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2022年11月16日(水)
無実の逮捕なぜ~狙われた中小企業 300日の記録~

無実の逮捕なぜ~狙われた中小企業 300日の記録~

"突然の逮捕"は全く身に覚えのないものだった―。2年前、軍事転用のおそれがある機械を不正輸出した容疑で中小企業の社長ら3人が逮捕された事件。勾留は一年近く続き、一人は無実を訴えながら亡くなりました。しかし去年、検察の「起訴取り消し」という異例の判断で事件は突如幕引きに。一体何があったのか?当事者や遺族、専門家らの徹底取材で浮かび上がった「経済安保」強化の下で進められた捜査の課題とは?事件の深層に迫りました。

出演者

  • 細川 昌彦さん (明星大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

無実の逮捕なぜ 狙われた中小企業

桑子 真帆キャスター:

高度な技術・情報 海外流出防ぐ対策
外国為替法 改正(2017年)
経済安全保障推進法 公布(2022年)

安全保障環境が厳しくなる中、近年、国は高度な技術や情報が海外に流出することを防ぐ対策に力を入れています。その中で起きたのが、今回の事件です。

企業が製造し、海外に輸出した機械について警察は、生物兵器製造に転用されるおそれがあるとして、社長ら3人を逮捕。一方の企業は、300日に及ぶ勾留の間も無実を訴え続けました。起訴取り消しまでに何が起きていたのでしょうか。

無実の逮捕なぜ 社員たちの闘い

横浜市都筑(つづき)区にある機械メーカー、大川原化工機。創業40年余りとなる中小企業です。従業員およそ90人を率いる社長の大川原正明さんが2年前に容疑をかけられたのは、この会社の主力製品「噴霧乾燥機」の不正輸出でした。

噴霧乾燥機は液体を粉状に加工する機械です。粉ミルクや粉末スープなどの製造に利用されてきました。

機械内部で液体を噴霧。そこに熱風を加え急速に乾燥させ、粉として取り出します。乳酸菌など一部の菌については、生きたまま粉状にすることもできます。そのため有害な菌を粉にした生物兵器製造に転用されると疑われたのです。

取材班
「この機会で生物兵器は作れますか?」
社長 大川原正明さん
「毒物や危険性のあるものは、やれない。開けたら粉が出てきちゃうんで、周辺の人が感染しちゃう。危なくてやれない」

国は、規制対象となる機械の性能を省令で定めています。

その1つ。定置した状態、つまり機械を分解せず、そのままの状態で内部の滅菌、または殺菌ができるもの。これは、機械を動かしたあと、内部に残った粉状の菌を殺滅できる性能を指しています。生物兵器を作る作業員を危険にさらすことがないため、軍事転用可能と見なされるのです。会社側は、この規制の対象となるのは特別な機械だと考えていました。

これは、水や薬剤で機械内部を洗い流す自動洗浄装置。菌を殺すためのこういった特殊機能は、会社が輸出した機械には備わっていなかったのです。

大川原正明さん
「洗ったときに全部きれいになるような装置でなきゃだめだというのが、最低限ある。それでなかったら(菌が)どこかに残っちゃうわけですから」

しかし、警察の見解は違っていました。逮捕された1人、島田順司さんは事情聴取で思わぬ話を聞かされました。

営業担当役員(当時) 島田順司さん
「(警察は)『熱風が入れば該当なんだ』と。『われわれも熱風を入れて菌が死ぬテストをしてるんだ』と」

警察は、逮捕に先立ち独自の実験を行っていました。機械各所の温度計測や、細菌の殺滅試験を大学などと協力して実施。その結果、高温の熱風を長時間機械内部に送り続ければ、菌が殺滅できると結論しました。

島田順司さん
「私は、そうは認識しておりませんでしたと。CIP(自動洗浄装置)が装備され、かつ粉体が漏れたり、吸引したり、触れたりできない装置が具備されているものが(規制要件に)該当だと何十回も警察に言いました」

容疑を否認したまま社長らが逮捕・勾留された、大川原化工機。事件は大きく報道され、会社は苦境に陥りました。社員らは事件は事実無根と説明して回りましたが、一部の取り引きが停止。受注額は一時、4割以上減少しました。

管理部部長 初沢悟さん
「逮捕っていう事実の前には、なかなか通用しない。無罪判決を勝ち取らないと、要するに取り引きできないと」

解決の糸口は、どこにあるのか。いち早く気がついていた人がいます。

逮捕されたもう1人、技術面の顧問だった相嶋静夫さんです。

相嶋さんの妻
「今でも信じられなくて。また『ただいま』って帰ってきそうな気がして」

問題となった機械は、かつて相嶋さんが設計開発を行ったものでした。事情聴取開始直後に、相嶋さんが社長らに宛てたメールです。

「機械の構造上、温度が上がりきらない場所があり完全な殺菌はできない。警察の実験方法に問題がある」と指摘していました。

警察の実験は正しいのか。会社に残った技術者らが動きだしました。

集まったのは、相嶋さんが技術を教えた後輩たち。自分たちで警察への反証を行おうと考えたのです。

開発部部長 根本源太郎さん
「こういった枝の部分は、ほとんど温度は上がりにくい箇所になります」

注目したのは、熱風が入りにくい「測定口」。警察の実験では、この箇所の温度測定を行っていませんでした。

根本源太郎さん
「(警察は)明らかに自分に有利なデータを取りそろえている。そこは公平に正しいデータを提示する必要があると思いました」

実験では、測定口など複数箇所の温度を計測。逮捕からひと月半後には、高温になりきらない場所がいくつもあることが確かめられました。

逮捕から半年、思わぬ事態が発生します。相嶋さんの体調が急変したのです。貧血や血便に始まり、検査の結果、胃に悪性の腫瘍が見つかりました。拘置所の外で専門の治療を受けるため、相嶋さんは保釈を求めました。しかし、その訴えは認められませんでした。

会社側の弁護を担当した、髙田剛弁護士。証拠隠滅の恐れがあるなど、検察は保釈に反対し続けたといいます。

髙田剛弁護士
「否認イコール保釈しない、みたいな。無罪だと言っている人を閉じ込めておくというのが、日本の人質司法的な保釈の難しさなんです」

身に覚えのない罪を認めるしかないのか。妻は、ある選択肢を口にせざるを得なかったといいます。

相嶋さんの妻
「絶対死んでほしくなかったので『ここで、うそついたらどう?』って。『ここまで来たらもう助かる道はうそつくしかしょうがないよ』って。それには主人は黙っていました」
取材班
「賛同はしなかったということ?」
相嶋さんの妻
「そうですね。もう絶望しちゃって。やってもいないことを、うそをつくのも嫌だし。だからといって命が助かりそうな感じもしないし、すごい主人も苦しかったと思います」

結局、相嶋さんは容疑を否認し続けました。ようやく外の病院へ移ったのは、ひと月半の交渉の後。病は既に進行していました。3か月後、相嶋さんは亡くなりました。

相嶋さんの妻
「『あいつらのやり方は汚い』って。『俺たち何も悪いことしてないんだから』って」
大川原正明さん
「一緒にいる時間だったら女房よりも長いくらいだもんね、会社にいる時間だから。寝てる時間を除けば本当に彼とは長いこと…。彼の知識、知恵が設計の思想に入っているわけですから、無罪を勝ち取ることをせんといかん。彼には無罪であることを報告するしかないわけですから」

相嶋さんの死に前後して、会社の実験はより精度を増していきました。熱風だけで粉に残る菌が殺せるのか、実際に噴霧乾燥機を使って試そうと考えたのです。

根本源太郎さん
「粉が堆積しているところには空気が入り込んでいるわけですから、(粉の)内部の方にはやはり熱は伝わりにくい」

実験の結果、測定口にたまった粉では菌が死滅していないことが確認できました。結果は弁護士がまとめ、検察などに提出。1年以上、70回を超える実験で得た結論でした。

髙田剛弁護士
「すばらしいなと思いました。中小企業かもしれないですけど、本当に社員の力、人の力を感じました」

事件の幕切れは突如やってきました。

2021年8月1日 NHKニュースより
「横浜市の会社社長ら2人について東京地方検察庁は、輸出した機器が規制の対象外だった可能性があるとして起訴を取り消しました。検察が起訴を取り消すのは異例です」
大川原正明さん
「実質的には裁判に勝ったのと同じですと言われたんだけど、相嶋さんの無念さというか。どうしてくれるんだというか、せめて謝ってほしいと思ったんで」

捜査の背景に何が

桑子 真帆キャスター:
社員たちの執念の実験で起訴が取り消しとなった、大川原化工機。そもそも、なぜ警察はこの会社を捜査したのでしょうか。捜査に関わった警視庁公安部の当時の幹部に取材をしました。

それによると、輸出先に中国軍の関連企業と取り引きをする会社があったなどとし、中国への技術流出を警戒していたとしています。

これに対し、大川原化工機は輸出に当たっては軍事転用しない旨の誓約書を輸出先企業に署名させていたほか、事情聴取開始当初に輸出先のリストを自主点検し、軍事転用されたケースがないことを確認しています。このリストは警察にも提出したものの、反応はなかったということです。

なぜ逮捕にまで至ったのか。取材をすると、警察は逮捕からさかのぼること2年前の2018年、輸出規制を担当する経済産業省とやり取りをしていることが分かりました。警視庁は、専門家や同業他社などに話を聞き、その内容を経産省に資料として送付。経産省は、それらの資料を基に機械が資料の内容を前提とすれば規制に該当すると思われると答えています。

その後、警視庁は強制捜査や逮捕へと進んでいきました。ところが、この間の警察の捜査や情報の扱い方に課題があったことが見えてきました。

浮上した捜査の"課題"

30年近くにわたり、噴霧乾燥機を製造してきた機械メーカー。突如やってきた捜査員に、噴霧乾燥機で滅菌、殺菌が可能なのか聞かれたといいます。

社長 髙橋健太さん
「液体を粉末に乾燥する装置なんで、もし殺菌をしたいのであれば別に行うしかないよと話しましたね」

一般的な仕様の機械では完全には菌を殺せない。それが業界の常識だと警察に伝えたといいます。

髙橋健太さん
「普通に作れば当然殺菌はできないです。そんな温度かけられない。温度かけたとしても温度は上がらないですから、ある部分は」

同じ見解は、外資系の企業からも上がっていました。

スイスに本社を置く機械メーカーは、本国で製造した噴霧乾燥機を各国に輸出しています。警察からの問い合わせを受け、スイス本社に見解を求めました。本社の回答は「国際基準に照らしても滅菌、殺菌できると考えていない」。回答は、警察に提出されました。

噴霧乾燥機担当 大平幸一さん
「定置殺菌はできない。輸出規制には該当しない装置。そこは(大川原と)共通している。同じ説明をしているのに、どうして逮捕されてしまったんだろう」

警察が経産省に送付した資料一覧には、私たちが取材した2社の聴取内容は含まれていませんでした。

一方で警察は、有識者からの聴取や実験を根拠に、殺菌が可能と判断していました。しかし、その1つには本人の意図と異なる記述があることが分かりました。

防衛医科大学校の四ノ宮成祥学校長は、警察と複数回面会し、滅菌や殺菌の定義について議論したといいます。

防衛医科大学校長 四ノ宮成祥さん
「私がしゃべったことを継ぎ合わせて、勝手に作文した感じになっていると思う」

四ノ宮さんが警察に指摘したのは、規制要件のあいまいさでした。「殺菌」という言葉には学術的な定義がなく、この言葉だけでは規制対象が広くなりすぎると懸念を伝えたといいます。

四ノ宮成祥さん
「殺菌という言葉でここに書かれていると、言い方は悪いですけど、何でもあり」

しかし、警察が作成した報告書に四ノ宮さんの懸念は記されず、逆にこう書かれていました。

「熱風で一部の菌を死滅させられれば、すべての機械がこの規制に該当する」

警察の主張に近い内容が、四ノ宮さんの言葉として記されていたのです。

四ノ宮成祥さん
「警察は結論ありき。逮捕、起訴ありきでそちらの方向に向かって都合のいい結論にしてしまったということかと思います」

四ノ宮さんは、この文書が作成されていたことを私たちの取材で初めて知りました。今回警察に協力したことについて、じくじたる思いを抱えています。

四ノ宮成祥さん
「被告の方々は長く勾留をされたわけで、われわれが情報提供をしたものがちょっと曲がった形で利用されたと思いますけど。申し訳ない気持ちがありますし、なんとかならなかったのかと今でも思います」

事件が示すものは

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
このように専門家の意見が意図と違った解釈がなされたり、一部の情報が経産省に送られていなかった可能性も見えてきました。

この捜査情報の扱いについて、捜査に当たった警視庁は「聴取内容をすべて調書にするわけではない。立証に必要な証拠があれば十分として問題はなかった」としています。

一方で、警視庁が独自に行った実験に問題はなかったのか。これについては「実験に使った機械は借り物で下手に扱えず、温度を測れない部分があった。実験は不十分だった」と、重大な不備があったことを今回初めて認めました。

きょうのゲストは、経済産業省で不正輸出の規制に携わり、捜査現場の実情にも詳しい細川昌彦さんです。今回何が問題だったと考えればいいでしょうか。

スタジオゲスト
細川 昌彦さん (明星大学教授)
元経産省貿易管理部長 警察への出向経験あり

細川さん:
何が規制対象だったのかということで今、焦点が当たっていますよね。当事者の皆さんにとっても、そこが大事だと思います。同時に私はもっと大事な本質、何のためにこの規制をしているのかということだと思います。

これは生物兵器を作らせない、それを阻止するための規制です。そうしますと、これが仮に該当の品目だ、規制の品目だとしても、これが普通に民生用途に使われて大丈夫な相手に売られているならば許可されるわけですから。そうすると、こういう形式的に該当しているということだけで逮捕して長期勾留していないか。そこが私は大きな本質ではないかなと思います。

桑子:
この10年の不正輸出、主なものこちらに挙げました。こういった捜査をどういうふうにご覧になっていますか。

細川さん:
実は、この中のほとんどは確信犯的に不正が行われている、兵器に使われるという可能性があったというケースだと思います。

私自身も、実は2003年に1つ検挙に協力したことがあったんです。タイのバンコクに直流安定化装置を輸出するという案件がありました。タイのエレベーターに使うと言っていたのですが、それがう回して北朝鮮の核兵器開発に使うということが分かり、警察に告発したということを体験しました。こういう悪質なものというのは、この中にも多数あると思います。

他方で申し上げたように、形式的に規制の対象になっているというだけで捕まえてるということがないかどうか。ここは検証してみる価値があると思いますね。

桑子:
そういったことがあると、企業もどんどん萎縮していってしまう。しかし、これは防がないといけない。ただ一方で、不正流出も防がないといけない。両立するために何が大切でしょうか。

細川さん:
確かにこういうことが重なると、不信感が出てくる。今、私は経済安全保障がとても大事になってきていると思います。

経済安全保障
主には重要物質の安定供給
不正輸出禁止も含まれる

今の時代は企業が警察に相談に行って、技術の流出をどう防ごうかと一緒になってやっていかなくてはいけない時代になってきたと思います。警察もそういう努力はされています。いろんなセミナーをしたり、啓もう普及活動をしている。だからこそ、こういう不信感は除去しなくてはいけない。

私は今回の案件も人の人生、企業の存立に関わる話だと思います。そういうことを肝に銘じて、警察もやっていただきたいなと思います。

桑子:
ありがとうございました。

無罪の逮捕 遺族の思いとは

今、社長や遺族らは国や都を相手に賠償を求め、裁判を始めています。

一方、捜査に違法性はなかったと主張する国や都。遺族は裁判を通じ、真実の解明を望んでいます。

相嶋さんの妻
「『自分は何も悪いことしていない、だから大丈夫』じゃないんです。疑いを持たれれば逮捕されてしまうというのが、今の日本なので。できるだけみんなで真剣に考えて、悲しい思いをする人が1人でも減ればいいと思います」
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