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アスリートの“心”を守るには? 精神科医が具体策を解説 #アスリート心のSOS

いま世界中でスポーツ選手の“心の不調”が問題になっています。

「トップ選手だけでなく、アマチュアスポーツや部活動においても深刻な問題です」

そう語るのは、アメリカ在住の精神科医・内田舞さん。ハーバード大学医学部で助教授をつとめるかたわら、アスリートの“心の問題”について日頃から情報発信をしています。
先日このサイトで公開した元日本代表選手たちへの取材記事を読み、「苦しんでいる選手たちの力になれたら」と具体的な対応策を教えてくれました。
(取材:報道番組センター ディレクター 吉田達裕)

<関連番組> クローズアップ現代「アスリート 心のSOS トップ選手に何が?」

スポーツ界の深刻な“心の危機”

内田舞さん 小児精神科医
ハーバード大学医学部助教授/マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長

小児精神科医として日頃から子どもたちの心と向き合っている内田さんは、10~20代の若いスポーツ選手が“心の不調”に陥っていることに強い危機感を抱いています。

日本やアメリカで、子どもたちや保護者、教育関係者などに向けて講演を行ったり 、メディアに記事を多数寄稿するなどして、社会全体に注意を呼びかけています。

特に内田さんが問題視しているのが、大きな注目を集めるトップ選手だけでなくアマチュアスポーツや部活動でも、心の問題が次々と表面化していることです。

アメリカでは先日、今年3月と4月の2か月間だけで、大学の体育会で活動する5人の選手が自殺したという報道がありました。またアメリカンフットボールの名門大学で活躍していた選手が、希死念慮(自殺までは考えていないが、死を願う気持ち)があることを理由に休養し、そのまま競技を引退したというニュースも伝えられています。

内田舞さん(精神科医)

アスリートは「身体的に強いから、メンタル的にも強い。何があってもめげないでいるべき」というイメージを持たれがちだと思います。しかし身体的に強いのは、“才能”という面があったとしても過酷な練習を重ねてきた成果であって、“精神的な強さ”とは別物です。 「一つのことが得意であればもう一つのことも得意だろう」と押しつけられるのはあまりにも理不尽です。
こうした“社会が抱くイメージ”によって、選手たちの心は逃げ場がなくなってしまっていると思います。

選手がとらわれやすい「外的評価」

内田舞さん

内田さんが“問題の根幹”にあると指摘するのが、スポーツでは、選手もその周囲の人も『外部の価値基準で決まる評価』=外的評価にとらわれやすいことです。

メディアの取り上げ方やネットの声、周囲の評価だけでなく、競技結果そのものも“決められたルールの中での評価”という意味で外的評価にあたると、内田さんは言います。

スポーツには勝ち負けがある以上、「外的評価」が必ずつきまといます。
もちろん結果に表れる目標を持つことはアスリートに限らず自然なことですし、モチベーション維持の上でも大事です。また、周囲の声は選手の活力になることもあります。

しかし、外的評価「だけ」に固執しすぎてしまうことは本当に危険です。
もし自分の目標が達成できなかったときに、選手は「世界が終わった」という感覚に陥りかねません。

また外的評価は、良い評価も悪い評価も1人歩きしてしまうこともあれば、簡単に変わるものでもあります。周囲の評価が突然ネガティブになったり、けがをして競技ができなくなることもあったりと、とても不安定なものです。

競泳元日本代表でリオオリンピックの金メダリスト・萩野公介さんは、メディアから「天才」と呼ばれることなどに対して、「それは僕ではない」と本来の自分との乖離(かいり)を感じていたと話します。(記事はこちら

萩野さんは、けがの手術をして本来の泳ぎができなくなると「乖離」が大きくなり、心の不調が顕著になっていきました。私たちの取材に対して萩野さんは、部屋から一歩も出られず生きる意味すら見いだせない時期があったことを明かしています。

違う趣味や心理セラピー・・・「内的評価」を育てるには

「外的評価」を過剰に意識し心が追い詰められるのを、どう防げばいいのか。
精神科医の内田さんは、選手の「内的評価」を育てることが大事だと話します。

「内的評価」とは、競技結果などの外的評価でははかれない自分自身の内面的な評価のことで、満足感や達成感などがこれにあたります。

内田さんは、苦しい気持ちにとらわれた時は自分と向き合う時間を持ち、自分の良い部分を認めるなどして内的評価を向上させてほしいと訴えます。

外的評価とは違い、内的評価が裏切られることは少ないですし長く持続します。選手の心を守るには内的評価を育てることの方が重要ではないかと、私は思っています。
競技での目標は大事にしながらも、そこに至る過程で努力できている自分に対し、感謝の気持ちや誇りを持てるようにすることが、重要だと思います。

そして自分自身を“リスペクト”するカギとして、スポーツ以外の世界に興味を持つことを、内田さんはあげています。

「自分は他にどんなことが得意なんだろう」
「自分はこれからの人生で何をしたいんだろう」
「スポーツの世界から一歩出たところにはどんな幸せが存在するんだろう」
など、競技以外のことに目を向けてみることも重要だと思います。

スポーツと全く関係ない、心理セラピストや心理カウンセラーの力を借りるのも良いと思います。
競技で勝つ、結果を出すためのメンタルトレーニングももちろん重要ですが、こうした心の問題に関しては、あえて競技とは離れた心理セラピーやカウンセリングを受けることも有益だと思います。学校の「スクールカウンセラー」や大学の「学生相談室」などは無料で利用することができます。

競技の中でチーム一丸となって大きな目標を目指すことも、人生の中でかけがえのない経験となります。しかし競技という狭い世界で定められた一つの成功にしか「自分が幸せになる手段がない」と思ってしまうのはもったいないです。大きな視野で人生を考えることが、メンタルヘルスの育成に最もつながると考えます。

私たちが取材したバレーボール元日本代表の大山加奈さんは、10代から不眠やめまいなどの症状に苦しんでいたことを明かした上で、「10代のころは競技がすべてで、苦しいことを一瞬でも忘れられる時間がなかった」と話します。
そうした経験から大山さんは「競技は人生の本当に一部。色々なことを体験したりしてほしい」と若い選手にメッセージを送っています。(記事はこちら

“本当に苦しければ、治療薬という選択肢も”

さらに内田さんは、脳の発達という点からも、10~20代の時期はメンタルへのリスクが大きいと指摘します。

「前頭前野」という感情をコントロールする脳の部位は、20代後半になって成熟すると言われています。そのためアスリートが肉体的なピークを迎える時期は「前頭前野」がまだ“発展途上”で、心と体が“不一致”な状態だといいます。

そもそも10~20代という時期は、失敗したときや負けたときに「自分が悪かったんじゃないか」と思ってしまったり、常に「自分が、自分が」と思ってしまうものです。そのためうつ病の症状があったりしても、周囲の目を考えて「ヘルプを求めることは悪いことだ」と思い込んでしまったりします。

毎日の練習での喜びや小さな成果など、そういう一つ一つの過程の中での「幸せ」を感じられるようになること。それを選手自身が意識することも重要ですし、周りの大人たちがそういう環境を作ってあげることも大切だと思います。

その上で内田さんは、もし本当に心が苦しい時には医師と相談し、医師が勧める場合は、精神安定剤や抗うつ剤などを服用する選択肢もあると話します。

もちろん精神科医として、薬を使わなくていい状況なのであれば使わないほうがいいと思っています。 しかし本当に苦しいときや、不安で喜びを感じられなくなっているときは、治療薬を飲んで、症状をある程度軽くしてあげることも選択肢の一つです。

たとえば、足にけがをして痛みで歩けないときに、「痛み止め」を飲むことでリハビリを始められるようになることもあります。それと同じで精神的に一歩前に進む、リハビリできる状態にするという点においては、治療薬も役に立つと思います。
“罪悪感”を感じる必要は全くありません。そのときの自分に何が必要かを判断できることは、むしろ素晴らしいことだと思います。

“自分の心を守る行動をしてほしい”

“アスリートの心の問題”について講演する内田さん(アメリカ)

世界中でアスリートのメンタルヘルスが問題になっている今、アスリートはプロ・アマを問わず、競技に必要な能力をトレーニングするのと同じように、自分の心についても向き合ってほしいと内田さんは訴えます。

「自分は試合前にすごく不安を感じるから、不安をコントロールできるように練習しよう」。
「自分はすごく落ち込みやすいから、落ち込んだときにヘルプを求められるようになろう」。
そのようにして、フィジカルトレーニングやリハビリと同じように考えてみると良いと思います。

去年、女子テニスの大坂なおみ選手が、自分のメンタルヘルスを守るために試合を棄権したり記者会見に応じないという選択をし、大きく話題となりました。他人の目よりも自分の心を守ることを優先して“ヘルプ”の声をあげたこの決断を、私はとても素晴らしいことだと思っています。

アスリートのみなさんにはどうか自分の心を守る行動をしてほしいですし、周囲の人や社会全体でそれをサポートする環境を整えていかなければならないと感じます。

プロスポーツ・アマチュアスポーツ問わずスポーツ界全体で、「選手のメンタルヘルスを優先してもいい」という環境作りを進めていくべきだと考えています。

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