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2021年5月28日

わが子と一緒に暮らせない 在日ベトナム人 母たちの涙

成田空港で別れを惜しむ、あるベトナム人家族。赤ちゃんと父親が出発ゲートの向こうに消えてゆき、ひとり残った母親が、涙を流しながら見送るー

記者である私(大野)には1歳の娘がいるのと同時に、まもなく、2人目の出産を迎えます。泣き崩れるその母親の姿を動画で初めて見たとき、とても他人事とは思えず、胸が苦しくなりました。それと同時に、いくら生活のためとはいえ、生後まもないわが子と離れることは到底想像ができず、「もし自分だったら、子どもと一緒に国に帰るだろうな…」と、率直に思ってしまったのです。ところが、取材を進めるうちに見えてきたのは、彼女たちは「わが子と離れる以外の選択肢はない」という現実でした。

   大野桃(国際放送局 記者)  朝隈芽生(報道局社会番組部 ディレクター)

<関連番組>目撃にっぽん「母と子の別れ〜この国で働くために〜」

母と子 別れの理由
千葉県の施設で働いている介護福祉士のグエン・ティ・トゥイ・ズンさん(26)。3年前に留学生として来日しました。介護の専門学校に通っていたとき、日本で技能実習生として働いているパートナーとの間に子どもを授かりました。当初は出産や育児のために帰国を希望していたものの、家族の生計のために1人、日本に残る選択を迫られました。

介護分野の人手不足が深刻な日本では、外国人材の積極的な受け入れを目指して、様々な制度を導入しています。ズンさんが利用したのは、日本で5年間働くことを条件に300万円の学費が免除される制度でしたが、育児のために休学すれば、その学費が借金として重くのしかかる上、在留資格を失う可能性がありました。

そのためズンさんは家族3人で暮らすことを諦め、生後2ヶ月のわが子と離れて、ひとり日本に残ることになったのです。

介護施設で働くズンさん・左



介護福祉士 ズンさん:
出産してしばらく、子どもと離れたくないという気持ちしかなかったです。空港で別れた日も、泣いてばかりいました。本当は子どもと一緒にベトナムに帰りたかったです。でも、帰国すれば、勉強が中途半端になってしまいます。借金もとうてい返せる額ではないので、日本で働いて利用した制度の契約を満了させる必要がありました。そうでなければ、将来的に子どもの生活も困窮してしまうからです。



増える妊娠相談 日本での労働の長期化で
都内で活動するNPO法人「日越ともいき支援会」の代表、吉水慈豊さんです。吉水さんはベトナム出身の技能実習生や留学生を中心とした在留資格についての相談を受けたり、仕事や住まいを失った若者が共同生活できる場所を提供したりしています。
ズンさんのことも支援していて、成田空港での家族との別れも付き添い、動画を撮影しました。

日越ともいき支援会代表 吉水慈豊さん 常にスマホで情報収集と支援をしている

吉水さんはこの1年で、50人以上から妊娠に関する相談を受けました。なかには、日本での出産を諦めて帰国したり、日本に残って働き続けるため中絶を選ぶ人もいるといいます。

日越ともいき支援会 吉水慈豊さん:
日本で働く外国人労働者のほとんどが20代や30代の若者です。さらに新しい在留資格「特定技能」の創設などもあり、従来よりも日本で働く期間が延びています。そんななか、若い彼らが恋愛し、結婚し、そして出産することは自然なことだと思います。

とはいえ、外国から来た子たちが日本で出産する場合には、どうしても在留資格や制度の問題がつきまとってきます。日本で育てることは難しいため、相談を受けたとき、本人たちには「つらい別れがやってくるよ」ということを説明しながら出産まで支えますが、その別れを迎える瞬間というのは、私も毎回とてもつらいです。



ズンさんの動画を見る吉水さん。撮影した吉水さん自身、ズンさんの動画を見るたびに涙を抑えられないという


コロナ禍で失職も・・・ 21歳の元技能実習生が授かった命
妊娠がわかり複雑ながらも喜ぶチャンさん(左)とチュンさん(右)


今回の取材では、これから出産を控えているベトナム人実習生のカップルにも出会いました。チャンさんとチュンさんです。

チャンさんは3年前に技能実習生として来日。東北地方の養鶏場で働きながら、農家を営む実家の生活費やきょうだいの学費の支払いのために月10万円近くの仕送りをしてきました。しかしコロナ禍の去年、休暇中に関東地方で働くチュンさんに会うために県をまたぐ移動をしたことをきっかけに、会社から一方的に解雇を告げられたといいます。チュンさんもまた、技能実習生として建築現場で働いていましたが、会社とのトラブルが原因で仕事を失いました。

2人が新たな仕事を見つけたいと吉水さんに相談した矢先、チャンさんの妊娠がわかったのです。

チャンさん:
彼とは25歳くらいで結婚したいと、両親には話していました。 なので、検査薬で妊娠が分かったときは、とても不安で一日中泣いていました。 出産を諦めることも頭によぎりましたが、翌日にチュンさんと話し合って2人でこの子を見守ろうと決めました。


チュンさん:
私は日本に働きにきてまもなく母が交通事故で亡くなったこともあり、新しい家族が増えることには喜びを感じました。できればベトナムに帰国して、3人で暮らしたいと思い(両方の)家族に相談することにしました。



両親に帰国を反対され、涙ぐむチャンさん


チャンさんはベトナムに帰国して出産したいと母国の両親に電話しましたが、チャンさんの仕送りを頼りにしていた両親は「日本で働き続けてほしい」と泣き崩れたといいます。

チャンさん:
両親に電話したらショックを受けて怒っていました。今も怒っています。「日本にいなさい、いま帰国してもあなたたちまで世話できる余裕がない」と言われました。



チャンさんが帰国すると家族の生活が成り立たなくなるうえに、さらにもう1つ懸念がありました。技能実習生として来日するために、母国で多額の借金を負っているのです。

技能実習制度は、もともとは途上国への技術移転のために創設された制度ですが、実習生は今や日本の産業を支える実質的な労働力となっています。その日本での需要を支えるために、一部の国々では、実習生の送り出しは一大ビジネスになっています。ベトナムでは、母国の「送り出し機関」と呼ばれる団体から渡航準備や語学習得と称して数百万円の支払いが求められることがほとんどで、チャンさんとチュンさんもあわせて200万円ほどの借金を負って来日しました。

この時点で、まだ30万円ほどの返済が残っていた2人は、日本に残って働きながら出産できないか、方法を考えることになりました。


「長く滞在して働いてほしい」企業にメリットも
チャンさんとチュンさんから相談を受けた吉水さんは、2人のために新しい就職先を探しました。しかし、妊娠が分かる前に「チャンさんを雇用したい」と言っていた企業にチャンさんの妊娠を告げると、「受け入れは難しい」と断られてしまいました。

企業の多くは外国人労働者に即戦力を期待しているため、妊娠した女性を受け入れてくれる企業は少ないのが現実です。新たな就職先が見つからなければ、技能実習生として来日した2人の在留資格を延長することも難しくなるため、吉水さんは頭を悩ませていました。

しかし数週間後、妊娠しているチャンさんとチュンさんを一緒に雇いたいという企業が見つかりました。岡山で食品加工会社を経営する田所雅江さんです。田所さんの会社では、いわゆる“巣ごもり需要”の高まりで増産を計画していたものの、深刻な働き手不足に陥っていました。求人サイトなどを利用して日本人への募集も行ってきましたが、地元では人を集められなかったといいます。

岡三食品 代表取締役 田所雅江さん

そこで、働く意欲のある外国人の若者を雇用したいと考えました。なかでも、家族で雇用することで、安定して長く働いてくれるのではと考え、「家族一緒に働いてくれるなら、雇用したい」とチャンさんたちに持ちかけたのです。

食品加工会社 代表取締役 田所雅江さん:
長く働くことで色んな仕事を覚えることができますし、責任ある立場を任せることもできます。それに、家族で生活基盤を築いてくれれば、企業としても安心だと思いました。



チャンさんとチュンさんも田所さんの会社で働きたいと希望し、岡山に移り住むことになりました。2人は最長5年間日本で働くことができる在留資格「特定技能」の取得を目指しながら働きます。
勤務初日、工場で働くために準備するチャンさんとチュンさん



出産と同時に始まる 別れへのカウントダウン
岡山に移り住んで間もなく、チャンさんとチュンさんは結婚しました。仕事も得て日本で出産までの生活のめどが立った2人は、産後の子どもとの生活をどうするのか話し合いをはじめました。

チャンさんとチュンさんは会社が借り上げた寮で暮らすことになった


生まれてくる子どもと3人で暮らすことを望んでいましたが、同時に日本で子どもを育てることは難しいとも考えていました。実家に仕送りをしながら借金を返すためには2人ともフルタイムで働く必要があります。さらに母国よりも物価が高い日本で子どもを育てていくことはできないと考えていたのです。

チャンさん:
出産して半年くらいまで自分たちで育てて、そのあとはベトナムの両親のところで面倒を見てもらうしかないと考え始めています。本当は家族3人で暮らしたいですが、今後のことを考えるとしかたありません。


チャンさんは出産費用を捻出したいと、会社に頼み込んで出産ぎりぎりまで働き続け、臨月に入ってからは吉水さんを頼って1人で東京にやってきました。
そして数週間後、新型コロナウイルスの影響で立ち会いもないなか、チャンさんは女の子を出産しました。

赤ちゃんの誕生を喜ぶ吉水さんとチャンさん


チャンさんたちに産まれた女の子


母になって初めてわかったこと
出産を終えたチャンさんに、改めて子どもとどう暮らしたいのかたずねると、次のように返ってきました。

チャンさん:
産む前は気持ちが分からなかったけど、産んでから赤ちゃんを1時間も離したくありません。少しでも赤ちゃんと長くいたい。でも一緒にいる時間が長くいればいるほど離れがたくなるし、どうすれば・・・。



母親として揺れ動く心にどう寄り添い、別れが繰り返されないためにはどうしたらいいのか。取材を終えた今でも、チャンさんに対してどう言葉を返したらいいのか、答えは見つからないままです。


母と子の別れはなぜ起きるのか
「母と子の別れ」を生んでしまう構造的な要因のひとつは、実習生になるために来日前に「送り出し機関」に多額の借金をせざるを得ない制度の歪んだ側面があることです。さらにもうひとつは、そもそも実習生は単身で来るのだから、と育児を「想定外」と位置づけてきた日本の姿勢です。実習生の多くは若者であるにも関わらず、恋愛や出産を前提に制度を見直してこなかったために、多くの若者たちが「出産」や「育児」に際して、現実的な選択肢がない状況にあるのです。

チャンさんのように日本で出産した場合、国は、「子育てをしながら実習を続けられるのか」「扶養できるだけの経済力・サポート体制はあるか」といった条件を総合的に審査します。審査に通らなければ、赤ちゃんは短期的なビザが与えられたのち、速やかに帰国させられます。

中には、いったん母国に帰って出産して、赤ちゃんとともに再び日本に来て働きたいという実習生もいますが、それは許可されません。国は「技能実習生はあくまで日本の技術を学びに来ているのであって、日本国内で子育てをすることは想定していない」という立場で、家族を連れてくることを認めていません。

今後も労働力不足が深刻な日本。「外国人労働者には積極的に働いてほしい」でも、「家族は作らないでほしい」と言っているようにも受けとれる制度のあり方がこのままでいいのか、考えさせられました。私たちと外国からきた労働者たちが共に働き暮らしていくためにはどうすればいいのか。引き続き、取材していきます。

   大野桃(国際放送局 記者)  朝隈芽生(報道局社会番組部 ディレクター)



外国から働きにくる若者たちの多くが家族では暮らせないことについて、みなさんはどう考えますか。記事へのコメントは、下の「コメントする」よりお寄せください