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2023年5月16日(火)

“密室”で横行するハラスメント 訪問在宅ケアからのSOS

“密室”で横行するハラスメント 訪問在宅ケアからのSOS

全裸の利用者から「体を拭いて」▼断ると足元に包丁が▼玄関に鍵かけられ監禁▼全国の訪問在宅ケアの現場からハラスメントのSOSが続々と▼東京都が緊急調査。看護師やヘルパーなどの48%が言葉の暴力、23%が身体的な暴力を経験▼心身を壊したり離職する人も。将来の在宅ケアは大丈夫か▼“加害者”にも事情が?ハラスメントに至る深刻な背景▼キーワードは“密室”▼利用者と支援者が“本音”をぶつけ合いました。

出演者

  • 髙口 光子さん (元気がでる介護研究所 代表)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

“密室からの悲鳴”在宅ケアハラスメント

桑子 真帆キャスター:

在宅ケアには介護を受ける「訪問介護」や、医療を中心に受ける「訪問診療」、「訪問看護」がありますが、このうち「訪問介護」の利用者は、この20年で2.6倍の109万人余りに上っています。

こうした中で、ケアする人への在宅ケアハラスメントが深刻になっています。具体的には「家族の分の食事も作って」など、契約以外の要求をされたり、必要なケアが終わっても「出口をふさいで帰らせないようにされる」。さらには「髪の毛を引っ張られて転倒させられた」。「反社会的勢力の名前で脅された」など、犯罪といえるようなものまであります。

2022年、埼玉県では訪問した医師らが、死後1日以上経過した患者に心臓マッサージをするよう要求された末、散弾銃で殺傷される事件まで起きました。

第三者の目が届きにくい密室で起こる、在宅ケアハラスメント。その実態に迫ります。

在宅ケアハラスメント 現場の実態

介護施設で10年働いてきたAさん(30代)。4年前に独立し、小さな訪問介護事業所を立ち上げました。しかし、仕事を始めてすぐ。

利用者
「そんなもんも覚えてねえのか」
Aさん
「すいません」
利用者
「すいませんじゃないだろう。覚えてねえってことなんだろう、ばーか。なにやってんだよ、全部やれよ、ちゃんとオラッ」
Aさん
「こちらじゃないんですか」
利用者
「全然違うな、また言い訳か。どんだけ自分のことかわいいんだよ。犯罪だよ、おめえのやっていることは。犯罪」

難病のため、車いすで1人暮らしをする男性から気に入らないことがあるたびにどなり散らされたのです。薬を塗る量や身体を洗う順番など事細かに指示され、その通りやっても人格を否定する罵倒が続きました。Aさんは身の安全を守るため弁護士に相談して録音を残すことにしました。

Aさん
「初めてのお客さんだったので誠心誠意対応しようと。ここを乗り越えて頑張っていこうと」

気分を和らげるために好きな食べ物やテレビの話題を持ちかけましたが、暴言はエスカレートしていきました。Aさんは夜も眠れなくなり、適応障害と診断されました。

Aさん
「記憶がないって状態ですね、(ハラスメントが)一番ひどいときは。でも行かなくちゃいけないから」

男性にかかりきりで、ほかの利用者に手が回らなくなり経営は赤字に。事業は廃止に追い込まれました。

Aさん
「介護ってなんだったのかなって。こういう方も救わなくてはいけないんでしょうけど、介護する側がいなくなって、介護できなくなってしまう」

ハラスメントを利用者の家族から受けることも少なくありません。

この訪問看護ステーションでは、2022年に訪問を中止せざるを得ない事態が起きました。

被害を受けた看護師
「息子さんが、かなりアルコールを飲んでいた」

ハラスメントに及んだのは30代の息子。難病の父親を介護していました。その日もアルコールの匂いをさせていました。

被害を受けた看護師
「『お前黙れ』『あほんだら』とか。なだめながらケアはしていたけど『うるさい 殺すぞ』とか」

暴言は1時間ほど続きました。看護師は恐怖感を抱きながらも、ケアを途中でやめる判断はできなかったといいます。

被害を受けた看護師
「このままケアをしないといけないと思って」
所長 舟越利恵子さん
「そう思ってしまうよね、訪問看護をしたら遂行しなければいけないという責任感が絶対に働くから」
被害を受けた看護師
「やっぱり危険。自分もだけど、お父さんに対しても何かするんじゃないかな。だから報告するのも迷ってしまった」

主治医や家族などの了解を得てやむなく訪問を中断。しかし…

舟越利恵子さん
「これでいいの?撤退でいいの?と悩んでいる矢先(やさき)に、家族介護だけをしていた期間に(父親が)肺炎を起こしてしまった。専門職の予測、観察力とか家族の方には不足するので、すごく責任を感じた」

自分たちの安全を優先するか、ハラスメントがあってもケアを続けるのか。葛藤が続いています。

舟越利恵子さん
「患者さんもスタッフも守っていかなくてはいけない。何もかもが整った安全な所だけに私たちが行くのは違うのかな」

こうしたなか、ハラスメントが起きたらケアを打ち切る。そう宣言する事業所まで出てきました。

これまでほかの事業所で断られた人も受け入れてきましたが、契約書に「ハラスメントが確認されれば契約を解除する」と盛り込み、ホームページでも方針を公表。職員が腹を蹴られたことなどがきっかけでした。
音声で証拠を押さえた上で、弁護士や医師と協議。職員の安全が確保できないと判断されれば、契約解除に踏み切ります。実際に5件、契約を解除しました(行政に相談・報告のうえ)。

代表 中村洋文さん
「私の判断によって、この利用者の方が生活できなくなるかもしれない。うちの職員も守らないといけない。この判断は本当に正しいのかな。ものすごく悩み苦しみますね」

実録!“在宅ケアハラ” “密室”の背景に何が?

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、長年介護の現場で働き、数多くのハラスメントにも対応してこられた介護アドバイザーの髙口光子さんです。

密室で起こる在宅ケアハラスメントですが、なぜ起きてしまうのか。ケアする側と利用者側、双方に事情があるということです。具体的に、どういうことでしょうか。

スタジオゲスト
髙口 光子さん (元気がでる介護研究所 代表)
介護アドバイザー
数多くのハラスメントに対応

髙口さん:
利用者側のほうから言えば、20年前に「介護保険制度」というのが成立され、介護サービスというのは「対等な関係における契約で提供される」ということでスタートしたのですが、その契約意識が低まってしまい「私は客なんだから何を言ってもいいんだ」「金を払っているんだから少しでも元を取りたい」とか、誤った権利主張が過大要求につながっていったという背景が一つありますね。

桑子:
一方、ケアする側は正義感というものがあるのではないかと。

髙口さん:
人の役に立ちたいという、ケアを提供するものは健全な正義感や使命感でこの仕事を開始する。これは間違いないのですが、先ほどの密室性の高いところで1対1で繰り返し要望を受け続けたり、どなられたり、叱責されたりということが続き、誰にも相談出来ないような状態が続くと「これは私が悪いんだ」「私がなんとかしなければならないんだ」という思いがどんどん強くなり、さらに抱え込んでハラスメントが深刻化しやすいというのがあります。

桑子:
健全な正義感だったものが膨らんでしまって、異常なまでの正義感になってしまうということですね。この状況が深刻になっていくと、今後心配されることはどういうことでしょうか。

髙口さん:
現場職員が相談、または本当の気持ちが誰にも言えないとか、事業所自体が具体的な対応をほとんど考えてくれないとか、地域行政が今後の対策が何もない、そんなようなことが続くと、介護職はぎりぎりまで我慢するので、結局どうにもならない現実を突きつけられて、本当につらい敗北感をもってどんなに介護が好きでもやめざるを得ない。

そういう状況を見ると、これから介護を仕事としようとする人さえいなくなってしまいます。結果として、もともと労働人口が少ない状況の中で人手不足がさらに深刻化し、本当にサービスを受けられなくなってしまうかもしれないですね。

桑子:
ハラスメントは決して許されるものではないですが、なぜ利用者側がハラスメントをしてしまうのか。その背景を探っていくと、利用者側が抱える事情というものも見えてきました。

誰にも言えない事情とは

岡山県 津山市の地域包括支援センター。関係機関と連携して介護などの相談や支援にあたる窓口です。

職員の大塚さんも、当初ハラスメントをする人に対してネガティブな感情を抱いていましたが、考え方が変わったといいます。

認知症の疑いがある高齢女性を担当していたころ、娘から訪問のたびに暴言を浴びせられていました。

職員 大塚愛さん
「下駄箱の上をバンとたたいたり。女性が女性に怒るんだったら『そんなに怖いかな?』と思うかもしれないけど、本当に怖い」

ある日、大塚さんは娘の異変に気が付きました。

大塚愛さん
「髪が乱れている感じだったり、表情が暗いというか、すごく疲れているのかもしれないと思いながら話を聞くと、怒りの声がいつもより少し悲鳴に聞こえたというか、SOSに聞こえた。もしかしたら私に怒っているんじゃないかもしれない」

大塚さんは「あなたのことも心配。抱えていることを話して欲しい」と娘に言葉をかけました。すると、誰にも話せなかったことを話し始めました。
娘は、母親が1日中徘徊(はいかい)することや、介護中に乱暴な扱いを受けてきたこと。排せつの失敗が続いても言うことを聞いてくれないなど、介護に限界を感じていたこと。夫に助けを求めても取り合ってもらえなかったこと。

大塚愛さん
「孤立ということかもしれないが、自分の思いを伝える人がいない。しんどさの声が私たちへの怒りかもしれない」

大塚さんは、ハラスメントの裏側にある事情を探るようになりました。

認知症の妻を介護する男性には、仕事も家事もバリバリこなしていた妻が弱っていく現実を受け止めきれない憤りが。

また別の男性には、妻に先立たれ、買い物にも1人で行けず、お酒に走るしかなかった寂しさが。

大塚愛さん
「特別な人がする特に悪いこと、というのではなく、先の見えない介護が続いていく中で誰もがハラスメントをしてしまう可能性もあるだろうな」

背景に「人生の理不尽」

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
利用者もさまざまな悩みを抱えていると。髙口さんもさまざま現場を対応してこられた中でどういうことを感じていますか。

髙口さん:
私がハラスメントで学ばせていただいたのは、認知症の奥様をご主人が介護されていたのですが、やっぱり怒るんですよ。机をバンバンたたきながら本当に怖かったし、職員は泣き出すし、やめると言いだすし、責任者としてちゃんと向き合わなきゃいけないと思ってご主人にしっかりお話を聞かせてくださいと申し上げたことがありました。そうすると、「なんで俺の女房がアルツハイマーなんだ」と言われたんですよ。本当に「えっ、そこ?」というか。

桑子:
そもそものところなぜなのかと。

髙口さん:
そしておっしゃっられたのが「お前も介護に詳しいんだったら説明しろよ」「ただ一生懸命働いてきただけの女がなんでアルツハイマーにならないといけないのか言ってみろ」と言われたんですよ。それって、どうしようもならない人生の理不尽ですよね。それをどーんとぶつけられて「どうにもならないことですから」と逃げたくなるような気持ちがあったんだけども、奥様がアルツハイマーになった理由はどんなお医者さんでも分からないし、まして私たちは病気を治すことはできない、だけどその人がその病気になった人生の意味は一緒に考えることができるんじゃないか。一緒に考えさせてくださいとお願いしたんです。

そういう体験から、生きにくさを持たれているご家族やご本人が、介護者と出会って抱え込んだ人生の理不尽を吐き出されることがあります。それは本当に深く重たいものなので逃げたくなるけれども、それは一人の人とか一つの家族、または一人の介護職で背負うのはもう無理です。だからプロの介護チームが必要なんだ。空間としての密室だけではなく、人とのつながりをもっと広げていくことが大事だということを学ばせていただきましたね。

桑子:
いかに密室の状況を解消するかということになるわけですが、それぞれが一人で抱え込まないように今、さまざまな取り組みが始まっています。

密室から救い出すには?

医療ソーシャルワーカーの大石さんです

3年前から見守ってきたのが、菅原尚典さん(「菅」は4画くさかんむり)。病気が治る見込みがないと医師から見放され、自暴自棄に。ハラスメントも目立つようになり、大石さんが対応することになりました。

菅原さんが心を閉ざすようになったのは、50代半ばの時に寺の住職を引き継いだことがきっかけでした。地域の人にとって敷居の低いお寺を目指していましたが、人づきあいが苦手。酒の量が増え、木刀やつえで止めようとする家族に殴りかかるようにもなりました。

妻 百合子さん
「この人もう死んでもいい。本当に思っていた。常にトラブルメーカーだし、町中でうわさになっていたんじゃないか」

菅原さんをどうケアしていくのか。大石さんが考えたのは、専門職や地域の人がかわるがわる菅原さんに寄り添う作戦です。

ソーシャルワーカーの担当は朝。こたつで寝ている菅原さんを起こし、様子を見ます。次に声をかけるのは、ケアマネージャーや理学療法士。好きな食べ物やお店を聞いて、菅原さんを外に連れ出します。さらに、活動に理解を示した地域住民もボランティアとして参加。寺のいわれなど、菅原さんが答えやすい話題を持ちかけました。

医療ソーシャルワーカー 大石春美さん
「もう頭の中は病気のことでいっぱいで、今まで生きてきた自分の人生が全部だめになると思ってしまう人が多いので、どのような手を差し伸べれば手を握ってくれるか」

一人追い詰められていた菅原さん。地域とつながる一歩を踏み出しました。

菅原尚典さん
「『和尚さん、今度こういうことをしてみませんか』と普通に何もないように接してくれたからうれしいんだよね。和ませられた」
妻 百合子さん
「平和だなって思えるようになった。死んでしまえって思っていたけど、なんか今いいなって。落ち着いて」

大阪では月に一度、ケアする側とされる側がそれぞれ複数集まり、日頃の思いを語り合う場が開かれています。密室の中で互いに本音が言えず、不満をため込む前に解消させようというねらいです。

医師 松本一生さん
「ケア者に対しても正直なところキレそうになったりもします?」
両親を在宅介護
「ありますね。ありがたいと思う感謝の気持ちと、『ちょっと融通きかせてよ』って思う時は正直ありますね」

認知症の夫を介護して8年になる、この女性。以前の担当者に不満を抱えていたといいます。

夫を在宅介護中
「来たらちょっと5分ぐらいお話して、すぐ帰る。だんだん主人も状態が変わってきていて、その時に(ケアプランを)もうちょっと変えてもらえるのかな?と思ったけど、すぐ帰るしで」

10年近く両親を介護してきた女性も。

両親を在宅介護
「朝迎えのときに2人(両親)を一緒に出さないといけない。ちょっとでもヘルパーさんに来ていただきたいんですけど、(ヘルパーの予定が)どこもいっぱいでだめ。もっと柔軟になってくれたら」

ケアする側からも。

ケアマネージャー
「月1回しか訪問できなかったりとか、本人さんと関係作るのが難しい」
介護福祉士
「要求度の強い家族さんと、『そこまでしてくれるの?ありがとう』と言ってくれるところと、心の負担がものすごい違う。そこ(要求度の強い家族)に時間をかけるのがものすごい気持ちがしんどい」
ケアマネージャー
「やってくれた人が良い人で、やってくれない人が悪い人ではなくて」
両親を在宅介護
「ではないです」
ケアマネージャー
「そうなんですよ。ここまでは出来るけど、これは出来ないとちゃんと詰めたら、後でそんなに大きなもめ事にならない」

主催する医師の松本さんは、こうした場を広げていきたいと考えています。

医師 松本一生さん
「介護職にとってハラスメントと受け止められることも、介護家族は切なる思いを出しているだけかも知れない。この問題をどちらか一方の問題として考えていくわけにはいかない。一緒に(解決策を)考えていくしか方法がない」

在宅ケアハラ 対策は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
複数で本音を語りあえる場、本当に大切だなと思いましたが、国も対策に乗り出しています。

国の対策
・複数人での訪問に費用補助
・マニュアル作り
・警察に適切な対応を通達

例えば、1対1にならないように複数で訪問する事業所に対して費用を補助したり、地域のさまざまな機関が連携することも含めたマニュアルも作りました。さらに各都道府県警察に対して適切に対応するよう、2022年に通達を出しています。

髙口さんは、国に今求められることはどういうことだと思いますか。

髙口さん:
介護ハラスメントに対応する罰則や対応が、いまひとつはっきりしてない、ルールがないといってもいいですね。もし向き合うとすれば、今は傷害罪レベルでないと守ってくれる法律がないんです。傷害罪となると、ううん…と思っちゃいますよね。

例えば、私たち職員、介護職員がお年寄りに乱暴なこと、ハラスメントをすると「高齢者虐待防止法」という法律があって、みんなで一緒に考える機会も持てるわけですから、利用者さんやご家族がハラスメントしていくハラスメント防止法というのを国のほうで考えて作っていただければ、行政や地域包括支援センターとかが法律を根拠にして指揮を執ったり、地域をまとめたりすることができるのではないかと思います。

桑子:
最後に、ハラスメントのない在宅ケアを実現するためにどういうことが必要だと考えていますか。

髙口さん:
今回の在宅ケア・訪問ケア、またはケア全体につながることですが、赤の他人がケアを通じて人間関係を育むこと、これがとても重要で、信頼があるからこそ例えば他人に家の鍵を預けて夜中に訪ねてきてもらう、そんなサービスが受けられるわけですよ。

この安心を、ハラスメントの横行とかお互いの不信感で潰してしまったら「本当に今まで私たち何をやってたんだろう」と。介護職の苦しみは、いずれ介護利用者の苦しみになると捉えていただきたい。

そして、プロの介護とはいえ最初から本人が望んだ入浴ケアとか排せつケア、「私はこういう入浴、こういう排せつ、こういう生活を望む」というのを丁寧に私たちにお伝えいただき、介護を育てる気持ちで介護をご利用されていただくとありがたいと思います。

桑子:
利用する側される側、一緒にプランを育てていくこの考え方は大切かもしません。

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