みんなでプラス メニューへ移動 メインコンテンツへ移動

みんなでプラス

弁護士に聞く「痴漢です!」声を上げた その後は・・・

もし「痴漢です」と声を上げたら、その後に何が起きるのか。どう対応すればいいのか――。

Vol.49「試験の朝、痴漢に・・・ 通報した勇気」では、実際に痴漢の被害届を出した真由さん(仮名)のケースを紹介しました。そもそも痴漢被害は、声を上げるまでに、相当の勇気や負担を伴うもの。多くの人にとって、その後の警察とのやりとりや手続きは“未知の領域”です。

今回は、性犯罪などの加害者側の弁護は請け負わず、被害者側の弁護やサポートに徹しているという弁護士・岸本 学さんが開くセミナーを訪ね、話を聞きました。

(クロ現+ディレクター 飛田陽子)

“声を上げても報われない・・・”が通報につながらない

(弁護士 岸本学さん。民間企業や金融庁を経て弁護士に。2015年から独立。)

定期的に都内で、「痴漢被害を受けたときにできること」をテーマにしたセミナーを開催している岸本さん。取材したこの日も、自身が痴漢被害に長く悩まされてきた経験を持つ人から、「もし被害を目撃したら、どんな対応をとるのが理想的なのか、弁護士の意見を知りたい」という人まで、いろいろな立場から関心をもつ さまざまな世代の男女が集まっていました。岸本さんは参加者に向けて、まず、痴漢被害に遭った人にかかる負担の大きさについて語りました。

岸本さん

「痴漢の被害に遭った人が、もし加害者を捕まえようとしたら、加害者に抵抗されたり、逆上されたりするかもしれないというリスクがありますよね。被害者からすれば、『痴漢です』と声を上げること自体が大きな負担だと思います。そしてもし、捕まえることができたとしても、駅や警察でどんな風に対応してもらえるかは、担当者によってムラがあるのが現実です。いまツィッターなどのSNSには、実際に警察で長時間拘束されたり、何度も執拗(しつよう)に被害の再現をさせられたり、『被害届を出して事件化する(刑事手続きをする)のを見送る』ことに納得するよう説得されたりしたという人たちの声が頻繁に上がっています。私が対応してきたケースでも、実際にそういう目に遭った人がいました。ただでさえ声を上げることに苦労するのに、声を上げても その先で報われるか分からない、ということ自体が 痴漢被害の通報のしにくさを助長しているのではないかと考えています。」

警察に被害届が受理されたら どうなるの?

警察に痴漢の被害届を出して受理された場合、実際どのようなことが起きるのか。セミナーで岸本さんが解説した内容と個別にお聞きした話をもとに、要点をまとめました。

※気になる項目をタップすれば、詳しい情報にジャンプできます。
①刑事手続きは どんな流れ?
②「お金で解決」していいの…? 示談について
③被害者も弁護士を頼めるの? 経済的支援は?
④第三者はどう関わればいいの?

①刑事手続きは どんな流れ?

警察が事件化の方針を決定すれば、被害者は警察が用意した被害届に署名・押印(指印)します。そして、被害者と被疑者それぞれに対して事情聴取が行われ、供述調書が作成されます。その後は具体的にどのようなことになるのでしょうか。

岸本さん

「特に知ってもらいたいのは、『ほとんどの場合 被疑者は一度 釈放される』ということ。痴漢加害者に疑われたらどうなるのか、といった情報をまとめてあるホームページなどで“留置所に連れて行かれると、しばらく家に帰れない”など、不安をあおる情報をよく見かけますが、私の知る限り、長期勾留になるケースは少数派だと思います。

捜査にかかる期間はケースバイケースですが、最近は科学的な証拠を採るための『微物検査』の数が増えていて、検査結果が出るまでに1~2か月以上 待たされるということも珍しくありません。」

岸本さん

「加えて、同じ『痴漢』でも、被害の内容によって、どう裁かれるのかが変わります。衣服の上から身体に触る、相手の性器を押し付けられるといった被害は各都道府県の『迷惑防止条例違反』として裁かれますが、服の下に手を入れて身体に直に触れるなどあまりに悪質だと、刑法の『強制わいせつ罪』に問うことになります。ほかにも、衣服に体液をかけられたなどの被害は『器物損壊罪』にあたりますが、体液が皮膚についていれば『暴行罪』です。盗撮被害は『迷惑防止条例違反』ですが、“のぞき”は、撮影していないということで迷惑防止条例違反ではありません(軽犯罪法違反に問うケースはあり)。

何の罪に問うのか次第で、その後の展開は大きく異なります。迷惑防止条例違反の場合、起訴になっても、被疑者が痴漢行為を認めていれば、略式手続き(公判手続きを開かずに書面審理で罰金などを決定する刑事特別手続き)で罰金のみで終わり、という顛末(てんまつ)がほとんどです。いずれの場合でも、刑事手続きを進めていく中で、加害者側が裁判をせずに当事者間の合意で解決する『示談』を申し出てくることもあります。」

②「お金で解決」していいの…? 示談について

(セミナーで話す岸本さん)

ふつうに生活する中で、自分が「示談交渉」の当事者になることは なかなか想像しにくいのではないでしょうか。また、実際に当事者になった場合、「お金で解決する」というイメージが拭えなかったり、示談に応じて不起訴になれば 相手に“前科”が残らないため、「なかったことになる」と感じたりする人も少なくないと思います。もし示談の申し出があったら、どんなことを考えて判断すればいいのでしょうか。

岸本さん

「私は、示談に応じることをネガティブにとらえる必要は決してないと思います。現状の法制度では、被害者が加害者から直接『償い』を受けるためには『金銭』を受け取るほかはなく、事実上、示談が成立しなければ被害者が金銭的な償いを受けることは困難だからです。

痴漢の疑いをかけられた被疑者の中には、痴漢行為を否認しているのにも関わらず、手早い解決を求めて示談を申し出てくる場合があります。そのような場合、できれば、被疑者側の弁護士に会う前に、ご自身も弁護士を探して相談してほしいと思います。被疑者側が提示してくる示談金額についても、『こんなものか』と鵜呑(うの)みにしないでほしいです。

以前、私が引き受けたケースで、示談金額が5万円ということがありました。相場というものはありませんが、50万円以上で合意に至るケースがほとんどですので、堂々と5万円を提示してくる相手に『そこまで被害者を軽く見ているのか』と衝撃を受けました。不慣れな示談交渉にひとりで挑み 相手の都合の良いように言いくるめられてしまう前に、被害者も専門家の力を頼ってほしい。また、示談では『被害が発生した路線の不使用』や『接近禁止』『口外禁止』『個人情報詮索の禁止』を合意条項の中に取り込むことも可能です。相手に求めたいことは自分の弁護士になんでも伝えてほしいと思います。」

③被害者も弁護士を頼めるの? 経済的支援は?

(大手検索エンジンで「痴漢 弁護士」と検索したときの結果。2020年2月9日閲覧)

インターネットで「痴漢 弁護士」と検索すると、痴漢の疑いをかけられた被疑者側の相談に応じている弁護士事務所の広告や情報が上位に表示されます。また、“えん罪”に対応する保険まで生まれています。岸本さんの事務所に相談にきた依頼人の中には、なかなか被害者に寄りそってくれる弁護士情報がない中で ようやくたどり着いたという人が多いようです。被害を受けた側に差し伸べられる手が少ないこの状況・・・。どうしてなのでしょうか。また、被害者が弁護士を頼む場合、経済的負担は大きくないでしょうか。

岸本さん

「まだまだ全体としては、痴漢被害者側の弁護に力を注いでいる弁護士が少ないのが現実です。数が少ないので、やっていても、忙殺されていてインターネットで広く情報発信する余力がないという場合も多い。弁護士の仕事の中では報酬水準が低い部類に入ることもあって、これまであまり注力されてこなかったのではないかと思います。でも、このままでは、いつまでも社会は変わりません。

私はかつて企業法務の仕事をしていました。そのときよりも、被害に遭った人が前を向いていくためのお手伝いをしている今の方が、仕事にやりがいを感じます。こうした思いを共有する弁護士がひとりでも増えてほしいと思います。

もし痴漢被害に遭い、弁護士を頼みたい場合、まず各弁護士会が設置している犯罪被害者向けの無料相談窓口に相談することもおすすめします。

一方、被害者からすると、弁護士を頼むことになると費用面の心配があると思います。でも、日本弁護士連合会(日弁連)の『委託法律援助制度』があります。これは、痴漢や性犯罪を含む一定の犯罪被害者を対象に、弁護士に支払う報酬の一部を日弁連が援助してくれる制度です。預貯金額が300万円以下の人なら利用でき、弁護士に仕事を依頼する時点で支払う着手金を一時肩代わりしてもらえます。そして示談不成立の場合や示談が成立しても示談金額300万円未満の場合は、着手金の肩代わり分の返還が免除されますので、実質”成功報酬”のみで弁護士を利用することができます。」

④第三者はどう関わればいいの?

痴漢被害を目撃した時の理想的な対応について、岸本さんが大切なポイントとしてあげるのは、「記録保全」。被害に遭っている人の中には、その場にいる人にさえ被害を知られたくないという人もいるため、「まずは被害に遭っている人の気持ちを尊重することを優先してほしい」としながらも、記録することは重要だと言います。

岸本さん

「第三者がスマートフォンで撮影した動画は、痴漢被害の証拠になり得ます。その場合、証拠の力を高めるのは①犯罪性 と ②犯人性 が記録されていることです。

①犯罪性とは、被害の瞬間が映っていること。
②犯人性は、加害者が特定できる情報です。満員電車で加害者の顔を撮影できる状況でなくても、服装や腕時計、持ち物など、何か“その人を示すもの”が撮れていれば十分だと考えます。

勝手に動画を撮影することは盗撮にあたるのではないかと心配する人もいると思いますが、目の前で発生している犯罪の証拠を記録するためであれば盗撮にはなりません。ただし、撮影した動画をいつまでも手元に残していたり、勝手に拡散したりするようなことは『犯罪の証拠を記録するためではない』と見なされかねないため、決しておすすめできません。」

一番望ましいのは、痴漢被害そのものが発生しないこと…それに変わりはありません。でも、あらかじめ、「痴漢です」と声を上げた後に起きることを知識として持っていれば、いざというときの参考になり、身近な人に被害を打ち明けられたときにかける言葉も変わるかもしれないと今回の取材を通して感じました。痴漢を疑われた被疑者の目線ではなく、被害に遭った人の視点から見える世界の中に、痴漢問題の解決につながるヒントが眠っているはずです。これからも取材を続けたいと思います。

※岸本さんが開催しているセミナーは、今後も開催される予定です(不定期・場所は都内)。詳しい情報は、岸本さんのTwitterアカウントを確認ください。

※過去の“痴漢”に関するトピック

Vol.19 想像してほしい “声を上げられなかった”私の気持ち
Vol.23 “痴漢をさせない” ために…何が必要だと思いますか?
Vol.42 痴漢を見過ごしてきた社会
Vol.44 高校生の思いが生んだ 痴漢抑止バッジ
Vol.45 痴漢 皆さんの声① 打ち明けられなかった理由
Vol.46 痴漢 皆さんの声② 相談したけれど…
vol.47 受験生を痴漢から守りたい!#withyellow運動
vol.49 試験の朝、痴漢に・・・ 通報した勇気
Vol.50 データが浮き彫りに!知られざる痴漢被害の実態
Vol.51 “私は見て見ぬふりしない”
Vol.52 本当に、「たかが痴漢」でしょうか?
Vol.55 スタジオゲストに聞く!「痴漢問題は日本社会の縮図」

この記事について、皆さんの感想や思いを聞かせてください。画面の下に表示されている「この記事にコメントする」か、 ご意見募集ページから ご意見をお寄せください。
※「コメントする」にいただいた声は、このページで公開させていただく可能性があります。

この記事の執筆者

「性暴力を考える」取材班 ディレクター
飛田 陽子

みんなのコメント(4件)

オフィシャル
「性暴力を考える」取材班
ディレクター
2020年2月20日
コメントをありがとうございます。

「みんなでプラス 性暴力を考える」では、被害の実態を伝えるだけでなく、もしもの時に何ができるのか、具体的な情報を取材し、発信していきたいと思います。
これからも、みなさんと思いや意見を共有させてください。よろしくお願いいたします。
すみれ
50代 女性
2020年12月8日
2年前マンションの管理人に痴漢被害、その前からマンションの中での奇妙な行為などもあり警戒はしていたがまさか堂々とはっきりと猥褻行為をするとは思っていなかったのでもうただただ驚き、必死で逃げました。その後管理会社に問いあわせをしたものの、調査もせず無かったことにしようと現在も対処なしです。管理組合にも相談、警察にも相談、弁護士さんにも相談、また本人にも直接抗議しましたが、未だ何も変わらず、外に出られない。救いを
しっぽな
50代 女性
2020年2月18日
被害者家族です。防犯カメラには、呼び出されて部屋に入るところと出てくるところが映っていましたが、実際痴漢の証拠がないこと、加害者は嘘が上手くて痴漢を認めないことで、警察は被害届を出すことも認めてくれませんでした。今は弁護士さんに相談するも、望む結果は難しいと言われています。被害者なのに誰も味方になってくれない世知辛い世の中です。
たま
30代 女性
2020年2月16日
こういう記事はありがたいです。心に光が灯った感じで心強い。レイプの加害者が知り合いだった場合、されたことがレイプと被害者が気付くのに時間がかかる、は日本に限った話でなく、他の国でもそうなんだとBBCのニュースでハッとしました。だから時効にもなりやすい。過去の被害であっても声を上げることがやはり、大切なのだと思う。あとに続く被害者を守るためにも。