娘が夫から被害に 母親の苦悩
ことし1月。私たち取材班のもとに、30代女性から衝撃的な経験談がメールで届きました。
「去年12月、夫が3歳の娘に 性虐待を疑う行為をしているのを、偶然 目にしてしまいました。娘は泣きながら私に告白してきました。次の日に支援センターに電話し、娘はその日のうちに児童相談所に引き取られました。」
私は、すぐに女性に連絡をとり、会いに行きました。“娘が性被害に遭った。その加害者は、自分の夫。” すさまじい現実を ある日 突然 突きつけられ、穏やかな生活が一瞬にして壊されてしまった、という女性。その苦悩や悲しみ、そして娘を思う母親としての“強さ”は、想像をはるかに超えるものでした。
(報道局社会番組部 ディレクター 村山かおる)
被害を目にしたのは 自宅のリビング
投稿を寄せてくれたエリさん(仮名)が、その現場を目撃したのは、昨年末のことでした。エリさんは、夫と娘を家に残して 近所に買い物に出かけ、予定よりも早く、30分ほどで帰宅。そして、リビングで目にしたのは、下着姿であおむけになった娘(当時3歳)と、その前に下半身を露出して立つ夫の姿でした。
「一瞬、時が止まりました。とっさに娘を抱きかかえあげ、夫を問いただしました。夫はあたふたと下着をはき、『ごめん』とひと言 返すのみ。“とんでもないことが起きてしまった。” そう感じました。」
エリさんは、娘を抱えたままリビングを離れて、ふたりきりになり、娘が傷を負っていないか、体をくまなく確認しました。幸いにも、目に見える傷はありませんでしたが、泣きながら 父親にされたことを話す姿から、「すぐに夫と離れなくては」と思いました。
しかし、専業主婦で自身の収入はなく、また、身内に相談することもできず、その日のうちに家を出ることはかないませんでした。ひと晩、夫とは別の部屋で娘と一緒に寝ましたが、夫が部屋に入ってこないかという恐怖と、娘の将来への不安で一睡もできなかったといいます。
「誰に相談したらいいのか分からない・・・。」そのとき、ふと思い出したのが、少し前にテレビ番組で知った「性暴力ワンストップ支援センター」の存在です。翌朝、さっそく最寄りの支援センターに電話をかけると、ただちに来所するよう勧められ、娘を連れて向かいました。
何を選択しても“地獄”
ワンストップ支援センターで相談員に経緯を話すと、すぐさま児童相談所を紹介され、そのまま向かいました。車のなかで、娘は不安そうに「どこへ行くの?」と尋ねてきたといいます。“この子は自分の身に起きたことをちゃんと分かっている”と感じたエリさんは、答えました。
「これから あなたをどう守るか、みんなで相談するんだよ。」
このやりとりが、娘と別れる前の最後の会話になりました。事情を聞いた児童相談所は、その場でエリさんの同意を得た上で、娘の「緊急一時保護」を決め、2か月間、施設で保護することになったのです。一時保護施設の詳しい場所については、娘の安全を守る目的から、エリさんにも伝えられませんでした。
娘の保険証と医療証を預けることとなり、車へ取りに戻ったエリさんは・・・。
「保険証と医療証を手にした時、娘は自分の目の前から本当にいなくなったってしまうのだと実感しました。自分の親や周りの人たちにどう話したらいいのか、これから私たち親子はどうなってしまうのか・・・。車の中で泣き崩れました。こんな事になるのなら、ここに来る前に、娘の好きな お菓子をコンビニで たくさん買ってあげれば良かった・・・。とても悔やみました。」
この2か月後、一時保護期間が終わるのを前に、エリさんは児童相談所と相談の上、娘を児童養護施設に入所させることに決めます。派遣の仕事を始めたばかりで安定した収入が得られていないため、やむを得ませんでした。養護施設から、面会ができるのは「娘が施設に慣れてから」と言われています。
娘と会えなくなって3か月、不安と寂しさを抱えながら、エリさん自身も家族3人で暮らしていた家を出て、今はひとりでアパートを借りています。
「家庭内の性虐待の被害を知ったとき、支援機関に言うべきか言わないべきか。母親にとって どちらを選択しても“地獄”です。支援施設に話したら、今の私のように家族はバラバラになります。でも、家族だけの“秘密”にして、あのまま夫と3人で同居を続けていたとしたら、娘は心と体がいつかぼろぼろに壊れてしまいます。さらに、事実をのみ込めずに精神的なダメージを受けている私と、共倒れしてしまう、と思いました。」
第一に考えたのは娘のこと
エリさんにとっては、どれも“地獄”の選択でした。しかし、一貫して大切にしてきたのは、娘の思い、そして将来でした。
エリさんが、被害が発覚した翌日に、ワンストップ支援センターに電話をかけることができたのも、「娘が勇気を出して発してくれたSOSから決して目を背けてはいけない」という、強い思いからでした。さらに、児童養護施設に娘を預けることを選んだのも、娘が今後、長年にわって受け続けるかもしれない精神的な影響を最小限に抑えたいという気持ちからです。「父親からされたことがフラッシュバックしないか」「思春期になって自分がされた行為の意味を知ったとき娘はどうなってしまうのか」ということが何よりも心配だったエリさんは、今しばらくは、性虐待に詳しい専門のカウンセラーが常に目を配ってくれる児童養護施設で暮らしたほうがいいだろうと考えました。
「性被害に遭った子どもに現れる症状がどんなものかを知らず、どう対応すればいいかも分からない人たちと接しながら暮らし続けたら、娘をどんどん傷つけるだけだと思いました。この数か月、数年のことよりも、その後の何十年のことを考えなければなりません。だから、まず、娘の安全を確保して、早いうちから専門の人たちに娘の心のケアをしていただくことが一番大事ではないかと思います。」
一日でも早く 娘と暮らすために…
児童擁護施設に入所する日、エリさんは、娘のお気に入りの服やお箸(はし)セットと、新品の靴下などをそろえて、施設に届けました。そして、「必ず迎えに来ると、娘に伝えてください」と施設のスタッフに伝えました。それが、その時のエリさんにとって、 “母親としてできる唯一のこと” でした。
今、娘の様子については、児童相談所の職員を通じて、たびたび電話で教えてもらっています。
「入所初日は泣いていたそうですが、今では 施設のスタッフのみなさんにかわいがられ、他の子どもたちとも仲良く遊ぶなど、元気でいるようです。ほっとしました。
1日でも早く、安定した収入を得られるようになって、娘と暮らしたいと考えています。1年後を目標にしています。」
“行動”の原動力になったのは・・・
エリさんが、悩みながらも、「娘のことを最優先に考えて」行動することができたのは、性暴力の被害を受けた人の“その後”をわずかながらでも知っていたからだといいます。
きっかけは、『クローズアップ現代+』や『ハートネットTV』などの番組でした。性暴力の被害に遭った女性が「母親に打ち明けたものの受けとめてもらえず、よけいに傷ついた」と話していたこと、また、被害から何十年たってもトラウマに苦しんでいる、といった別の女性の経験談を聞いたエリさん。「自分が何を失ったとしても、娘につらくて悲しい思いだけはさせてはいけない」と考えたといいます。
さらに、「自分の選択は間違っていない」と思い続けることができたのは、ワンストップ支援センターの支援員にかけられた言葉でした。
「身近で性暴力が起きたら、普通は精神的ショックで動けなくなる人が多いんです。でも お母さんは、本当に行動が早かったし、その行動は決して間違っていないです。児童相談所で保護をする方法でしか 娘さんは守ることはできません。あとになって振り返った時に、娘さんはお母さんに必ず“ありがとう”って感謝すると思います。」
“誰の身近でも起きうる”ことを知ってほしい
エリさんは、この3か月の間に起きたことについて、その時々の思いといっしょに、具体的にしっかり語ってくれました。
「自分の娘が性暴力の被害に遭うこと、ましてや家庭内で被害に遭うとは思ってもみませんでした。 以前は “まったく遠い世界のこと”、“他人事” と感じていました。身近で起きた自分の経験を知ってもらうことで、被害者本人や家族がどんな状況に置かれるのか、もし身近に 被害に遭った本人や家族がいたら どんなふうに接したらいいか、考えるきかっけにしてもらえればと思います。」
昨年6月に立ち上げたこの「みんなでプラス 性暴力を考える」には日々、被害に遭った方々や、そのご家族、友人が、勇気と覚悟をもって それぞれの経験や思いを寄せてくださいます。みなさんの「声」を取材して、記事や番組で伝え続ける中で、その「声」が新たに誰かに届き、力になっているということを、エリさんの話を聞いて、私自身、改めて感じました。これからも、性暴力の実態や対策について伝え続けていきます。
みなさんは、家庭内の性暴力について、どう思いますか?
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