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2023年6月5日(月)

最年少名人・七冠 藤井聡太の強さに迫る

最年少名人・七冠 藤井聡太の強さに迫る

史上最年少の14歳2か月でプロ棋士になって以来、17歳11か月で初タイトルを獲得、18歳で二冠、19歳で五冠、20歳で六冠といずれも史上最年少で達成してきた藤井聡太。前人未到の「八冠」が視野に入るなか、藤井の強さはどこまで進化していき、将棋の世界に何をもたらすのか。デビュー前から密着取材を続けてきたNHKの秘蔵映像とともに読み解きました。藤井聡太論の考察で知られる十七世名人の谷川浩司棋士が生出演しました。

出演者

  • 谷川 浩司さん (棋士・十七世名人)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

最年少名人・七冠 藤井聡太の強さに迫る

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
6歳のお誕生日を迎えた藤井聡太少年のお誕生日カードには、こんなことが書いてありました。

好きな食べ物は「刺身」。大きくなったら「将棋の名人になりたいです」と。
そんな少年が、デビューから史上最年少の記録を次々と更新。そして、先週はその名人の称号を手にし、七冠を達成しました。

この名人戦は、将棋のタイトル戦の中で最も長い歴史を持つタイトルです。C2クラスから1年ずつ勝ち上がり、最低でも5年かけないと名人への挑戦権すら得ることができません。戦後、名人の称号を得たのはたったの16人です。

きょうのゲストは、その中のお一人、谷川浩司さんです。よろしくお願いいたします。

スタジオゲスト
谷川 浩司さん (棋士・十七世名人)
40年に渡り名人獲得の最年少記録を保持

谷川さん:
こんばんは。よろしくお願いいたします。

桑子:
谷川さんは、藤井さんが今回更新するまで40年にわたって名人の最年少記録をお持ちでしたが、今回の快挙をどのように感じていますか。

谷川さん:
藤井さんは今、20歳10か月なのですが、そもそもこの年齢までにタイトルを取ったことがある棋士は5人ほどなんです。その中で藤井さんはすでにタイトル獲得15期。しかも一度も負けていないということですから、最年少名人の記録も、やはり藤井さんが持つことが自然であり、ふさわしいのではないかなと感じております。

桑子:
名実ともに最強の棋士になったと言っていいでしょうか。

谷川さん:
はい。もう圧倒的な第一人者ですね。

桑子:
そんな藤井さんの強さの秘密に、迫ってまいりましょう。

最も歴史ある名人戦 潮目を変えた藤井の一手

4月5日・6日 第81期 名人戦第1局

最年少名人をかけて、藤井が挑む相手は渡辺明名人。これまでタイトル31期を獲得した名棋士です。先に4勝した方がタイトルを獲得します。持ち時間は、それぞれ9時間。戦いは、互いに手の内を探り合う展開となりました。

迎えた50手目。

藤井は次の手をなかなか指しません。考えること、1時間47分。

“3五歩”。この手をきっかけに激しい攻め合いになりました。
結果は藤井の勝利。勝負の潮目を変えた“3五歩”。解説者の佐藤天彦九段は、対局後に衝撃的な事実を知りました。藤井が3五歩を指すまでに費やした、1時間47分。この時、32手先の“9八竜”の局面まで考え抜いていたのです。

佐藤天彦さん
「トップクラスの棋士でも、3五歩の局面から9八竜までイメージするのは相当難しい。できないと言ってしまってもいい」

3五歩の局面はどういう方針で戦うのか、さまざまな選択肢が考えられます。それぞれどんな展開になるのか、一手進むごとに選択肢は膨大に広がり、32手先では10億局面を超えることもあるといいます。

佐藤天彦さん
「現役のプロ棋士、だいたい160~170人いるんですけど、読みの量と質が現役のプロ棋士を現時点では凌駕(りょうが)している」

トップ棋士も舌を巻く藤井の読みは、どのように培われたのか。

14歳、プロデビュー直前の貴重な映像です。

店員
「サインお願いしてよろしいですか?」
藤井聡太さん(当時14歳)
「27手で詰むってやつです」

藤井が色紙に書いたのは、読みの力を鍛えるために続けてきた「詰め将棋」の問題でした。「詰め将棋」とは、相手の玉を取る手順を考える練習問題のこと。数十手先を読み切らなければ正解できない難問もあります。

藤井が記してきたノート。解いた問題は1万以上に上り、深い読みを身につけていきました。

藤井聡太の強さ 詰め将棋・AIソフト

取材班
「得意なことって何ですか?」
藤井聡太さん(当時14歳)
「それは将棋、詰め将棋の次ですか」
取材班
「1位が将棋で、2位が詰め将棋なんですね」
藤井聡太さん(当時14歳)
「実は1位が詰め将棋かもしれません」
取材班
「3位は何ですか」
藤井聡太さん(当時14歳)
「詰め将棋を作ることですね」
取材班
「全部将棋じゃないですか」

プロデビューから半年余り。トップ棋士たちとの真剣勝負で負けが続き、自分の読みに迷いが生じていました。

藤井聡太さん
「焦り、あるいは恐れみたいな。最終的には結果というのは、ちょっと過敏になってたところがあるかもしれない」

この時期、力を入れたのが人工知能・AIを搭載した将棋ソフトで敗れた全対局を徹底分析すること。

藤井聡太さん
「悪手を指すと、こういうふうに(評価値が)下がる」

人間の価値観にとらわれない、AIが示す指し手の数々。それが藤井の将棋の可能性を広げていったと師匠の杉本八段は言います。

師匠 杉本昌隆さん
「AIの答えというものを決して何か妄信するわけでもなく、何でその手なんだということを見て、新たに自分で考えて消化して理解しているからうまく使いこなせているのかな。もともと持っている深く読める能力とAIが融合したという気がします」

羽生善治との対局 相手から学ぶ柔軟性

進化を続ける藤井。最近ではタイトル戦で戦う相手さえも成長の糧にしています。

2023年1月。藤井は、王将戦でレジェンドである羽生善治九段の挑戦を受けました。

藤井圧勝という下馬評を覆し、互角の戦いを繰り広げました。羽生は、事前に藤井の対局記録を徹底的に調べ上げたといいます。

羽生善治さん
「いろいろデータベースとかで調べていくと、作戦別にどれぐらいの勝率があるかっていうのも全部出るんですね。それを見るとだいたい全部強いんですよ。だけどそれはあくまでもデータは過去のものじゃないですか。だから過去になかったものの中で、何か新しいものを見つけていくという作業になるわけですね」

羽生は、藤井の経験が少ない戦型を毎局ぶつけました。防衛を果たしたものの、芸域の広い羽生に苦戦を強いられた藤井。

王将位 防衛直後のインタビュー 藤井聡太さん
「考えても分からない局面が非常に多く、将棋の奥深さを感じた。すごく得るものの多いシリーズだった。それを今後に生かしていけたらと思う」

今回の名人戦で藤井は、羽生にぶつけられた“雁木(がんぎ)”という戦型を採用しました。対戦相手から学んだことを取り入れる柔軟性。まだまだ強くなると師匠の杉本八段は指摘します。

師匠 杉本昌隆さん
「羽生九段と七番勝負を戦えたというのは、大変大きな財産になったんではないかなと。広い視野というか、今の藤井竜王名人にはまだないものなので、それを羽生九段と長くタイトル戦で戦うことによって、何らかの影響は必ず受けたと思いますので、それが非常にいい経験につながったなと思います」

最年少名人・七冠 強さの秘密に迫る

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
谷川さんと一緒に、藤井さんの強さの秘密を解き明かしていこうと思います。

強さの秘密①
読みの深さ(詰め将棋)

まず、強さの秘密その1。「読みの深さ」ですね。藤井さんは「詰将棋解答選手権」で、小学6年のころから5連覇を果たしています。
それだけではなく、藤井さんは詰め将棋の問題を作ることにもたけていまして、藤井さんが創作した詰め将棋が谷川賞を最年少で受賞しました。
この谷川賞といいますと、詰め将棋で培われた終盤力で「光速の寄せ」の異名をお持ちの谷川さんのお名前を冠した賞です。

谷川さんからご覧になって、藤井さんは当時からやはり光っているものはありましたか。

谷川さん:
小学生のときから詰め将棋を解くこと、作ることは一流でした。

桑子:
どちらも?

谷川さん:
はい。詰め将棋を解くことで長手数の読み、正確に進めるということの訓練になったと思います。また、藤井さんの将棋はとても派手な手だったり、意表の一手が飛び出したりと、私たちプロ棋士が見ても本当にわくわくするような将棋を指してくれるのですが、それは詰め将棋の創作で得られた豊かな発想、ひらめきがもとになっているのではないかなと思います。

桑子:
強さの秘密、2つ目です。

強さの秘密②
幅広さ(AIを使いこなす)

「幅広さ」ということで、藤井さんはたびたび“AI超え”と言われる一手を指します。

将棋界で有名なのが、2020年の対局で指した一手です。対局中に、実はAIでは候補になかった手を藤井さんは指して「悪手」と当時評価されていたのですが、対局のあとに改めて時間をかけて分析し直しますと「最善手」として出たんですね。それくらい幅広い視野をAIによって獲得していたということです。

では、藤井さんは「AI研究」で強くなったのかという疑問が浮かぶわけですが、周りの棋士たちの評価は異なっています。例えば、渡辺九段。

渡辺明さん
「彼の強みとAIはほぼ関係ない。結局、中盤、終盤の力で戦っている」

そして、羽生九段も

羽生善治さん
「他の棋士も使っていますから関係ない。AIソフトがなくても藤井さんは強い」

どういうふうに受け取ったらいいのでしょうか。

谷川さん:
今はもうすべての棋士がAIを活用している中で、藤井さんの若さ、強さがありますので分析力・吸収力というのはもちろん優れているわけなんです。
ただ、それよりも藤井さんは初見の局面であるとか、とても答えが出そうにない局面で1時間2時間、腰を落として自分の力だけで考え抜く。その積み重ねで今の圧倒的な強さを身につけたと思っています。

桑子:
「幅広さ」でいうと、谷川さんからご覧になってどんな幅広さがありますか。

谷川さん:
ここ1年、羽生さん、あるいは叡王戦の菅井さんのように得意戦法、あるいは練りに練った作戦を藤井さんにぶつけるわけですね。それで初見の局面が現れて、藤井さんは1時間の長考に沈むわけですが、そのことがまた藤井さんのモチベーションを高めて他の棋士が工夫をすればするほど、その課題を与えることになって。ですから寄ってたかって周りのトップ棋士が藤井さんを強くしているということも言えますかね。

桑子:
それでどんどん幅広さも増していると。そして強さの3つ目。

強さの秘密③
平常心(タイトル戦でもものおじしない)

「平常心」ということで、タイトル戦でもものおじしない。例えば、羽生さんは1989年に初タイトルをかけた最終局面で手が震えていた。羽生さんでも手が震えていた。そして谷川さんも同じく初タイトル獲得のとき、観戦記者によると「顔を左右に激しく動かし、ハンカチを口元に押し当て、おう吐をこらえている苦悶の表情だった」と。どういう状況なのでしょうか。

谷川さん:
40年前なんですけど「勝ちがある」ということをはっきり分かったときに、なんとかして平常心を取り戻そうと何分かいろんなことをしたんですけれども。でも、結局7五に打った銀が升目の中に少し収まらず、ちょっとゆがんだということがありました。やっぱり手が震えていたんでしょうね。

桑子:
ただ、藤井さんの初タイトル獲得は谷川さんによりますと「全く緊張が見られず最善手を目指していた」と。

谷川さん:
藤井さんというのは、棋士になってから一貫して勝つこと、タイトルを取ることではなく、強くなること、そして将棋の真理を追求していくという気持ちを一貫して続けていたわけです。
そもそも、藤井さんというのは恐怖心というのがないのではないかという気がしてきまして、多くの棋士は負けたくないとか、自分の指し手が間違っているのではないかというような恐怖心とも戦っているのですが、藤井さんは盤上だけを見ていますので、本当に客観的に平常心で将棋盤を見られるのではないかなと思います。

桑子:
こうした強さで並みいる強豪を圧倒している藤井さん。他のトップ棋士を惑わす力も持っているようです。

藤井将棋の神髄 最後まで勝負を諦めない

5月31日・6月1日 第81期 名人戦第5局

名人獲得まで、あと1勝と迫った大一番。藤井は苦戦を強いられていました。

放ったのが“6六角”。敵陣に攻めかかる捨て身の反撃を仕掛けたのです。師匠の杉本八段は、そこに藤井将棋の神髄を見たといいます。

師匠 杉本昌隆さん
「徹底的に辛抱する方針もあったと思うんですが、一番強い、踏み込むという選択をしたんです。これは恐らく藤井の将棋観、人生観なんじゃないかと」

最後まで勝負を諦めない姿勢。藤井は少年時代から極度の負けず嫌いでした。8歳のときに出場した将棋の大会では、決勝で敗れ大泣きしました。

名人のタイトルがかかった大一番。逆転を狙った“6六角”。渡辺名人は意表をつかれ、考え込みます。この時、攻め込んできた角を金でとるのは、プロなら誰もが考える手です。AIも、その手を指せば優勢だと評価していました。
1時間26分考えた渡辺名人は、その手を選びませんでした。形勢は逆転します。

佐藤天彦さん
「ほかの棋士と、もしこの局面を渡辺さんが指していたら、さすがにその“角出”は無理なんじゃないと渡辺さんも思ってもおかしくなさそう。藤井さんが角を出てきたということは、読みの裏付けがあると思えてしまうので、そこで渡辺さんは自然な選択がしづらくなる」

迎えた94手目。

解説
「渡辺名人が投了されました」

こうして、史上最年少名人が誕生したのです。

棋士たちの敗北に何が 藤井へのプレッシャー

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
なぜ、多くの棋士たちが惑わされるのか。対局した棋士からしますと、対局中、藤井さんのあまりの強さを実感し、藤井さんなら「自分の少しのミスでもついてくる」と。「必要以上に悲観的になって敗北してしまうのだ」といいます。

以前、渡辺さんも藤井さんにタイトルを奪われたとき

渡辺明さん(文藝春秋 2020年9月号)
「藤井君が負けた将棋を調べた。どういった展開になったときに形勢を損ねているのかを探った。これは弱者の戦い方」

当時、渡辺さんはタイトル保持者ですよね。それが「弱者の戦い方をする」、どういう心境なのでしょうか。

谷川さん:
3年前、渡辺さんは名人で三冠だったと思います。藤井七段だったんです。でも棋聖戦の第1局第2局を戦って、どうもこれは相手のほうが強いのではないかというようなことで、弱者の戦い方をせざるを得なかったということです。

“藤井曲線”というのがファンの方で非常に有名ですね。最初は50対50なのが、藤井さんは悪い手をほとんど指さないので、少しずつリードを広げていって最終的に100対0になるということで。当然トップ棋士もそれは重々承知なので、対局が始まる前から重圧を受けているということです。

桑子:
この藤井さんを止める方法というのはあるのでしょうか。

谷川さん:
藤井さんは新しい局面で考えるのが好きなので、それを利用してというのは変ですが、新しい局面に誘導して考えてもらって、それで藤井さんの時間をちょっと削って、中終盤勝負に持っていくというのが今のところは現実的な戦い方かなと思います。

桑子:
ただ、その時間すら藤井さんを強くしてしまっているという見方もできますが、その藤井さん、次に期待されるのがやはり羽生さんを超える前人未到の八冠達成なるかというところですが、達成するには厳しい道のりがあります。

まず、八冠を達成するには最後のタイトルである「王座」を獲得しなければなりません。そのためにはまず「挑戦者決定トーナメントを勝ち抜く」。そして最後「永瀬王座との五番勝負に勝つ」という必要があります。
これと並行して「棋聖戦」「王位」と、すでに藤井さんが持っている2つのタイトルも防衛しないといけないということで、挑戦しながら防衛するのは大変なことですよね。

谷川さん:
はい。7つ持っていますと、ほとんど毎月のようにタイトル戦が始まるということで、今回も多分名人戦のあと自宅に帰れていないと思うので、やはり気分転換、リフレッシュが大事かなと思います。

桑子:
今後藤井さん、そして将棋界にも注目が集まってくると思いますが、今後どうなっていってほしいと思いますか。

谷川さん:
私たちもAIにちょっと戸惑っていた時期もあったのですが、逆にそのAIによって将棋の新たな可能性というのを見いだしたというところもあります。
人間のよさ、AIのよさというのをうまく将棋の世界でも融合させて、またトップ棋士たちは新たなステージに立ってレベルの高い戦いを展開してくれるのではないかなと期待しております。

桑子:
また新しい風が吹くかもしれないですね。ありがとうございました。

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