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2021年8月13日

『こびナビ』 ”信頼できる情報”を発信する 医療者の挑戦

国内外の医師30人ほどが参加するプロジェクト「こびナビ」。新型コロナウイルス感染症やワクチンについて、最新の研究をもとにした”科学的根拠のある情報”を発信しようと取り組んでいます。

「デマを拡散するのは簡単、正しい情報をつくるのはすごく難しい」

その言葉が意味するものはー

(8月10日放送 フェイク・バスターズ「新型コロナワクチンと誤情報」から
取材:藤松翔太郎ディレクター)

新型コロナワクチンの最新情報はこちらから


“デマ対策やらないとコロナは終わらない”



毎朝6時30分、感染症専門医の谷口俊文医師は千葉大学医学部附属病院に出勤します。

病院では感染者の急増に合わせてベッドを拡充し、千葉県内で最多となる約40人の感染患者を受け入れています。谷口医師はそのすべての患者の治療を管理しています。

私たちが取材したのは4回目の緊急事態宣言が出る直前の7月上旬。足早にICUに向かう谷口医師は、エレベーターの中でこうつぶやきました。



谷口俊文 医師
「ネットの情報の中にある『コロナ』と、実際に目の前で見る『コロナ』は大きく違います。いまデマ対策をしっかりやらないと、コロナ終わらないですよね」

最初に谷口医師が新型コロナの患者を診たのは去年2月のことでした。ダイヤモンド・プリンス号で感染した乗客でした。

谷口医師は日本とアメリカの両方で感染症専門医の資格を取得したスペシャリストですが、実際に新型コロナウイルスの感染患者を治療し「非常にやっかいな感染症」だという印象を持ったと話します。

最近では若い世代でも重症になるケースが増えていて、感染した患者本人からも「こんなに重い症状なのか」と悲痛の声が上がっていると言います。

谷口俊文 医師
「ネットでよく目にする新型コロナの情報は『肺炎から回復して、普通に生活している』か『亡くなってしまう』かの2つだと思うんです。でも実際は違います。正しい情報を得られずにコロナに感染してしまって重症化してしまったり、回復しても後遺症が残ってしまった方も一定数いらっしゃいます。若い方でも酸素を吸引している状態で退院される方も多くいらっしゃいます」


“正確な情報を増やしたい” 「こびナビ」プロジェクト始動


千葉大学付属病院の新型コロナ重症者病棟


最前線で新型コロナ患者の治療にあたる中で、谷口医師は「病院内での治療だけではなく、病院の外で正しい情報を届けない限り、感染の収束は難しい」と考えるようになりました。

そして今年1月、同じ問題意識を持つ医師たちと「自分たちで情報を発信することはできないか」話し合いを始めました。千葉大附属病院だけでなく国内外の医師や研究者などに協力を求めました。

プロジェクトの名前は「こびナビ」
「こび」は新型コロナウイルスを意味する「COVID-19」の頭文字。「ナビ」はナビゲート(案内する)からとりました。

活動の支援を呼びかけるクラウドファンディングを呼び掛けたところ、「応援したい」という声が多数寄せられ、約2千人の支援者から3千万円が集まりました。
そして動き始めてから1週間後には公式ウェブサイトが立ち上がり、新型コロナウイルス感染症やワクチンに関する、医療者による”信頼できる情報”の発信がスタートしました。


「こびナビ」ホームページから



「こびナビ」の発信はインターネットがメインです。ウェブサイトでは新型コロナワクチンの安全性や副反応に関する解説しているほか、不安を感じる人たちの質問や相談に答えるQ&Aなどを掲載しています。(「こびナビ」公式サイトはこちら ※NHKのサイトを離れます)

SNSもフル活用しています。ツイッターでの投稿はもちろんのこと「ライブ配信」も積極的に利用しています。



平日の朝8時半からはTwitter「スペース」でワクチンに関する最新情報を紹介。毎晩10時15分からは「インスタグラム」のライブ配信でユーザーから直接質問に答えています。

「こびナビ」に参加しているメンバーはみな、治療や研究の最前線に立つ医療者ばかりですが、本当に必要な人に情報を届けるためには自分たちが直接出演して、親しみを感じてもらうことが不可欠だと、多忙な合間を縫って協力しています。全員ボランティアです。

”1回ミスしたら信じてもらえない” 正確な情報を伝える難しさ

SNSを駆使してわかりやすい発信を心がける「こびナビ」ですが、メンバーが「もっとも力を入れている」と口を揃えるのが、”情報の正確性を担保すること”です。そのために多くの時間と労力を費やしています。

新型コロナウイルスに関する研究は世界中で行われていて、情報も頻繁に更新されています。新しい治療法についての論文が発表されたかと思えば、他の国の研究者が検証して誤りが見つかり、撤回されることも少なくありません。

そのため「こびナビ」では、感染症専門医だけでなく、公衆衛生の専門家やウイルス研究者、疫学や、薬事規制などさまざまな専門分野を持つメンバーたちが、それぞれ膨大な量の論文を読み込み、研究の妥当性や他の論文との比較検討など、お互いの視点から意見を交わしています。


「こびナビ」メンバーたちのオンライン会議


そしてメンバーの間で「最低限これだけは言える」と合意がとれたものを発信していると言います。

数年前から、SNSで”わかりやすい医療情報”の発信を続けている医師の山本健人さん(外科医けいゆう)は、「そもそも医療情報には”100%正しい”ものはほとんど存在せず”どれもグレー”なものばかり」だと指摘します。その中で「多くの専門家が検証し、合意が得られたものこそが、いちばん”白に近いグレー”であり、”科学的根拠がある”と言える情報だ」としています。
山本医師が出演した「フェイク・バスターズ」についてはこちら)

「こびナビ」が実践する【論文を読む】→【議論】→【合意が得られた情報を発信】という手続き。
これは山本さんの言う”いちばん白に近いグレー”な情報、つまり”現段階で”最も信頼できる情報”を発信するのための手段と言えます。

近くで取材していると、非常に手間がかかっていることがよくわかりますが、谷口医師は「絶対に必要なプロセスだ」と語ります。



谷口俊文 医師
「発信した情報がもし間違っていたら、誰もついてきてくれなくなります。
一回でもミスをしたら、『嘘をついていた』と信じてもらえなくなります。

もしわたし1人だったら怖くて発信できません。感染症の専門家であっても、ワクチンの専門家であっても、1人では全部の情報をカバーできないし、すべての論文が正確だという保証もありません。

「こびナビ」では1人の意見に対して、必ず他の専門分野の人から検証が入ります。『批判的吟味』といいますが、それが本当に正しいのか、考え方はこれでいいのか、厳しい目で見てもらえることは大きな強みだと思います。メンバー同士で吟味した結果であれば、私も自信を持って発信できると思っています」


“ワクチンは得体が知れない”と思って当然



「こびナビ」のホームページには、ワクチンに不安を感じる人たちからの質問や相談が、700件以上寄せられています。

その一つ一つに目を通して返事を返しているのが、「こびナビ」事務局長の黑川友哉医師です。

耳鼻咽頭科の専門医であるとともに、以前はワクチンの副反応など医薬品の審査を行うPMDA=医薬品医療機器総合機構に所属。臨床研究や医薬品の承認プロセス、薬事規制などにも精通しています。

実は黑川医師は、ファイザーやモデルナの「mRNAワクチン」に対して、当初はその効果と安全性に慎重な考えを持っていたと言います。

黑川友哉 医師
「私は最初にmRNAワクチンについて聞いたとき、正直『そんなもの使えるわけがない』と思っていました。しかし海外の臨床試験の結果が論文になり読んでみると、非常に高い有効性が得られている。また国内の審査報告書の中でも、この薬がどうやってつくられ、どのような工夫によって使うことができるようになったかについても、しっかり書かれていました。それを見て私は初めて納得して、このワクチンは使えるという確信を得たんです。

つまりわれわれ医師でさえも、理解するまでに非常に時間がかかったので、医療にあまり親しみのない方にとっては、得体のしれない物質だと感じることは当然かと思ってます」


回答文を”スマホの音声認識”で作る理由

わたしたちが取材した日、黑川医師は外来の診察を受け持っていました。
次々と患者を診る中、途中で10分ほどの待ち時間ができました。

すると黑川医師はすかさず、自分のスマートフォンを取り出します。画面に表示させたのは「こびナビ」に寄せられた質問の一覧表。次の患者が来ていないことを確認すると、スマホのマイクに向かって話し始めました。

黑川友哉 医師
「お問い合わせいただきありがとうございます まる」

スマホの音声認識機能を使って、質問への回答文を作っていたのです。

スマホの音声認識機能で回答文を作る黑川医師


黑川医師によると、ワクチンに不安な人ほどネットやSNSで検索を繰り返し、誤った情報を集めてしまいがちだと言います。少しでも早く返事を出すことで、不確かな情報にのめり込む人を減らしたいと、わずかな空き時間を使って返事を返すようにしているのです。

そして音声認識機能を使うのにはもう一つの理由もあります。
普段、診察室で患者に説明しているときと同じような口調で、相談に答えたいと考えているからです。

ネットやSNSは顔が見えない上、文章での説明は冷たい印象を与えがちなため、話し言葉をそのまま文字にすることを思いついたと言います。

実際に、黑川医師が質問に答えた例をご紹介します。
相談者は、SNSで「接種すると数年後に死ぬ」という根拠がない投稿を見て不安になり、ワクチンの長期的な安全性について訪ねていました。



黑川医師の回答
「お問い合わせいただきありがとうございます。

治験において『長期的な副反応が確認されていない』というのは、ある意味“事実”ですが、今回のワクチンは、数日以内に体内から消えるので、長期的な副反応は考えにくいです。

実際に治験では、1年以上経ってからの重大な副反応は、報告されていません。それ以上の長期の副反応については、世界中で常に監視が続いています。

『長期の』といっても、これはいつまで調べれば“安全”といえるのか。答えのない『終わりの見えないマラソン』のようなものです。現時点で『長期の副反応』というゴールのない不安で、接種をためらう必要はないと考えます」


不安で”何を信じていいかわからない”という人へー

歯止めの利かない感染拡大、そして先の見えない不安が社会を覆う中、いま何を信じたらいいかわからないと感じる人は少なくありません。

そうした人たちに向けて、黑川医師は伝えたいことがあるといいます。



黑川友哉 医師
「何かの情報を見たときに、不安に思うのは当然の反応です。まずはその気持ちを否定しないで下さい。それと同時に「その情報が本当に正しいのか」立ち止まって確認してほしいと思います。

私たちは、行政機関や学会が発表している公的な情報をかみ砕いて、どんな表現をすれば伝わるのか考えながら発信をしています。そういう情報をぜひ見ていただければと思います」

いま「こびナビ」には医療関係者だけでなく、医学生やデザイナー、漫画家、動画クリエイターなど様々な人がボランティアで参加し始めています。活動の幅も徐々に広がり、自治体に配布するガイドブックの作成やより手の込んだ動画の作成など、医師だけでは難しかったこともできるようになりました。

”信頼できる情報”を届けるための「こびナビ」の挑戦は、これからも続きます。

※コメントは編集部で内容を確認の上、掲載させていただきます。