迷って悩んでいいんです 注目される“モヤモヤする力”

効率性を追求するタイパが流行し、瞬時に答えがでるチャットGPTが登場した時代、真逆の概念が注目を集めています。「ネガティブケイパビリティ」=すぐ解決できない事態に結論を急がず、答えのない状況に耐え迷う、「モヤモヤする力」ともいわれています。新たなアイデアを生み出す創造性にもつながると指摘され、ビジネスや教育、医療などで幅広く活用が進んでいます。「モヤモヤする力」に秘められた可能性に、最新研究を交えて迫りました。
出演者
- 枝廣 淳子さん (翻訳家/大学院大学至善舘教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
“モヤモヤする力”とは
桑子 真帆キャスター:

関心が高まる“モヤモヤする力”。答えの出ない事態に直面した時、すぐに結論を出さずにモヤモヤし続けることが力だという考え方で、海外でも「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉で広がっています。
日本でも看護職のマニュアルや、大学などの入試問題、裁判所の採用試験など幅広い分野で取り入れられています。
今、この“モヤモヤする力”と出会い、生き方を見つめ直す人たちが相次いでいます。
無理に答えを出さなくてもよい
ヨガインストラクターの尾石晴さんです。

尾石さんのレッスンは、少人数で雑談しながらヨガをする“雑談ヨガ”。

「今は自分のことよりも意識して子どものことに集中している感じ。抽象的で申し訳ないですけど」
「いや、わかります」
意識しているのは、あえて答えを出さず、参加者のモヤモヤに寄り添うことです。
「『答え』はたぶん、ご自分が見つけると思うので、ただそこに居るっていう」
3年前まで外資系企業に勤め、管理職も経験した尾石さん。重視していたのは、いち早く答えを出すこと。朝から晩まで分刻みのスケジュールを組み、非効率な人にはイライラすることもあったといいます。
「予定をびっしり詰めて、それを消していくことが効率的でいい生き方だと。チームの人と話してても『結論から言ってくれないかな』って思っている」
しかし出産後、子育てと仕事を両立するようになった尾石さん。効率を追求してもうまく行かない日々にジレンマを感じるようになりました。

そのさなか、本で知ったのが“モヤモヤする力”の考え方でした。
「『早く早く』。早く答えを出したいっていうのが当時強くて」
無理に答えを見つけようとしなくてもよい。むしろ悩みの中にこそ生きる意味があるという考え方にハッとしたといいます。
「効率性を上げても解決しないんじゃないだろうか。よりよい人生をどう生きるかは、そういうことじゃないんじゃないかな。答えなんか出さなくてもいいから。(モヤモヤを)持っておく習慣、意識をすることが大事なんじゃないかな」
そして始めたのが“モヤモヤノート”です。

「1人では限界が来る。多分、限界を感じていた」
生き方や人間関係など、すぐ答えの出ないモヤモヤを書き出しています。
悩むことは当たり前だと気持ちが楽になり、人の悩みにも寄り添えるようになったといいます。
「すぐジャッジをする癖がなくなった。『寛容になったな』って。(モヤモヤは)自分の願っていること、幸せ、やりたいことをいつか連れてきてくれる。羅針盤的なコンパスのような力に今なっている」
“モヤモヤする力”が、生きる希望になったという人もいます。那須かおりさんです。

生まれつき聴覚に障害があり、人工内耳をつけています。子どもの頃から聞こえる人の世界にも入れず、一方で、口話で話すため手話を使う人たちの世界にもなじめないと感じてきたといいます。
「『どちらの世界にも入れないな』って。狭間の世界だったので、モヤモヤとか心の低温やけどに苦しんでいた」
大学院進学後、うつ病に。30代の時には自殺も考えました。
絶望の中、すぐ答えを出さなくてもよいという“モヤモヤする力”を知った那須さん。自分はどこにも属さなくてよい、ありのままでいいと思えるようになったといいます。
「狭間でいる、モヤモヤしているところが、むしろ人生の本質だって。『生まれ直した』みたいな感じです」
“モヤモヤする力”調査研究 相次ぐ
世界では“モヤモヤする力”に注目した調査・研究が相次いでいます。特に進んでいるのが、ビジネスの分野。“モヤモヤする力”を発揮できる人の特徴や強みなどの分析が進んでいます。
日本でも、どんな人に“モヤモヤする力”があるのか調べる研究が始まっています。
大阪大学の大達亮さんが調べているのは、入院期間が長い患者に向き合う精神科の看護師たちです。

「まずは共感しますね、共感かな」
すぐに成果が出にくい現場で看護を続ける人を“モヤモヤする力”のある人と見込み、聞き取りを進めています。
「そういう時はどうされているんですか?」
「自分一人ではどうしようもないけど、色々悩みながら考えながらしていくうちに、どうにかなる」
これまでに11人を調査。“モヤモヤする力”がある人は、人と協働する経験や、自分を変えていく柔軟性が備わっている可能性が見え始めています。

「仲間、相談する人を増やしていって、自分が拡張されていく。協働感覚があって、自分は変わっていく」
この考え方が幅広い分野に広がる背景に、成果主義への疑問があると指摘する人がいます。
“モヤモヤする力”の本を書いた、小説家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんです。

「悩み続けて成果を出してないのはダメという風潮がずっときてたんじゃないか、あらゆる分野において。『これじゃいけない』と感じていた人たちがいたということでしょうね」
帚木さんは、“モヤモヤする力”は混迷の時代にこそ真価を発揮するといいます。
この考え方が初めて登場したのは、19世紀初頭。

イギリスの詩人が「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を家族に宛てた手紙に記していました。当時のヨーロッパは、ナポレオンが各地に侵攻する戦争の時代。先の見えない中で結核や赤痢などもまん延していました。
そして、再び先の見えない苦難の時代に直面した今。
「性急な答えは見つけなくてもいいのだと。(モヤモヤする力で)知恵が出てくる、人間らしいものを生み出してきた、歴史をつくってきた。不確実の中で浮遊していてこそ真実が見えてくる」
混迷の時代にこそ“モヤモヤする力”
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、2023年2月に“モヤモヤする力”をテーマに本を執筆、海外の最新研究にも詳しい枝廣淳子さんです。
これまでも混迷の時代に注目されてきたということでしたが、今の時代にこうして脚光を浴びているのはどうしてだとお考えですか。

枝廣 淳子さん (翻訳家/大学院大学至善舘教授)
海外の最新研究にも詳しい
枝廣さん:
今、すごく複雑で不透明で、先行きが見えない時代ですよね。一方で、その中でもタイパとか、効率重視、即決断、即行動が求められる。この2つがなかなか両立しないなということを多くの方が感じていると思うんです。
私が教えてる大学院は次世代の経営者を育てるMBAですが、「すぐに、ちゃんと」、それをずっとやってきた人たちが「果たしてこのままでいいんだろうか」ということを思うようになっている。
そして今、夏休みが明けて新学期が始まって就職活動がなかなか思うようにいかない、このままでいいのかなと思っている方もたくさんいると思います。
あと病気とか障害とか、いろんな意味でアイデンティティーの生きづらさを抱えている方も増えている。そういった方々に「そんなに急がなくていいんだよ、答えはいつか出すけど急がなくていいんだよ」というメッセージが今、響いているのではないかと思います。
桑子:
この“モヤモヤする力”、どんな可能性があるのか。今回番組では専門家の協力を得て、ある実験を行いました。
まず、不確実な状況に対してどうふるまうのかを調べる、“IU”と呼ばれる心理テストを使って“モヤモヤする力”の度合いを計りました。
調査に協力してくれた23人のうち、度合いが高い人と低い人とでチームを作りまして、ある課題に取り組んでもらったところ、“モヤモヤする力”が高い人たちが驚くべき結果を出したのです。
斬新なアイデア次々と…“モヤモヤする力”の可能性とは
実験は“モヤモヤする力”の度合いが高いチームと、低いチーム、それぞれで行うグループディスカッションです。

議論を心理学の専門家に分析してもらいます。

「1つのテーマについて話し合ったり議論して、色々なアイデアを出して頂く」
課題は「社会人の学び直しをどう増やすか」。特定の答えが出にくいテーマです。
白板にアイデアを書き出してもらい、全員が納得すれば終了です。
・時間無制限
・休憩、スマホ等の情報収集OK
実験スタート。

「社会人の定義」
開始直後、モヤモヤ力の低いチームは枠づけから議論を始めます。

「今ちょっと話題になっているのは、週休3日制とか」
「ありますね」
一方、モヤモヤ力の高いチームは自由に議論を進めます。
「(週休3日制は)お配りした資料には全然書かれていない。すごく自由さがある」
開始から32分。
「低いグループが、今スマートフォンを使って情報を調べるようになってきてますね」

モヤモヤ力が低いチームは、全員がスマートフォンをさわり始めます。
「真っ先に出てきますよね、『社会人の学び直しを通信制大学で』」
およそ1時間。

「何か答え出すんですかね?」
「いや、アイデアですから。答えはない。アイデアですので」
「ちょっと軽食にします?」
「大体1時間ぐらい」
「少し飲んだ方がいいかもしれない」
モヤモヤ力が高いチームは休憩に入ってしまいます。
その間に隣の部屋では、議論が一つのアイデアへとまとまっていきます。

「この人たちが教える場だよね」
「リタイアした高齢者などが現役世代に教える場をつくる」。それが結論でした。
「1時間22分ですね。緻密に議論していくところではすごくたけていて、結論に向かって収束的に議論が進んでいたように思います」
一方、モヤモヤ力の高いチームは議論続行です。ただ、アイデアが出てくる気配はありません。
「考えれば考えるほど、ムズ」
「もう泊まり込みですか」
ところが2時間すぎ。

「ついに星印で。給付金にひも付ける」
次々にアイデアがあふれ出します。

「大人の予備校」
「ポイント制度」
「やってみたら面白いと思う」
「この資格とったら何%免除しますとか」
「ふるさと納税みたいな、いいですね」
「すごく新しいアイデアばっかりですね、すごいな」
モヤモヤ力が高いチームの議論は、3時間近くも続きました。
「もし今回の実験が1時間半で終わる設定だったとしたら、モヤモヤ力の高い人たちが2時間ごろにたくさん出されてたアイデアに触れることはなく終わっていた訳なんですよね。効率ばかりを追及しないで議論すること、迷うことを楽しんでいくことも、これからの時代、重要になると思います」
迷って悩む“モヤモヤの力” 知られざる可能性とは
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
“モヤモヤする力”には、「創造性・アイデアを伸ばす」可能性が見えてきたわけです。
とはいっても、毎日会社で3時間モヤモヤする時間を作るのはなかなか難しい面もありますよね。
枝廣さん:
そうですね。企業研修でこういう話をしたり、大学院で教えていても、大事だとは思うけれど、やはり時間のプレッシャーがすごいから「なかなかそうはいかないよ」という声も聞きます。
ただ、この“モヤモヤする力”は、私は「答えを急がない勇気」と言っているのですが、答えを急がないということは「答えを出さない」ということではないんです。
逆に言うと、よりよい答えを出すために、これが答えだというのを保留する。もう少し考えてみようとか、違う考え方がないかなと、いろいろと広げて考える。
思考停止に陥らないで「もっと考えてみよう」ということ。それが“モヤモヤする力”の効果だと思うんですね。
桑子:
では、この効率が求められる現代社会で“モヤモヤする力”を生かすにはどうすればいいのか。

こういうことだそうです。説明をお願いいたします。
枝廣さん:
「両輪」が必要だということですね。私たちは仕事でも家事でも、やはりテキパキしないといけないことがたくさんあります。それをモヤモヤしているのではなく、テキパキやったらいいと思うんですね。
ただ、私たちの仕事の中でも今後を考えるとか人生の中でもテキパキと効率ではいかない分野ってありますよね。
例えば人生で言うと、子育てとか恋愛とか人間関係とか、効率的に愛されたいですか?ということですよね。
桑子:
ちょっと、それは…。
枝廣さん:
仕事でもテキパキできる部分と、じっくりと模索して答えがない中で考えていくもの、この両輪、両方を大事にする。バランスを取っていくということだと思うんです。
桑子:
まさにこのモヤモヤとテキパキと、バランスよく両立している方がいるんです。
“モヤモヤ”と“テキパキ” 両立で景色が変わる!?
九州大学の高田仁さんです。

研究に加え、大学の運営など複数の仕事を抱え、以前は精神的に苦しんでいたといいます。
そこで始めたのが、午前と午後で真逆の働き方をすることです。

午前中は“モヤモヤ”タイム。オンライン化が進む中で、大学の経営戦略をどうするかなど、すぐに答えの出ない課題を考える時間です。

午後は、逆に問題解決タイム。会議やメールなどに特化し、結論を出すことを重視しています。
「片づけなきゃいけない仕事と、じっくり向き合う仕事をうまく仕分けて、それぞれに向き合えるようになった」
悩みや迷い どう生かす “モヤモヤする力”と社会
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
高田さんの場合、午前中は“モヤモヤ”する。午後は“テキパキ”と答えを出していくということで、この割合をどう考えたらいいのか、同じぐらいのバランスなのか、どうでしょうか。
枝廣さん:
高田先生のように一日で分けるやり方もあります。例えば、季節的に今はすごく忙しいからここはテキパキだけど、あとで少しモヤモヤの時間をちゃんととっておこうとか。
私は「自分合宿」というモヤモヤの場を提供しているのですが、1年とか数年分のモヤモヤをそこで味わいに来る方もいらっしゃる。
なので、きちんとバランスを常に取っておくというよりも、自分の中で無理がない、バランスをとれているなという時間軸でとれるといいと思います。
桑子:
自分の中でバランスを探っていくということですね。では、この“モヤモヤする力”を伸ばすにはどうすればいいか。大きく2つ挙げていただきました。
・あえて判断保留(5分でもOK)
・結論後もモヤモヤ
枝廣さん:
どうしても私たちはいろんなことを決めていかないといけないのですが、ただ、すぐに決めてそれ以上考えないという思考停止に陥るのではなく、判断を5分後にしよう。5分間でいいからモヤモヤして、いろんな可能性を考えてみよう。5分だったらモヤモヤできると思うんですよね。
桑子:
なんとか作ることができそうですね。
枝廣さん:
結論を1回出したあとも、それで100%じゃないかもしれないので、もう少しいろんな可能性がないかというのをずっと考え続けていく。この2つを気をつけるだけでも“モヤモヤする力”を伸ばすことができると思います。
桑子:
考えることをやめるわけではないということですね、モヤモヤというのは。
枝廣さん:
逆によりよく考えるためにモヤモヤし続ける。これが答えだと思ったら人は考えるのをやめちゃうんです。あえて「これが答えだ」としないで、これが答えかもしれないけれど別の考え方がないかなと考え続けるということです。
桑子:
この「5分の勇気」というのは一つ、ヒントになりますね。
個人でモヤモヤすることが意識できるようになった。ただ、人は学校ですとか企業ですとか、組織に属していることもありますよね。1人でモヤモヤしていても、なかなか成立しないこともありますよね。この辺りはいかがでしょうか。
枝廣さん:
やはり組織とかチームでモヤモヤすることが大事だ、そういう時間を取っていこうという仕組み化をしないと無理だと思うんです。
あえてモヤモヤする時間をもうけるとか、もしくはあえて違う意見を言う人たち、ネガティブチームを作るとか、方針としてモヤモヤを大事にするということを出すとか、仕組み化していくというのが組織には大事だと思います。
桑子:
実際にそういうのを実践しているところはあるんですか。
枝廣さん:
昭和シェル石油の新美さんという会長さんがネガティブチームというのを作られて、自分がやろうと思っていることと違う意見を言う社員のチームを作っていましたね。
桑子:
役割として「モヤモヤしてもいいよ」と言われれば安心してモヤモヤすることができますよね。他に看護のマニュアルにも取り入れられていると。
枝廣さん:
やはり方針として出されると、皆さん安心してできると思います。
桑子:
そして、この社会の中で“モヤモヤする力”が根づいていくことの意義をどう考えていますか。
枝廣さん:
今、これだけ地球環境問題が大きくなってる中で、とても私は大事だと思っています。
桑子:
地球環境問題と“モヤモヤする力”、どういうことでしょうか。
枝廣さん:
短期的に最大の効率を追い求めた結果、今のいろいろな環境問題が起きていると思うんです。
短期的に利益を最大化しないといけないとか、短期的にどれだけ売り上げを上げるとか。もちろん経済も大事ですが、それをいろんなことを考えないで、あまりにも短期主義、効率主義に陥ってしまったことが環境問題、そして社会の問題を作っていると思うので、あえてそうではないいろいろな考え方、ちょっと待てよと、本当に大事なのは何かと考えていく。
なので私は“モヤモヤする力”、1回判断を保留する力が人類のこれからを握っていると思っています。
桑子:
すべての短期的な考え方が、いろんな問題をはらんでいるかもしれないという考え方を持つこともすごく大事ですね。
枝廣さん:
そうですね。「すぐに答えを出さなくてもいいんだよ」と言うだけで、ほっとする人は多いと思うし、いろんな模索とか失敗とか試行錯誤を待てる社会にすることが生きやすい社会を作っていくのではないでしょうか。
桑子:
そういう社会づくりをいかにできるかということですね。
まさに効率を重視する風潮が強まる今こそ、悩んだり迷ったりしてもいいんだよと、いかに思えるかですよね。
まず、5分立ち止まってみる。思考停止するのではなく、モヤモヤしてみる、ここがポイントだなと感じました。ありがとうございます。
“すぐに答えが出なくても” モヤモヤの先には…

大人だけが参加する、積み木教室です。
何をどうつくるのか正解はなく、すべてを自分たちで考えます。
3時間、ひたすらモヤモヤします。そして出来上がったのは。

巨大なタワーを中心とした町並み。自分たちの想像をはるかに超える作品でした。
「爽快感、達成感がモヤモヤの後にはある」