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2023年4月5日(水)

“消えた子どもたち”を追え! ロシア・知られざる国家戦略

“消えた子どもたち”を追え! ロシア・知られざる国家戦略

国際刑事裁判所がプーチン大統領に逮捕状を出す事態にまでなった、ロシアによるウクライナの子どもたちの“連れ去り”。今回、かろうじて子どもを取り戻すことが出来た一家を独自に取材。子どもたちの証言から、連れ去られたあとロシアで何があったのか、衝撃の実態が浮かび上がってきました。さらにロシア側で子どもたちを受け入れていた人物を突き止め話を聞くと、意外な事実が―。ロシアの目的とは?知られざる“真相”に迫りました。

出演者

  • 池田 嘉郎さん (東京大学教授)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"消えた"子どもに何が? 浮かび上がる実態

番組が入手した監視カメラの映像です。

当時占領下にあったヘルソン州の児童施設で子どもを捜し回る男たち。腕章から、ロシア側の兵士であることが分かります。

隣接する施設で撮影された映像には、ロシア側が子どもを次々とバスに乗せる様子が記録されていました。

「この子の名前は?」
「わからない」

子どもたちは、ロシア側へ移送されたとみられています。

その後、子どもたちに何が起きているのか。奇跡的に子どもを取り戻した一家がいると聞き、訪ねました。

エフゲン・メジェヴォイさんです。マリウポリから避難中に3人の子どもたちがロシア側に連れ去られ、2か月以上にわたり施設に収容されていました。

エフゲン・メジェヴォイさん
「大きな変化があったのは、長女のスヴャタ。医者からPTSDの診断を受けています。施設で一体何があったのか、私には想像もつきません」

ロシア軍の猛攻にさらされた東部マリウポリ。エフゲンさんはこの街に暮らしていましたが自宅を破壊され、2022年4月、子どもたちを連れて避難しました。しかし、その道中の検問所でロシア兵に拘束され、子どもたちと離れ離れになりました。

エフゲン・メジェヴォイさん
「かつて軍で働いていたことがわかる書類を問題視され、激しく暴行されました」

拷問を受け、およそ50日後に解放されたエフゲンさん。気がかりだった子どもたちについて受け入れがたい事実を知らされます。

エフゲン・メジェヴォイさん
「解放されてすぐに、子どもたちはモスクワに連れて行かれたと言われました。なぜロシアに連れて行ったんだ!と怒鳴り続けました」

「子どもを取り戻したい」。エフゲンさんは知人を頼るなどし、ありとあらゆる手を尽くして子どもたちの行方を探りました。そして入手したのが、この書類。

ウクライナ東部からロシアに移送された子どもたち31人のリストです。その中に、エフゲンさんの子どもたちの名前もありました。書類には「健康回復の目的で子どもたちをモスクワにある“ポリャーヌイ”に連れていく」と書かれていました。

子どもたちが連れていかれたという、“ポリャーヌイ”。大統領府が管轄する施設でモスクワ郊外にあります。傷ついた子どもたちをケアするプログラムを提供しているといいます。

施設のPRビデオより
「砂遊びや塩の洞窟での治療、マッサージなどを提供しています」

2022年5月、施設について報じたロシアメディアのニュースの中に確かにエフゲンさんの3人の子どもたちの姿が映っていました。

ベールに包まれたロシアの施設。子どもたちの証言からその一端が浮かび上がってきました。

長男 マトヴィさん
「施設では大音量の音楽が流れていて、頭が痛くなることがありました。ある日、体調が悪いので横になっていたら、すぐに先生が来て『仮病を使うな』といわれてディスコに行かされました」

これは、番組が独自に入手した施設内の映像です。

大音量の音楽が流れるこの部屋に、子どもたちは数時間にわたりたびたび閉じ込められていたといいます。さらに、ある映画の鑑賞を強要されたと語りました。

長女 スヴャタさん
「犬を殺して毛皮のコートを作る怖い映画を見せられました。犬が好きだから見たくなかったです」

こうした環境が子どもたちに及ぼす影響を懸念する専門家もいます。

ウクライナの臨床心理士 アレクサンドラ・クヴィットコさん
「(子どもの)心は影響を受けやすいため、容易に精神障害に追い込まれます。そうした状況に陥った子どもはコントロールしやすくなる傾向があるのです」

収容生活に耐えていた子どもたち。迫られたのは思いも寄らない選択でした。

長男 マトヴィさん
「5日以内で孤児院にいくか、ロシア人の里親か、どちらかを選べと言われました。彼らは里親を選ぶように強く迫ってきました。父親がいるのに、ほかの家の子どもになれなんて、おかしな話だと思いました」

ウクライナから移送された子どもたちの一部は、実際に里子や養子としてロシア人の家庭に引き取られています。

今回、ロシア側のニュースに里親として登場する夫婦が取材に応じました。シベリアに暮らすロマンさん・エカテリーナさん夫婦です。

もともと里親のリストに登録していた二人。2022年10月、地元政府からの要請でウクライナ東部から来た5人の兄弟を里子として受け入れました。

エカテリーナさん
「『1人じゃなくて5人なんだけど?』って」
ロマンさん
「初めて会った時、女の子がパパと言いながら走ってきました。そして抱き合いました。とてもうれしかったです」

「子どもたちには頼れる身内がいない」。事前に伝えられていたのはそれだけだったと証言しました。

ロマンさん
「子どもたちが幼い頃から養護施設にいたことは知っています。私たちには国籍は関係ありませんでした」
取材班
「ウクライナ政府が子どもの帰還を求めていることはどう思いますか?」
ロマンさん
「憤る気持ちは分かりますが、子どもたちのために最善を尽くしたいだけです。家族として世話をしてくれる人がいないのだから、ウクライナの施設にはかえしたくありません」

自力で子どもたちの居場所を特定したエフゲンさん。施設内にいる協力者の手を借り、子どもの無事を確認できました。

「なんて言ったらいいの」
「パパ元気?」

エフゲンさんはその後、ロシア大統領府にもメールを送りました。そして、匿名の協力者の支援もあり、里子に出される直前に子どもたちを取り戻すことができたといいます。一家が引き離されて74日目のことでした。

エフゲン・メジェヴォイさん
「協力者を危険にさらしたくないので詳細は話したくありません。どんなことをしても子どもたちを取り戻したかったのです」

一家は今、ラトビアで避難生活を送っています。しかし、エフゲンさんのように連れ去られた子どもの居場所を特定し、実際に救出できたケースはごく僅かです。

長女 スヴャタさん
「アーニャという女の子がいました。私と同じようにお母さんのところに帰りたがっていました。その後、アーニャはどうなったのだろう?お母さんが迎えに来てくれたのかな?きっとそうだと信じたいです」

消えた子どもたち ロシアとウクライナ双方の主張は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

今見た実態についてですが、ウクライナ側は子どもの“連れ去り”だとし、返還を求めています。けれども現在帰ってきているのは328人にとどまっています。一方のロシアは“戦地の孤児らを保護するためだ”と主張しています。

そして、これに対して国際刑事裁判所=ICCは国際法上の“戦争犯罪”の疑いがあるとして、3月、プーチン大統領らに逮捕状を出しました。

きょうのゲストは、ロシアの近現代史が専門の池田嘉郎さんです。今起きていること、双方の主張が全く異なる。どういうふうに捉えたらいいのでしょうか。

スタジオゲスト
池田 嘉郎さん (東京大学教授(ロシア近代史))
プーチン政権高官の発信を分析

池田さん:
私はロシア史研究者として、この戦争が始まってからできるだけロシアの論理というものを内在的に考えようとしてきたのですが、子どもの移送問題に関してはウクライナに対する破壊的な影響力が非常に大きい。そういう意味では国家犯罪だと私はみています。

そもそもプーチン大統領は“戦地の孤児を保護している”と言っていますが、そうした戦地孤児が発生した理由はロシアの侵略によるものですから、どこに責任の所在があるかは明らかです。

また、開戦後にウクライナの子どもをロシアに養子にしやすくするような法律がロシアの議会で通過していますが、この政策というものは国家規模で行われていることなんです。そういう意味で私は国家犯罪と申しました。

桑子:
そして、これが今回の軍事侵攻によって始まったことではないということも考えられますね。

池田さん:
はい。実は2014年のクリミア侵攻、クリミア括弧つきの併合、その時からすでに小規模ではありますがこうした“連れ去り”は起こっています。ですから、かなり準備をして進められてきたことだと思います。

桑子:
ロシアのねらいは一体何なのか。それを読み解くための鍵となる人物がいます。

カギを握る“重要人物” ロシアの狙いとは?

ロシア側が発信する映像に頻繁に登場するマリヤ・リボワベロワ氏。子どもの権利などを担当する大統領全権代表です。

戦地で傷ついた子どもたちの健康を回復するための施設とされる、あの“ポリャーヌイ”にもたびたび訪れていました。

孤児や障害者の支援団体を運営していたリボワベロワ氏。プーチン大統領から任命され、移送された子どもの政策を担っています。

<2022年3月 Youtubeより>

ロシア 子どもの権利など担当 大統領全権代表 マリヤ・リボワベロワ氏
「ロシアの国民は心が広く、子どもを受け入れようと列をなしています」
ロシア プーチン大統領
「子どもの利益が最優先です。何をすべきか提案してください」

戦争犯罪の疑いがある、子どものたちの移送。ロシアの目的は一体何なのか。

リボワベロワ氏のSNSなどの発信を分析すると、侵攻後、ウクライナ東部のロシア占領地をたびたび訪れ、子どもたちを保護する必要性を訴えていました。

2022年4月Telegramより マリヤ・リボワベロワ氏
「ドンバスの数千人の子どもが電気も薬もなく、私たちの助けを待っています」
2022年9月Telegramより マリヤ・リボワベロワ氏
「(子どもたちはウクライナに)見捨てられ、置き去りにされたのです」

これは子どもたちを受け入れたロシア人の里親のドキュメンタリーです。

リボワベロワ氏みずからもウクライナからの子どもを引き取ったとして登場していました。

Telegramより マリヤ・リボワベロワ氏
「私が抱きしめると彼はこう言った。『僕、どうしたらいいのか分からない。ママに最後に抱きしめられたのは11歳のときだから』と」

ロシアによる子どもの連れ去りについて調査しているアメリカ・イェール大学のレイモンドさんは、繰り返されるリボワベロワ氏の発信には軍事侵攻を行うロシアが“自らを正当化する狙いがある”と指摘します。

イェール大学 レイモンドさん
「ロシア国内に向けて宣伝する明らかな意図があります。『この戦争は“ナチス”から子どもを救出している』というイメージを作り上げているのです」

さらに、ロシア側には他にもねらいがあるといいます。イェール大学ではウクライナから移送した子どもを収容する施設がロシア全土に点在することを特定。その多くは、ただの療養施設ではないといいます。

これは、収容施設にいる子どもたちが教育を受けている様子です。

授業はすべてロシア語。朝礼ではロシア国歌が流され、ウクライナ語で話すことは禁止されているといいます。

歴史学習として訪問したのは、第2次世界大戦でソビエト軍がナチス・ドイツを退けた町。ロシアがウクライナ侵攻の理由として主張するナチズムの打破を学ばせていると見られます。

Youtubeより ウクライナ東部から来た少年
「愛国心とすごいエネルギーが感じられ、言葉にできないほど感動しています」
レイモンドさん
「ウクライナの子どもを“ロシア化”し、新ロシア派にするための再教育です。リボワベロワ氏自身がウクライナの子どもの再教育を監督し、推進しているのです」

リボワベロワ氏の行動を解析する中で、意外な人物との関係も見えてきました。ロシア連邦を構成する共和国の一つ、チェチェンの指導者・カディロフ氏です。プーチン大統領に強い忠誠心を示し、ウクライナ侵攻の最前線にも主力部隊を送り込んでいる武闘派です。そのカディロフ氏の地元、ロシア南部のチェチェンにある軍事施設の一角にウクライナの子どもたちが収容されていることが分かりました。

レイモンドさん
「ここはチェチェン共和国にある軍事訓練施設です。衛星画像で射撃場が確認できました」

2022年11月、その射撃場で撮影された子どもの軍事訓練の様子です。

ロシア側の発表では、ウクライナの占領地から45人の少年たちが訓練に参加したとしています。しかし、ウクライナから移送された子どもたちのうち、どのくらいがこうした軍事訓練に参加しているのか詳しい実態は分かっていません。

この訓練をカディロフ氏と共に企画していたのが、あのリボワベロワ氏。SNSで次のように発信していました。

リボワベロワのTelegramより
「子どもたちの秘めた力を引き出すために、豊富な運動プログラムとメンタルを強化する訓練を企画しました」
レイモンドさん
「14歳から17歳の(ウクライナの)少年たちが銃器の訓練を受け、ロシアの兵士になるための準備を進めています。ロシアは自国の軍事史を教えて戦闘地に赴かせようとしています。ウクライナの未来を奪うために、その子どもたちを奪っているのです」

解決には何が?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
私たちは2か月前からリボワベロワ氏に取材を申し込み続けていたところ、会見で答えるとの返答があり、4月4日にその会見が開かれ、私たちは直接問いました。

<4月4日の会見で>

Q.ウクライナの子どもの軍事訓練に参加について
・彼らは問題を起こした未成年たちで、更生プログラムの一環だった
・チェチェンという地域で強い男性像を学んでほしいという意図で、軍事的な意味合いは考えていない
・プーチン大統領も賛成しているので今後も続けていく

ということでした。また、

Q.逮捕状について
・ロシアは国際刑事裁判所に加盟していないため法的拘束力はなく、彼らの決定は意味をなさない
・“子どもを強制的に移送している”というが明確な根拠はない
・家族の要請があれば引き渡す用意がある

と言っていました。2時間近くに及んだというこの会見、池田さんはどんな印象を持たれましたか。

池田さん:
2つあります。1つは、これまでのロシアでここ10年間ぐらい強まってきた愛国教育や伝統的な家族観の強調、これがこの子どもの“連れ去り”と結び付けられているということです。

あともう一つは、今回の会見は外国向けであると同時に、国内に対して自分たちのやっていることは正しいんだと、心配するなということをメッセージとして発していたんじゃないかと私は受け取りました。

桑子:
リボワベロワ氏という人物にとても関心を持つわけですが、彼女自身も里親である。その彼女が政策を担うということの意味合い、どういうふうに考えていますか。

池田さん:
彼女は1984年生まれで、まさに混乱のロシアを経てプーチンのもとで強いロシア、強い権力こそが国民の幸せのもとであると。プーチンの元で生活はよりよくなったということを実感している人です。そういう世代の人間が今どんどん新しいリーダーとして出てきている、代表的な人物なんですね。

彼女自身、地元のペンザで恵まれない子どもの保護等をやってきて、それで2020年のロシアの新リーダーを集めるキャンペーンで106人の1人に選ばれた人です。こういう人物が里親になっているということは、ロシアの国民に対して自分をモデルケースとして愛国心を高めてほしいといったメッセージを彼女自身が発信している。

桑子:
かなりメッセージ性が強い存在である?

池田さん:
だと思います。

桑子:
つまり彼女をはじめ、里親になっている方々というのは自分なりの正義というか、善意というものを持っているということですね。

池田さん:
先ほど里親のインタビューが出てきましたが、彼女たち、彼らたちには善意があると思います。ウクライナはナチスに占領されているといった意識がありますから。問題は、それが我々から見れば、あるいは客観的に見れば明らかにこれは犯罪でありまして、愛国心と、その善意、それが一方では国家犯罪であることの複雑さです。

そして、実はプーチンが彼らを利用しているとも言えますし、彼ら、家族はプーチンと一緒になってこの犯罪を行っているとも言える。リボワベロワ氏にしても、プーチンに利用されている面もあるし、彼女自身が本気で自分のやっていることは正しいと思っている面もある、この複雑な関係を見ていく必要があると思います。

桑子:
今回逮捕状が出されたという事実、この重みが問題解決につながっていくと考えていますか。

池田さん:
これ(逮捕状)が出たことによって、さまざまな調査が進むとは思いますが、他方ではロシア側の受け止めとしては当然、その反発が強まるでしょう。また、プーチンが国外に出にくくなりましたから、彼との直接のコンタクトの機会を奪ったことは否めないとも思います。

桑子:
そして国際社会に何ができるかということで、日本はICCの最大の拠出国でもあります。どういったことが考えられますか。

池田さん:
まず、逮捕状が出たことをきっかけとして調査を進めることの手伝いができます。子どもが何人連れ去られたのか、まだ正式には分かっていません。20万という説すらあります。ですから日本は情報を手に入れる手伝いができます。それは子どもたちを取り返す手伝いのためにも必要です。

また、日本はG7で唯一武器の提供をウクライナに行っていません。ですから、ロシア・ウクライナの独自の立場からの仲介が可能になる。そういう点からも私は積極的に今回のことをもとにして日本は何かをやっていくべきだと思っています。

桑子:
ありがとうございます。今もウクライナには子どもを取り戻したいと訴える家族がいます。子どもの未来を守る闘いが続いています。

ロシアから戻った子どもたちは今

子どもを取り戻し、避難生活を続けるエフゲンさんたち。

エフゲン・メジェヴォイさん
「娘(次女)が幼稚園でこんなカードを作ってくれました」

生活のために仕事を見つけた、エフゲンさん。

エフゲン・メジェヴォイさん
「平和なこの街が好き。戦争を体験したからこそ、そう思います。子どもたちには安心して育ってほしい。人生の最強の支えは子どもたちです」
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