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みんなでプラス > “性暴力”を考える Vol. 41~80 > 【性暴力を考えるvol.41】#性被害者のその後④ 治療で“新しい自分”を
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2019年12月13日
【性暴力を考えるvol.41】#性被害者のその後④ 治療で“新しい自分”を
“適切な支援や治療を受ければ、性被害者は新しい自分を生きることができる。そのことをもっと社会に知ってほしい”。「みんなでプラス 性暴力を考える」にメールを寄せてくれた、麻衣さん(30代)。一時期、深刻なPTSDで苦しんだが、性被害者の治療に効果があるといわれている「持続エクスポージャー(PE)療法」を受けて、今は自分らしく生きることができているといいます。麻衣さんの経験談を通じて、性被害のトラウマ治療について考えます。

(さいたま局記者・信藤敦子)

もう一つの「#その後」
「どうしても伝えたい、性被害者のその後があるんです。」
メールを受け、会いに行った私に麻衣さんは力強く語ってくれました。


(麻衣さん)

大学院を卒業後、24歳で社会人になった麻衣さん。女性が少なく、体を触られるなどのセクハラが日常的にある職場。新入社員の歓迎会でも50代の上司の隣に座らされ、延々と酒を注がれたといいます。「学生時代はあまり酒は飲むことはなかったが、俺の酒が飲めないのか、と言われて。新入社員の洗礼だと思って受け入れた」。途中から記憶がなくなり、気づいたらその上司と2人きりで自分の部屋に。性的な行為を無理やり迫られ、恐怖で体が動かず、抵抗などできなかったといいます。



記憶を失うまで飲んでしまったこと、断り切れなかったことなど、考えても整理がつかなかった。しかし、入社したばかりの会社をクビになることが一番怖かった麻衣さんは、その後も普通に出勤し、誰にも相談しませんでした。
「誰かに話すとか、どこかに伝えるとかは思いつかなかった。それ以前に、これが被害であることがわからなかった。」
仕事に慣れることに精一杯で、日々忙殺される中、その晩のことについて思い出すこともなくなっていきました。

事態が一変したのは、それから2年後。職場での懇親会がきっかけでした。
「会の前日か前々日の夜中に急に不安になった。とてもよくないことが起こる気がして、気がつくと突然、天井の上から部屋を見ている自分がいた。」
天井から、布団の上に横たわる自分と上司が見えたというのです。2年前の記憶がよみがえった瞬間でした。以来、夜中に目が覚めた時や加害者と同世代で似た背格好の男性を見た時など、ふとしたことからフラッシュバックに襲われるように。さらに、食欲がなくなったり、突然涙があふれたりしてくるなど、体調が優れなくなり、仕事を休みがちになりました。


(臨床心理士 齋藤 梓さん)

性被害者の心理を研究している臨床心理士で、目白大学専任講師の齋藤梓(あずさ)さんは、この状況を「とても自然なこと」と指摘します。「ショックの大きさから、人は被害の記憶を閉じ込めようとするが、ふとしたきっかけでフラッシュバックが起こることがある。例えば、幼い頃に性被害に遭った女性が、自分の子どもが同じ年齢になった時に被害を思い出すなど、被害と状況が類似しているときに起こることが多い」と話していました。
被害を受けても、諦めない
「このままでは死んでしまうと思った」という麻衣さんは、すぐに精神科を受診しました。最初は被害のことは言い出せませんでした。2回目の診察で思い切って打ち明けると、医師から親身に話を聞いてもらった上で、PTSDと診断されました。
「非難せずに信じてくれる人がいたこと、自分の体の不調が認められたことで、少しほっとした。」


その後、会社の総務課に被害のことを話しましたが、最初は「でっち上げでないのか」と言われ、取り合ってもらえなかったそうです。しかし、麻衣さんは、あきらめませんでした。「物的証拠もなく、不利なのは承知の上だったが、加害者と一緒にはこれ以上 働き続けられないし、自分が会社を辞めるのはおかしいと思った」。被害直後とは異なり、自分の被害は「性暴力」と認識した麻衣さんは、労働基準監督署や民間の性被害者の支援団体にも相談した上で、あらためて会社にかけあいました。そして、最初の訴えから3か月後、加害者は最終的に処分され、一緒に働くことはなくなりました。



当時、被害に対して整然と対応しているように見えた麻衣さんですが、加害者の処分が決まっても、気分はなかなか晴れなかったといいます。加害者を処分するという大きな目的が達成されたものの、体調はなかなか回復しませんでした。そして、「自分は十分にやり遂げた。もう死んでいいのでは・・・」と思い詰めるように。ついに会社も休職せざるを得なくなり、「働いていない自分は何者なんだ」と悶々(もんもん)とする日々だったといいます。


(麻衣さんが読んだ専門書)

しかし、休職している間に、次第に「何かしなければ」という焦燥感にかられ始める中、性被害やPTSDに関する専門書や論文を片っ端から読んでいきました。すると、今もっとも科学的に根拠のある治療法が、「持続エクスポージャー(PE)療法」だと知ったというのです。
性被害のトラウマ治療とは
PE療法は、性被害者のPTSDの治療法としてアメリカで開発されました。専門家のもとで、繰り返し自身の被害と向きあう中で、PTSDの症状を改善する方法です。被害者が避けていたトラウマにあえて向き合うため、覚悟を伴う治療でもあります。


(PE療法の専門書)

PE療法のスーパーバイザーの資格ももつ臨床心理士の齋藤梓さんによると、治療は週に1回90分、だいたい8回から15回ほど。主に2つの柱があり、1つは被害者が生活の中で避けていたことと向き合う「現実エクスポージャー」。例えば、ナイフで刺された人が、ナイフを見るだけで恐怖を感じていたとします。治療は、まずナイフの写真を見るところから始めて、写真で見るだけでは怖いことは起きないということを実感できるようにします。その次に、実物のナイフを遠くから眺める、少し近づいてナイフを眺める、ナイフを触る…というように進めて、徐々に恐怖を克服していくのです。



麻衣さんも、最初のうちは人混みが不安だったので、「ファーストフード店に入り、30分コーヒーを飲む」という課題から始めました。治療が進むと少しずつ難易度を上げていき、最終的に、「自宅の布団の上で、30分間あお向けになる」という、被害の時を再現する課題に挑みました。

「被害を思い起こして息が苦しくなり、冷や汗が出てきた。それと同時に、被害に対する後悔の念や加害者への憤り、それに、また被害に遭うのではないかという不安など、いろんな感情がこみ上げてきた。」
しかし、治療を続けていくと、被害に遭ったことは過去で、今ここにいる自分が被害に遭っているわけではないということが腑(ふ)に落ちたといいます。「続けていくと、それまで避けていた あお向けに寝ることや、自分の布団で寝ることができるようになった」。



もう1つは、自身のトラウマ体験を話す「想像エクスポージャー」。被害を受けたときの状況を思い出して、30~40分、専門家に話します。こうした内容を録音し、自宅で繰り返し聞く課題もあるといいます。

「普通の記憶が整理されてタンスにしまわれているとしたら、トラウマの記憶は整理されずにぐちゃぐちゃのまま、とりあえず箱の中に閉じ込めている状態。整理されていないので、突然 蓋が開いてしまうことがあります。しかし、体験を繰り返し話すことで記憶が整理され、記憶は記憶、“過去のこと”で、今は安全なんだと認識できるようになります。」(齋藤梓さん)

麻衣さんも、自分に何が起きているか、当時を振り返りながら、身体のどこが痛いか、どんな臭いだったか、どこをどう触られているかなどを、1つ1つ詳細に思い出していきました。麻衣さんは、これが一番大変だったと振り返ります。「そのときの感情をありありと感じることは楽なことではないが、信頼できる治療者から問いかけを受けながら自分の記憶を語ることで、初めて被害と向き合うことができた」。
被害の記憶は本棚に入った“過去”
「治療は地味だし、地道で大変なものでしたが、つらくはなかった。毎日課題に取り組んでいると悪夢を見ることも徐々に減っていったし、希死念慮も弱くなった。」
麻衣さんは、PE療法を半年続けて、日常生活に支障がない程度まで症状が回復したといいます。



そして治療を受けたことで一番大きかったことは、被害の記憶が整理されたことだと振り返りました。「意図しないのに突然記憶がよみがえったりしないし、まるで本棚に入れたように、思い出したいときに自由に記憶を取り出せるようになった。性被害はあくまで自分の過去の出来事の一部であり、自分が悪いわけでもなく、自分が汚れたわけではないこともわかった」。

臨床心理士の齋藤さんによると、「被害者は自分を責める傾向があるが、記憶が整理されると、“あのとき自分はこういう気持ちだったから逃げられなかったんだ。自分は自分を守るために精一杯がんばったんだ”というように、自分を責める感覚が和らいでいく。ただ、PE療法が良い人もいれば、他の治療法が向いている人もいるので、専門家とよく話し合ってほしい」と指摘しています。
「#その後」を生きる被害者が生きやすい社会に
麻衣さんは、今は復職し、自身の専門性を生かした仕事に励んでいます。社会復帰することで、回復も進んだといいます。また、仕事の傍ら、大学の通信教育課程で心理学を専攻し、被害者がよりよく生きるために社会はどうしたらいいか、学んでいるそうです。


(麻衣さん)

麻衣さんは、社会が持つ被害者のイメージは、相変わらずステレオタイプだと感じるといいます。
「笑っていると、『被害に遭ったなんてウソでしょ』『被害はたいしたことじゃなかったんでしょ』とよく言われる。この言葉のせいで、被害者は回復からは遠ざかっている。」
社会から求められる被害者像は、何十年も苦しみ続ける姿であり、被害者が回復した場合は、被害の存在自体が疑問視されたり、被害による傷つきが軽くみられたりするといいます。

麻衣さんに、最後に改めて一番伝えたいことを聞くと、こう話してくれました。
「被害から回復しても、加害者の犯した罪の重さも、被害者が受けた傷の深さも変わらない。でも適切な治療を受けることで、性被害者が新しい自分を生きられるということは、もっと知られてほしい。そして、そうしたその後を生きている被害者が偏見をもたれずに、自然と受け入れられる社会であってほしいと思う。」

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