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2020年12月25日

“全国初” 川崎市ヘイトスピーチ規制【前編】差別あおる言葉なくすには

『同じ国に住んでいるのに、なぜ悪く言われなきゃいけないの…』 11歳の在日コリアンの女の子がもらした、胸が締め付けられるような言葉。女の子と出会ったのは、川崎市。ことし全国で初めて、「ヘイトスピーチ」に対する罰則付き条例が施行されたものの、条例への激しい批判や、施行後の運用の現状に、当事者たちの間には不安が残っています。
ヘイトスピーチをなくす道筋はどこにあるのか。川崎市、地元の在日コリアン、研究者、規制に反対する活動家らに取材を重ねました。(10/30放送「首都圏情報ネタドリ」から)
(NHK首都圏局 ディレクター 安 世陽)

“差別をなくそう” 川崎市が踏み込んだ、全国初の条例

ことし7月、川崎市で“全国初”の条例が施行されたことをご存じでしょうか?「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」。ヘイトスピーチの規制を目的とした条例で、とりわけ注目を集めたのが罰則の内容です。公共の場所で民族差別的な言動を、市の勧告や命令に従わずに3回繰り返した場合に罰金が科され、全国の自治体のなかで初めて、刑事罰に踏み込んだ条例となりました。

「川崎市の条例は、本当に差別をなくせるのだろうか…?」私は条例の今後に期待する一方で、不安も感じていました。差別的言動がそう簡単になくなるとは思えなかったからです。

「朝鮮人は出ていけ!」に、あふれた住民の涙

ヘイトスピーチの現状を取材しようと川崎のまちを訪ねました。 まず向かったのは、条例が成立した背景の1つとなった場所。JR川崎駅からバスで10分ほどの場所に位置する桜本地区です。在日コリアンが多く暮らすこの地域に、4年前、住民たちに向けた激しいデモが行われました。

2016年に激しいデモがあった現場(桜本地区)


桜本に暮らす在日コリアン3世の崔江以子さんが、その現場を案内してくれました。当時、およそ60人の集団が大声をあげながら桜本に向かい行進しました。自分たち在日コリアンの住民に向けた攻撃的なことばの数々に、絶句するしかなかったという崔さん。デモ参加者たちの表情がいまも忘れられないと話してくれました。



崔江以子さん
「地域の人で泣いている人もいて、私も怖いのと苦しいのと悔しいので声も出なくて。でもヘイトデモの参加者は笑っていました。差別で苦しんでいる人を見て笑っていました」
「ここを通ると思い出すからできれば通りたくないですが、ここは地元の信用金庫があって、通っている病院があって、お花屋さんがあって、私たちの生活のスペースなんです。日常の生活の場所に、あのデモが襲ってきたということです」

こうした差別をあおる言葉が日本社会で公然と叫ばれるようになったのは、10年ほど前でした。在日コリアンたちに向けた激しいデモが全国各地で繰り広げられ、多いときには毎週末おこなわれていた時期もありました。 しかし当時はまだ、ヘイトスピーチを規制する法律や条例はありませんでした。


待ち望んだ、条例成立

「どうしてこんなにひどいことをされているのに、助けてくれないんだろう」
デモで心に深い傷を負った崔さんは、仲間たちと共にヘイトスピーチに対する規制を求めて署名運動などを行います。 一方、国連から法律での規制を勧告されていたなか、国会では規制法案が審議されていました。デモから2か月後の2016年3月、崔さんは参考人として、デモ被害について意見陳述も行いました。

記者会見に臨む崔さん(2019年)

その後、国は「ヘイトスピーチ解消法」を制定。罰則はないものの、差別解消のための理念を示しました。そして昨年末には、崔さんの地元・川崎市で罰則付きの条例が成立し、今ではかつてのような過激なデモは見かけなくなりました。


どんな言葉がヘイトスピーチにあたる?

では実際に、どんな言葉がヘイトスピーチにあたるとされているのか。 法務省の人権擁護局は、典型的な例として次のように示しています。

・「○○人は殺せ」など、特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの
・特定の国や地域の出身である人を、差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるなど、著しく見下すような内容のもの
・「○○人は出て行け」「祖国へ帰れ」など、特定の民族や国籍の人々を,合理的な理由なく,一律に排除・排斥することをあおり立てるもの
【参照:法務省ホームページ】




ようやく始まった、ヘイトスピーチによる差別解消のための取り組み。 しかし川崎のまちは、新たな事態に直面していました。条例ができたことに反対する団体が現れたのです。


「条例を撤廃せよ!」 繰り広げられる街宣活動

9⽉20⽇、⽇曜⽇。多くの⼈たちが⾏きかうJR川崎駅前を私は訪ねました。条例に反対する団体による、街宣活動が⾏われると知ったからです。 街宣がおこなわれる場所には、警備にあたる大勢の警察官や、カウンターと呼ばれる抗議活動にやってきた人々が集結。異様な雰囲気が立ち込めるなか、街宣は始まりました。


川崎駅前で街宣をおこなう団体

「日本人を抑圧する条例を取っ払え!」団体は在日コリアンへの直接的な言動ではなく、条例そのものを批判。条例が日本人の「表現の自由」を制限していると主張しました。こうした駅前での街宣活動を月に一度ほどのペースでおこなっています。これに対し川崎市は、今のところ規制の対象となる言動は確認されていないとしています。


街宣演説の様子

「同じ国に住んでいるのに…」 街宣現場で出会った11歳の女の子

そんな騒然とした現場で、一人の女の子を見かけました。 なぜこんなところにいるのだろう…気になって話しかけました。

街宣を見ていたソラさん(仮名、11歳)

女の子の名前はソラさん(仮名)。川崎市で暮らす11歳の在日コリアン4世でした。 友達と遊んだ帰り道に、駅前でたまたま街宣活動に遭遇したのでした。

地元で暮らす当事者としてどんな気持ちで眺めていたのか。たずねるとソラさんは答えました。

ソラさん
「ちょっとイヤでもあるし、在日のほうから見ても胸が痛い。同じ国に住んでいるのに、なんでそんなに言われなきゃいけないのって感じ」

自分たちを守ってくれる条例に対する批判。団体からの直接的な激しい言葉がなくとも、自分たちが責められているように感じとっているようでした。


“条例は日本人の表現の自由を奪っている” 活動家が取材に応じた

なぜ条例に反対するのか。街宣に立つ70代の男性が、取材に応じました。

街宣活動に参加している男性(70代)

男性は商社で勤務していた50代の頃、仕事の関係で韓国に行くようになったことをきっかけに、日韓関係の問題を独学で勉強し始めたといいます。「取引相手と酒を飲むときに政治の話が出るかもしれない」。そんな思いで新聞の広告欄に掲載されていた本を読みました。しかし、そこで得た情報をもとに、次第に韓国への怒りを感じるようになったそうです。

領土問題や歴史認識をめぐる問題、拉致問題…。男性は反発の声をあげようと、やがてデモ活動に参加。在日コリアンなどに対し、「帰れ」といった排除するような言葉を叫び始めます。当時デモ参加者のなかには、「朝鮮人は死ね」といったプラカードを掲げたり、過激な発言をする人もいましたが、男性はそうした言葉を吐くのは仕方のないことだったと話しました。

街宣活動に参加している男性
「(在日コリアンを)言葉の暴力で傷つけているだろうなとは思いますよ。しかし在日コリアンには、日本人の怒りを受け止めて、日韓の問題を改善してもらわないと困る」 「直接暴力をふるっているわけではないんだから。あくまで言葉による感情の発露なわけでしょ。ある意味私は、言葉でならどこまで言ってもいいと思いますよ。言葉である以上はね」

その後、国の「解消法」や川崎市の条例ができたことで、以前より言葉を選ばざるを得なくなったという男性。自分たち日本人の表現の自由を奪う条例は、すぐさまなくすべきだと言います。

街宣活動に参加している男性
「『死ね』や『殺せ』といった言葉も表現の自由」 「差別的なことを言わないよう自己規制してますよ。ストレスですね。条例は日本人に不公平です」

たとえ政治的信条が理由だとしても、そうした問題とは直接関係のない在日コリアンに対して過激な発言が向けられるのは間違いではないか。わたしがそう問い直すと、男性はハッキリと答えました。

街宣活動に参加している男性
「在日コリアンの人たちが『自分たちは関係ない』と言ったって、韓国人である以上、自分の民族の問題には責任を持たなければならないということですね」

ヘイトスピーチ すぐになくなるとは言い切れない理由

条例に反対する人たちは皆、男性のような考えを持っているのでしょうか。私は、聞き取り調査を通じて街宣活動に関わる人たちの実態を研究している、社会学者の吉田穣さんに話を聞きました。
吉田さんは、街宣活動に参加する人たちの特徴として、年齢・性別・学歴・職業のなかで特定の層が多いといったわけではなく、幅広い層が参加していたと言及しました。その多くは、川崎市の条例や解消法が、自分たちの行動が制限されるきっかけになった、と認識しているといいます。

吉田穣さん
「立法や、あるいはヘイトに対する反対する運動が登場したことによって、以前のような自由な活動に制約がかかっており、例えば、直接的な過激なヘイトスピーチはできなくなっている。という実感があるということです」




しかし街宣活動の参加者たちが、差別解消という法律や条例の趣旨を理解するようになったかは、疑問が残ると指摘します。 なぜなら彼らのうちの多くは、これまでとは異なる方法を使って怒りを表現したいと考えているからです。

吉田穣さん
「言葉尻を少し変えれば、以前と同じようなことを言っても、まったく問題がないという見方をする人もいました」 「こういった活動は、誰かがトップダウンで命令して、こうしなさいというように動いている運動ではありませんので、必ずしもヘイトスピーチにあたる運動がなくなるかというと、そうではないと思います」

続く 後編の記事では、ヘイトスピーチをなくそうとすると必ず直面する、表現の自由の問題について、ネット上の書き込みを中心に、どう対応していけばよいのかを考えます。

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