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がん治療研究は『希望の種』 若手研究者を支援するプロジェクトとは

がん治療の研究は日進月歩。その一方、若手研究者の多くが『資金不足』に直面し、思うように研究が続けられない状況が生まれています。

そうした研究者に、一般の人から寄付を募り支援しようという動きが始まっています。
2021年にNPO法人「deleteC」を通じて研究資金を受け取ったのが、がんの新しい治療薬の開発研究をしている大槻雄士さん(35)です。支援を受ける際に言われた「研究は希望の種」という言葉に感銘を受け、大槻さんは日本癌学会で若手研究者を応援するプロジェクトを立ち上げました。

「がん治療の種を育てよう」という動きがなぜ、いま必要なのか。話を聞きました。

(社会番組部ディレクター 藤松翔太郎)

「ただ続けるだけでも難しい」若手研究者がおかれた状況

慶應義塾大学の先端医科学研究所に所属する大槻さんの研究テーマは、「再発しないがん治療」。酸化ストレスと呼ばれる細胞を老化させる作用を利用し、体に負担をかけずにがん細胞を死滅させる治療法の開発を続けてきました。

この研究は、手術に成功したあとも、再発や転移に苦しむがんの患者を減らす可能性があるとして、大槻さんは2020年、日本癌学会で若手研究者に贈られる「ヤングサイエンティストアワード」を受賞しました。

大槻さんの研究には、新型コロナウイルスの治療薬開発でも注目を集めている「ドラッグリポジショニング」という手法が用いられています。これは私たちが普段病院に行って、保険で処方してもらえるような飲み薬や塗り薬のように、すでに治療に使われている薬などを改めて調べ直して、別の病気にも応用できる効能がないかを探す手法です。

国がすでに承認した薬から新しい効能が見つかれば、ヒトでの安全性を確認する手間が大きく減り、有効性を確認する臨床試験にスムーズに進めるため、一から行われる新薬開発よりも格段に早く患者の治療につなげることができます。

ところが大槻さんに話を聞くと、この研究方法は、ただ続けていくだけでもとても大変なのだそうです。

研究室での大槻さん(画像提供:NPO法人「deleteC」)

大槻さんの研究では、ある効能を探すために 4千以上の薬をひとつひとつ細かく分析します。それぞれについて薬の量を調整したり使い方を変えたりと、最低10回以上、条件を変えて確かめます。いわば「手当たり次第、調べ尽くす」のです。

そのため、見つかれば革新的な治療につながる可能性がある一方で、その効能がいつどんな形で見つかるかは誰にも分からず、常に先が見えない状況の中で、地道な作業を続けていかなければならないのです。

そしてそれに加え、さらに大きな悩みがつきまといます。

大槻雄士さん

「ただでさえ研究の地道な作業が結構しんどいのに、それに加えて、僕らがいつも抱えている一番悩みの種は、研究費をどうもらうかなんです。研究費がなくなったら、そもそも研究なんてできなくなってしまいますので」

研究を続けるハードルは “資金集めの壁”

日本でがん治療の研究資金を集める主な方法は二つに限られます。 一つは、国の機関からの研究費を勝ち取ること。もう一つは、財団や製薬会社などからの資金援助を受けることですが、いずれも高いハードルがあると大槻さんは言います。

大槻雄士さん

「国の競争的資金は、研究で積み上げた成果を元に、実現する可能性も厳正に審査されてお金が出ます。日本では、始まったばかりの研究や将来的に可能性があっても目に見えた成果がすぐには示せない研究は、どこからも資金を獲得することができないということがよくあるため、続けていくだけでも難しいんです」

企業からの資金援助についても、たとえば過去に開発され、すでに製薬会社の特許が切れた薬から新しい効能が見つかった場合、製薬会社は販売しても利益が見込めないことが多く、資金援助をしてもらうことが難しいと言います。

実は大槻さんはもともと、呼吸器外科の医師として肺がんの患者などの治療にあたっていました。「手術だけでは治せないがんがある」と感じて研究者の道に進み、5年間、既存薬の新しい効能を探し続けてきました。

地道に研究を続けた結果、2020年、かつて狭心症の治療に使われていた飲み薬「オキシフェドリン」に、がん細胞を死滅させる効果が期待できることを発見したのです。

いまはまだ動物に投与して効果が確かめられた段階で、 人への治療に応用した場合、有効性を確認できない可能性もあります。実用化をめざすには、きちんとした臨床試験を経て有効性を確認することが不可欠です。

しかし臨床試験を行うためには、ヒトに薬を投与する前に、第三者機関による、安全性や有効性の調査(非臨床試験)を受けなければなりません。この費用は、それまでの研究費とは別に、数千万円がかかることも珍しくないといいます。その上、通常の研究に加え膨大なデータの整理や事務手続きなどにかかる人件費などが必要となります。大槻さんの研究では、その資金の工面が大きな障壁となっているのです。

年々減る若手研究者 課題は不安定な雇用環境

研究費だけではありません。若手研究者の雇用環境が不安定なことも大きな問題となっています。

大槻さんが所属している日本癌学会に加盟する40歳未満の研究者の数は2016年に3953人だったのに対し、今年は3074人。新しくがんの研究者を目指そうとする人が、年々少なくなっていると言います。なぜこのような状況になっていると考えているか、聞いてみました。

大槻雄士さん

「いまは研究だけで食べていける人って本当に少ないんです。40歳手前になっても終身雇用の職を得られていない研究者がけっこういます。僕の大学との契約も、毎年更新です。だから契約の間にそれなりの成果を残せないと契約が打ち切りになる可能性が常につきまといます。正規雇用で安定して研究を続けることはとても難しいので、今コロナもあって不況なので、有期雇用を長く続けることは若い人たちはあまり望まないですよね」

一般の人から200万円の研究資金 新たな応援の形

研究費の確保に悩みながら 研究を進めていた大槻さんですが、2021年1月、その背中を大きく後押ししてくれるできごとがありました。 “がんを治せる病気にすること”を目標に掲げるNPO法人「deleteC」から、200万円の寄付金が提供されることになったのです。

「deleteC」は全国の医師や看護師、研究者を対象に「将来がんの治療研究を飛躍させる可能性があるもの」を公募しています。厳正な審査の結果、大槻さんの「再発しないがん治療」が“2021年度の最も応援したい研究”に選ばれ、一般の人から集まった寄付が研究資金として提供されたのです。

大槻雄士さん

「ちょっとビビりましたね。これまでの日本にはない応援の形ですよね。財団や国に研究費を申請して、コンペをして勝ち取るのとはまた違って、一般の人からの応援という形なので、すごく夢は広がりました。これまでには思いつきもしなかった、一般の方々からの寄付がもらえるというのは、本当に励まされることなんですよね」

1月30日、大槻さんはかつてないほどの緊張した表情で、パソコンの前に座っていました。「deleteC」が主催したオンラインイベントに出演するためです。イベントには、歌手のAIさんや元サッカー日本代表監督の岡田武史さんなど、がん治療の研究を支援している著名人も参加しましたが、この日は大槻さんが主役です。

イベントでは、がんの治療研究に携わる人びとを応援するために作られた、AIさんの新曲「HOPE」のミュージックビデオが披露されましたが、その中では大槻さんが研究に込めてきた想いが、印象的な映像で紹介されていました。

「HOPE」のMVに登場した大槻さん(画像:NPO法人「deleteC」)
新薬の開発には膨大な時間がかかる。
狭心症の薬にがん治療の効果を発見した。
やっと手にした、希望の種。
一刻も早く患者の治療につなげたい。

慶應義塾大学医学部
先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門
大槻雄士
大槻雄士さん

「僕も初めてあの場でミュージックビデオを見たんですけど、本当に驚きました。一番印象的だったのは、うちの奥さんの反応です。そんなことやってたの?みたいな感じで、ちょっと引いていました。普段目立つようなことが全くないのでびっくりしていたのだと思います。でもあれを見て、初めて研究の話を家族にしたり、外来にきた患者さんからも「すごいですね、頑張ってください」って応援されたり、ものすごい反響でした」

一般の人にも研究を分かりやすく届けるには

このイベントではもう1つ、大槻さんの研究を一般の人にもわかりやすく伝えるための動画も紹介されました。がんの治療研究は専門用語が多く、予備知識がないと研究に興味を持つこと自体、ハードルが高いため、寄付をするきっかけが作りづらいと言われています。

大槻さんはこれまで「説明しても難しくて分からないだろう」と、家族にも自分の研究について話したことがありませんでした。今回動画をつくるにあたって、どうすればわかりやすく伝えることができるのか、NPOのメンバーと何度も話し合いました。

たとえば、大槻さんの研究を語る上で欠かせない「酸化ストレス」について。細胞を老化させる作用のことで、大槻さんにとっては毎日何気なく使っている言葉です。しかし他のメンバーから「そのままではわからない」と指摘され、大いに悩みました。

色々説明をする中で、大槻さんが「肌のシワやシミも酸化ストレスが原因」という言葉を口にすると、「あーなるほど、シミの話が、がんで出てくると思わなかった」と、一気に身近に感じてもらえたといいます。

大槻雄士さん

「アメリカの研究者が、自身の研究をプレゼンする時ってとてもわかりやすいです。たとえ話とユーモアを交えて話すのは、寄付を受ける経験が多い分だけ、一般の人に伝える機会が多いからだと思います。これは、日本の研究者もすごく見習わなきゃいけない。deleteCの皆さんが合い言葉として、「明るく、軽く、柔らかく」と話されていますが、まさにがんのことも、研究のことも、自分が思っている以上に、明るくして、軽くして、柔らかく話せるようにしていきたいと感じています」

「がん治療研究は希望の種」多くの若手に応援を届ける

これまでにない経験に大きな充実感を得た大槻さんですが、その一方で複雑な思いも抱えていました。多くの若手研究者が資金面や待遇で苦しい思いをしている中、「支援を受けるのが自分だけでいいはずがない」と感じていたからです。

寄付金を受け取った後、大槻さんは「もっと多くの若手研究者に、一般の人の応援を届ける仕組みを作りたい」と、自ら動くことにしました。

大槻さんの心の中には一生忘れられない言葉があります。
それは「deleteC」のメンバーから伝えられた「がんの治療研究は希望の種」という言葉です。

「deleteC」の発起人で「がんを治せる病気にする日を一日も早くたぐり寄せたい」と取り組んでいた中島ナオさんが、2021年4月、乳がんのため38歳で亡くなりました。
大槻さんは、がん治療の研究に期待し続けてくれたナオさんの気持ちに、必ず報いなければいけないと、思いを強くしたと言います。

5月、大槻さんは「#がん研究の種を育てよう」というクラウドファンディングを始めました。一般の人からの寄付をもとに、有望な若手研究者を日本癌学会で表彰するというものです。

左:大槻さん クラウドファンディングを呼びかけるHPより

大槻さんが目を付けたのは学会での「ポスター発表」です。年に一度行われる学術総会などでは、多くの若手が、自分の研究成果を1000字程度にまとめたポスターを会場に展示して発表しています。興味を持ってくれる人がいれば、その場で説明することもありますが、実際には展示したものの、それほど注目されないケースも少なくないと言います。

大槻さんはこの状況を変えたいと、一般の人にポスター発表の内容に投票してもらい、多くの票を集めた研究を表彰する企画を立ち上げました。研究者の間だけでなく、社会全体に若手研究者の成果を知ってもらいたいと考えたのです。80年の歴史がある日本癌学会で、初めての試みでした。

2021年は集まった支援をもとに65人の若手研究者を表彰。その反響は大きく、継続した支援が必要との声が上がりました。そのため、大槻さんは、2022年9月29日から行われる日本癌学会学術総会に向けて、再びクラウドファンディングを立ち上げ、若手研究者を応援する準備を進めています。

大槻雄士さん

「研究の一つ一つは全部、将来、新しい治療につながるかもしれない研究の種です。これをきっかけに若手研究者を応援してくださる人が増えることももちろん目指したいですが、同時に応援を受ける研究者も一般の人たちに自分の研究をわかりやすく伝えることの重要性に気づいてもらうきっかけにもなったらうれしいと思っています」

人生を通じて「2人に1人ががんになる」と言われる時代に、将来の治療法を生み出す研究をみんなで応援していこうという活動が、広がろうとしています 。

担当 藤松翔太郎ディレクターの
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