追跡“PFAS汚染” 暮らしに迫る化学物質

自然界で分解されることがほとんどなく永遠の化学物質とも呼ばれるPFAS(ピーファス)。いま沖縄県や神奈川県の米軍基地周辺や大阪府の工場周辺の河川などから国の目標値を超える値が相次いで検出。東京・多摩地区で行われた血液検査では、住民の血中濃度が国のかつての調査より約3倍高いことが明らかに。番組では独自に“PFAS汚染全国マップ”を作成。汚染の実態は?身体への影響は?必要な対策は?徹底検証しました。
出演者
- 鯉淵 典之さん (群馬大学大学院教授)
- 桑子真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
暮らしのそばで何が? 追跡“PFAS汚染”
桑子 真帆キャスター:
PFASとは、人工的に作られた有機フッ素化合物の総称です。種類は4,700以上といわれています。水や油をはじく効果があり、熱にも強いことから半導体や包装紙、防水服など身近な製品に使われ私たちの暮らしを支えています。ただ、一部は分解されにくく、体に蓄積されるため、人への有害性が指摘されるものもあります。

現在、こちらの3つの化学物質が国際条約で製造・使用禁止となっています。環境省が、これらの物質について調べたところ、西日本から東日本に及ぶ各地の河川や地下水から国の値を超える場所が次々と見つかり、その地点は139に上っています。一体何が起きているのか。まずは大阪の実態です。
PFASによるさまざまな影響
製造業の工場が点在する、大阪府摂津市。大阪府の調査で、市内の水路や井戸などで国が決めた値を大幅に超えるPFASが検出されています。

市内に住む60代の男性が家庭用の野菜を作っていた畑の井戸から国の値の420倍の濃度で検出。さらに、研究者の調査で土壌や育てていた野菜からも高い濃度のPFASが確認されました(京都大学 小泉昭夫名誉教授・原田浩二准教授調べ)。
健康への影響を心配した男性は、野菜作りを諦めました。
「よく葉物が育つんですよ。本当に潤沢にね、作って食べていましたから。気持ちとしては、もうやりきれないんですけど。そんなのもうやめるしかないですよね」
主な汚染源と考えられているのが、空調機器の大手メーカー・ダイキンです。ダイキンが地元市議会に提出した資料です。

工場では、有害性が指摘されているPFASの1つを過去に製造。2012年までに中止したとしています。
その後の対策はどうなっているのか。ダイキンはNHKの取材に対し、
国の値を超える濃度の地下水が敷地外に流出しないよう費用をかけて、遮水壁の設置などに取り組んでいる
ダイキン工業
と回答しました。
住民は、工場周辺の対策や補償についての協議をダイキンに求めています。
PFASの一部に有害性があることが大きく注目されたのは、2000年。アメリカの大手化学メーカーの工場排水に由来する、水道水の汚染がきっかけでした。

大規模な疫学調査が行われ、裁判で住民およそ3,500人が健康被害との関連を認められたのです。その後、さらに研究が進展。2022年、アメリカの学術機関はPFASの血中濃度が高いほどさまざまな健康リスクが上がると指摘しました。

・腎臓がん
・抗体反応の低下
・乳児・胎児の発育の低下
特に、この4つについて注意を呼びかけています。
血中濃度で1ミリリットルあたり20ナノグラムを超える状態が続く場合は、リスクが高まるとしています。
「重大な疾患と高い関連性があることがわかりました。だからこそ市民の健康を最大限守るにはどうしたらいいのか考えたのです」
日本でこの問題が注目されたのは、2016年沖縄。このとき汚染源の可能性が高いと指摘されたのは、アメリカ軍基地でした。

複数の基地周辺から相次いでPFASが検出。アメリカ軍が航空機火災などに使う「泡消火剤」にPFASが含まれていたからです。
県は基地の中での調査を求めていますが、日米地位協定が壁となり、実現していないのが現状です。

「(米軍が)過去に使用した泡消火剤による土壌汚染が原因で、現在も高い濃度で検出されているのではと考えてはいるが、実際汚染源の調査は行えていない。大きな問題だと考えています」
PFASによる汚染は首都圏でも。

東京では37か所の地下水で国の値を超えていました。古くから豊かな地下水に恵まれてきた多摩地区。一部の地域では水道水にも利用されてきました。
2020年1月、東京都水道局はPFASに関する情報をホームページで公表。

2か所の浄水所から供給されていた水道水のPFASの濃度です。現在の国の目標値と比べると2倍以上の値が6年にわたり続いていました。

「こちらは、有機フッ素化合物(PFAS)が検出されたことを理由に止めた井戸がある施設となっています」
東京都は濃度が高い地下水の利用を中止。現在、多摩地区の水道水は全域で目標値を大幅に下回っています。
しかし、住民の不安はこれまで飲んでいた水道水の体への影響。多摩地区の市民グループが希望者を募り、血液検査を行いました。分析にあたった京都大学の研究グループは先週、途中経過として273人分の結果を公表しました。
平均 28.1ng/mL
検査受けた人273人の6割が指針値超える
血中濃度は、平均で1ミリリットルあたり28.1ナノグラム。6割の人は、アメリカの指針値で健康へのリスクが高まるとされる値を超えていました。

「そこまですぐに急いで何かの治療が必要というわけではないんですが、一定の血中濃度(20ng/mL)を超えれば通常よりも注意深く診察をするべきだと提案をしています」
血液検査を受けた高木比佐子さん。血中濃度は、58.9ng/mL(PFOS、PFOA、PFHxS、PFNAの合計)。アメリカの指針値を大きく上回る結果でした。実は高木さん、7年前にコレステロールの値が高い「脂質異常症」と診断されています。PFASとの関連が指摘された病気の1つです。

「私の体はこれからどういうふうになっていくのか不安は募ります。多くの方が国分寺の水に誇りを持っていたと思います。それが汚染されている、どういうことなの」
汚染源はどこなのか。多摩地区の地方議会では解明を求める声が上がっています。

3月、小金井市議会で採択された意見書。アメリカ軍横田基地が過去に泡消火剤の漏えい事故を起こしたとして、汚染源の1つである可能性を指摘しています。

多摩地区の西部に位置する、横田基地。PFASを理由に地下水の利用が停止された11の浄水施設はいずれも基地の東側広い範囲に位置します。ここに地下水の流れのシミュレーションを重ねると。

上流に横田基地があるのが分かります。専門家は、汚染源の特定にはより詳しい調査が必要だと指摘します。
「生活系の排水とか事業所からの排水ももちろんある。地下水の上流をたどっていくと、やはり横田基地での泡消火剤というのは重要な汚染源の候補の1つではあると思いますので、調査することは重要だと思います」
PFASが外に流れ出た可能性を、アメリカ軍が認めたケースもあります。2022年、横須賀基地で東京湾に通じる排水処理施設から国の値の258倍もの濃度が確認。司令官が謝罪する事態となりました。

基地のすぐ近くで潜水漁を営んでいる、小松原和弘さん。以前からPFASが海に流れ出ていたのではないかと、海産物への影響を懸念しています。
「今まで出していたものでどういう影響を及ぼしているか、ちゃんと調べてもらったほうがいい。わからないのが一番いけないと思う」
今回、番組では京都大学の協力を得て基地の近くで採取した貝や砂などを独自に調べました。海産物からは一定程度PFASが検出されましたが、環境省が過去に行った生物の調査と比べ、高い値ではありませんでした。一方、海底の砂からは高い濃度が検出されました。(環境省「2020年度 化学物質環境実態調査」と比較)

「砂泥に住む、ほかにもさまざまな動物がいる。ある程度の(生物)濃縮等がかかっていくことはありうるところなので、調査を充実させる必要があると考えております」
各地で検出「PFAS」 健康へのリスクは?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
番組では、横田基地をはじめとする在日アメリカ軍基地とPFASの関係についてアメリカ国防総省に問いました。先週回答がありまして、
・アメリカ国内では法律に基づき、PFAS汚染の可能性がある場所の調査をおこない対応していく
⇒日本国内について言及なし
アメリカ国内では法律に基づきPFAS汚染の可能性がある場所の調査を行い対応していくという内容でした。私たちが問うた日本国内についての言及はありませんでした。
日本各地でPFASの問題が起きる中、国は2023年1月に今後の対策を考える専門家会議を立ち上げました。きょうのゲストは、その会議のメンバーでPFASの毒性などを研究している群馬大学教授の鯉淵典之さんです。

スタジオにも、アメリカの学術機関がPFASとの関連性が高いと指摘している4つの健康リスクを用意しました。鯉淵さん、PFASとこういったものの関連性というのはどこまで明らかになっているのでしょうか。

鯉淵 典之さん (群馬大学大学院教授)
PFASの毒性などを研究 環境省 専門家会議のメンバー
鯉淵さん:
PFASの血中濃度が高くなると、例えば肝臓に影響が出て、LDLコレステロールが高くなってしまう、これが「脂質異常症」ですね。
それから、ワクチンを打った時などに抗体が上がらなくなる、これが「抗体反応の低下」ということになります。
また、「腎臓がん」等の悪性腫瘍。私がちょっと強調したいのは「乳児・胎児への成長発達への影響」ということであります。乳児・胎児というのは環境の刺激に対して大変ぜい弱になっておりますので、胎盤を通じてPFASは赤ちゃんに行きますし、母乳を通じてPFASが赤ちゃんに到達する。それによって成長、発達への影響がでてくる可能性があります。
桑子:
VTRでは多摩地区の方々が血中濃度の値が高く、心配されていましたが、あの辺りはどういうふうに。
鯉淵さん:
今、血中濃度20ナノグラム/mLと出ておりましたが、実際に動物実験等で毒性が出る濃度はこれよりもかなり高い濃度となっております。実際に基準値として作る時には、大体100倍とか200倍薄い濃度で作っておりますので、血中濃度が20ng/mL以上にちょっと上がったからといって、何かすぐに影響が出るというわけではないです。
PFASの血中濃度が高い状態が続くことはリスクの一つにはなると思うのですが、PFASだけで何か健康に異常が出るという濃度ではないと思います。
桑子:
(現在)多摩地域の水道水からは国の目標値を超える値というのは出ていないということですが、一度体に入ったものというのは今後どうなっていくのでしょうか。
鯉淵さん:
半減期といいまして、体の中で半分の濃度になるというのが大体3年から5年というふうに言われております。
3~5年 血中濃度半減
摂取が止まれば3年、5年たてば濃度が半減してくるということになります。
桑子:

環境省のデータをもとに、私たちが独自の全国マップを作りました。これ以外にも先週、沖縄県で新たに国の値を超える場所が明らかになっています。鯉淵さん、まだやはり全体像というのはつかめていないということなのでしょうか。
鯉淵さん:
今までたくさん使われていたものですよね。ですから、あちらこちらで造られていて、使われていて貯蔵もされていた。それが何らかの原因で地中に漏れてしまった現状になっているわけです。またそれが地下水に乗って流れてしまっているので、まだまだこれから出てくる可能性はあると思います。
桑子:
他の地域でも出てくる可能性があると。それをいざ除染するとなると、現実的にどうでしょうか。
鯉淵さん:
地下水で全部広がってしまっているので、ごっそりとそこから土を取ってしまうというのは難しいと思います。ですから、見つけたらまずそこの水を飲まないとか、そういう対策がまず重要になるのではないでしょうか。
桑子:
では、このPFASの対策をどう進めていけばいいのか。先行するアメリカと日本の間には大きな差があります。
有害なPFAS 対策は? アメリカと日本の“差”
アメリカ東部のメーン州。ここでは行政が食品に含まれるPFASの検査を積極的に行っています。

2022年、この農園では牛乳から高い値のPFASが検出。原因は汚染された土壌で栽培された干し草でした。
「意図せず多くの人たちに化学物質を飲ませていたかと思うと、最悪の気分です」
その後、干し草を変えたことでPFAS濃度は低下。今も州の担当者が2週に一度検査を行い、安全を確認したうえで出荷しています。
「責任ある対応をとるためには、まんべんなく検査をする必要があります。PFASの汚染源を突き止め、これ以上の摂取を防ぐよう全力を尽くしています」
今、アメリカ政府は1兆3,000億円の予算を投じて対策の強化を進めています。

3月には水道水の新たな規制値案として、1リットルあたり4ナノグラムという値を提示。日本と比べて厳しい値です。
アメリカ軍も対応を迫られています。ミシガン州では泡消火剤の影響で湖の汚染が発覚。軍は巨大なフィルターを設置し、地下水を浄化して排水しています。

さらに、空軍が主導して環境問題の専門家や住民と話し合い、対策につなげる場を設けています。
「空軍が主催し、費用も負担しています。地域と空軍が話し合いを続けていくことが大切だと思っています」
一方、日本では多くの課題が残されています。水道水のPFAS対策を余儀なくされている沖縄県。汚染源の調査が進まないため、責任の所在が分からないまま自治体がみずから対策を行っています。

PFASを吸着する高性能の活性炭を浄水施設に導入。これまでにかかった費用は30億円。負担は膨らんでいます。
「対策をいつまで続ける必要があるか、見通せない。国や米軍には対策にかかる費用も負担していただきたい」
どうするPFAS問題 日本の対策は?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
今VTRで見たように、日本はアメリカよりも対策が進んでいないのが実情です。

水道水の目標値を見ますと、アメリカは3月規制値の案として1リットル当たり4ナノグラムという数字を出してきたのに対し、日本は暫定値で(PFOSとPFOA)合わせて50となっています。
一方のWHOの目標値というのは100ということで、鯉淵さん、この数字の中で日本というのはどう考えたらいいのでしょうか。
鯉淵さん:
実は、PFASが健康に影響を及ぼす作用メカニズムというのがよく分かっていないのです。いろんなデータがあり、すごく(濃度が)高くて効かないという方、健康影響がないという方もいます。すごく(濃度が)低くて健康影響があるという根拠論文もあるので、何を根拠論文にするかで変わってくると思うんですが、先ほども申し上げましたように、(これらの数値はどれも)実際の動物実験等に比べるとかなり低い濃度を設定していますので、(アメリカのように)そんなに厳しい濃度が必要ではないかもしれないです。WHOと比べてみても分かるように、(日本の値も)そんなに緩い濃度ではないというふうに思います。
桑子:
では、日本が今後どう対策をしていけばいいかというところですが、まさに今、専門家会議でも議論が行われていると思います。2つ大きく挙げていただきました。まず「適切な規制」をしていくべきではないか。具体的にどういうことでしょうか。

鯉淵さん:
PFASの毒性自体が最近(2000年代以降)分かってきたものですから、まだデータが不足しております。ですから、まずしっかりとデータを集めるということから始めないといけないと思います。
桑子:
データを集める。そして判断できる目安を作る。
鯉淵さん:
そうですね。そして、基礎研究をどんどん続けてしっかりとした(作用)メカニズムを解析するということが重要になってきます。
桑子:
さらには、「汚染源の解明」、そして「開示」が必要ではないかということですね。
鯉淵さん:
先ほど申し上げたように、まだPFASというのは毒性が分かってきてそんなにたっていないものですから、企業の責任というのだけで押しつけてしまうのはちょっとかわいそうかなという気がしますが、かといって汚染源が分かっている場合にはしっかりと企業の責任をとっていただいてかつ、政府も一緒になって進めていく。それで低減策を推進していくということが大事だと思います。
桑子:
今、専門家会議の中では具体的にどういう議論が始まっているんでしょうか。
鯉淵さん:
とにかくまずはデータをしっかりとそろえるということだと思います。
桑子:
実態を把握する。
鯉淵さん:
そうですね。そのうえで目標値をしっかりと定めていこうということになります。
桑子:
このPFASの問題で最も気をつけないといけないこと、どういうことになりますか。
鯉淵さん:
まず汚染源を見つけたらその周辺の地下水は飲まないこと、(水からPFASを)取り除くことにする。あとはしっかりと危険を知った上でしっかり恐れるといいますか。
桑子:
しっかり恐れる。そのためにはしっかりとしたデータを蓄積するということが重要ですね。
鯉淵さん:
そういうことになると思います。
桑子:
ありがとうございます。私たち、この化学物質PFASから恩恵もこれまでたくさん受けてきましたが、明らかになってきた有害性というものにも向き合わなければなりません。住民の不安をどう解消していくのか、原因の特定をどう進めていくのか問われています。
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