クロ現+
2019年8月9日

エピソード|海辺で社交ダンス

大正生まれの「モダン・ボーイ」と「モダン・ガール」の、小粋でおしゃれなロマンティックストーリー。坪井清さん、春子さん夫妻のエピソードを紹介します。

「昭和17年、夫、坪井清とわたしは結婚しました。私たちは同じ出版会社に勤めていて、当時ではめずらしい社内結婚。夫は、広報担当。わたしは、和文タイピストでした。

私たちが結婚に至ったのは、夫からのアプローチがきっかけ。夫が仕事を頼むフリをして、口説いてきたのです。「これをタイプしてくれ」と言われ、白いメモ用紙を渡されました。そこには、「○○で会おう」と待ち合わせの場所が。結婚前の男女の交際が今ほど自由にできない時代でしたが、私たちは恋におち、結ばれました。

結婚した翌年、戦況が悪化してきたため、わたしは実家の千葉県に疎開。夫は勤務があったため、東京に残り、わたしの疎開先と行き来していました。

そんなある日、夫より召集令状が手元に届いたことを告げられました。
私たちは永遠の別れを覚悟しました。

「きっとこれが最期になるだろう」。
夫は開襟シャツとスラックス姿に。洋服を着ることは制限されていましたが、私はハットをかぶり、ドレスを身にまといました。

そして、私たちは海辺に行き、はだしで社交ダンスを踊りました。
戦前は洋服を着こなし、カフェでダンスを踊るのが私たちの共通する趣味だったのです。

なのに・・・。
憲兵らしき人に見つかり、「男女がくっついて何しとる!」とどなられ、こっぴどく叱られました。「私たちは結婚している夫婦です」と説明して、なんとか許されましたが、雰囲気は台なしになってしまいました」。

こちらの投稿は、坪井清さんと春子さんの娘さん、目瀬恵さんがお寄せくださいました。いまは亡き、ご両親から何度も聞かされたお話だそうです。

清さんが派遣されたのは、南方のインドネシアでしたが、昭和22年に復員。清さんと再会した春子さんの最初の一言は、「幽霊じゃないんかね」だったそう。

おしゃれでモダンな2人。再会後、ダンスの続きを踊ったのではないかなと想像してしまいますね。


#あちこちのすずさん」では、当時、この世界のあちこちで起きていた暮らしの中のエピソードを集めて、イラストやアニメにしていきます。

あなたのおじいさんやおばあさん、身近な人が、戦争中、日常をどんなふうに暮らしていたか教えてください。
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