クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2023年2月1日(水)

“安いニッポンから海外出稼ぎへ” ~稼げる国を目指す若者たち~

“安いニッポンから海外出稼ぎへ” ~稼げる国を目指す若者たち~

安定した職をも捨てて、若者たちが続々と海外に出稼ぎに向かう!オーストラリアの農場で働く男性は1日6時間の作業で月収50万円。介護施設で働く女性はアルバイトを掛け持ちして9か月で270万円貯金、念願の大学院進学の準備が整いました。背景には経済成長と同時に賃金を上昇させる先進国のトレンドに日本だけが取り残される現実が。さらに外国人労働者から見た日本の魅力も低下。安いニッポンで今、何が?専門家と共に考えました。

出演者

  • 渡辺 努さん (東京大学大学院経済学研究科教授)
  • 毛受 敏浩さん ((公財)日本国際交流センター執行理事)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

若者の海外出稼ぎ “安いニッポン”で何が

桑子 真帆キャスター:
永住者も含め海外に長期滞在する日本人は2022年、およそ130万人。この20年で6割増加しました。

背景の1つとして指摘されているのが若者たちの日本離れです。

期間限定で働けるワーキングホリデービザなどを利用して海外でアルバイトとして働き始め、それをきっかけに就労ビザを取得して定職に就いたり、さらには永住権を取得するケースも増えているようです。

海外への渡航を支援する企業によると、今、若者たちに人気なのはオーストラリア、カナダ、ニュージーランドなど。

「日本の倍は稼げる」という海外出稼ぎの実態を取材しました。

アルバイトでも高収入

オーストラリアのシドニーから500キロほど離れた地方都市。ここに20人の日本人が働きながら共同生活をおくる宿泊施設があります。

集っているのは元教師、自衛官、理学療法士。多くが、日本での安定した職を捨てた若者たちです。

午前8時、彼らが向かうのは宿からほど近い農場。仕事は、収穫の最盛期を迎えたブルーベリーを摘み取るアルバイトです。

滞在歴3か月 元不動産業
「今のシーズンだと1バケツ6.5ドル(約600円)とか。いい時だと40バケツとか(日給約2万4,000円)」

給料は歩合制。経験がなくても、ひと月50万円は稼げるといいます。語学能力が問われない上に、日本の仕事と比べ好待遇のため、日本から若者たちが集まってきます。

滞在歴3か月 元不動産業
「(農作業は)初めてですね。こっちにくるまでやったことはなかったですけど。けっこう楽しいですね。英語力が多少なくても働けたりするので、最初の仕事としては非常にいいんじゃないのかなと」

昼過ぎには仕事を終え、残りは趣味や副業など自分の時間に費やします。外食の値段が日本の倍というオーストラリア。食事は自炊し、メンバーでシェアすることで生活費を抑えています。その結果、月に20万円以上は貯金にまわせるといいます。

滞在歴1年 元美容師
「日本で5年間でためたお金が、1年間でたまってます」
滞在歴3か月 元理学療法士
「楽しみつつ、英語も学べてお金も稼げる。すごい、いいとこだなって」

若者たちの多くは当初の滞在予定を延長。定職を得て、永住権の取得を目指す人もいるといいます。そこには、日本の未来に見切りをつけた若者の本音がありました。

滞在歴4年 元介護士
「(日本にいた頃の手取りは)16万ぐらいですかね、月に。夜勤手当も含めて。やっぱり命を預かる仕事だったのでプレッシャーもすごくあったし、仕事と賃金が割に合ってないなとは思ってました」
滞在歴4年 元小学校教師
「(日本では)働く時間がかなり長くて、生活のスタイルが仕事中心になっちゃってたので、辞めて初めて自分のために時間をつかうってことを知った感じですかね」

生きるためには、海外しかない。切実な事情を背負った若者も少なくありませんでした。

滞在歴5か月 元児童指導員
「日本での奨学金の返済があるので資金をためてる感じですかね。23年間ぐらいかけて返済していかなきゃいけないんですけど、これから少しずつこっちで出稼ぎして返していけたらと思っています」

広がる将来の夢

オーストラリアでも人材不足が深刻な介護現場。ここにも日本の若者が働いていました。
藤田秀美さん、日本では病院の脳神経外科で看護師として働いていました。

滞在歴9か月 藤田 秀美さん
「日本での正看護師の資格を持っているという点で、信頼をこっちの方もおいてくださって。本当に一生懸命働かなきゃなって」

ここでは、藤田さんの他にも30人を超える日本人がアルバイトとして契約しています。

日本では平均月収25万円ほどの介護職。しかし給与明細を見せてもらうと…

藤田 秀美さん
「1週間のトータルですね。2,488ドル(約22万4,000円)」

月収は多いときで80万。

藤田 秀美さん
「えっ本当!?みたいな感じですよね。こんなにもらえるのって感じで。夢ありますよね」

かつて日本で勤めていた病院では、残業が当たり前の日々でした。将来を考える余裕は全くなかった、といいます。

藤田 秀美さん
「仕事終わりに自分の時間が取れなくて、疲れて寝ちゃって、また次の日も仕事っていうので、仕事に行くのが憂うつになったりとかする時期もありましたね」

しかし、今は残業をせずに稼ぐことができ、将来の選択の幅を広げるため、医療専門の英語を勉強しています。

藤田 秀美さん
「ただ稼ぐだけじゃなくて、自分の将来にどういうふうに生かしたいのかとか、そういう目的とかを持ってたほうが稼ぐのも楽しいですし、稼ぎながら得られるものも大きいのかなと思います」

“安いニッポン”で何が 静かなストライキ

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今回、番組では50人以上の海外で働く若者たちに取材をしました。

VTRでもさまざまな本音をお聞きいただきましたが、他にも

元臨床検査技師
「臨床検査技師の資格をがんばって取得。手に職つけてもこのレベルの給料か」
元会社員
「給料も上がらず、夜遅くまで残業する上司。会社で昇進したいと思わない」
元銀行員
「女性の昇進が難しい職場だった。特に地方だとなおさらその傾向が強い」

日本で起きている若者たちの潮流を読み解きます。きょうのゲストは、世界の物価や賃金の動向などマクロ経済が専門の渡辺努さんです。

いま起きている若者たちの海外出稼ぎ。渡辺さんは、このように分析されました。

渡辺努教授
「労働市場に対する、若者たちの静かなストライキ」

どういうことでしょうか。

スタジオゲスト
渡辺 努さん(東京大学大学院 教授)
「世界インフレの謎」著者 専門はマクロ経済学

渡辺さん:
今、アメリカやヨーロッパは高いインフレになっていますが、そこで生活を守るために労働者たちがストライキをしているんですね。かなり頻繁にストライキが起きてます。

それによって賃金を上げるということが起こっているわけですが、日本ではどうなっているかというと、もう20年間以上賃金が動かないような状態が続いていて、物価が上がっているにもかかわらず、なかなかストライキという感じにはならないですよね。

そういう日本の労働市場に若い人たちが見切りをつけて、それで外に出ていっているのかな、と思います。そういう意味では「静かなストライキ」なのかな、と思いました。

桑子:
日本の賃金の推移を見ていこうと思います。

G7各国軒並み上昇している中で、日本というのは低迷したままです。

アメリカをはじめ先進国の多くはサービス、賃金、モノすべてが上昇する、という経済の好循環によって成長を遂げています。日本はこの20年間、いずれも停滞したままで、先進国の成長モデルから取り残されている状況です。

こうした中で若者が今、海外に出ていくことによる日本への影響をどのように考えていますか。

渡辺さん:
こちら(日本)の賃金と、あちら(海外)の賃金がこんなに違っているわけですね。これは長い間かけてそうなってるので、外に出ていく流れというのは止められないかなと思います。

ただ、悲観的なことばかりじゃないとも思っています。若者たちが外に出ていくということになると、日本の労働市場の労働力が足りなくなっていくので、労働市場が引き締まっていくという点では賃金が上がっていくということも起きるわけです。

桑子:
競争が高まる分、賃金も上がっていく。

渡辺さん:
そうすれば外に出ていかなくてもいいかもしれないし、あるいは出ていった人がもう一回戻ってくるとこういうことが起きてくると思います。

桑子:
一方で、こうしたアルバイト目的の海外渡航では注意すべき点もあります。

語学が堪能でないことによって不当に安い賃金で働かされたり、セクハラ、パワハラを受ける、などのリスクはあります。実際に外務省も、現地の労働に関する法律などを前もって十分に情報収集してから渡航してほしいと呼びかけています。

日本から若者が海外に働きに出る動きをさらに加速させているのは、近年世界で進む人材獲得競争というのがあります。

オーストラリアでは、農業など1次産業に従事する人の滞在期間を1年から最大3年に延長。さらに、医療、福祉サービス業でも、従来のビザから滞在期間を1年延長しました。他にもニュージーランドでは2022年、ワーキングホリデーによる受け入れを倍増する方針を打ち出しました。さらにカナダでも2023年、ワーキングホリデーの受け入れを20%増やしたということです。

これだけ各国、戦略を練っている中で何が起きているのでしょうか。

渡辺さん:
基本的には、この3年間のパンデミックの影響だ思います。パンデミックの初期のころに、それぞれの国から移民が母国に帰ってしまいました。

今、それぞれの国は経済再開をしてるので移民がもう一回戻ってきてほしいわけですが、なかなか戻ってこないということが起きてるので、各国政府が必死になって魅力のある国だというふうに、移民を引きつけようとしています

桑子:
こうして世界の人材獲得競争が激しくなる中、日本では若者が出ていくだけでなく、今まで頼りにしていた外国人の働き手にも異変が起き始めています。

外国人の日本離れ 円安で仕送り目減り

千葉県にある介護施設です。事務仕事こそ日本人中心ですが、介護の現場を支えるのはベトナム人の若者たち。月収20万円ほどで働いています。

しかし今、彼らの心は日本から離れようとしています。

ここで3年働いてきたレ・ティ・ハンさん。円安が進み日本で働くメリットを感じられなくなっていました。

2022年9月にベトナムへ送金した記録を見せてもらうと、2年前よりも1万円多く仕送りしたにもかかわらず、円安の影響で2割も目減りしました。

レ・ティ・ハンさん
「かなり差が出ますね。両親の1か月分の給料と同じ金額を損しています」

計画していた旧正月の里帰りも、諦めることにしました。

レ・ティ・ハンさん
「旧正月は22日に帰るの?」
ベトナムにいる姉
「仕事を休みにして帰るつもりよ」
レ・ティ・ハンさん
「私が帰れたら、お父さんもお母さんもさみしくないのにね」
ベトナムにいる姉
「だったら喜ばせてあげてよ」
レ・ティ・ハンさん
「私は帰れないよ…」
レ・ティ・ハンさん
「もし、このまま円安が続いたら、日本にいることを考え直して帰国をしなければいけません」

10年にわたりベトナム人労働者を日本に送り出してきた会社からは、先行きを案ずる声も上がっています。

送り出し支援会社 ブイ・スアン・クアン会長
「日本へ行く希望者は、コロナ前に比べて明らかに減っています。以前は日本に行くことがトレンドでもありました。今はもう、その傾向はありません」

こうした外国人労働者の日本離れがすでに顕在化している現場もありました。

徳島県にあるトマト農園。収穫作業をベトナム人労働者に頼ってきましたが、募集をかけても思うように集まらなくなったといいます。

トマト農園 社長 樫山 直樹さん
「ウェブ会議で面接をして採用しようと思ったんですけど、4人採用しようと思ったうちの3人が途中でキャンセルとなって、向こうから。事情はいろいろそれぞれ言ってましたけど。そのあともう一回3人選んで4人にしたんですが、そのうちの2人がキャンセルってなって。最終的に、どなたでもいいので人員的に4人構えてほしいと先方にお伝えして4人にしていただいた」

しかし、採用できたのは日本語を十分に習得していない人材ばかりでした。

取材班
「コミュニケーションとか大変じゃないですか?」
日本人従業員
「なんとなくジェスチャーとか。伝わってないときもあるんですけど」

外国人労働者も流出?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、日本で働く外国人労働者の実態に詳しい毛受(めんじゅ)敏浩さんにも加わっていただきます。

スタジオゲスト
毛受 敏浩さん(日本国際交流センター 執行理事)
外国人労働者の実態に詳しい

今は2022年と比べると円安は幾分落ち着いていると思うのですが、外国人の日本離れはどれくらい広がっているとみていますか。

毛受さん:
必ずしも現時点では外国人労働者が減っているということではないのですが、円安ということは徐々に相当きいてくると思います。

それと、重要なのは外国人労働者について、彼らが実際現場でどれだけのいろんな問題を抱えているかということが過去からずっと積み残されて解決されてないということです。

1つは、外国人労働者の方は非正規労働が非常に多いとか、派遣、請負という比較的解雇しやすいような立場の方が多くて、一時的な労働者、助っ人として日本は考えていたという点です。安定して外国人の方々が働ける状況かどうかというところが、外国人の人たちにとって日本が選ばれる国かどうかということになり、そこまで十分ではないのではと思っています。

桑子:
今後どういう危機感を持っていますか。

毛受さん:
人口はどんどん減ってきますから、そういう意味でいうと外国人の人たちは一時的な労働者ではなく、日本に定着し活躍していただく、ということが必要だと思います。けれども、まだその体制が十分とれてないということだと思います。そこは制度もありますが、われわれ自身の考え方ですね。

外国人の人たちに対して、定着し活躍してもらう人材だというふうに頭を切りかえていくということも必要なのではと思います。

桑子:
ここまでは農業、そして介護などの人材が日本から流出しているという現象を見てきました。けれども実はそれだけではなく、今後の経済成長に欠かせないとされているIT関連などの高度人材でも同じことが起こっているのです。

高度人材も海外へ 日本が変わるチャンス

大手IT企業の人事担当者が、自社の人材流出について内情を語りました。

富士通 最高人事責任者 平松 浩樹さん
「ここ数年、いわゆる外資系のIT企業とかコンサル企業にエンジニアが引き抜きというか、転職をしているケースというのは本当に問題だな、と認識をしています。『もう一度、富士通に戻ってこないか』と取り組んではいるんですけども、特に報酬の水準を上司が聞かされると、なかなか慰留が難しいという声も聞いてまして。人事制度そのものから見直しをしていかないといけないなと」

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

今ご紹介したIT企業は、このような制度を始めています。

年功序列を廃止し、挙手制による管理職登用を導入。さらに高度人材分野には、最大で年収3,500万円までの大幅な報酬額を設定しました。さらに製薬会社のアステラス製薬も、部長級以上の社員について全世界共通の給与制度を導入するなど、こうした企業の動きを渡辺さんはどのように評価されていますか。

渡辺さん:
基本的にいいことなんじゃないかと思います。

私は大学から給与をもらっているのですが、東大とスタンフォードやハーバードといったアメリカの一流の大学では給料がかなり違うんですね。何が起こるかというと、先生たちが向こう(海外)に行っちゃうと。あるいは向こう(海外)にいい先生がいるのでそれを取りたいと思っても、なかなか来てもらえない。こういうことが起きています。その時に、私たちはなんとかしてこのギャップを埋める努力を今やっているところなのですが、同じことを企業も努力されてるんだなと改めて思いました。

大きく見ると、グローバルに賃金が違う時に低いほうにそろえるということはなく、高い方にそろえていくので、そこに日本も参画していかなければならない。それによって、日本の賃金が少しでも上がっていくということが生まれるのではないかと思います。

桑子:
毛受さん、今回は外国人の日本離れの動きも見ましたが、今後日本に求められることはどういうことだと思いますか。

毛受さん:
外国人労働者というのが日本にとってどういう存在なのか、ということを明確に位置づけするということが重要だと思います。やはり人口が減る中で、彼らの力に我々は頼らざるを得ないと思うんです。

実は外国人の若い方とお話しすると、起業意欲、新しいビジネスを起こしたいという意欲を持っている方もたくさんいらっしゃいます。彼らの持っている潜在力を生かしてあげるような仕組み、それから日本の若い方と一緒にそういうものを盛り上げていく仕組み作りが必要なんじゃないかと思います。

桑子:
共生していくといいますか。

毛受さん:
われわれ自身の意識も変えていかないとだめだと思いますし、そうすれば彼らも日本に十分貢献してくれると思います。

桑子:
渡辺さんは今回の流れを見た上で、日本はどうなっていくと見ていますか。

渡辺さん:
実は日本から海外へ行く留学生が、今どんどん減っています。なかなか寂しいなと思っていたのですが、今回のお話を聞いてると、オーストラリアに留学ではないですが、そこでしっかりと仕事をしながらスキルを身につけている。そういうたくましい若い人がたくさんいるんだなと。非常にうれしく思いました。

もともとは多分賃金が足りないというところから始まったので少し厳しい話ではありましたが、そうやってグローバルな人材に育とうとしているというのは非常にうれしいなと思いました。

もちろん彼、彼女たちは向こう(海外)にとどまってしまうかもしれませんし、帰ってくるかもしれません。いろんなパターンがあると思いますが、そうやってグローバル人材を増やしていくというのが日本の将来を作っていくんじゃないかと思います。

桑子:
こうして皆さん、自分の覚悟を持って行動を起こしているわけです。中には、こんな夢をつかんだ若者もいました。

若者の海外出稼ぎ 夢をもう一度…

オーストラリアの介護施設でアルバイトの看護助手として働く藤田さん。

藤田 秀美さん
「日本でも『ありがとう』とは言ってくれるんですけど、こっちは『ラブリー!』とか、なんかすごい。『ラブリー』ってこういうときに使うんだとか、こっちも働いていて楽しいなって」

今、施設以外のアルバイトを2つ掛け持ちして、月収はおよそ90万円。50万円を貯金にまわしています。この資金で大学院に進学し、ゆくゆくは日本で訪問看護ステーションを立ち上げるという夢ができました。

藤田 秀美さん
「日本にあのままいたら、たぶんあきらめていたのかなと思います。それが自分で本当にかなえられそうだなって、こっちに来て思ったので。もっと大きな夢に変わったかなと思います」

海外で経験を積んだ若者を、温かく迎えられる日本でありますように。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

この記事の注目キーワード
働き方

関連キーワード