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クロ現+
2020年9月17日

エピソード|”さらし”を巻いて「いただきます」

昭和2年生まれのキミ子さんが語ってくれた、戦時中の家族イベントのエピソードです。

わたしは七人兄弟の長女で、ほか六人は全員男兄弟でした。戦時中、食べ盛りの子どもたちはいつもお腹を空かせていました。

そんな中で、わたしたちが毎年何よりの楽しみにしていたのが「ぼたもち会」です。わたしの家は農家で、五穀豊穣と魔除けの意味を込め、お彼岸にみんなでぼたもちを食べる風習がありました。ですが、ぼたもちに使う砂糖は配給制になり、スプーン1杯分をもらっては紙に包んで大切に保管するような貴重品になっていました。それでも母は「お彼岸だけは」と少しずつ節約して、毎年ぼたもちを山ほど作って食べさせてくれたのです。

「ぼたもち会」の当日。弟たちは朝からソワソワ落ち着かず、今か今かとぼたもちを待っています。そろそろ...という頃になると、これも毎年の儀式のようになっていたのですが、おもむろに父が弟たちを呼びつけ、服を脱がせ始めます。そして、「きっちり巻いておかねぇと腹がはじけてしまうからな」と言いながら、お腹にさらしを巻きつけるのです。

実は、このさらしは食べ過ぎ防止のため。弟たちは日々ひもじい思いをしているので、ここぞとばかりにぼたもちを食べ過ぎて、後で苦しむことになるからでした。特に末っ子で当時小学生だったタケシは、好物を前にすると際限なく食べ続け、おなかが青筋を立ててパンパンになるまで止まらないという大食漢だったのです。ですから父もタケシのさらしはきつーく巻いたものでした。

さらしを巻き終わったところで、「ぼたもち会」がようやく始まります。さらし効果で、大食漢のタケシでも2つほど食べたところでもう満腹。おかげで誰かがぼたもちを独り占めすることもなく、みんなで仲良く分け合うことができました。

こちらの投稿を寄せてくださったのは、キミ子さんの娘で、静岡県にお住まいの太田紀子さん。叔父たち、特にタケシ叔父さんのほほえましい話を聞くたびに、当時の様子を想像して思わず笑ってしまうそう。でも同時に、あらゆることを我慢しなければならない厳しい時代を生き抜いてきたんだという、尊敬の念も改めて抱かずにはいられないと語ってくださいました。

#あちこちのすずさんでは、当時、この世界のあちこちで起きていた暮らしの中のエピソードを集めて、イラストやアニメにしていきます。

あなたのおじいさんやおばあさん、身近な人が、戦争中、日常をどんなふうに暮らしていたか教えてください。
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