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2023年4月12日(水)

私たちはなぜ働くのか 投資&倹約で生きるFIRE生活

私たちはなぜ働くのか 投資&倹約で生きるFIRE生活

経済的に自立して働かずに生きる=FIREと呼ばれる新たなライフスタイルを目指す動きが若者を中心に広がっています。FIREを目指すセミナーは50人ほどの定員が毎回のように埋まり関連本の売り上げも好調。極限まで倹約して投資に回す人、仕事に希望を見いだせずにFIREを目指す人も少なくありません。一方でFIRE実現後に再び仕事に戻る動きも。私たちが働く意味とは何か?FIRE現象に集う現役世代への取材から考えました。

出演者

  • 藤井 薫さん (求人情報サイト編集長)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

働かずに生きる!? “投資と倹約”FIRE生活

桑子 真帆キャスター:
FIRE(ファイア)という言葉、初めて聞いた方もいらっしゃるかもしれません。

もともとアメリカで生まれた新たなライフスタイルで、直訳すると“経済的な自立”と“早期退職”。

働かずにどう経済的に自立するのかといいますと、例えば働きながら5,000万円の資産をためます。その後、「株式」や「不動産投資」などの利益で暮らします。この5,000万円のうち毎年4%、つまり200万円の利益があるとすると、これ以内で生活すれば、ためた資産を減らすことなく生活ができるということなんです。

ただ、投資は利益が出ないどころか資産が減るリスクすらあります。なぜ、現役世代の間で働かない暮らしを目指す動きが広がっているのでしょうか。

FIRE 目指す人たち

6年前、43歳で会社を辞め、FIRE生活を送っている西野さんです。
今の生活の最大の魅力は自由な時間。天気さえよければ毎日スキー場を訪れ、趣味のスノーボードを楽しんでいます。

6年前にFIREを実現 西野さん
「いつかこういう生活を手に入れようと思ってやっていたので、やっと手に入れた」

今、西野さんの生活を支えているのは「不動産投資」です。地元の富山県と滋賀県に19軒の物件を所有。土地勘を生かし、少しでもリスクの低い物件を選んで投資を行っているといいます。

西野さん
「空室率が低いエリアに買っていますね」

2022年の家賃収入はおよそ1億円。借入金の返済などを差し引いた、毎月80万円ほどの収入で暮らしています。

20年以上、スーパーの正社員としてパン売り場などで働いてきた西野さん。家計を支えるため必死に仕事をこなしてきました。40歳の時の手取りはおよそ40万円。上司の話などからこの先、大きな昇給は見込めないことを知りました。

西野さん
「給料の上昇率2パーセントで計算していくと…」

さらに生涯の収支を計算すると、自宅や車の購入、子供の進学など生活に必要な費用が賄えないという現実に直面します。

西野さん
「わが家の家計が破綻するというような計算になる」

徐々に会社で働き続けることに限界を感じるようになりました。

西野さん
「好きなんですよね、働くのは。ものすごく好きで、やりがいも感じていた。でもお金がずっと足りない。そこにそれだけの命を自分が燃やすのは、もう違うと思った」

新たな収入源を探す中でFIREを知り、独学で投資を勉強。当初は株で数百万円を失ったこともありました。それでもこつこつ貯金を続け、3,000万の借り入れも行い、不動産投資に踏み出しました。

西野さん
「怖かったのは、お金を借りるとき。もう怖くて手が震えるんで、本当に字が書けなくて。心の中では本当に大丈夫かなって思いながら、はんこ押していた」

部屋が埋まらず、収入が伸び悩んだ時期もありましたが、地道に不動産を増やしていったといいます。

16年かけて、FIREを達成した西野さん。今最も大切にしているのは、家族と過ごす時間です。

西野さん
「きょうは動物園に行こうとか、温泉に行こうとか毎日2人でしゃべりながら。FIREしていなかったらありえなかった時間なので。僕にとっては本当にお金では買えない、いい時間でしたね」

今、各地で開かれているセミナーに集まるのは、20代から30代の若者が中心。

参加者からは、働き続ける意味を問い直す声が多く聞かれました。

会社員
「新卒で入って何十年働いて会社にずっといるのって楽しいのかなと、ふとしたときに思った」
元公務員
「サラリーマンだと自分がやりたいことが実現できない人生になると気づいた。やりたいことをできないことが、いちばんリスクが高い」

“投資と倹約”で目指す FIRE生活への道

中には「働くことから解放されたい」とFIREを目指す若者も少なくありません。大手企業の正社員として働く33歳の細田さん(仮名)です。

3,000万円の資産をためることを目標に「株式投資」などを行っています。

6年前からFIREを目指す 細田さん(仮名)
「今は国内株式が割合としてはいちばん大きい」

月の手取りはおよそ45万円。生活するには十分な額ですが、給与の8割を投資に回し、徹底した倹約生活を続けています。趣味の買い物や旅行は極力控え、食費は1円単位で切りつめています。

細田さん
「今までの「労働」と「節約」と「投資」の記録。鶏むね肉が100グラム37円。これはいい買い物ができたっていう、伝説のレシートとか書いちゃってますけど」

電気代も節約するため、エアコンはほとんど使いません。

同棲しているパートナーがいますが、投資だけで家計を賄うめどは立っておらず、倹約生活を共に送っています。

取材班
「彼女さんから見て、どう思われるんですか?」
パートナー
「そこまでする?って正直思うときもあったんですけど、本人が精神的に楽に生きていくうえで応援したいなっていう気持ちですね」

これほど倹約してまでFIREにこだわってきたのは、働くことに絶望を感じたからです。

長時間労働やパワハラなどによる心身のストレス。社内でつらそうに働く上司も目指したい姿ではありませんでした。

給与が下がるおそれもあると転職にも踏み出せなかった細田さん。職場にとどまって働き続けることに徐々に意味を見いだせなくなったのです。

細田さん
「お金を得るためだけの仕事というか、本当だったらしたくないけれど働く。こういう働き方があと40年続くと考えたときに絶望していた。そういう生き方を選んだことを後悔しないか」

目標は、2年以内に今の会社を辞めること。つつましくとも仕事に縛られない生活を送りたいと考えています。

細田さん
「つらい思いをしてまで稼いで消費を続けるよりは、自分の満足する基準を知ったうえで、それを賄えるぐらいのお金があればいいという考えになった」

なぜ広がる?FIRE 現役世代の本音は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今回番組では、働くことやFIREに関してアンケートを行い、100人を超える方から声を寄せていただきました。FIREについてさまざまな意見がありました。例えば、

昨夏に念願のFIREを達成しました。規則正しい生活ができ、趣味にも没頭。健康面も考慮出来るようになっています(40代男性・FIRE達成)
年金や社会保障などがあてにできないし、これからの時代にはこういう生き方も必要(40代女性・契約社員)

一方で、

(FIREは)うらやましいが、自分には無理だろう(20代男性・正社員)

という声も聞かれました。

きょうのゲストは、日本の労働環境や日本人の働く意識に詳しい藤井薫さんです。実際にFIREを目指す方を見ていくと、必ずしも華やかな暮らしを目指しているわけではないんだなと思ったのですが、それなのになぜFIREを目指す人が広がっているのでしょうか。

スタジオゲスト
藤井 薫さん (求人情報サイト編集長)
長年「働く環境」「働く意味」を研究・発信

藤井さん:
やはり企業と個人の関係が大きく変わっているんだなということを感じるんですよね。

2つの観点で、1つは「時間軸」です。企業の寿命と個人の寿命が今、逆転していくような歴史があって、企業寿命はどんどん短命化して、働いている方は人生百年時代で長く働く。ずっと1つの会社に依存しないで活躍したい。これが1つの「時間軸」の意識の変化だと思うんです。

もう1つは「空間軸」ということで、リモートワークで自分らしい場所で働きたい。自分の大切な人と一緒に暮らしたいということがとても意識の中で強くなったので。

桑子:
このコロナ禍でということですか。

藤井さん:
そうですね。場所を自分らしく、ずっと選択していきたいということも「空間軸」の大きな意識の変容。「ずっと自分らしく」っていうのが生き方・働き方に影響を与えているのではないかなと思います。

桑子:
働く人の意識は今、どうなっているのか。

前提として、この30年、日本の実質賃金はなかなか上がってこなかった中で、藤井さんが注目されているデータが、現在の働き方に対する満足度を国際比較したものです。

アメリカ、フランス、デンマーク、中国は仕事内容、給与、人間関係など、いずれも5点満点のうち4点ぐらい。一方で日本は、いずれも3点くらいということで低いんです。藤井さん、どうしてでしょうか。

藤井さん:
1つは、やはり会社側に要因があるのだと思うんです。金銭、お給料だけではなくて、働きやすい、あとは人間関係、いい仲間に恵まれたいとかですね。ワークライフバランスみたいなことを含めて、自分の裁量をなかなか発揮できず、個人がとても悲鳴を上げていて、企業は働く人の裁量権にもっと寄り添わなくてはいけないと思います。

働く個人側も、子育てや介護をしながらでも、もっとこういう働き方であれば才能を発揮できると企業側に声として上げていくことがとても大事だと思っていて、なかなか(声を)上げれない部分もあるのだと思いますが、上げることによって満足度というのがだんだん変わってくるのではないか。今、その歴史の途中なのではないかなって気がしますよね。

桑子:
そうした中で、FIREという生き方を選択する方も出てくるわけですが、投資にはやはりリスクがありますよね。

回答者の37%は、元本割れを経験しているということなんです。ただ、こうした中でも会社の給料に全く頼らない、FIREという生き方を選択する。これはどうしてなのでしょうか。

藤井さん:
やはり、ITによる要因がとても大きいのだと思います。ユーチューバーの中にはそうやって働く、生きていくという方も多いと思いますし、リモートワークによって副業するという方も含めて、生き方や稼ぎ方や価値観がとても多様になってきて、IT、テクノロジーによって意識自体も変化するというのがとても今大きな局面になっていて、皆さんが自分でそういったことにチャレンジしたいという流れになっているのではないかなと思います。

桑子:
ただ、いざFIREを達成しても必ずしも幸せになれるわけではないという現実も見えてきているんです。

FIRE達成したら… 意外な“その後”とは

不動産や株への投資を行ってきた、51歳の古川さん(仮名)です。

5年前にFIREを実現 古川さん(仮名)
「(株の)銘柄なんですけど。ここが、今のところの含み益」

投資が軌道に乗り、5年前にFIREを実現。今は働かずに月90万円ほどの収入を得ています。

古川さん
「FIREをして会社を辞めて、子どもの好きな動物園に行ったときの写真。ガッツポーズして楽しんでいた」

上司のパワハラから逃れたい一心でFIREを目指しましたが、仕事を辞めたあとの喜びは長くは続きませんでした。

テレビや読書で時間をつぶす毎日。人と関わる機会や、社会に認められているという実感が減り、徐々に心がふさぎこんでいったといいます。

なんとか気持ちを立て直したいと、数か月前から心理カウンセリングを受けています。

古川さん
「何もすることがない。テレビがあるからリビングに居続けると、妻から『なんでいつまでもリビングにいるのよ』と言われる。本当に何したらいいのかなとか、社会の一員になってるかなとか、本当にただむなしい」

自分が何をしたいか。仕事を辞めたあとの具体的な目標はなかったという古川さん。FIREという選択が、必ずしも自分の幸せに繋がるわけではないと今感じています。

古川さん
「何か目標を持ってやるとか、誰かに喜んでもらえるから取り組むということがないと、結局自分の中で本当にピタッとくる楽しいこと、やりがいっていうのがピンボケしている」

FIREを達成したあと、再び会社員として仕事に戻る選択をした人もいます。

2年前に勤めていた会社を退職した、あんぱんさん(仮名)。

再就職に向けて、ある企業の面接に臨んでいました。

2年前にFIREを実現 あんぱんさん(仮名)
「自分がどういうときに幸福を感じるのかを考えた結果、僕は会社員で働きたいというのがぼんやりと見えてきた」

17年間株などの投資を続けるあんぱんさんの総資産は、およそ6,000万円。もともと仕事はお金を得る手段としか捉えておらず、働くこと自体に大きな意味は見いだしていませんでした。しかし、いざFIREを実現し、ゲームや旅行など好きなことだけを続けるうちにあることに気付きました。

あんぱんさん
「ゲームのレベルを上げたり、おいしいものを食べても、自分の価値って全然変わらない。自分が成長していないのが、やっぱり悲しい」

自分の人生にとって何が大切か。考えるうちに働くことのとらえ方が徐々に変わっていったといいます。

あんぱんさん
「僕はコツコツ頑張ることが好きで、前に進んでいる感覚がほしい。働いたほうが自分も成長できる。結局、自分の幸せってそこにあった」

3月、再びあんぱんさんの家を訪ねると新生活への準備を始めていました。

あんぱんさん
「無事、内定いただけまして、採用内定書をいただきました」

新たに働き始めるのは金融業界の会社。初めて経験する仕事に向けて、毎日4時間、勉強を続けています。

あんぱんさん
「保険や金融商品を通してお客さんと携われて喜んでもらえたらうれしいなって」

思い描いているのは、仕事を通して理想の自分を追い求め続ける人生です。

あんぱんさん
「仕事を全力で楽しむのが今の人生の目標であり、いちばん自分がかっこいいと思う生き方。これに本気を出すんだって思う仕事をどんどんやっていきたい。今のほうが全然幸せだと思う」

私たちはなぜ働く? FIREと現代社会

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
みずから望んでFIREをしたけれども、再び働き始めると。この動き、どういうふうにご覧になりましたか。

藤井さん:
多くの方々が「働く」という意味をもう一回捉え直してる、そんな動きにも見えるんですよね。「働く」という漢字をもう一回見つめると、「ひとへん」に「重なる」という字があって「力」ってなっていますよね。

桑子:
3つに分けられますね。

藤井さん:
なので、人と人が重なり合うこと、つながり合うことによって大きな力が出るという意味で、働くというのは金銭報酬以外にも多くの人と協力して、つながりややりがいを持ってやりたい、そういうことにもう一度「働く」を再定義した方が戻っているのではないかなという気がしますよね。

桑子:
必ずしも、働くというのが労働だけではないという考え方ですよね。

藤井さん:
そうですね。やりがい、生きがいがそこにつながっているという気がしますよね。

桑子:
では、希望を持って働くには何が必要かということで、藤井さんにご指摘いただきたいと思います。まず、企業に求められること。

藤井さん:
「企業主体」から、これからは「働き手主体」に大きく変わっていくのがとても大事だと思っています。私たちはよく「従業員」という言葉を普通に使っていますが、何かに従わされて、無理やり働かされてるようなにおいもしますよね。なので企業は、働き手のどこで、どういうふうな仕事をして、どういうふうに生きたいか、もっと働き手主体で寄り添っていくことがとても大事だと思いますね。

桑子:
そして、国に求められることもあるのではないか。

藤井さん:
やはり変化がとても激しい時代で、人生百年時代ですので、その中でいつも必要になるような能力をみずからが磨いていくためにも能力開発やキャリア形成、最近だとリスキリングの支援、そういった能力開発のチャンスというのを後押しするのはとても大事だと思います。もう一つは、やはり変化が激しいので、最低限の金銭的な、経済的な支援というのもとても大事だと思っています。

桑子:
総じて今、考え方としてより生きがい、やりがいを持って生きていくためにどういうことが必要だと考えていますか。

藤井さん:
生涯「自在」でありたい、自分らしくあるということをどうやって企業や社会、もちろん自分自身も実現するかというのがとても大事なことだと思いますね。

桑子:
自在、「自分らしく在る」とまさに書きますもんね。

藤井さん:
そうですね。

桑子:
自分がどう生きていきたいのか、どうやりがいを持って生きたいのか、後ろ向きではなく前向きな選択ができる社会になったらいいなと切に思います。そのために今は模索段階なのかもしれません。今後どうなっていくのか、私たちは注目していきたいと思います。

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