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2023年2月21日(火)

シリーズ侵攻1年 第2夜 ロシア それぞれの“信念” 市民たちの12か月

シリーズ侵攻1年 第2夜 ロシア それぞれの“信念” 市民たちの12か月

侵攻開始から1年。ロシアではプーチン大統領の支持率が今も8割を超え、軍を支援する市民の活動も活発になっています。一方、侵攻に反対してロシアを離れた人々は、友人や家族との間の深い溝に苦悩します。さらに各国で対ロ感情が悪化する中、国外から“真実”を伝えるロシア人ジャーナリストたちも困難に直面しています。祖国が始めた先の見えない “戦争”に、ロシアの市民はいま何を思うのか。桑子キャスターが現場から伝えました。

出演者

  • 有馬 嘉男 (ヨーロッパ副総局長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

祖国と軍事侵攻 ロシアの市民は今

桑子 真帆キャスター(ラトビア リガ 中継):
今回もラトビアの首都・リガからお伝えします。こちらは今、お昼の12時半を過ぎたところです。先ほど隣国ロシアの首都・モスクワでは、プーチン大統領が年次教書演説で改めて軍事侵攻を正当化し、国民に団結を求めました。

しかし、それとは裏腹にロシアではこの1年、言論統制や動員などが行われるたびに数十万ともいわれる人々がロシアから周辺の国々に逃れました。

今、ロシアの人たちはどんな思いでいるのか。ある家族を訪ねました。

軍事侵攻からまもなく1年 ロシア市民たちの心境は

向かったのは、ロシアの隣国フィンランド。侵攻開始以来、ヨーロッパへの入り口のひとつとして多くのロシア人が逃れてきました。

2022年4月に取材したスタニスラフさんとイリーナさん一家。国民の大多数が軍事侵攻を支持する中で、疑問を感じている人もいるのだとモスクワで取材に応じてくれました。侵攻をどう受け止めているか聞いたときのことでした。

イリーナさん
「(泣きながら)……無理」

その後、一家は軍事侵攻に反対する思いを口にすることさえできないことに息苦しさを感じフィンランドに逃れてきました。現地で職を見つけ新たな生活を始めています。

穏やかな生活を、取り戻したかのように見えた二人。しかし、侵攻について尋ねると抱えてきた思いがあふれました。

桑子 真帆キャスター
「この1年、どういう思いで見てこられたのか、気持ちを聞かせていただけますか」
イリーナさん
「なんとか、いま起きていることろを受け入れられるようになってきましたが……、侵攻について聞かれると、いまだに泣いてしまいます。爆弾が落とされ、家が銃撃され、人々が殺されていくなんて…」

夫妻はこの1年、軍事侵攻に反対したことで親しかった人たちとのつながりを失ってきました。

スタニスラフさんが友人たちに送ったメッセージです。

侵攻の停止を求める請願書への署名を呼びかけましたが…

「あなたは恥ずかしくないの?」
「敵を打ち負かさなければ、すぐにこちらがやられてしまう」

返ってきたのは、侵攻を支持する言葉でした。

スタニスラフ・クリュチャリョフさん
「私と同じ考えの人はいない。いたとしても、恐怖で黙り込んでいるのです」

さらに追い打ちをかけたのは、家族の中に亀裂が生じたことでした。

スタニスラフさんの弟、ドミトリーさんは侵攻に反対する夫妻を一方的にののしり、以来、関係は断絶したままです。

スタニスラフ・クリュチャリョフさん
「弟から『プーチン大統領を支持しない人間は裏切り者だ』と言われました。いまだに絶縁状態です」
イリーナさん
「義弟の意見を受け入れれば味方で、そうでなければ敵なのです。元の関係に戻るには、彼が正しいと認めるしかないのです」

"特別軍事作戦の完遂"を掲げるロシア。プーチン大統領の支持率は今も82%に上っています。極東ウラジオストクの街なかでは、市民たちが前線の兵士に送るための防寒着や食料などを寄付していました。こうした活動は、ここ数か月、活発になったといいます。

2022年4月に取材したガンジャさんも、軍を支援する活動に力を入れるようになっていました。ガンジャさんはたびたびイベントを企画し、集めた寄付で前線の兵士たちを支援しています。

アンナ・ガンジャさん
「これこそロシア人の誰もがやるべきことです。静かにキッチンに座って勝利を信じることもできます。でも私は、軍人たちが目標を達成するために最大限の支援をすべきだと思います」

ガンジャさんをつき動かしているのは、"欧米への憤り"です。この1年、アメリカやヨーロッパ各国はウクライナへの軍事支援を加速させてきました。さらに1月には、イギリス、アメリカ、そしてドイツなどが戦車の供与を次々に表明。プーチン大統領は、かつてナチス・ドイツに侵攻された歴史を持ち出し、欧米に立ち向かう覚悟を訴えました。

プーチン大統領
「残念なことに、わが国は再びナチズムに脅かされている。西側陣営の侵略に抵抗しなければならない」
アンナ・ガンジャさん
「欧米は、これまで多くの戦争を仕掛けてきました。ロシアをせん滅しようとしているのは明らかです」

夫の招集に備えて必要な物資をそろえたという、ガンジャさん。いざとなれば、自分自身も国のために立ち上がる覚悟だといいます。

アンナ・ガンジャさん
「一人残らず動員されたらどうするかですって?男たちだけでなく、私たちも出て行くのです。愛国主義とは、国が危機的な状況になったときに、とにかく国を支えることなのです」

愛国心が声高に叫ばれる祖国ロシア。

フィンランドで暮らすスタニスラフさんとイリーナさんにとって最も気がかりなのは、19歳の息子ユーリさんの身の安全です。

イリーナさん
「とてもいい子です。優しくて、思いやりのある子です」

2022年4月の取材で、特別軍事作戦はやむをえないと話していたユーリさん。今もロシアにとどまり、学校で勉強を続けています。

桑子 真帆キャスター
「今、離ればなれで過ごしていてどうですか」
イリーナさん
「もちろん心配です。息子が動員されないことを祈るばかりです」

ユーリさんを案じ、毎日のように連絡を取っているイリーナさん。

イリーナさん
「こんにちは、元気?」
息子 ユーリさん
「髪を切ったよ」

最近、様子に変化を感じています。

息子 ユーリさん
「ブエノスアイレス(の生活)について調べてみたよ。教育とか医療とか」

侵攻が長引く中、このままでは将来を描くことができないとロシアを離れることを考え始めているのです。

イリーナさん
「息子にはふたつの思いがあります。侵攻を支持する一方で、祖国にはもう関わりたくないのです。いまは生活の基盤も友人関係もすべてロシアにあり、国を出たらそうしたつながりを失うことになります。それでも国を離れることを考え始めた息子を、私は支えてあげたいです」

長期化する"戦争" ロシアの市民は今

桑子 真帆キャスター(ラトビア リガ 中継):
私がウクライナで目の当たりにしたのは、侵攻によって人々の傷がより深まっていく姿でしたが、ロシアの人々の間でも軍事侵攻への支持を巡って溝がより深まって追い詰められていっていると感じました。

また、モスクワにとどまっているユーリさんのように祖国に対する気持ちに揺らぎが生じている人もいる。このことも1年という時間がもたらした現実だなと感じました。

ここからは、ヨーロッパ総局の有馬さんとお伝えします。この1年、特派員としてヨーロッパ各地を取材してきてロシアの人々を巡る状況、環境というのはどう変わってきていると感じましたか。

有馬 嘉男(ヨーロッパ副総局長):
どんどん追い詰められているなという印象があります。今、ヨーロッパはどの国に行っても、どの町に行っても、ウクライナ国旗が掲げられています。

桑子:
まさに私たちがいるラトビアの広場にも掲げられていますね。

有馬:
大げさではなく、役所はもちろんですが、駅とかホテルとか民家の軒先にまでウクライナ国旗があり、ウクライナ支持、そして反ロシア、これ一色になっているわけです。そうした中でロシアから逃れてきた人たちは息苦しさ、居場所がない感じを受けていると思います。実際彼らに話を聞きますと、「情けない」とか「恥ずかしい」ということも聞きました。今回ラトビアでロシアから逃れてきた独立系のジャーナリストを取材したのですが、彼らを取り巻く状況も厳しくなっていました。

深まる"ロシア不信" 独立系メディアの現実

ラトビアの首都・リガの地元テレビ局。その一角を借りて活動を続けるジャーナリストたちがいます。


ロシアの独立系メディア「ドーシチ」のキャスター、ジャトコさんとコトリカーゼさん夫妻。スタッフはおよそ30人。ケーブルテレビやネットで、軍事侵攻に関するニュースをロシアの人に向けて発信してきました。

プーチン政権が国内の情報統制を強化する中、外から事実を伝えていくことが侵攻を止める力になると考えています。

独立系メディア「ドーシチ」 チホン・ジャトコさん
「真実の輪がどんどん広がっていけば、ロシア社会を大きく変えられるはずだと信じています」

ドーシチは2010年の設立以来、ロシアでプーチン政権に批判的な報道を続けてきました。しかし軍事侵攻が始まると、政府はメディアへの締め付けを強化。ドーシチは放送停止に追い込まれました。

2022年6月、そのドーシチに放送免許を与え、新たな拠点を提供したのがラトビアでした。

ロシアの独立系メディアを支援 サビーネ・シーレさん
「29のメディアと3つのNGOを支援しました」

当時、ラトビアではロシアの独立系メディアを積極的に受け入れることでプロパガンダに対抗し、軍事侵攻に歯止めをかけようとしていました。

サビーネ・シーレさん
「彼らは、考えが揺れているロシアの人たちに変化をもたらそうとしています。メディアは社会を変えるための重要なツールなのです」

しかし、それから半年以上がたった今、ドーシチを取り巻く状況は厳しいものになっていました。

有馬 嘉男ヨーロッパ副総局長
「戦争が始まって約1年、変化はありましたか?それともなかったですか?」
チホン・ジャトコさん
「状況は変わってきています。戦況が変わるごとに多くの人たち、特に東ヨーロッパの人たちはロシア人をひとくくりに考えるようになっています。プーチンに批判的だろうと、彼の支持者だろうと、無関心だろうと一緒なのです」

ドーシチに逆風が吹き始めたのは、2022年の秋。キャスターがロシア軍に対する姿勢を問われるような発言をしたのです。

<2022年10月放送>

キャスター
「なぜ突然"われわれの軍"は(追加動員を)必要としたのでしょう?」

侵攻を続けるロシア軍を、"われわれの軍"と表現。さらに12月には、動員された若者たちが物資の不足に苦しんでいる実態を伝える中で…

<2022年12月放送>

キャスター
「私たちは多くの兵士たちを物資などの面で支援したいです」

これを受けてネット上には「ドーシチは羊の皮をかぶったオオカミだ」、「侵略者を支持するチャンネルはラトビアから排除しろ」などといった書き込みが相次ぎました。

激しい反発の背景には何があるのか。

ドーシチに不信感を抱いているラトビア人のレシェトフスさんです。

ウラディーミルス・レシェトフスさん
「以前は彼らをジャーナリストとして高く評価していました。政治から文化まで、非常に興味深い番組を放送していました」

その信頼が失望に変わったのは、ラトビア人がロシアに対して長く抱いてきた"恐怖心"を、ドーシチが理解していないと感じたからです。

第二次世界大戦中、ラトビアは旧ソビエトとナチス・ドイツに攻め込まれ、およそ19万人が亡くなりました。その後もおよそ半世紀にわたってソビエトの一部にされ、多くの人が強制労働や処刑などで命を落としました。

この1年、ロシアによるウクライナでの残虐な行為を目の当たりにし、ロシア人は今も変わっていないと感じていたレシェトフスさん。そうした中でのキャスターの発言に、ドーシチへの信頼すら失われたといいます。

ウラディーミルス・レシェトフスさん
「彼らがプーチンの支持者でないのはわかっていますが、あの発言を聞き、(頭の中で)警報が鳴りました。ロシアの外にいるリベラルな人たちでさえ「われわれこそが偉大なロシアだ」、「もう一度偉大にしてみせる」などと思っているのだと。そうした無意識の感覚が、旧ソビエトで生まれ育った人たちには根強く残っているのです」

ラトビア社会の怒りに直面した、ジャトコさんとコトリカーゼさん夫妻。ロシア人のジャーナリストとして、国外で共感を得ていくことの難しさを痛感していました。

独立系メディア「ドーシチ」 エカテリーナ・コトリカーゼさん
「もちろんロシアとラトビアの対立の歴史は知っていました。しかしこの占領の記憶が、どれだけ重く繊細なものであるかは想像できませんでした」

ドーシチは直ちに放送で謝罪しましたが、ラトビア当局は国家の安全保障を脅かすとして法律に基づき、放送免許を取り消しました。

軍事侵攻を止めなければならないという思いは共有しながらも、ラトビアでの活動の場を失うことになった2人。今後はオランダに拠点を移し、その信念を貫いていきたいと考えています。

チホン・ジャトコさん
「私たちが経験したこと以上に、世界では大変なことが起きています。ジャーナリストの役割はますます重要になっています。これからもより多くのロシア人に真実を伝え続けます」

周辺国と"ロシア不信" 孤立する市民たち

桑子 真帆キャスター(ラトビア リガ 中継):
ロシアから逃れてきた人たちの息苦しさを見た感じがしました。それだけラトビアという国が抱える負の歴史が根深いということなのでしょうか。

有馬:
ラトビアの人にロシアについて話を聞くと、「ロシアは怖い」というストレートな言葉が返ってくるんです。それはラトビアがロシア帝国とソビエトと2つの時代にわたって占領されていて、大国ロシアの脅威をずっと感じてきたからなんです。これまでずっと胸の中にあったロシアへの恐怖とか負の感情というのが、一気にこの軍事侵攻で吹き出した印象を受けています。

そしてこれはラトビアだけではありません。ヨーロッパの歴史は戦争の歴史、ということがありますが、2度の大戦にわたってようやく手に入れた平和を、今ロシアが台なしにしているという強い感情が噴き出しているのだと思います。

桑子:
ただ、ロシアの中の状況は必ずしもみんなが侵攻を支持していない、祖国を逃れなければいけない人たちもいる。この状況はどうなのか疑問にも感じるんですよね。

有馬:
ロシアを孤立化させる、追い詰めるということは、そもそも欧米の基本的な考え方ではあるのですが、忘れてはいけないのは国家と一緒に市民も一緒くたにされているということ、これを忘れてはいけないですよね。ここ(ラトビア)に逃れてきた人たちは、ヨーロッパの価値観に共感して、プーチン政権から逃げてきた人たちです。その彼らをどんどん追い詰めていっていいのかと感じますし、あのジャーナリストたちも国が起こした戦争を何とかしたい、止めたいと考えている人たち、彼らの居場所をなくしてしまうようなことになっていいのか、それが戦争を止めることにつながるのかと思います。

ただ、ヨーロッパの人たちにも「何とかしないといけない」という思いはあるのですが、この戦争が立ち止まって考えることを簡単にさせてくれないということがあります。戦争が長期化して立ち止まることがどんどん難しくなるのではないか、そんな心配はしてしまいます。

桑子:
10日間、私はさまざまな地で戦時下の人々の話を聞きました。とても受け止めきれない、何と声をかけたらいいか、言葉が見つからないことの連続でした。失われるはずのなかった命や営み。壊れるはずのなかった家族の形。戦争がもたらす残酷さ、そしてむなしさを目の当たりにしました。

ラトビアに来て強く感じるのは、ロシアによるウクライナ侵攻によって今起きていることは、これまでの歴史でも繰り返されてきたこと、そしてこの今の状況が未来にとっての歴史になっていくということです。

負の連鎖というのは、どこかで断ち切らなければいけません。国家の理想が優先されるほど、個人の思いというのは埋もれていきます。私たちはその思いを拾い上げてつなげていくことこそが大切なのではないかと強く感じました。

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