クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2023年1月23日(月)

“牛乳ショック”値上げの舞台裏で何が

“牛乳ショック”値上げの舞台裏で何が

身近な牛乳をめぐって、いま“異変”が―。私たちが直面する牛乳・乳製品の値上げ。背景にあるのは世界的な飼料高騰です。エサを輸入に依存してきた日本の酪農はかつてない危機に直面。「生き延びられないかも」と語る大規模酪農ファーム経営者。1頭10万円だった子牛が500円に…。廃業せざるをえない若き酪農家たちも。生産のために必要な物資の多くを海外に依存する現実、そして価格に転嫁できない実情とは。最前線の記録。

出演者

  • 鈴木 宣弘さん (東京大学大学院教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"牛乳ショック" 値上げの舞台裏で何が

桑子 真帆キャスター:
物価の優等生ともいわれてきた牛乳ですが、2022年11月から値上げされ、今後もバターやチーズなどの乳製品がさらに値上げされる可能性があります。

なぜ、史上最悪とまでいわれる事態になっているのか。

そもそも牛乳のもととなる「生乳」は、酪農家が牛から搾って地域にある指定団体に集められ、乳業メーカーへと渡ります。乳業メーカーは、牛乳の他、チーズやバター、脱脂粉乳などの乳製品をつくります。そして、スーパーなどの小売りを経て、私たちのもとへ届いています。

今回の値上げの大きな原因の1つが、牛が食べる「エサ」です。

エサというと「牧草」のイメージが強いですが、実は生産量を増やすため栄養価の高い「トウモロコシ」などの穀物も大量に食べさせるのが主流になっています。トウモロコシは牧草と違い、ほぼすべてを輸入に頼っており、国際価格が急激に上がったことで生産現場では乳をいくら搾っても赤字になるという事態に陥っているのです。

日本の生乳の半分以上を生産している、北海道。その危機の実態です。

飼料高騰で廃業も… 酪農の厳しい実態

北海道、十勝平野にある酪農ファーム「ドリームヒル」。乳牛およそ3,900頭、年間およそ4万トンの生乳を生産する全国屈指の大規模牧場です。

社長の小椋幸男さんは、飼料高騰に頭を悩ませています。

ドリームヒル 小椋幸男社長
「総量にすると1頭あたり(1日)だいたい50キロぐらいの量を食べさせる。半分近くが輸入もの、重量換算すると」

中でも値上がりが大きいのが、トウモロコシを主原料とする配合飼料。この2年で1.5倍以上に高騰しています。年間のエサ代は、いまやおよそ30億円。経営にかかるコストの8割に上っています

小椋幸男社長
「われわれの段階では、手の打ちようがない状況」

2003年、4軒の酪農家が集まり、乳牛300頭からスタートしたドリームヒル。生乳の増産を促す国の方針もあり、年々規模を拡大してきました。

2019年にはおよそ40億円を投資し、エサやりから搾乳まで無人で行える最新鋭のロボット牛舎を導入。牛の数もさらに1,000頭増やしました。

後継者不足などを背景に、全国的に生乳の生産が減る中、主に北海道で大規模化が進むことで生産量は維持されてきました。

従業員100人を抱えるまでに成長した、ドリームヒル。そこに襲いかかったのが「飼料高騰」でした。

小椋幸男社長
「これだけの規模を構えてしまっているので、縮小することには絶対ならない。確かに量も搾っているから、1か月、4億近くの乳代は入ってくる。でも、ほぼほぼエサ代で消えちゃうんです。ということは、他の支払いができない状況になる。もう本当に生き延びられない、こうなってくると」

なぜ、飼料がこれほど高騰しているのか。

まず、トウモロコシの主要輪出国の一つだったウクライナで戦闘が拡大。

そして、食肉需要が増加している中国。

今、各地で次々と造られている通称"豚ホテル"。この施設では、1フロアで1,000頭を飼育し、年間35万頭を出荷。自国ではエサを全ては賄えず、トウモロコシの輸入はこの2年でおよそ6倍に急増。その量は今や世界一です。

さらに、世界最大のトウモロコシ生産国、アメリカ。

近年、トウモロコシは自動車などの燃料として使うバイオエタノールの原料にもなっています。ウクライナ情勢の影響で、原油や天然ガスが高騰したことでトウモロコシの需要も増加しています。

さまざまな要因が重なり、トウモロコシの国際価格はこの2年で倍以上になりました。

牛のエサである飼料を、世界と奪い合うことになった日本の酪農。事態をさらに難しくしているのは、簡単には「生乳の価格が上がらない」ことです。

生乳は通常、地域別に農協などで作る指定団体が集め、乳業メーカーに販売する「一元集荷体制」が組まれています。酪農家が受け取る価格は自分たちでは決められず、指定団体と乳業メーカーの交渉で決まります。

牛乳のほか、生クリームやバターなどの加工品向けもそれぞれ価格が設定されます。飼料高騰を受け、2022年11月から飲用向けの価格は10円値上げ。加工向けも4月から値上げされることが決まりました。

しかし、多くの酪農家にとって赤字を解消するには程遠い状況です。

2022年、資金繰りのため金融機関から多額の借り入れをした小椋社長。この1年が正念場だといいます。

小椋幸男社長
「昨年は(金融機関から)とんでもない金額を入れてもらってるんですけども、そこで『もう来年はありませんからね』と言われている。逃げるわけにはいかない。従業員100人抱えて、家族のことを考えると、とんでもない人数背負っていますから」

2022年の夏以降、飼料の高騰はさらなる異変をもたらしていました。

90頭ほどの牛を飼う片山伸雄さんが頭を悩ませているのは、重要な収入源の一つだった子牛の価格が暴落していることです。

酪農家 片山伸雄さん
「6月のときは13万、14万で売れて。9月5日に売ったときは5,000円。ここまで下がったのは初めてです」

牛が乳を出すためには、子牛を産ませる必要があります。メスの多くは「乳牛」として育てられますが、オスや交雑種は「肉牛」として畜産農家に売られます。しかし、大量のエサを与えて牛を育てる畜産農家も飼料の高騰で経営が苦しく、子牛を買い控えるようになっています。

時には、引き取ってすらもらえないこともあるといいます。

片山伸雄さん
「業者が持っていってくれないと、うちに置いておくわけにもいかないし。どうしてもしょうがない場合は、殺処分という状況にこの間はなりました」

この日、家畜の流通業者が片山さんの子牛を引き取りに来ました。

流通業者
「34キロ。ちっちゃいな」
片山伸雄さん
「持っていけない?」
流通業者
「今持っていくのなら、1,000円。体重あれば、1万5,000円ぐらいは」
片山伸雄さん
「1,000円でも持っていってもらえるなら、持っていってください」

種付けからここまで、3万円ほどの経費をかけて育てた子牛。1,000円で引き取られました。

こうした中、酪農経営を諦める人も相次いでいます。

3年前、父から牧場を引き継いだ吉田雄平さん。

酪農家 吉田雄平さん
「(牛は)めんこいですよね。時々なめてくれたり、すり寄ってくれたり。結構毎日思いますね、かわいいなって」

飼料の高騰に子牛価格の下落が重なり、祖父の代から70年続いた牧場を3月で閉めることにしました。

きっかけは、農協から示された経営に関する厳しい数字です。

2022年11月の時点で赤字は700万円以上。さらに2023年も経営を続けた場合、新たに1,100方円の赤字が出ると見込まれました。

吉田雄平さん
「本当に働いていて、意味があるのかなって思います。正直(父に)申し訳ないという気持ちもありました。自分の代で終わらせたくなかったなという気持ちが大きい」
父 辰一さん
「しょうがないよね、1,000万の赤字じゃ」

終わりの見えない酪農危機。吉田さんは今後、少しずつ牛を減らしていきます。

吉田雄平さん
「だいぶ悔しいかなって思います。こんな状況じゃなければ、ずっと続けていけたはずなのにと思うので」

牛乳は値上げしづらい?その理由とは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
経営を諦め廃業を余儀なくされる。その数は、2022年、北海道だけでも200戸近くに上っていると見られます。

きょうのゲストは、元農林水産省で酪農や農業を取り巻く経済問題に詳しい鈴木宣弘さんです。

「こんな状況じゃなければ」という言葉もありましたが、なぜここまで深刻な事態になっているのでしょうか。

スタジオゲスト
鈴木 宣弘さん (東京大学大学院教授)
元農林水産省
酪農や農業に詳しい

鈴木さん:
日本の酪農は戦後すぐにアメリカからの要請を受け、トウモロコシの関税を撤廃し、アメリカからの大量のトウモロコシ輸入に依存することで大きく発展できたという経緯があります。

なので、このように複合的な要因でトウモロコシ価格が暴騰してしまうと赤字に陥りやすい構造もあるということです。

桑子:
今、どれぐらいの危機感をお持ちですか。

鈴木さん:
千葉県と北海道の酪農家さんを中心に緊急のアンケート調査を行ったところ、107戸の酪農家さんのうち、98%が赤字に陥っていると。子どもの成長に不可欠な牛乳を供給する産業が、丸ごと赤字になっている。これは社会的にも許容できない大きな問題になってきていると考えております。

桑子:
飼料高騰を受けて、指定団体と乳業メーカーの価格交渉によって牛乳・乳製品は値上げされることになりました。ただ、それでも酪農現場は厳しい状況が続いています。

鈴木さん、1キロ10円の値上がりでは不十分だということでしょうか。

鈴木さん:
そうなんです。酪農の現場の声は、牛乳1キロ当たり30円赤字、(30円)足りないと。下手すれば50円(足りない)という声があります。鳥取の酪農指導者が綿密に調査しましたが、やはり30円足りないと。ですから、10円の値上げではとても追いつかない。赤字が解消しないという状況が続いております。

桑子:
なぜ、30円分は上げられないのでしょうか。

鈴木さん:
酪農の分野で、やはり牛乳は物価の優等生的な存在として小売りの部門もなかなか上げづらい面があります。価格形成は小売りが主導して決めている側面があるので、そのしわ寄せが酪農家さんに行ってしまいがちだと。この構造をどうやって打破するかということがあると思います。

桑子:
日本の酪農が抱える問題、実はエサだけではありません。場当たり的ともいえる国の方針に、酪農家が翻弄されている実態もあります。

"増やせ"から一転…

900頭余りの乳牛を飼う牧場です。タンクから流れ出したのは、その日に搾ったばかりの生乳。その量は1日1トン以上。

友夢牧場 植田昌仁社長
「今の状況に怒りもありますし、やるせないというか、これが出荷できればと思うんですけど」

一部の牧場で起こる、生乳の廃棄。なぜ、こんなことが起きているのでしょうか。

発端は、生乳の生産が減少傾向にあった2014年、バター不足が全国的な問題になったことです。翌年から国は、設備投資に補助金をつけるなどし、規模拡大による生産量の増加を促しました。

これを受け、北海道の酪農家は乳牛の数を増やし、数年後には生産量が増加に転じます。そのやさきに起こったのが、新型コロナウイルスの感染拡大でした。学校給食用の牛乳のほか、外食や観光需要が減った影響で生乳の供給が過剰となったのです。

乳業メーカーでは、日持ちのしない生乳を保存が利く「脱脂粉乳」に加工することで対応しています。

粉ミルクやお菓子、乳飲料などに使われている「脱脂粉乳」。メーカーの倉庫には、通常の量をはるかに上回る在庫が積み上がっています。

よつ葉乳業 松久浩二常務
「この倉庫全体で、5,000トンの脱脂粉乳が入ります。需給のバランスがとれているとき、数百トンしか入ってなかった」

全国の脱脂粉乳の在庫は2022年、過去最高の水準に。生乳の生産を抑制しなければならない事態に陥っているのです。

この牧場にも、2022年11月、農協から生産抑制への協力を求める書類が届きました。

植田昌仁社長
「今年度のうちの牧場の目標数量枠になります」

2022年度、1万トンを生産する計画でしたが、割り当てられた減産目標は85トン、1リットルの牛乳パック8万本以上に相当します。しかし、増産のために増やしてきた牛から出る乳を止めることはできません。

植田昌仁社長
「今までが、それこそ『増やせ増やせ』、一生懸命搾っているところが、逆に『減らせ』となっているので、そう簡単に生き物を飼っていたら工業製品と違って簡単に減らせるものではない」

牧場では、苦渋の選択に踏み切りました。牛の数そのものを減らすため、通常より早く食肉処理場に出すことにしたのです。

植田昌仁社長
「まだまだ搾れる牛なんですけど。また牛乳が搾れるようになるのを期待するしかない。待つしかない。それまでうちの経営が持てばというのがありますけれども」

解決のためには?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
生乳の供給が過剰になる中で、国は2022年12月「緊急支援事業」というものを発表しました。

酪農経営改善 緊急支援事業(農林水産省)
乳牛減らした場合、1頭あたり15万円交付(令和5年3月~9月)

生産抑制のため乳牛の数を減らした場合、1頭当たり15万円を国が交付するというものです。生き物相手に…という感じがしてしまうのですが、どういうふうに見ていますか。

鈴木さん:
まさに後ろ向きの政策。今、このように牛を減らしてしまうということは、世界的になかなかものが入ってこなくなってくる状況で「セルフ兵糧攻め」という言葉もありますが、いま増強しなくてはいけない生産力を逆にみずから減らしてしまって危機に対応できなくなる状況を作っているのではないか。本当に足りなくなったら、もう一回生産を増やそうと思っても3年かかるんです。絶対に間に合いません。そのような過剰と不足を繰り返してしまって、酪農家さんが疲弊してきたという現状があります。

桑子:
どうしていったらいいでしょうか。

鈴木さん:
政府が責任を持って乳製品を買い上げ、それを国内外の援助に使うような形で出口をつくる。そこに財政出動をするということが前向きな政策として他国ではやっていますから、日本もぜひ、それを考えるべきではないかと思います。

桑子:
生産抑制をするために北海道の生産者団体は、2023年度、当初目標よりも14万トンの生乳の生産を減らすことを決めました。

ただ一方で国は国家貿易として、生乳に換算すると13.7万トンの脱脂粉乳やバターを毎年輸入しています。

鈴木さん、これを見ますと、輸入を止めれば生産抑制する必要がないのではないかと思うのですが。

鈴木さん:
おっしゃるとおり、この数字は非常に分かりやすいです。これをやめれば、皆さんが苦労して生産抑制する必要はない。だけれども、日本はこれを「最低輸入義務」だといって続けているわけです。しかし、国際約束上は「最低輸入義務」ではありません。

桑子:
違うのですか。

鈴木さん:
日本だけがそのようにいって、どこかから国際機関に訴えられると心配だということで、これを続けているわけです。海外の国の顔色をうかがいすぎて、国内にしわ寄せを持ってくるような方向性を見直すべきではないかと私は思っております。

桑子:
そうですね。そして、国の見直しももちろん、同時に進めていく中で私たち消費者ができることはどういうことでしょうか。

鈴木さん:
このような事態を放置すれば、牛乳が飲めなくなるかもしれない。私たちは、もう食料はお金を出せばいつでも買えるという当たり前ではなくなってきた。その時代を考えますと、国内に酪農、農業があることこそが安全保障の要であり、われわれの希望の光だということをしっかりと考え、国内の牛乳を使った製品をできるだけ買う努力をし、みんなで酪農を支えていく。こういうことをしっかりとやっていけば、未来は変わってくるのではないかと思っております。

桑子:
ありがとうございます。今回取材をした酪農家の多くの方も今、安定供給の裏で何が起きているのか、そこに関心を持ってほしいということを強くおっしゃっていたそうです。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

この記事の注目キーワード
農業

関連キーワード