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【アスリートへのひぼう中傷】フィギュアスケート・鈴木明子さんが明かした被害経験 #アスリート心のSOS

“ひぼう中傷って、真っ白な絵の具に黒いものが垂らされた感覚なんです”

フィギュアスケートで2大会連続のオリンピック入賞を果たした鈴木明子さん。しかしネット上などでは「老害」「早くやめてしまえ」という攻撃的な言葉を浴びせられ、「自分は邪魔な存在なのでは」と深く思い悩んでいたと明かします。

“アスリートも同じ人間。思いやりを持ってほしい”。
心ない言葉によって深く傷つけられる選手が後を絶たない中、鈴木さんからのメッセージです。
(聞き手:「クローズアップ現代」取材班 餌取慎吾ディレクター)

<関連番組> クローズアップ現代「“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?」

鈴木明子さん
1985年、愛知県出身。6歳からスケートを始め、15歳で全日本選手権4位となり注目を集める。10代後半は体調を崩し大会に出られない時期もあったが、2004年に復帰。2010年バンクーバー五輪で8位に入賞した。2012年の世界選手権で銅メダルを獲得。27歳での世界選手権メダル獲得は、日本最年長となった。2014年ソチ五輪では団体で日本のキャプテンとして出場し、5位。個人でも2大会連続の8位入賞を果たした。その後プロに転向しアイスショーに出演するほか、フィギュアスケートの振付や、試合の解説などで活躍している。

“真っ白な絵の具に、黒いものが垂らされた感覚”

鈴木さん:
当時は今ほどSNSが普及していませんでしたが、それでも“ひぼう中傷”のようなものを受けていました。例えば容姿に関して「フィギュアスケーターなのにスタイルが悪い」とか、顔のことはすごく書かれていました。それを揶揄する写真が貼られていることもありました。

私が(10代のころになった)摂食障害を克服して競技を続けていくなかで、メディアに「摂食障害からの復活」という形で取り上げてもらったことがあるんです。それに対しても「病気の名前を使った売名行為だ」と書き込まれていました。

「自分が本当に苦しんだ末に戻ってきた場所だったのに・・・」という気持ちになりましたね。病気の名前を言ったからといって採点には何も変わりはないし、順位にも影響しないにもかかわらず「そう言われてしまうんだな・・・」と。


――そういったひぼう中傷や批判の声は、たくさんあったんですか?

鈴木さん:
そういう書き込みはごく少数で、実際は応援してくださる声のほうがはるかに多かったです。でも、ひぼう中傷に同調する声ってすごく大きく聞こえてしまうんですよね。

ニュースサイトのコメント欄なども心ないコメントが多いと感じてしまいますし、「うわっ」て押しつぶされるような感じがします。そういうものを 目にした瞬間ってどうしても素通りができなくて、心にダメージを受けます。

ひぼう中傷 を受けたときって「真っ白な絵の具に、黒いものが垂らされたような感覚」なんです。それって一瞬にして広がってしまうじゃないですか。白にのまれるのではなく、どんどんグレーに広がるような印象があるんです。ポジティブに捉えたり考えることはすごく難しかったですね。

SNS、コメント欄、手紙… “私は邪魔なのかなと思った”

2014年ソチ五輪フリープログラムでの鈴木さん

2014年、鈴木さんは28歳でソチ五輪に出場し、2大会連続となる8位入賞を果たしました。実はその直前、鈴木さんのもとにはネット上の書き込みだけでなく、心ない「手紙」も送りつけられ、深く傷つけられたと明かします。

鈴木さん:
私が一番心にグサっときたのは、ソチ五輪前に日本代表の枠を争っている時に届いた、便せん何枚にも渡る手紙だったんです。

そのころ私は年齢的にかなり上だったので、引退の時期をずっと悩んでいました。そんなときにその手紙には「おまえなんか早くやめてしまえ」「老害だ」というようなひどい悪口が並んでいたんですね。

それを見たときに、胃液が上がってくるような、「うっ」ってわき上がってしまうものがありました。「何も知らない人に、なんでこんなことを言われなければいけないのか」という気持ちもありましたし、「私を見たら、この人はそんなに嫌な思いをするのか」「自分が頑張ることで、そういう思いをする人がいるんだ」ということが、すごく心にきてしまって。

「私はもう邪魔なのかな」とも思いました。

“調子が悪い時こそ目にとまってしまう”

演技中に転倒する鈴木さん(2013年世界選手権)

鈴木さん:
自分の調子がいいとき、結果が残せているときはそういうマイナスの言葉は流せるんです。どう言われていようと「自分の状態は良い。結果も出ている」と思えます。

でも少しうまくいかなかったり結果が出なくなってきたときに、そういうマイナスの言葉は自分の心の中で大きくなっていく。数は変わらなくても見逃せなくなってしまって、それが心を侵食してしまうようになるんだと思います。

すごく否定された気持ちになるというか、そのひとことで眠れなくなったり、パフォーマンスや練習の内容が落ちたりして。だんだん人前に出るのが怖いと感じたり、「本当は自分は応援されていないんじゃないか」とか、そういうことを感じ始めるんです。


――気持ちの面で、追い打ちをかけられてしまうんですね

鈴木さん:
そうですね。(結果が出なくて)一番悔しいのは選手本人です。そういうときに追い打ちをかけられてしまうと、すごく責められていると感じてしまうんですよね。

オリンピックともなると国を背負って出場するので、それだけで選手たちは本当に大きなプレッシャーと向き合って競技をしています。ミスが出てしまったり、普段はないようなことが起きたりすることが当然あるんですが、観ている皆さんは「一番最高の状態で勝つ」という理想を求めているものだと思います。

だからこそ負けた姿には、皆さんも悔しくなっていろいろと言いたくなってしまったり、こじつけで「競技以外にもこんなことをしていたから負けたんだ」「こういう発言をしていたことがある」というふうに、どんどん派生してしまうんだと思います。

救われたコーチの言葉

鈴木さん:
私は自分だけでは処理できなかったので、コーチたちに相談しました。明らかに落ち込んでいるように見えたと思うのですが、コーチたちはそれを笑って吹き飛ばしてくれたんです。

私がインタビューで話した内容に対する批判が事細かに書いてあるのを見て、コーチたちは「こんなによく見てくれている人がいるんだね」と。「こういう心ない言葉を言うことは間違っているけど、見てくれているということはファンなのかもしれないね」と笑い飛ばしてくれたんです。

その上で、「応援してくださる人のほうが、はるかにたくさんいることを忘れたらダメだよ」と言ってくれました。

すごく救われましたね。私のことを応援してくれる人たちのために頑張るようにしようと思えました。そういう批判をしてくる人たちを変えようとすることは無理ですし、「どうしたらよく思われるんだろう」と考えるよりも、大切にしてくれる人たちを大切にするという気持ちを持つようになりました。

そうやって周りの人たちが支えてくれたおかげで、自分はなんとか救われたなと思っています。

“アスリートも同じ人間“ 

コロナ禍で戦うアスリートたちにとって、SNSはモチベーションの向上にもつながっていると鈴木さんは言います。だからこそ、選手も応援している人も、SNSが“諸刃の剣”であることを理解した上で利用してほしいと訴えます。

鈴木さん:
コロナ禍で、選手たちは試合前になるべく人に会わないよう気をつけていたりと、どうしても孤独に戦っている部分があります。

その中で、SNSは周りとつながれる1つのツールで、うまく使えば応援のメッセージに「自分は1人じゃないんだ」「頑張ろう」と思えますし、実際に助けられている選手はたくさんいると思うんですね。

実際に私も、ほかの競技のアスリートの方とSNSでつながれたりしたことがあるので、良いこともたくさんあります。

一方でふと目にしたときに、自分に対していろんなことが書かれていたりすると、自分のメンタルが崩されてしまうことも大いにあり得ると思います。

「覚悟」というと大げさですが、そういうことがあるんだと理解して、ある程度のバリアを張っておく。良い声だけではないということを理解しておかないと、突然の“落とし穴”みたいになってしまうと思います。試合の前後などで自分がもし揺らいでしまうなと思ったら、そういう環境からはあえて距離をとることなども必要なのかなと思います。


――応援する私たちは、何に気をつければいいと思いますか?

鈴木さん:
ひとことで言えば「思いやりをもつこと」につきると思います。

期待をしているからこそ、期待を裏切られると、その「裏切られた」と思う気持ちがひぼう中傷につながってしまう。本人はそれがひぼう中傷だと思わずに言っていることが多いと思うんですけど、アスリートも同じ人間なんだというところを、皆さんに感じてほしいなと思います。

「アスリートは心が強いだろうから、これを言っても大丈夫だろう」なんてことは何一つないです。一つのことを極めているから心が強いなんてことはないですし、一つのことを極めていくからこそ、もろい部分や弱い部分がたくさんあります。

それでもなんとか強くなれるように頑張っているのがアスリートなので、同じ人間として考えてもらえたらうれしいです。

まずそこを考えてもらえると、その送信ボタンを押す前に、冷静に考えられるのではないかと思います。匿名だから、自分の身分はさらされないからと気軽になってしまっているところもあると思うんですけど、「名前と住所を書いてその言葉を言えるかどうか」を心に留めておいてほしいなと思います。