2021年8月13日

窮地の60万人 ライブ復活の日に向けて

コロナ禍で大きな打撃を受けたエンタメ産業の一つが音楽のライブやコンサートです。度重なる緊急事態宣言などで、ライブやコンサートが「中止」や「延期」を余儀なくされ、開催できても人数制限があり、売り上げは80%減(2019年比)と深刻な事態が続いています。不安からチケットを買い控えるなどの動きもあり、かつてのように公演できるメドは立っていません。
この業界に携わる人は約60万人といわれています。約60万人の生活、そして、育ててきた文化を守るには何が必要なのか? ライブ復活にむけて模索を続ける、コンサートの主催者団体「コンサートプロモーターズ協会」の中西健夫会長に話を聞きました。
     
(取材・インタビュー聞き手:社会番組部 ディレクター 高谷なつ子)
窮地に追い込まれる“60万人”

先月 コンサートプロモーターズ協会が他団体とともに出した共同声明

先月、国内最大規模の屋外ロックフェスティバル「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」が地元の茨城県医師会などの反対によって、開催直前に中止となりました。ライブ中止を受けて、政府や自治体の感染対策を守った上での開催に理解を求めたのが、全国でライブなどを主催する72のプロモーターから成る「コンサートプロモーターズ協会」です。協会では、今年5月にも他団体と共に、政府に対して「無観客要請」の撤廃を求める共同声明を発表しました。
共同声明の中で触れられていたのが、ライブやコンサートを支えてきた「裏方」といわれる人たち。今年6月、業界団体が初めて統計を取り、ステージの音響や照明、美術や機材の運搬、会場の交通整理や警備などに関わるスタッフは約60万人、約6000社にも上ることが判明しました。

ステージの照明や音響を手がける「共立」の機材倉庫。大量の機材が1年以上、ほとんど使われることなく、置かれたままになっています。

ステージの照明や音響を手がける、社員300名の大手「共立」では小さなイベントしか再開しておらず、機材は1年以上倉庫に積まれたままだといいます。毎月1300万円かかる倉庫維持費が経営に重くのしかかる中、1年半近く、仕事はほとんどできていません。多くの社員が自宅待機を余儀なくされています。

業界では、先行きへの不安から心の病に陥る人や離職者も出ています。 また、高所での作業など安全管理が命に直結しますが、現場に立てないなかで、「安全感覚」などの勘が鈍り、これまで発生しなかった事故が起きるなど、深刻な影響が起きています。


「“リアル”に戻すことが60万人の雇用を守る」

コンサートプロモーターズ協会 中西健夫会長
1956年生まれ。株式会社ディスクガレージホールディングス グループ代表
2012年より、コンサートプロモーターズ協会会長

ライブ産業はどのように危機を乗り越えていくのか――コンサートプロモーターズ協会の中西健夫会長に現状と、これからの展望についてリモートで話を伺いました。
(インタビューは 2021年6月下旬に行いました)

――現在、小さな会場での公演は人数制限があった上でかろうじて開催されていますが、ドームツアーなど大規模な全国公演はほとんどできていない状況です。これは業界にとって、どのような打撃ですか?

ものすごく大きいです。従事する人の数がドーム公演だとすごい数になるんですね。ケータリングから舞台(照明・音響)、警備から搬出搬入まで、小さい会場でやるのと規模が違います。そこで雇用を守っているんです。
売上高だけでは計れない損害があり、雇用も大きく失われています。専門職に近いところがあるので、我々がいざ100%再開するという時に人材が集まらない不安が今ものすごくあります。

――ミュージシャンも観客の前で直接演奏することは、ほとんどできていません。コンサートやライブは「オンラインで」と行政から要請も出されましたが、現状をどう受けとめていますか?

まず一番は演者側の人がとても苦しいだろうなと。表現者って、表現しないと辛くなる人が多いですね。それから、世の中が一気に「リモートで」「オンラインだよ」とか言われましたけれど、我々は一番それがしづらい産業なんですね。もちろん配信というライブの形もできましたけど、配信が中心でいいかというと決してそうではなくて、あくまで補完する役割です。

この業界に従事している約60万人の人たちの暮らしを維持するために、リアルライブに戻していかないと守れないし、演じている側も100%の形で演じられるようになるまで苦労の連続なので。思い切って歌ってほしいです。


以前のように戻るのに「1年以上かかる」


――以前のように、観客がフルで入れて、安心してライブが楽しめるようになるには、どれくらい時間がかかると見ていますか?

少なくとも以前のように戻るには、まだ1年は難しいんじゃないかなと思いますね。全国で見たときに地方での公演は、東京や大阪から出かけて行くことによって感染者が拡大したというイメージがすごく強いので。

ツアーをやるときに東京に住んでいる人が地方の会場でやろうとすると、「なんで来るんだ?」という反応があります。全国が新型コロナ感染に関して平穏にならない限り、全国ツアーというのは普通にできないこと考えると、ワクチン接種がどこまで進んで、世の中がどのように変わっていくかによると思います。

私たちもいつも悩んでいるんですけれども、「開催してもOK!」という人と「NO!」という人がいる。開催を止めても「なんで止めるんだ!」という人と「よく止めたね!」という人がいる。ある物事に対して、何割の人はオッケーだけれども、何割の人はダメという激しい“人の気持ちの分断”が起こっているなかで、人々の気持ちを取り戻していくのは、そんな簡単な問題じゃないと思っています。

例えばライブハウスでものすごく密になってやることが今みんなやりたいですか?難しいですよね。「ワクチンを打ちました、もう大丈夫です」と言われても、そうなりたいですか?って。ですから、以前のように戻る、人の気持ちを戻すということは何年かかかるかもしれないですね。ガイドラインとしては1年で戻るかもしれませんけれども、そういう意味ではまだその先があるかもしれないと。


「アメリカの大リーグがうらやましい」

アメリカ・テキサス州 今年4月

インタビューの中で中西会長が引き合いに出したのは、アメリカの大リーグでした。テキサス州では4月、大リーグの試合が観客数を制限せずに行われ、ほぼ満員の3万8000人を超えるファンが詰めかけました。

――海外では観客を入れてのイベントが再開されています。日本でも国内でワクチン接種が広まれば、以前のようにイベントに行けるようになると思いますか?

アメリカの大リーグの試合を見たら100%観客が入っていて、ノーマスクで大谷翔平選手を応援していました。ちょっと前のアメリカでは想像できなかったことですよね。それがありうることにするためには、ワクチン接種しか、いま僕らの切り札としてはないのかなと。

全仏オープンとかは、100%じゃないけれども、客を入れてやっていましたよね。サッカーの欧州選手権始め、ヨーロッパの方ではみんな観客を入れてやり始めているんですね。スペインでは、最初に抗原検査をして陰性を確認してから場内に入ってもらって、マスクなしでライブをやっていますね。 随分変わってきたと思っていて、映像を見ていて僕らも「あっ!人、入ってる!」って、ちょっと嬉しくなります。
ただこれは、自治体や国のリーダーのメッセージがあってはじめて実現することだと思います。


去年3月から休演していた米・ブロードウェイの劇場での公演
9月14日から100%観客を入れて1年半ぶりに再開予定。

――トップの発言が重要ということでしょうか?

あえて言ってくれとは言いませんが、飲食とか映画とか博物館、美術館、動物園、テーマパークも、僕らはみんな一緒だと思っているんですけれど、「新型コロナが収束したら、みんな音楽・芸術に触れて心を癒しに行こう」というような発言があると、ずいぶん変わると思うんです。海外では政治や行政のリーダーたちから「芸術を守ろう」というメッセージが発せられています。

「ブロードウェイはニューヨークの心臓部だ。再び幕が上がるのが待ちきれない」(アメリカ)、「芸術への支援は国の最優先事項」(ドイツ)など、私たちにとって、わっと明るくなる、わくわくする言葉が出されています。


「開催していくなかでしか、答えは見つからない」


――観客が安心してステージを見に行けるために、どんなことをしていくつもりですか?

まず「やる」「開催する」ということです。音楽にも、いろいろなジャンルがあると思うので、例えば座って聴くライブもあれば、踊りながら見るライブもあると思います。再開して起こる問題点も含めて解決・解消して、次に向かって何がいいかをやり続けて行かないと。「やるな!」と言うだけじゃなくて、ポジティブに、次に向かっていくことを、トライし続けなければいけないと思うんです。

すでに何度もいろいろなバージョンのライブをやっていて、会場内では今まで陽性者も出たことがないんですね。「ライブをやるから人が動くじゃないか」と言われますが、だからといってすぐ「リモートで」となるのではなく、私たちは会場内で絶対陽性者を出さないようなガイドラインをつくってきっちりやるので、(コンサートに行くか行かないかの)行動は、ぞれぞれの自主判断として認めてもらいたいです。



――最後に、メッセージをお願いします。

私たちエンタメ・ライブ業界は、本当にいろいろなことを考えて、開催する場合は開催しています。そしてアーティスト・演者の方も今までと違う思いで舞台に立っています。特に、こんな状況の中で舞台に立つということをすごく、すごく悩んで立っています。だから、ステージに立つ人をどうか「非難」しないでほしいです。

そして私たちはやれることを最大限やって、やっぱり来ていただいた方には「来てよかったね!」というものを作っていきたいし、残念ながら来られなかった方には、来られるようなことをずっとずっと模索していきます。本当にいま行くのも行かないのも、それはそれぞれの判断だと思いますが、病むんですよ、言葉ってなかなか厳しいので。「なんでこんな時にライブやるんだ!」って言われるだけで心折れそうになることがある。こんな時だからライブやろうって思っている気持ちも含めて、すごくデリケートな所だとは思うんですが、やれる対策をやっていきますのでアーティストや演者を非難しないでほしいです。

取材を終えて強く印象に残ったのは、100%正解の方法は誰も分からないけれど、分からないから、分かるまで何もしない、のではなく、いま考えうる最大限の対策をして、ステージ再開に向けて動きださないと、大切なものが失われてしまうという、音楽業界の抱える強い危機感でした。経済的損失だけでなく、専門技術を持った人材や、ライブを楽しむという音楽文化そのものが消えてしまう危機にひんしていると感じました。

コンサートを主催する団体やルール作りをしていく行政、そしてその試みを見守る私たち自身も、一つの失敗も許さないゼロ・リスク社会を選ぶのか、それとも最善の策を講じた上でまず産業を復活させ、ダメだった点は改善し、可能な限りリスクを減らしていくといった方法を許容するのか、リスクへの考え方が問われていると思います。
(社会番組部 ディレクター 高谷なつ子)

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