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2023年2月8日(水)

収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか

収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか

今、世界的潮流として注目されるリスキリング。デジタル分野など成長が期待される仕事を担当させるために、企業や行政が働く人に新たなスキルを習得させる取り組みです。プログラマーやシステムエンジニアに転身し、収入がアップしたり、会社の業績が向上するケースも。国が5年で1兆円の支援策を打ち出す一方、中小企業ではさまざまな課題も。リスキリングに取り組む現場に密着してみると…。

出演者

  • 諏訪 貴子さん (精密金属加工会社 社長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

収入アップ?いつ学ぶ? 話題のリスキリング

桑子 真帆キャスター:
今回のテーマはリスキリング。最近話題になっていますが具体的にどういうものなのか、まだよく分からないという方もいるのではないでしょうか。

リスキリングとは、成長が期待される分野の仕事を担当させるために、企業が行政が働く人に必要となるスキルを習得させることです。例えば、デジタル人材を増やしたいと考える企業がリスクリングを行う場合は、業務として就業時間の中で行うのがポイントです。仕事帰りや休日に、"自分の興味や関心に基づいて"英会話や資格の勉強をするのとは異なります。

例えば工場の製造ラインで働く人や事務の仕事をしている人に、プログラマーやシステムエンジニア、データサイエンティストなどになってもらい、新たにデジタル分野で仕事を始めてもらうということなのですが、「そんな急に変われるものか」と疑問にも感じます。

しかし今、リスキリングによって収入アップを実現する人が出始めているのです。

リスキリングで収入増 “転身劇”の舞台裏

雪化粧におおわれた山形市。ここに、リスキリングに取り組んだことで新たな業務を担うようになった人がいます。ITエンジニアの、柏倉さんです。

ITエンジニア 柏倉さん
「フローデザイナーを開いた状態で実行するのをデバッグというのですけど」

10年前、税理士法人に入社した柏倉さんが習得したのはRPAを使いこなすスキル。

RPA
Robotic(ロボティック)
Process(プロセス)
Automation(オートメーション)

RPAとは、単純な入力作業をコンピュータが自動で行えるようにするデジタル技術です。

例えば、顧客の代わりに国税庁のサイトから、さまざまな情報をとってくるという仕事。抱える顧客は、山形や宮城など1,000社以上の企業。以前は、一件一件手入力で行っていました。

柏倉さん
「手作業でやると一件につき5分ぐらいで、累積すると結構な時間になるかなと」

この作業を削減すべく身につけたのがRPAのスキルです。

コンピュータに自動でホームページにログインさせ、税務署からのお知らせを確認。文書を開いて、指定の場所に保存するようプログラム。

このRPAに任せておけば、あとは何件でも自動で情報をとってきてくれるのです。

この会社が、柏倉さんのリスキリングを始めたのは2019年。会社は柏倉さんのリスキリングを進めるために「時間」と「実践の場」を用意しました。

最初の1か月目はeラーニングや研修の受講などを1日5時間。2か月目には1日3時間、実際にプログラミングをしていく中でスキルを高めていきました。

柏倉さん
「日常の業務プラス(業務)時間外で勉強するって非常に大変なことだと思うんですよね。業務時間内にやるのと余った時間でやるのとでは成果の出方も違ってくる」

以前この会社では、膨大な事務作業をいかに効率よく処理するかが課題となっていました。顧客から受け取った出納帳のデータを、会計ソフトに手入力していく単純作業に追われる従業員たち。

従業員
「目も手も痛くなってきます。目薬が必須で」

こうした状況を改善すべく、会社はデジタルシフトを決断。RPAを使えるようにするために始めたのが、リスキリングでした。

税理士法人代表 田牧 大祐さん
「(手作業は)ヒューマンエラーも起きやすいので、その時間を減らしていくことを全社的にやっていくことで時間を生み出して、付加価値の高い、お客様に感謝される仕事にシフトしていこうと」

事務作業の自動化が進むと、会社全体で年間300日分を超える単純作業が削減されました。その分、顧客との商談などに多くの時間を割けるようになり、サービスが向上。経常利益はRPA導入後、3年間で3割以上アップしました。

さらに、こうした実績を生かして新たなビジネスも始めました。新会社を設立し、自動化のノウハウを他の企業へも提供しているのです。

柏倉さんはこの新会社でエンジニアとして働きながら、リスキリングセミナーの講師も務めています。

柏倉さん
「リスキリングを行っていただいて、社内のデジタル化が一気にスピードアップすることになります」

そんな柏倉さん、実は10年前に入社した当初は派遣社員でした。

柏倉さん
「こちらの受付で業務をしていました」

その後正社員となり、会計業務も担いながらリスキリングに取り組んだ柏倉さん。いま年収は入社当時の1.7倍になりました。

柏倉さん
「楽しそうという気持ちから始まって実際に(RPA)に触ってみて、『これはなんかやっていけそうだな』という感じがあったので。やっぱり常に学習していくというのは大事だと思う。その時に自分が学んだことがプラスになるのは間違いない」

リスキリングによって収入アップを実現する人たち。ある調査によると「リスキリングが従業員の報酬に反映される」と答えた企業の割合は31%でした。

リスキリングが後押し デジタル産業への転職

成長分野に必要なスキルを身につけるリスキリング。今、全く新しい仕事に転職する人も出始めています。

沖縄県糸満市に暮らす城間ちあきさん。専門学校に通う長男と、小学生の次男を育てるシングルマザーです。ひとりで子育てをしながら洋菓子店で働いていましたが、過労で体調を崩し退職。その後はアルバイトなどで生計を立ててきました。

城間 ちあきさん
「(保育園が)開いたと同時に行かないと仕事に間に合わないので。仕事終わっても迎えに行く時間が(追加料金がかかる)延長の時間なんですよ。もうここから脱出したい。どん底から脱出したい」

そんな城間さんが参加したのが、糸満市が主催する女性向けのリスキリング講座でした。

受講料は無料。城間さんは最先端のITスキルやビジネスマナー、金融講座などを3か月半に渡って学びました。

これまでほとんどパソコンに触れたこともなかった、という城間さん。リスキリングによって経営システムのデータを管理するスキルを習得。システムのエラーチェックなどを担うエンジニアへと転身し、現在週4日在宅で働いています。

そんな城間さんが仕事を請け負っているのは、東京の大手コンサルティング会社です。城間さんは、システムエラーのチェックだけでなく、作業の効率化に向けた提案も積極的に行っています。

城間 ちあきさん
「ひとつずつ手作業で数字を入れていたらしいが、ミスする確率が多くなる懸念があって」
総合コンサルティング会社 大村 泰久執行委員
「日々、手を抜かずに丁寧に対応していただいて本当に助かっています。限られた人財をみんなで奪い合うという世界にデジタル業界はなっている。弊社自身がより大きくなるためにも、すごく重要な取り組みだと考えています」

リスキリングによって新しい仕事に就くことを後押しするこのプロジェクト。就労支援も合わせて行うことで成長が期待される産業への「労働移動」を促しています。

未経験だったデジタル分野への転職を果たした城間さん。収入は、時給に換算すると1,000円から2,200円に上がりました。

城間 ちあきさん
「信じられないです。信じられない。パソコンで家でどんな仕事をするのだろうという感じで全然ピンとこなかった。自分でやってみてこういうことなんだなって」

子育て中のひとり親世帯が困窮に陥っている割合が全国でも高い水準になっている沖縄。こうした社会課題を解決するためにも、糸満市ではおよそ1,000万円の予算を組みリスキリングを後押ししていく方針です。

糸満市 當銘 真栄市長
「行政側が(リスキリングの機会を)提供することで自信をつけていただいて、自分の環境が変えられたという自信になってくれると市が明るくなるというのも、これは絶対あると思います」

働く人のリスキリング なぜ必要?どう進める?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは東京・大田区で精密金属加工会社を経営されている諏訪貴子さんをお招きしています。

スタジオゲスト
諏訪 貴子さん(精密金属加工会社 社長)
新しい資本主義実現会議メンバー

諏訪さんは政府の新しい資本主義実現会議のメンバーでもあります。リスキリングの経験も実際にあるということで、経営者としてリスキリングの必要性について、どのように考えていますか。

諏訪さん:
やはり企業というのは雇用を守るために売り上げを伸ばして収益を上げて、社員の皆さんの給与の賃上げを行って社員さんを幸せにすることが使命だと思っています。その生産性向上のためにも、リスキリングというのは必要不可欠だと思っています。

桑子:
実際にリスキリングされたときの従業員の方の反応はどうでしょうか。

諏訪さん:
もう大反発です。

桑子:
どう乗り越えられたのですか。

諏訪さん:
何のためにやるのか、どういう効果が期待されるのか、というのをちゃんと私から示しました。あとは皆さんの意見や提案を受け入れながら、みんなでリスキリングを行うというリーダーシップをとって、社員さんたちとモチベーションを上げながら丁寧に進めていったという形ですね。

桑子:
このリスキリング、実は海外では先進的な事例がいくつもあるんです。例えばドイツ。

2030年までに国を挙げて200万人をリスキリングし、成長産業へ労働移動させるという目標を掲げています。

例えば30年間警備員として働いていた男性が、工業用ロボットのオペレーターを目指してリスキリング中だということなのです。

元警備員
「新しいことを学ぶのは難しいですが挑戦しようと思います」

桑子:
他にもシンガポールでは、希望すれば国民全員にリスキリング費用を支給するという制度があります。さらにオーストラリアではEV(電気自動車分野)に特化したリスキリングを開始しています。また、イギリスでは脱炭素化に向けた「グリーン・リスキリング」というものに取り組んで、2030年までに170万人分の仕事を創出するということを目指しています。

こうして各国さまざまな人材投資を行っている中で、日本も人への投資というのを掲げているのですが、世界の企業がどれぐらい人材投資をしているかを示す国際比較によると、アメリカやヨーロッパと比べて日本はかなり低い水準。しかも、年を経るごとに下がっているという状況です。

なぜ、日本企業はなかなか人材投資ができないのでしょうか。

諏訪さん:
バブル崩壊後の厳しい30年という中で、やはり経営者にとってこの人材育成というものはコストと捉えがちで、余剰人数を抱えられない中小企業にとってはここにお金をかけることが正直難しいといったことが原因の一つだと思います。経営者自身が「リスキリングによって生産性が上がるのだから、これは未来投資である」という考え方の変革、マインドセットが本当に重要だと思います。

効果が出るまでに時間がかかりますが、ここを少し中長期で見ていただいて、このような投資を積極的に行っていかなければいけない時代になってきてると思います。

桑子:
こうした中で、いざリスキリングを進めようと思ってもなかなか思うようには進まない事情もあるようです。

“実践する時間”をどう確保するか

伝統工芸で名高い城下町、石川県加賀市。リスキリングに取り組んでいるのは昭和22年創業のこの会社。スプーンや皿など自社ブランドの食器を中心にプラスチック製品を製造しています。AIなど様々なデジタル技術を活用しながら収益向上と賃金アップを実現、他企業からの見学も相次ぐなど注目を集めてきました。

2019年、受注拡大を目指して製造ラインを24時間稼働できるようロボットを導入。従業員に求めたのは、このロボットを動かすためのプログラミングスキルでした。
リスキリングの結果、3人が高度なプログラムを書けるまでになりました。

湯川 真祐美さん
「えーと、できるかな」

湯川真祐美さんも、より高度なスキルの習得を目指してリスキリングに取り組んでいます。もともとは事務職を希望して入社しましたが、生産現場の力になりたいと名乗りを上げました。リスキリングを始めて2年、ロボットにシンプルな動きを指示することができるようになりました。現在、より高度なスキルの習得を目指しています。指導係は同僚の北村さん。4年前、北村さんもリスキリングを経験しています。

湯川 真祐美さん
「よろしくお願いします」
指導係 同僚の北村 匡浩さん
「位置補正、ツール補正の2つ使います」

ロボットに対して一つ一つの工程を細かく指示するために、手元の端末にプログラムを入力していきます。

北村 匡浩さん
「補正かけるにはここ。空欄になっているところを入力するじゃん」
湯川 真祐美さん
「(説明は)ゆっくりお願いします」
北村 匡浩さん
「横に動かします」
湯川 真祐美さん
「はい。『イチギメ』の隣ですね?」
北村 匡浩さん
「はい」

記号と数式で構成されるプログラミング言語。複雑になると、瞬時に理解するのは難しいといいます。

製造業の現場などでリスキリングを進めていく上で、大きな課題となっているのが、実際にロボットを使って“実践する時間”をどう確保するかです。しかし、多くの製品を作り続けるためには、ロボットの稼働率を高い水準で維持する必要があります。リスキリングの実践時間を確保するためとはいえ、簡単に稼働率を下げるわけにはいかないのだといいます。
仮に、稼働率を下げて、ロボットに触れる時間を捻出したとしても、湯川さんたちがそのタイミングでリスキリングに取り組めるかというと…。

倉庫で重い資材を運んだり。手作業で、製品の形を整えたり。

湯川 真祐美さん
「まだまだたくさんあります」
取材班
「いくつあるんですか?」
湯川 真祐美さん
「1万6千個」

さまざまな業務を掛け持ちしながらリスキリングを進めていくのは、容易なことではありません。

湯川 真祐美さん
「ちょっと離れただけでロボットを操作する、どのボタンを押すのかも忘れてしまう。やっぱり実践というか、続けていくことが大事なのかなって」

リスキリングに取り組む企業を後押しするため、行政も動き出しました。加賀市は、デジタル人材の育成を最重要課題に掲げ、企業のリスキリングを支援していくと宣言。

この日、市の担当者が湯川さんが勤める会社を訪れました。企業はどんな課題に直面しているのかヒアリングを行います。

専務取締役 石川 勤さん
「学習期間をどうやって従業員に確保してもらうのかが、大きな課題になっているのかなと思っています。例えば2~3か月みたいな教育期間が必要になってきたときに、そういったところの(人材確保の)支援があればなと考えています」

会社側は、リスキリング中の従業員の穴を埋めるため新たな人材確保が必要だと訴えました。

市役所職員
「(新たに雇う)従業員の方の給与の保証だとか、そういった面が中心となるということでしょうか?」
石川 勤さん
「そうですね」

限られた時間と人員の中でリスキリングに挑む中小企業。行政の支援の在り方をめぐる議論は、まだ始まったばかりです。

リスキリングの課題 国はどう支援?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
中小企業にとって、リスキリングを進める中で何が必要だと感じていますか。

諏訪さん:
まずは業務の棚卸しをして、どこに無駄があるのか、何ができるのか、その無駄を排除するためにどうすればIT化をできるのか、まず課題を把握することが必要です。

桑子:
課題が見えたとします。では「デジタル人材を育てよう」となった時に、外部からデジタル人材に来てもらうよりも社内でリスキリングをした方がよいのでしょうか。

諏訪さん:
そうですね。外部から来ていただくとコストもかなりかかるし、企業風土だとか業務内容も熟知してない上での指導になるので、そこは社内の人材でリスキリングした方が、土台も業務の内容も分かってるので。

また、誰もが先生になって水平展開することもできるので、長期目線で見るとコスト面でも社内でのリスキリングのほうがメリットが大きいと思います。

桑子:
やはり国なり行政なりの支援というのが重要になってくると思いますが、国は今、人への投資というものを掲げて5年間で1兆円を充てデジタル分野などの新たなスキル獲得、そして成長分野への円滑な労働移動を同時に進めて構造的な賃上げの実現を目指すとしています。

諏訪さんはこの国の取り組み方針をどのように見ていますか。

諏訪さん:
これだけの予算をつけていただいた、ということについては高く評価をしてますが、そもそも労働移動というところに関して、「社内の中での労働移動」と「企業間の労働移動」というものがあると思います。国がうたってるのは「企業間の労働移動」がメインなのかな、という印象を受けてしまいます。

やはり中小企業は社内での労働移動、リスキリングによってのスキルを上げていって、そこで業態変換をしたりすることがまずは必要なのですが、少し大企業目線なのかなという気がしてしまいます。

桑子:
今後リスキリングを進めていく上で、いちばん大切なことはどんなことだと考えていますか。

諏訪さん:
いちばん重要なのは働く人たちのモチベーションを上げることであって、本当にスキルというのは財産なんですね。その人自身の財産でもあるし、生産性の向上にもつながるので企業の財産でもあります。社員さんも我々経営者も行政も含めて、みんなでこのスキルという財産を作りあげていくということが必要だと思います。

桑子:
ありがとうございます。

“収入アップだけじゃない” 働く人の幸せのために

沖縄県糸満市でリスキリングに取り組んだ城間さん。シングルマザーとしての暮らしぶりにも変化が生まれています。これまでは、子どもたちとゆっくり過ごす時間はありませんでした。

次男 結日さん
「前は冷蔵庫の上にごはんがあるから塩つけて食べたり。寂しかったから楽しい」

今は、毎晩一緒です。

城間 ちあきさん
「塩かけて食べたとか聞いたら涙出てきそう。だからこの(リスキリング)おかげですべてに感謝できる」

これからも、リスキリングを続けていきたいという城間さん。先輩として、仲間たちにエールを送ります。

城間 ちあきさん
「私が頑張ってできたので、みなさんもできる。頑張ればできると思います」
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