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2020年7月15日

市民と行政で作る“新しい公共” ~シビックテックストーリーin浜松~

7月8日の放送で取り上げた市民がテクノロジーを使って社会課題の解決を目指す「シビックテック」の取り組み。宮田さんは「国によるデータを使ったコロナ対策を“大きな公共”だとすると、シビックテックのような市民が中心になった仕組み作りは“小さな公共”と言えます。これから重要なのは地域別・個別で小さな公共を組み合わせながら感染対策と経済活動を両立させること。シビックテックの特徴であるデータを市民と共有しながら新しいサービスを作る方法は公共の考え方そのものが大きく変わり始めていることを感じます」と今後のデータ活用のひとつとして大きな期待を寄せているようです。宮田さんが言う公共の考え方の変化とは一体どういうことなのか、浜松市の行政と市民が協力して市のコロナ情報サイトや飲食テイクアウトアプリをつくるプロジェクトを見ていくと“新しい公共”の輪郭が見えてきました。

(番組ディレクター 土生田晃)



「住民に泣きついた」市役所職員が語る胸の内
3月28日、静岡県浜松市内で初めて新型コロナウイルスの陽性患者が発覚しました。
同日、浜松市役所のホームページには住民のアクセスが殺到。しかし市役所は、感染情報がまとまったサイトを整備出来ずにおり、住民が情報にたどり着けない事態に陥っていたのです。

浜松市・情報政策課 村越功司さん
行政のチカラだけで市民に情報を素早く届けることに難しさを感じていた


浜松市・情報政策課 村越功司さん
「時間もない、ノウハウもない、職員もちょうど年度末で繁忙期のため人手もいない。しかも市でサイトを作るとしたら、まず予算を確保し、次に業者を選定、そして開発といった具合で、 “これまで”の行政のやり方では完成が秋になってしまう」

住民が一目で感染情報を把握できるサイトが作れない…。市役所職員・村越功司さんはどうすれば良いか悩む中、注目をしたのがシビックテックでした。その理由には東京都が3月初旬に公開した「新型コロナウイルス感染症対策サイト」の存在がありました。感染情報をわかりやすく見ることができるこのサイトがシビックテックによって作られたものだったのです。すぐに村越さんはIT技術に関する市内の勉強会の主催者に声をかけました。今後の行政サービスを作る上で参考になるのでは思い、2年前からこの勉強会に足を運んでいたのです。

浜松市・情報政策課 村越功司さん
「『東京都が公開したサイトの浜松版は作れる?』と泣きついたというのが事実です。スピード感を持って対応するには、これまでの行政のやり方では難しい。それは頭では分かっていたんですけど、『じゃあどうすれば?』と頭を悩ませていました。その時、1つの道筋となったものが東京都のサイトの作り方、シビックテックだったんです」

東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト
市民エンジニアの手によって都の持つ検査などのデータを見やすいデザインに整えた


“市民エンジニア”が団結して灯ったシビックテックのともしび
市役所職員・村越さんが連絡をしたのは、市内でITエンジニアとして働く小木悠斗さん。
小木さんは約20名が参加する「JAWS-UG浜松」というITコミュニティの主催者。コミュニティ自体は市内で働く20代から50代のエンジニアで構成され、新しい技術を共有したり、趣味で作ったアプリを見せ合うなど、仕事とは関係のない繋がりでした。勉強会に顔を出していた村越さんからの突然の連絡に、小木さんの返答は二つ返事で“やりましょう”。無償で引き受けることになりました。

ITエンジニア・小木悠斗さん
普段は企業向けシステムの製作や管理を担当している


ITエンジニア・小木悠斗さん
「今まではメンバーと一緒にプライベートな時間で好きに勉強して、趣味でアプリなど作って満足していたんです。ですが、得た技術を生かせる場ってなかなかなかったんですよね。今回の件で、『やっと生かせる場ができた』という思いがあって、そういう意味では今回がシビックテック初体験でした。この街に住んでいる以上、何かしたいと思っていたので」

村越さんからの連絡を受けたその日、小木さんは「JAWS-UG浜松」のメンバーである“市民エンジニア”たちと特設サイトの製作に乗り出しました。まず小木さんたちは、村越さんたち市役所側に行政データの整理をお願いしました。実は、サイトに載せるための陽性患者数や検査数は、これまで市のHPでバラバラに公開され、数字も表記が複雑で見づらく、市民にとってわかりづらい状態になっていました。小木さんたちは行政データをひとまとめにした状態で提供してもらい、特設サイト上でまとめて見ることができるようにしました。また今後は行政データをサイトに簡単に反映させることができ、日々の更新も簡単にできるようにシステムを組みました。
その他にも、小木さんたちは浜松市内に住む約2万人の外国人のために、「英語」や「ポルトガル語」、「やさしいにほんご」といった言語対応にも力を入れました。
住民に必要な情報は何か?使いやすい仕様とは何か?作り手でもありユーザーでもある市民エンジニアたちは、自らの意見をどんどん反映させていき、その自発的な動きに村越さんは驚きを隠せなかったといいます。

浜松市・情報政策課 村越功司さん
「皆さん本業がありますので、夜からオンライン上で繋がってスタートするんですが、その熱量が凄かったです。特にリーダーがいるわけでなく、誰かが『これをやって』と投げかけたら、それを誰かが自然と拾って解決していく。仕事の割りふりを事前に決める行政の働き方とは全く違うスピード感で、“出来る人がやる”という熱量とスピードに圧倒されてしまいました」

東京都の対策サイトをベースに浜松市民に使いやすいようアレンジした

市内で暮らす多くのブラジル人に向けてポルトガル語も対応


対策サイトの製作でシビックテックに初めて出会い、人生のライフワークとなった人もいます。黒柳仁さんは、職場は浜松市ですが住まいは市外。地元ではないけれど自分が何かの力になるならば…20年以上エンジニアとして顧客の要望に答えてきた黒柳さんは、誰かのために自身の持つ技術を使ってみたいと考えるようになり、小木さんから今回のプロジェクトを聞いて参加してみることにしました。自分の住む街に関係なく、同じ目的意識の仲間と繋がり社会参加できるのがシビックテックの大きな魅力だといいます。

ITエンジニア・黒柳仁さん
コロナ禍をきっかけにシビックテックという新しい社会参加を知った


ITエンジニア・黒柳仁さん
「今は54歳ですが、この年になってもパソコンさえあれば誰かに貢献できることが今回の一件で分かりました。しかも、会社も世代も違うエンジニアたちと同じ目的で繋がることで、僕の知らない技術やアイデアに出会えてすごく刺激的だったんです。自分の住む街ではなく近隣の街でこんな経験ができるなら、定年を迎えても色んな場所でシビックテックを続けていこうと思っています。」

多くの市民が協力しあい、製作からわずか4日間で公開にこぎつけた浜松版対策サイト。
しかも、この出来事をきっかけに浜松では“市民発のサービス”が次々と芽吹いています。

主役は市民エンジニアではなく“市民”
対策サイトの製作に携わったITエンジニアの松井英俊さんは、シビックテックをさらに街のために生かせないかと考えました。すぐに頭に浮かんだのは、営業自粛せざる得ない状況に追い込まれていた友人の飲食店オーナー。そこで松井さんは“あるアプリ”を製作。どのようなものかというと、店にとっては無料でテイクアウトメニューが掲載でき、そして住民にとっては市内の店とメニューがまとまって見やすい、店と住民の両者が活用できる「テイクアウトマップ」です。わずか一週間で製作をしました。

ITエンジニア・松井英俊さん
「東日本大震災の時に自分は二十歳ぐらいで、何かしたいって思ってたけど結局できなかったんです。ボランティアに行ったとしても、自分に何ができるか正直分からなかったので体が動かなかった。今は当時と違ってエンジニアとしての技量があるので、少し時間を割けば誰かの力になれると思ったんです。」

松井英俊さんがつくったテイクアウトマップ
参加店舗は69か所、掲載メニューは300以上


飲食店オーナーの伊藤良介さんは、友人である松井さんが作ったアプリの参加店舗を募りました。掲載料のかかる大手グルメサイトのような“多くの情報で溢れかえる場所”より、飲食店が無料で自由に活用できる浜松市に特化したものを作れないかと考えていた伊藤さん。松井さんのおかげで、企業や自治体に頼るのではなく、自分たちでもサービスを作れるという気付きがあったといいます。

(左)伊藤良介さん (右)松井英俊さん
参加店舗は69か所、掲載メニューは300以上


飲食店オーナー・伊藤良介さん
「近隣のお店さんはライバルみたいなものだったけど、街が生き残るために初めてちゃんと協力し合って、掲載する店がいくつも集まったんです。松井くんのおかげで、自分たちで動けたという実感があって、なんか『浜松の一員になれた』という気がしました」

シビックテックは市民エンジニアだけで行うものでなく、“お困りごとの当事者”と繋がることで、国や自治体が対応しきれなかった部分に応えることが可能になる。
松井さんはテイクアウトマップの作成や運営について、エンジニア志望の地元の若者を巻き込みました。そこには、自身がこれまで得られなかった“社会に貢献できる”という実感を、地元の若者にも味わってほしいという思いがあったといいます。

ITエンジニア・松井英俊さん
「自分は以前、大きい企業に勤めていたんですけど、そこで組織に必要とされているか分からなくなって、仕事に熱量持てなくなったんです。結果、仕事を辞めてプラプラしてるような時期が長く続いちゃって。そういった意味では今回、自分の持っているIT技術って、最先端のものでなくても地元のような小さな単位だったら役に立つんだなって分かりました。やっぱり自分が生まれ育った地域に貢献できたら誇りになるし、自分もそうだったので若い子たちにも経験してほしい」

人と人を繋げるシビックテックは“新たな公共”
コロナ禍をきっかけに芽生えた、自発的な市民エンジニアの動き。
市役所職員・村越さんは行政のあり方そのものを見直すきっかけになっていると実感しています。それは、サービスを“用意する”のではなく、“共に作る”にシフトするということ。村越さんたち市役所では今、企業が持っている技術を市民エンジニアに解放する動きも行なっています。個人で開発することが難しい企業の技術を、市役所が仲介することで市民エンジニアが使えるようにしているのです。

浜松市役所の村越さんとチームの皆さん
行政と市民の新しい関係づくりに今後も挑んでいく


浜松市・情報政策課 村越功司さん
「市役所の役割は、行政サービスを提供するだけでなく、シビックテックの舞台を用意したり、市民エンジニアをサポートすることも重要になってくると思っています。ただ注意しなくてはいけないことが、市民を“安い下請け”と勘違いしてしまうこと。本来は行政が担わないといけない部分を善意で担ってくれている点で、我々はそこに最大限のサポートと敬意を示さなければならない。市民を助け、そして助けらえれ、そんな新しい関係性が“新しい公共”のひとつのあり方なんじゃないかと思っています」

信頼を通したデータ活用が次の社会を作る
宮田さんはシビックテックによる新しい公共の可能性を、単に今まで手の届かなかった地域課題の解決だけではないと言います。それはデータを提供する側と提供されたデータを使う側の間に欠かせない「信頼関係」作りです。

慶應義塾大学 宮田裕章教授
「今、わたしたち市民は国やGAFAなどのITメジャーに情報を提供し、その代わりに様々なサービスを受けています。そのこと自体はしばらく続きそうですが、一方で提供した情報が他の営利目的等で使用されていないか、プライバシーは正しく守られているかなど不安に感じることも少なくありません。しかし次の社会を考えると、今後は国であろうと大手企業であろうと人々からの信頼を得られないまま勝手にデータを使用し続ければどんどんユーザーは離れていくでしょう。データを使う側は、わたしたち個人や社会全体の役に立てる目的であることをわかりやすく伝え、時には取り組み自体を一般公開して透明性を示すこと(オープンソース)も重要になると思います。利益を上げたり経済を回すことも重要ですが、この信頼作りに今まで以上に多くの労力を使う必要があります。わたしたち市民としては、信頼をもとにデータを利活用することが当たり前だという価値観がシビックテックのように市民側から広まることで大手企業や行政にも大きな影響を与えるはずです。現に浜松市の取り組みでは行政と市民が上下関係ではなく協力し合う立場です。こうした新しい関係性がコロナ禍で芽吹いていることは次の暮らしやすい社会に向けた大きな前進だと感じています」