みんなでプラス メニューへ移動 メインコンテンツへ移動

みんなでプラス

認知症の人から言われた「あなたのことは一生忘れない」

「おじいちゃんに電話をかけても、私が誰かわからず混乱しているみたい」

先日、私の母から連絡があり、施設に入っている認知症の祖父の近況を聞かされました。

「あれもできなくなった…これもできなくなった…」母の話は尽きません。

私はディレクターとして認知症をテーマにした番組を制作してきました。
たくさんの当事者を取材させて頂き、認知症になった人が「何を思い、何を感じているのか」について、色々なことを教えてもらいました。

その中にきっと、認知症の人と接するときのヒントがたくさんあるのではないか。
改めてこれまでの取材メモをめくりました。

(報道局社会番組部 ディレクター加藤弘斗)

関連番組:NHKスペシャル「認知症の先輩が教えてくれたこと」(9月26日放送)

本人は敏感に色々なことを感じている

認知症の人やそのご家族を取材していると、ハッとさせられることがたくさんあります。

中でも私にとっても最も大きな“気づき”となったのは、周りの人が「忘れてしまったのではないか」「わかっていないのではないか」と思ってしまう場合でも、認知症と診断された本人は多くのことを敏感に感じている、ということです。

それを教えてくれたのが香川県に住む田中さんご夫妻(仮)です。
妻の洋子さんはおととし、アルツハイマー型認知症と診断されました。

田中さん夫妻と、通院している西香川病院に全面的なご協力をいただき、診察室にカメラを置いて医師と田中さん夫妻のやりとりを記録させてもらいました。

(診察室で医師と話す田中さん夫妻)

ある日の問診でのこと。
医師から物忘れについて聞かれた洋子さんは、自分は物忘れがあるとは「全然思っていない」と話し、認知症であることを認めていない様子でした 。

医師

「いろいろ物忘れについてお聞きしたんで、辛い部分もあったのかなと思ったんですけど」

洋子さん

「やっぱり、だんだんそれ(物忘れ)も少なくなったような気もするんです、自分では」

医師

「物忘れについては、ご自身では今は…」

洋子さん

「自分は全然思ってないんですけど」

認知症の当事者同士が対話する「ピアサポート」

問診を終え診察室を出た洋子さんは、同じ病院の中にある「相談室」に向かいました。
待っていたのは相談員の渡邊康平さん。実は渡邊さんも認知症と診断された当事者です。

(相談員の渡邊康平さん(画像左)と話す田中さん夫妻)

西香川病院では、“認知症の先輩”を相談員として雇用し、認知症と診断され大きなショックを受けた人や、認知症とどう付き合っていけばいいのかわからない人などの相談に乗っています。「ピアサポート」と呼ばれ、当事者同士の対話を通じて生きるヒントを見つけていこうという取り組みです。

渡邊さんを前にした洋子さんは、驚いたことに先ほどとはうって変わり、自分が認知症であることを前提に話をし始めました。

例えば「車の運転」が話題になるとー

渡邊さん

「私が車で高松に行って、夜になって帰ろうと思ったら帰れなくなってな。あれ?一時間たってもなんで家に着かんのやろうかと思ってな。それでも認知症になっているなんて全くわからなかった」

洋子さんの夫

「全く同じです。(私の妻も車で出かけて、警察から)保護しましたと連絡があった。本人多分覚えていないと思います」

洋子さん

「覚えていない。本当は車に乗りたいんよ、今でも。でも、もう座ることもない。年もとっているしね。もう車にも乗れないのよ」

「覚えていない」「車に乗りたいけどもう乗れない」とはっきり口にした洋子さん。
診察室で医師と会話したときと比べ、洋子さんの中でどんな違いがあったのでしょうか。

「話す相手によって、認知症を受け入れやすくなる」

診察にあたった西香川病院の大塚院長は、ピアサポートには医師には担えない役割があると考えています。

三豊市立西香川病院 大塚 智丈院長

「初診の方のなかには、『大したもの忘れはない』とおっしゃる方が少なくありませんが、実際はもの忘れをどこかで自覚しているケースがほとんどです。

ただ、認知症に対して悪すぎるイメージを持っていたり、自尊心・羞恥心などを心に抱いているため、もの忘れなどの認知症の症状を言い控えるようになるのでしょう。また恐れや不安といった感情を表に出さない人が多いと日々の診察で感じています。

しかし、渡邊さんと話すことができれば『認知症になったら何もわからなくなる、できなくなる』という悪すぎるイメージが覆り、少々のもの忘れがあっても、『まあ、ええか』と思えるようになる。そうなれば、認知症も受け入れやすくなります。

一見自覚してないように見えても、認知症の人は状況が整えば、ちゃんと認知症であることを自覚して話すことが出来うる。そういう可能性を示唆していると思います」

おそらく洋子さんは、診察室のような自分が“試されている”状況では認知症であることを認められなかったものの、渡邊さんの話し方や言葉のかけ方から、「この人の前であれば認知症であることを認め、語ってもいいな」と思ったのではないでしょうか。

言い方を変えると、洋子さんは自分が認知症だとわかっていないわけではなく、その場の雰囲気や相手の態度を敏感に感じ取り、コミュニケーションをとっているとも考えられます。

認知症の人の家族を取材しているとこんな声をよく聞きます。

「本人が物忘れを認めない。失敗をしても、自覚がない」

そうなると家族はつい「認知症であることもわかっていないのではないか…」と疑問を抱いてしまいます。

私自身も取材で認知症の人と接する中で、「認知症だとわかっていないのかもしれない」と思ってしまうことが何度かありました。

しかし「認知症の人」という色眼鏡をかけて見てしまうと、当たり前の接し方をつい見失ってしまいます。相手が認知症であることを認めなかったり否定したりする場合は、接している方の態度がそうさせているのかもしれません。このことへの気づきは、認知症の人を取材する上で、私にとってとても重要なことでした。

出来事の記憶が失われても、感情は残っている

取材を始めて数ヶ月が経ったころ、夫の博さんがあることを教えてくれました。
以前、洋子さんが美容院に行った後に行方不明になり、25キロ先で警察に保護されたというのです。

洋子さんは、その日の出来事をはっきりと思い出すことができません。

田中 洋子さん

「私は何時に、何時頃から美容院を出たやろうか。そこから買い物に行ったんだろうか。忘れた。いろんなことがあったから忘れた」

その一方で洋子さんがはっきり覚えていたことがありました。それは「迷惑をかけて、申し訳なかった」という感情です。

それを示すかのように、洋子さんが大事にしているものを私に見せてくれました。洋子さんを心配していた孫からの手紙です。

「いくところがあったら ひとりでいくのはやめて じいじといっしょにいってね」

(行方不明になった洋子さんを心配した孫からの手紙)

洋子さんは涙を流しながら、私にこう言いました。

田中 洋子さん

「みじめになってね、つらくなるときがあるんよ。迷惑だけはかけんようにせないかんと思う。家族にも、孫にもね。みんなに。それだけは思う」

行方不明になった時の詳しい記憶は思い出せなくても、「迷惑をかけた」という感情は、はっきりと蘇ったのです。

(孫からの手紙を見る洋子さん)

認知症と脳 "感情の記憶"が蘇るのは

なぜこうしたことが起こるのか。
脳科学者で自身も認知症の母を介護する恩蔵絢子さんに伺いました。

脳科学者 恩蔵 絢子さん

「海馬が傷ついている場合、どこで迷子になり、どういう経緯で警察に保護されたのかという“エピソード記憶”を自分で思い出して説明することは難しくなります。ただ、『自分が迷惑をかけた』という感情的なショックは残っているのだと思います。

脳科学者 恩蔵 絢子さん

「新しい出来事を記憶するために必要な海馬の隣には、扁桃体という感情の中枢があり、刺激を送りあっています。嬉しいことであれ、悲しいことであれ、強い感情を抱いた場合には、扁桃体が強く活動してたくさんの刺激が海馬に送られ、日常の何でもない出来事よりも記憶されやすくなります。
細かいことは覚えていなくても、迷惑をかけた記憶が蘇ったのは、認知症になっても海馬の機能が一気に失われることはないからです」

その人らしさは残っている

私が洋子さんと出会っておよそ1年。症状は少しずつ進行していますが、お会いする度に“洋子さんらしい”と感じることがあります。それを特に感じるのは、私を気遣ってお茶やジュースを出してくれる時です。

食器棚からコップを取り出し、ペットボトルを選び、コップに注ぎ、届けるという一連の動作は、いまの洋子さんには簡単なことではありません。お茶を出したこと自体を忘れてしまうこともあり、取材の間にコップがいくつもテーブルに並ぶことが珍しくありません。

昔から人と話すことが大好きだった洋子さんは、お客さんが来るといつも真っ先にお茶を入れていたそうです。「もてなしたい」という洋子さんの優しい気持ちは、きっと以前から変わらないものなのでしょう。私はテーブルに並んだコップを見ながら、洋子さんらしさが詰まったお茶なんだなと思っていただいています。

(私に入れてくれたお茶やコーヒー)

認知症の人に言われた「あなたのことは一生忘れない」

長期にわたる取材の中で、洋子さんに言われた忘れられない言葉があります。番組の撮影が一区切りとなり、「もうなかなか会えないかもしれないな」と思っていた時のことです。

洋子さんが突然「あなたのことは一生忘れないと思います」と言ってくれたのです。

認知症の人から言われた「あなたのことは忘れない」という言葉。その意味がとても重く、嬉しく、これからもこのテーマを伝えていきたいという原動力になっています。

その後、洋子さんは症状が進行し新たな局面を迎えています。それでも私の継続的な取材に協力してくださり、いまも関係が続いています。洋子さんの“本当の気持ち”に少しでも近づくことができたらと思っています。

2025年には、65歳の5人にひとりが認知症になると言われています。両親や祖父母に認知症の人がいることは当たり前の社会になっています。私が田中さん夫妻から教えてもらったことが、この時代を生きる多くの人にとって大切なヒントになればと願っています。

田中さん夫妻と加藤ディレクター(右)