家事代行サービス 急拡大の陰で...

今やアプリで気軽に呼べるまでに進化した家事代行サービス。1時間のスポット利用や価格が従来のおよそ半額のサービス、高齢者向けの低額サービスまで登場。市場規模はこの10年で6倍、8千億円に達するという試算も。一方で、家庭という“密室"ゆえに、手抜きのトラブルや、家事代行者がカスタマーハラスメントに巻き込まれたり、亡くなったのに「ある理由」で労災が認められなかったケースも。家事の専門家が読み解きました。
出演者
- 永井 暁子さん (日本女子大学 人間社会学部 教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
急拡大する 家事代行サービス
桑子 真帆キャスター:

家事代行で働く人は長らく「家政婦(家事使用人)」と書かれてきたように、女性の仕事とされてきました。かつては家政婦紹介所からあっせんを受けて家庭に通いや、泊まり込みなどで働くのが一般的でした。
1980年代に自社の専門スタッフを派遣する家事代行会社が登場。そして今、ネットのマッチングサイトを活用した低価格のサービスが拡大し、市場規模は2年後には最大で8,000億円に拡大するとも試算されています。
家事代行サービスはどこまで進化しているのか。まずはその最前線をご覧ください。
家事代行の最前線 マッチングで短期間でも
家事代行で働く人は、いつも大忙し。

「スケジュールは2か月分は出る。2か月先までは…」
「もうびっちり?」
「そうですね」
2年前、家事代行の仕事を始めた高橋さん(仮名)。多い日は1日3軒を掛け持ちしています。
2時間およそ5,000円。行うのは水回りやリビングなど、あらかじめ決められた範囲の掃除です。エアコンなど専門的な技術が必要な掃除はできません。

「ご家庭でやっているお風呂掃除と同じで、何か部品を分解したり外したりする作業は私たちはできない」
「仕事と出産と育児と、もろもろ全部重なったときに、もう無理だと思ってお願いすることにして」
高橋さんも登録しているマッチングサイトは、サービスを利用したい人と働きたい人がそれぞれ登録する仕組みです。

希望する日時やエリアなどで自動的にマッチングされたり、いいと思った人を指名することもできます。登録している家事代行者は1万2,000人。うち9割がフリーランス。その多くが副業で働いています。高橋さんはもともとツアーコンダクターで、コロナで仕事が減ったときに副業として始めました。
マッチングサイトの特徴の一つが、都合のよい時に短時間で利用できる手軽さです。夫と共働きの佐藤さん(仮名)は、仕事の合間に予約したといいます。

「この日がマッチしやすいですというところが〇になっていて。私は確か仕事の合間に依頼した。予約だけだったら本当に3~4分もあればできちゃう。便利」
佐藤さんは、夫と2人で肩こりや腰痛の治療院を営んでいます。家事は、妻と夫で7対3の割合。夫が家事の大変さに気付き、代行サービスを頼もうと言いだしました。
1回あたり5,000円余りですが、共働きで収入が得られることを考えると、決して高くはないと感じています。
「他の人の手を借りるというのは、ある意味家庭の必要経費かなと思いまして」
高橋さんと佐藤さんが登録する、マッチングサイトの運営会社。利用者は、ここ3年でおよそ2倍の15万人。共働き世帯だけでなく仕事が忙しいなどの単身者が4割を占めるといいます。

「ウーバー(のシステム)とかは参考にさせてもらいました。家事代行にシェアリングエコノミークラスの概念を持ち込んだら、もっと料金体系も安くできるし手間もかからずに依頼者が依頼を出せるんじゃないか」
5分100円で家事 高齢者向けサービスも
高齢者のニーズに応える家事代行サービスも登場しています。
この日、スタッフが依頼されたのは…
「ゴキブリの殺虫剤と蚊の殺虫剤の(買い物の)ご要望をいただきました」
身の回りのことが5分100円から頼めます。依頼した男性は、85歳。足が不自由なことから出歩くことがほとんど出来ません。窓の掃除や買い物、ごみ出しまで細かい家事も依頼しています。
「今まで生ごみがほんと悩んでいたんだ。いいですね、助かる」
2つのサービスの料金は、出張料込みで1,870円でした。
「昔やれてたことがやれなくなったという相談だったりとか、不安とか困りごとを抱えている方の相談を受けることが増えてきました」

「(依頼内容は)本当にいろいろですよ。(利用者が)布団を干されたら落っことしちゃった。雨降る前に拾ってほしいって。瓶の蓋開けとかですね。行くと並んでまして、まとめ開けしてほしいと。開けさせていただいた」
現在、65歳以上の高齢者が人口のおよそ3分の1を占める日本。介護サービスではまかないきれない家事に悩む高齢者が増えています。
埼玉県内で暮らす、遠藤幸子さん(80)。遠藤さんは普段、介護保険を利用してヘルパーに生活必需品の買い出しを頼んでいます。しかし、ある品物を断られたことから家事代行を利用し始めました。

「仏壇のお花は別口なんですって。(ヘルパーから)『私の生活には関係ないから』って、ええーって言ったの。主人とか守っているというか、維持するのは私の仕事なんですけどって言ったら、それとは違うんですって」
現在、介護保険は日常生活の援助に該当しないとされる家事には適用できません。
・窓のガラス磨き
・草むしり
・大掃除
・ペットの世話
など

「長男も次男も(仕事の関係で)どちらも週末お休みがない。家族に頼みづらいというか、頼めないっていうか、そうなので。でも、こういう(家事代行)システムがあるって分かったので、全部ご相談してお願いしてます」
家事代行サービス なぜ急拡大?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、30年以上日本の家事の現状について研究を続けてきた永井暁子さんです。
今見たように新たなサービスも登場して拡大を続けているわけですが、この家事代行サービスが広がる背景に、共働き世帯、それから単身世帯も増えていることがあるのではないかということですね。

永井 暁子さん (日本女子大学 教授)
日本の家事の現状について長年研究
永井さん:

そうですね。現代ですと、とても忙しい人たちが増えてきたということがあります。共働きはもちろんのこと、単身世帯の中でも高齢者だけではなく、1人暮らしの働き盛りの人たちもいます。
もう1点としては、家事を愛情として行っていた時代もあったかと思うのですが、子どもがいる世帯、共働き世帯において子どもに時間をかけるということで家事を代行していただくというサービス利用の理由が増えていると思います。
桑子:
考え方も変わってきているという。そうした中で今、さまざまな家事代行サービスがあります。

会社によって多少の違いはありますが、泊まり込みなど契約内容が柔軟な従来の家政婦(夫)紹介所。
それからサービスの質が一定で料金が比較的高い家事代行会社。
それから従来よりも低料金で即日も可能という手軽なマッチングサイトも今、広がっているということです。
永井さん、これまで家事代行は裕福な人が利用するというイメージがありましたが、今それも変わってきているということなのでしょうか。
永井さん:
そうですね。オレンジ色のところの家政婦(夫)紹介所がメインだった時代においては、やはり定期的に同じ方が長期間にわたって通う、あるいは住み込みでということが多かったかと思います。そのイメージで言いますと、裕福な家庭でということが多いかなと思います。それが家事代行会社が出てきたことによって、家事代行の大衆化が進んだということになるかと思います。
桑子:
しかし、こうしてサービスが広がる中でトラブルも相次いでいるんです。家事代行サービスを利用する人からは、例えば
など、2022年度は1,000件近い相談が全国の消費生活センターに寄せられたということです。こういったトラブルが相次ぐ背景にどういうことがあるのでしょうか。
永井さん:
この相談はマッチングサイトで少し多めに起きているのではないかと思いますが、マッチングサイトというのは利用しやすい側面もある一方で、サービスを提供する家事代行の方も参入しやすい仕組みになっています。
ですから、その中にはプロ意識が少し低い方も交じっているということがあるのではないかと思います。
桑子:
どういうところに気をつけていけばいいでしょうか。
永井さん:
やはり利用する前に「損害補償の保険」に入っているかどうかとか、あるいは家事代行する方と作業内容について打ち合わせするなど、事前の準備が必要かなと思います。
桑子:
トラブルに直面するのは利用者だけではありません。家事代行で働く人たちも苦しめられている実態が見えてきました。
家事代行 急拡大の陰で 客からの無理な要求
都内で家事代行をしている、宮南洋さん。庭の草むしりや、家具の移動の仕事を主に引き受けています。

「(気温が)33度とかの日に涼しいなって感じですよね」
今は会社として独自に仕事を請け負っている宮南さん。以前マッチングサイトに登録していた時は利用客からの無理な要望に悩まされていたといいます。

「(当時は)病院に運ばれたこともあるし、3回は死にかけてるかな、熱中症で。草むしりのお客さん、ものすごい炎天下だった。マスクを付けて仕事をするように言われていて、外すことができなくてこういうふうになった」
当時、宮南さんがこうした要求をのまざるを得なかったのはマッチングサイトの口コミシステムを気にしていたからでした。

働く人1人1人の仕事ぶりなどを利用者が評価するレビューです。仕事の量に直結するといいます。
「当時は本当に怖かったですね。(マッチング)仲介サイトの本部から、わりと口酸っぱく言われていたんですよ。レビューが下がるイコール仕事がとれなくなることにつながると。★が下がったりレビューで悪いこと書かれたら、仮に向こう(利用者)が理不尽だとしても自分に不利益が来てしまう」
宮南さんと同じように、マッチングサイトに登録していた仲間も、かつてレビューを気にしていたといいます。

「お客さんからのむちゃ振りだったりとか、のまざるを得なかった方って今までおられます?」
家という周りの目が届きにくい密室で働く家事代行。私たちの取材ではさまざまなハラスメントがあることが分かってきました。
仕事中、トイレに行かせてくれなかった(40代女性)
掃除の最中に、客がアダルトビデオの視聴を始める(30代女性)
素手でトイレ掃除をさせられる(40代女性)
取材メモより
「お客も業者も対等ですよと言いたい。そういう人間的な感覚をやっぱり大事にしてほしい。現場の働き手はものでも何でもないので」
労災申請したけれど…
家事代行の働き方を巡っては、ある事件をきっかけに議論が巻き起こっています。8年前、「家政婦(夫)紹介所」のあっせんで働いていた女性が1週間の泊まり込み勤務の翌日に亡くなりました。

「子どもたちと一緒に府中警察署の遺体安置室で妻と対面しました。ちょっと額に触ったら、もう完全に冷たくなっていました。何で死んだんだよ」

1日の休憩時間は、深夜0時からの5時間で部屋は与えられず、高齢者のベッドのすぐ脇で休んでいたとみられます。
「妻は生前、娘に対して『自己犠牲を払わずにはできない仕事です』と、そうメールで伝えていました。『私は普通を超えた力で頑張ります』って書いてあるんですよ。普通を超えた力ってどんな力なんだろうと、そう思いましたね」
女性の死後、夫は“過労死”だと考え、労災保険の支給を申請します。ところが、労働基準監督署からは「不支給」と通知されました。労働基準法は「家事使用人には適用されない」と明記されているためです。
「妻があれだけ一生懸命、本当に睡眠をとる時間も無く(1日)19時間ぶっ続けで働いて、それでそう言われたならば一体何なんだって。妻に対する無念さというのか、それが一番大きかったですね」
夫は決定を不服として国を訴えましたが、泊まり込みなど個人に雇われる家事使用人は労基法の対象外であるとして敗訴しました。
労働基準法が施行された1947年以来、変わらず適用外にしている理由について私たちが国に尋ねたところ、
家事使用人については、その労働が、雇い主の家庭内において、雇い主の指揮命令の下で行われ、雇い主及びその家族の私生活と密着している点で、通常の労働関係と異なった特徴を有するものであり、国家による監督・規制が不適当である等の趣旨から、労働基準法の適用除外とされているところである。
厚生労働省の回答
との回答がありました。
正当に評価されない現実
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
家政婦(夫)紹介所を介して家庭と契約する人は、通常の労働関係と異なった特徴を有するとされて労働基準法が適用されないのです。

一方で、家事代行会社で働く人の場合は業者に雇われているので労働基準法が適用されます。
そして、マッチングサイトに登録して働く人はそもそもフリーランスなので労働基準法の対象外ということになります。
永井さん、同じ仕事なのに法律で守られたり守られなかったりばらばらなことに驚くわけですが、なぜここまでばらばらなのか、そしてなぜ家政婦(夫)紹介所を介して働く人は法律が適用されないのか、教えてください。
永井さん:
家政婦(夫)紹介所の歴史的な経緯で言うと家事使用人に該当するわけで、家事使用人というのが過去においてはやはり共同生活、家族の生活の中の一員として存在していたということ。そのことによってなかなか労働という目で見られるのが難しいということ。それと、家事という仕事の性質上、時間を区切りにくいという点、それから内容を区切りにくいという点が、やはり労働基準法に適用しにくかったということだと思います。
ただ、行っていることは家事代行会社やマッチングサイトでの家事代行の方と同じことを行っているわけですから、やはり現代においては労働基準法が適用されるべきだと強く思います。
桑子:
泊まり込みで働いていた女性の遺族が労災申請に訴える動きも出ている中、国は63年ぶりにいわゆる家政婦(夫)への実態調査を行いました。

8月、その結果が発表されたのですが、「休憩時間はない」と答えた人が47.1%。「休憩時間と勤務時間の違いが明確でない」と答えた人の割合63.3%ということです。働く実態としても厳しい環境に置かれていることが見て取れます。
こうした中で海外では、家事労働者も他の労働者と同じ基本的な権利を持つべきだとして、2011年にILO=国際労働機関で「家事労働者の適切な仕事に関する条約」というものが採択されました。ただ、日本はまだこの条約に批准していないということです。
こういう状況がある中で、働く人を守るためにどういうことが必要だと考えていますか。
永井さん:
これからの労働力不足もありますし、そして高齢者も増えていく中で介護保険でカバーできないようなところも行ってくれる人というのが必要になるかと思います。そのためにもこういった条約を批准し、家事労働者が安全に働けるようになってほしいと思っています。そのことがサービスを利用する人にとってもメリットになると思っています。
桑子:
そして働く人、それから利用する人にとってもよりよい家事代行サービスになっていくためにどういうことが必要なのか、大きく挙げていただきました。上からお願いします。
・労働基準法の改正
・ガイドラインの作成
・相談窓口の設置
・利用者と働く人の対等な関係
永井さん:
まずは今言った労働基準法、改正されて適用されることになるのがいちばん大事かと思います。
そして2つ目、関連省庁によってガイドラインを作成してほしいと思っています。これに関してはグルメサイトですとかトラックドライバーの条例ですとか、そういったところを参考にして、行政のほうでも、あるいは運営会社のほうでも対応が可能ではないかと思っています。
桑子:
そして相談窓口も必要ですし、あと大事なのは最後ですよね。
永井さん:
4点目ですが、利用者と働く人の対等な関係というのは当然のことですけれども、特に家事代行に関しては歴史的な経緯がございますので、なかなか利用する私たちの意識に浸透していかないところがあるかと思うので、ぜひこの点については強くみんなで共有していきたいところだなと思っております。
桑子:
ありがとうございます。共働き世帯の増加、それから高齢化などを背景に家事代行サービスが広がり続けています。こうした時代の変化に制度が追いついていないということはないでしょうか。
“家事代行は仕事”亡き妻のために
7月末。家事労働の翌日に亡くなった女性の夫が、ある場所を訪ねていました。

「(妻を)散骨したのは、ちょうどこの沖合」
妻を弔った海を前に、1つの思いを新たにしていました。妻が取り組んだ家事代行。それをきちんと仕事として認めてほしい。
「やっぱり懸命に働いていた妻の無念さを晴らしてやりたい。もっと君と一緒に長く生きたかったな。これが本音ですね、あまりにも早く死にすぎた。それが悔しくて、残念でたまりません」