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2020年10月2日

家計簿が語る、戦争中の暮らし 放送後記②

8月26日(水)の『あさイチ』では「#あちこちのすずさん&戦争中の家計簿SP」として、太平洋戦争中の暮らしを様々な形で見つめました。今回はその中から、戦争中の家計簿についての放送後記です。

(担当:安永 美穗ディレクター)




『あさイチ』で紹介した、太平洋戦争中の昭和17年に綴られた家計簿。持ち主は、高橋喜久代(たかはし・きくよ)さんという女性です。そこには、戦争に翻弄されながらも、希望いっぱいの新婚生活を送った、喜久代さんの暮らしが綴られていました。番組ではお伝えできなかった家計簿についてのお話や、戦争未亡人として生きた喜久代さんのその後をご紹介します。

突然の召集、そして、家計簿は白紙に
昭和17年、22歳で、夫・朝太郎さんと結婚した喜久代さん。少ない食材を駆使して彩り豊かな手料理を作ったり、お風呂に入るのを我慢して貯金に回したり。戦時下でもなんとか工夫して、夫婦2人で暮らしていこうとする姿がありました。しかし、その年の12月30日、夫に召集令状が届きます。翌日に千人針用の布を購入して以降、続く白紙のページ…。2人の家計簿に新たな文字が綴られることはありませんでした。

放送でご紹介できなかった夫への手紙
夫の出征後、喜久代さんは長男を出産。夫や自分の実家を転々としながら、夫の帰りを待っていたそうです。夫に宛てた、こんな手紙が残っています。

街を歩いても、電車に乗っても、進駐軍をあちこちで見かけるにつけ、ああ、日本が敗(ま)けた!と思いを新たにします。夫は外地で体も心もきずだらけだろう。帰ってきても浮世はやはり憂世なりで、思いやると今から私の心は痛む。だけど力を落とさず、二人でまたやりなおしましょう、人生のスタートを。

しかし、この手紙は宛先不明で差し戻しに。夫のもとに届くことはありませんでした。



生涯独身で家族を守った
終戦から3年後。願いもむなしく、夫の戦死が判明。しかし、幼い息子を抱えた喜久代さんに、悲しむ時間はありませんでした。息子と2人、生活していくだけのお金を集めなければならなかったのです。頼りにしたのは、夫が戦前に勤めていた会社でした。何度も手紙のやりとりを重ねて、見舞金や保険金、退職金など受け取れる限りのお金をかき集めて暮らしたそうです。その後、戦争未亡人として、商社の子会社に就職した喜久代さん。63歳まで勤め上げ、生涯独身だったそうです。



家計簿取材で見つけた、“私と同じ気持ち”
喜久代さんの家計簿を読み始めたのは、今年の6月。実は、私自身も新婚で、結婚生活を始めたばかりのころでした。生活必需品を買い揃えていく記述や、慣れない料理に失敗する記述を見て、「私も同じことしてる…!」となんだかこそばゆくなったり。戦時下で食材が少ない中でも、夫のためにと毎日毎食違う献立を見て、「私はこんなに頑張れてないなぁ」とちょっぴり反省したり。自分自身と喜久代さんを重ねながら、夢中になって家計簿を読み込みました。“配給”という記述以外、本当に私たちの暮らしと変わらない。変わらない、は言い過ぎかもしれませんが、日々の暮らしを豊かに生きたいと願う気持ちは同じなのだと感じたのです。

一方で、2人の暮らしが消えてしまった“白紙のページ”を見た時の衝撃は、今でも忘れられません。何ページも何ページも続く白紙…叶うのならば多くの人に、実際に触って、めくって、感じてほしい。たった1冊の家計簿ですが、戦争のむごさを、五感で感じさせてくれるものだと思います。

「史実としての太平洋戦争は知っている、でもどうしても、体感が伴わない」そのギャップを埋めることが難しかったのですが、この家計簿は、あっけらかんと時代を飛び越えて、私に戦争を教えてくれました。


※この家計簿は、あさイチで始めた「戦争家計簿プロジェクト」に送って頂いたものです。「戦争家計簿プロジェクト」とは、古い家計簿の情報を教えていただき、一橋大学経済研究所などと協力して、戦争中の暮らしを調べようという取り組みです。

ぜひ「古い家計簿」の情報を、下記の投稿フォームまでお寄せください。
https://forms.nhk.or.jp/q/PNDQWCA5