劇的に変えるのは難しかもしれません。また私自身、岡山でミャンマー人のみなさんを取材しローカル番組で放送しても、どのくらい状況を変えられるだろうかと無力感を抱くこともあります。

そんな時に思い出す言葉があります。最初に紹介したミンさんがデモ中に発した言葉です。

ミンさんのスピーチより
関係ないと思わないで下さい。何もできないと思わないで下さい。
関心を持ち続けて下さい。惨状をもっと知って下さい。
それが私たちの国の力になると思います


抗議活動でスピーチするミンさん


ミンさんは、日本で声をあげ続けることの意味を、こう話してくれました。故郷のミャンマー人に、「あなたたちのことを忘れていない。最後まで、私も一緒に戦う」というメッセージを送っているんだと。実際に、彼らは必ずデモ活動をライブ配信して母国に届くようにしています。そして、日本人がデモ活動に来たり、募金したり、情報をSNSで拡散してくれると、それは自分たちにとってとても力になる、とも話してくれました。

それを聞き、日本人が何らかの形で意思表示をすることは、回り回って、ミャンマーで平和のために戦っている人の力にもなるはずだ、と私は思いました。たとえ、ほんの、ごくわずかな力だとしても。

関わり方は あなた次第
最後に、抗議活動に参加した日本人の言葉を紹介したいと思います。

4月のデモに参加していたある親子は、以前ミャンマーに旅行に行ったことがあり、「また、ミャンマーが平和な国になって、旅行に行きたい」と、かけつけたそうです。

また6月のデモでは、イマドキなファッションに身を包んだ若者3人組が足を止め、「一日一善っすよ」「ニュースとかは見てないけど、困っている人を見たら、ほっとけないでしょ」と、1人1000円ずつ寄付していました。 「困っている人を見たらほうっておけない」。シンプルで、とても素敵な言葉だとわたしは思いました。

ミャンマーを旅行したことがある女の子
ミャンマーには1回旅行したことがあるけん、平和な国になってほしいとは思います

足を止めた3人組
「たまたまですよ。一日一善っていう気持ちで」
「誰か困っている人を見たら、ほっとけないでしょ」


ミャンマーに旅行したことがある親子

募金した男性


実は私は、これまでデモに対して“なんとなく近づきがたいもの”というイメージを持っていました。政治意識・人権意識が高い人が参加するものという先入観もあったと思います。

今回の取材を通じて、デモ活動の輪に入らず立ち止まるだけでもいい。ミャンマーの人たちが歌う歌に耳を傾けるだけでも、彼らの力になれるかもしれないと思いようになりました。

または、ミャンマーのニュースについて誰かと話したり、SNSで発信してみる、そうしたことからでも彼らとつながれるのではないか、今はそう感じています。 

みなさんは、ミャンマーで続く惨状に、日本からどんな関わり方ができると思いますか? もしくは、どんな関わり方を、どんな思いで、されていますか?皆さんの声を、お寄せ下さい。
(岡山放送局ディレクター 吉田宗功)


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