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2020年10月6日
このお題はクローズアップ現代+で番組になりました
「スパイの妻」黒沢清監督に聞く ベネチア国際映画祭で監督賞受賞 ――番組未公開トーク コロナ禍、そして次の作品は・・・
べネチア国際映画祭で、「スパイの妻」で監督賞を受賞した黒沢清監督。「スパイの妻」は太平洋戦争の直前に国家機密を偶然知ってしまい、正義のために世間に公表しようと暗躍する男性と、その妻の物語です。黒沢監督は1時間にわたって、作品や映画にかける思いを語ってくれました。番組でご紹介できなかった未公開トークをお伝えします。

番組の内容・スタジオトークはこちら
(聞き手 クローズアップ現代プラス 武田真一キャスター)


1時間にわたり映画への思いを語った黒沢監督

“クロサワ”ワールド 「移動」のシーンにも魅力の秘密が

黒沢映画の独特の魅力を彩る、様々な撮影や演出の手法。番組では、大事なシーンを“長回し”することや、光や風をいかす演出などを紹介しましたが、「移動」のシーンにも秘密があると黒沢監督は言います。

――非常に印象的なのが、どの作品でも例えば車や電車、バスの中に乗って移動するシーンがポイントになるところで出てきますよね。しかもその車窓の風景が、人工的な、本当の外の風景じゃない。どういう発想でああいう演出なんでしょうか。

黒沢清監督(以下、黒沢)
(風景を合成する手法は)「スクリーンプロセス」と業界ではいわれています。
登場人物がふと車に乗って移動するのが大好きなんですが、なぜそうしたことをやるかというと、1つ理由があるんです。特に2人の人物があるシーンでふと、車やバス、電車に乗ったとき、少なくとも僕の映画の中ではそういうときって、それまで言えなかった本音をどちらかがぽろっと言ってしまう。あるいは、本音をふっと言ったふりをして、それがものすごい引っかけだったりすることもあるんです。乗り物に乗っているときに、ふと交わされた2人の関係が、その後の2人を大きく変えてしまう。“転換点”で乗り物を、僕はよく使うんです。

たぶん皆さんも車を乗っていると感じるんじゃないかと思うんですが、乗っている者としては閉鎖された、どちらかというと静かな空間に、結構接近して2人座っていて同じ方向を見ていて、ふっと本音を言っちゃったり、愛の告白をしちゃったりですね。そういう空間だったりもすると思うんですね、車などの乗り物って。だから僕の場合、映画の中でも、乗り物は疾走感とか移動感ではなくて、そこに乗り合わせた人たちのすごく親しい関係が、急に表現できる密室、親しげな空間として扱うことが多いです。ただ、親しげなようで、実は大きな物語の転換点にもなっている感じです。


黒沢清監督

日常が壊れる “コロナ禍”に感じる不気味さや怖さ

黒沢作品で繰り返し描かれるモチーフは、それまで平穏だった世界が静かに壊れ、変質していく様子です。 当たり前と思っていた社会の前提が突然壊れ、見る者の価値観を大きく揺さぶります。昨今の“コロナ禍”と呼ばれる状況に黒沢監督は不気味さや怖さを感じていると言います。

――“新型コロナ”はじわじわと社会の中に広がっていって、そして、何か私たちの大事な社会の信頼であるとか、いろいろなものをむしばんでいく恐怖のようにも感じます。 黒沢監督は、今のコロナ禍はどう感じられていますか。

黒沢
得体が知れないので、不気味ですね。別な観点で言いますと、自分の力で何1つ判断できないもどかしさというか、怖さをこれほど感じたこともないです。本当に新型コロナは恐ろしいと思うんですが、なぜ恐ろしいかというと、それが政府の発表であったり専門家の意見であったりからしか、僕たちはわからないんです。彼らが発信する言葉を信じるしかない。これまでは大抵、そういう人たちの言葉ってある程度自分の価値観で「これはこれぐらいの信憑性があるな」とか「これはちょっと怪しいな」とか、それなりに自分で対処してこられたと思っていたのですが、今回は信じるしかないんですよね。
医療従事者の方とかはもう少し身近に、リアルに今回の怖さを感じているとは思うんですが、そうでない僕たちは、お上の発表どおりに生きるしかないっていうのも怖いなと思います。


――自分自身でコントロールができない。どのぐらい怖がればいいのか。「正しく怖がる」とよく言いますが。

黒沢
マスクしろといえばするしかないですし、そろそろ取っていいっていったら取るしかないし、「まだダメだよ」と言ったら、またマスクをするみたいなことでしか対処できていない。そうするしかないんですけども、なかなかこれはつらい。こんなことってこれまでなかったので、結構ハードなことですね。


――病気だけじゃなくて災害もありますし、世界の至る所で戦争もまだ続いています。日常が突然壊れてしまうということは実際に本当にあるんだと、私も最近実感します。監督が描いているのは、宇宙人であったり、サイコパスのシリアルキラーだったりしますが、得体のしれない恐怖、私たちがコントロールできない恐怖というんですかね。そういう意味では共通点があるように感じます。

黒沢
そうですね。特に現代は様々な情報が飛び交ってますから、情報を通して「いま世界はこうなってるな。だから、自分はこうなんだな」と、社会の中の自分のポジションを決めます。しかし、本当にそうなのかというと、自分が「社会はこうである」と思っていたものが、いきなりぐらぐらと揺れてきますよね。
ごく自然に、ごく狭いコミュニティーの中で「自分はこういうポジションだ。自分と世界はこう関わってるんだ」というのが如実に実感できた時代はまた別かもしれませんが、情報で自分を規定している社会ですと、危機って予想もしないところからやってきそうで、疑いだすと周囲すべてが恐怖に思えてきますね。



たった1人との関係で世界の見え方は変わる

――監督の映画にも、大きな社会であるとか、国家であるとか、そういったものにあらがう個人というものが必ず出てきて、それは必然なんだということでしたが、私たちがいま大切にしなければいけないもの。監督はどういうふうに感じていますか。

黒沢
これは映画でも描くことなんですけども、僕が実感しているのは絆とかそういった大きな言葉ではないんですが、まずは隣にいる人、2人の関係でいいと思うんですね。誰もいない、誰1人周りにいない、たった1人である孤独っていうのはすごく大きな問題だと思うんですが、心が通じ合える人がたった1人でもいれば、もうそれで世界の見え方が全く違ってくると思います。
だから、もし1人いれば、その人との関係性を本当に大切にする。それすら危うくなることがあるかもしれませんが、そのたった2人の関係というのを信頼して深めていけば、世界のいろいろな恐ろしいことは乗り越えられるのではないかと。そこからスタートする。 そこを大切にすることが僕はとても重要だと思いますし、僕の映画の中でも、いろんなとんでもないことがいっぱい起こります。「スパイの妻」でも、戦時下でのっぴきならない状況に追い込まれる人々が描かれますが、最後には夫婦の愛といいますか、信頼みたいなものがどこまで貫けるかというところが、この物語の肝になっていると自分では思っています。


――今回の映画でも、例えば私も、妻と一緒にいる時間っていうが大事なんだなというふうに実感したシーンやせりふがあったんですね。今このコロナ禍において、僕らが大事なものは何かっていうことを気づかせてくれる作品でもあるなと感じました。

黒沢
うれしいです。そう言っていただければ。


――監督の今までの映画はどちらかというと、「えっ、こんなふうに終わるの?」というものが多いんですれども、それはなぜなのでしょうか。

黒沢
それは認めます。僕はバッドエンディングを狙っているとか、あえて結末を煙に巻いているとかいうつもりは全くないのですが、自分の都合よく言うと、正直「こうしか終われませんでした」と。いろいろなフィクションの事件などを起こしていきますと、社会と個人というのがどうしても反発し合ってしまって、僕も最後は希望を持たせたい。最後はハッピーでありたいと願うんですが、どれがハッピーなのか、どれが希望なのかっていうのは、追求すれば追求するほどわからなくなってですね、「すいません、これが限界です」というところで終わらざるを得ないというのが本音です。
ただ、今回の「スパイの妻」で初めて、戦時下という時代を扱ったので、自分の中ではわりと気持ちよくではないんですけど、きっぱり終われたなという手応えがありました。それは、扱った時代は戦時中なんですけど、その後どうなったかはもう決まっているから。それを僕たちは知っている。主人公たちはあの時代、大変な目に遭うけども、その後こうなった、その後日本はこうなったというのがわかっているので、主人公たちの行く末も、だったらこうしたであろうと、わりと気持ちよく自分の中で決断できましたね。現代ではこの先どうなるかわからないので、現代のドラマはどうしても、モヤモヤと終わらざるを得ないんですね。


――いま私たちが見舞われている社会状況も結末、先が見えない不安の中にあるわけですが、先の見えない不安の中で私たちは、例えば夫婦であったり、友達であったり、大切な人、個人個人との関係性の中でどう生きていくかが問われていると感じるんですが、どうでしょう。

黒沢
同じように思います。僕が扱っているのはもちろんフィクションの、しかも娯楽映画ですから、どのように楽しんでいただいても全くかまわないんですが、本当に世の中先が見えないし、考えていくと憂うつなことが多いかもしれません。隣にいる人とふと何かで信頼関係がもし結べたとしたら、それに勝るものはない。そこにしか希望はないと思います。



次回作 テーマは・・・

――大きな賞を受賞されたばかりで恐縮なんですけれども、次はどんなテーマで、どんな作品を撮ってみたいという、何か計画みたいなものはあるんでしょうか。

黒沢
コロナの状況もあって、いろいろやりたいこととか、やろうかと思って手をつけようかと思っていたことはあったんですが、みんなストップしてしまいました。ただ、こういう時期っていつもあって、世の中動いていても、自分の企画は全く動かないなんていうのはこれまでも何度もありましたから、いずれ何かが動きだすだろうと思っています。まだ具体的に何が動くのか、どれが動くのかわかりませんが、以前フランスで映画を撮ったこともありますし、この間、日本映画ではありましたけども、ウズベキスタンでも撮影したので、またちょっと海外で、日本ではないところで、社会と個人の関係も日本とは少し違う、そういった文化のもとで何かおもしろい映画が撮れたらなと思っています。


――どこなんだろうと思ってしまいますけど(笑)

黒沢
いや、ちょっとまだ、いくつかあるんですけどね。秘密です。


2020年9月23日放送「17年ぶり快挙!ベネチア監督賞 黒沢清監督が語る」
番組でお伝えした内容・スタジオトークはこちら



【あわせて読む】
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