クロ現+
2019年8月2日

エピソード|アサリを守った妊婦

“どうしてもアサリを食べたい”。空襲のなかアサリの砂抜きをした町田千代子さんのエピソードです。

「戦時中、幼い娘を連れて長野県に疎開していました。夫は、航空メーカーのエンジニア。零戦づくりのため、千葉県に単身赴任していて、1年ほど離れて暮らしていました。

昭和20年6月、戦況は悪化していましたが、夫の家の世話をしに千葉県の蘇我に行くことに。2歳の娘を連れ、汽車を乗り継ぎ1日がかりの大移動。その上このとき、新たな命を授かっていて妊娠5か月の身重な体でした。

夫の住まいは、海岸沿いにある社宅です。海産物が大好きなわたし。疎開先の長野では、海産物が食べられずにストレスがたまっていました。これを好機にと、さっそく潮干狩りに。喉から手が出るほど食べたかったアサリをたくさん収穫しました。夜勤明けで帰ってくる夫にも食べさせてあげたい、そう思いながらアサリの砂抜きをしていると、空襲警報が。機銃掃射の音も聞こえてきます。急いで避難しなくては。でも、せっかく手に入れたアサリ。「空襲なんかで手放してたまるか!」と思い直し、社宅にとどまりました。

しかし、社宅も機銃掃射を受け、銃弾が壁を貫通。茶だんすに大きな穴が!
わたしは命からがら、間一髪で逃げ出しました。

結局、アサリを食べたかどうか…。覚えていません」

このエピソードを寄せてくださったのは、孫の小林清香さんです。海産物が大好きだった千代子さんは、戦後も毎日のように魚屋さんに通っていたのだとか。99歳までご健在だった千代子さん。亡くなる10日前にも「すしが食べたい」といい、ぺろりと平らげたそう。清香さんも食べるのが大好きで食の道へ。「あさりの味噌汁は祖母を思い出しますね」といいます。


#あちこちのすずさん」では、当時、この世界のあちこちで起きていた暮らしの中のエピソードを集めて、イラストやアニメにしていきます。

あなたのおじいさんやおばあさん、身近な人が、戦争中、日常をどんなふうに暮らしていたか教えてください。
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