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2022年11月9日(水)

世界を襲う“水クライシス” 気候変動・異変の現場をゆく

世界を襲う“水クライシス” 気候変動・異変の現場をゆく

世界がウクライナ情勢に目を向ける中、深刻化が懸念されているのが気候変動です。今月始まる国連の気候変動対策の会議「COP27」では、分断する世界が地球温暖化対策で結束できるのか問われています。いま各国で問題となっているのが「水不足」。記録的な干ばつで水力発電に影響が出た中国。農業用の水源をめぐって住民どうしが衝突するイラク。地下水をめぐり住民訴訟が起きているフランス。“異変”に揺れる現場を独自取材しました。

出演者

  • 沖 大幹さん (東京大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

世界を襲う"水の異変" 気候危機の現場をゆく

今、地球の気温は産業革命の前より1.1度上昇し、これが1.5度を超えると後戻りできない深刻な影響が広がるとされています。

その一端を示すのがこちら。世界の干ばつ状況を示した地図です。赤が濃くなるほど干ばつが深刻なことを表しています。2022年9月で見ると、ヨーロッパから中央アジア、中国、そして南北アメリカと、世界の広い範囲が厳しい干ばつに見舞われたことが分かります。

人類には選択肢がある
協力するか滅びるかだ

今週始まった気候変動を話し合う国連の会議「COP27」では、グテーレス事務総長が危機感をあらわにしました。ロシアによるウクライナ侵攻が続く中でも国際社会が足並みをそろえられるか、焦点となっています。

脅威が差し迫る今、異変に直面する現場を訪ねました。

深刻な水不足問題による国家間のあつれき

チグリス・ユーフラテス川に抱かれた、中東・イラク。たび重なる戦争や紛争。その後も続いた政情不安に今、水不足が追い打ちをかけています。

2022年は、記録的な干ばつで2か月に及ぶ砂嵐が発生。深刻な健康被害が広がりました。かつてメソポタミア文明を育んだ肥沃(ひよく)な大地は今、国土の6割が乾燥し、700万人の人々の命や暮らしが脅かされています。

イラク中部の穀倉地帯、バービル県。農業を営むアーデル・イサウィさんは、ユーフラテス川の支流から引いた水を利用して麦や野菜を育ててきました。しかし取材に訪れた10月、畑は干上がっていました。

アーデル・イサウィさん
「農作物はありません。畑を見れば分かるでしょう。何もないんです。おしまいです」

今、問題となっているのが住民どうしの水の奪い合いです。2022年3月、アーデルさんは、いとこのアリさんを亡くしました。

きっかけは、農業用水の分配を巡る争い。干ばつで水量が減っていたところに、上流の集落が水をせき止めて独占したのです。話し合いのため、仲間と上流の集落に向かったアリさん。しかし話し合いは決裂。殴る蹴るの暴行を受け、命を落としました。

アーデル・イサウィさん
「経済的に苦しくても、周りの人のためにアリは率先して尽くしていました。作付けのときには、このトラクターに子どもを乗せて、一緒に農園に向かったことを思い出します。今となっては、話すことさえできない。本当に悲しい出来事です」

イラク戦争後も進まぬ経済復興やインフラ整備。住民の間では、生活の根幹である水が行き渡らないことへの不満が高まっています。4年前には、水道の整備を求める住民たちのデモが治安部隊と衝突。5人が命を落とす事件も起きました。

アーデル・イサウィさん
「悲劇です。なぜ殺人まで起きてしまったのか。その理由は、水が無くなってしまったからです」

今、水を巡る争いは国家間のあつれきにもつながっています。イラクの隣国のトルコも近年干ばつに見舞われ、水不足が深刻な問題となっています。

2021年、チグリス川の上流に完成した巨大な水力発電ダム。トルコ政府は、せき止めた水を飲み水や農業用水にも利用。イラク上流で、さらに3基の巨大なダムの建造を進めています。

これに対してイラクは「トルコによる水の独占で、川の水量がさらに6割減少した」と猛反発しています。

イラク国民議会 副議長
「トルコが態度を改めなければ、イラクとしては経済的関係を断たざるを得ないだろう」

一方のトルコは「国民の命を守るために、水の確保で妥協できない」としています。

エルドアン大統領
「かつて石油をめぐって争いが起きたように、これからは水や食料をめぐって争うことになる」

深刻な水不足に悩むイラクの住民たち。農地を捨て、村を去る人が相次いでいます。

2022年、アーデルさんが地域の住民と掘り当てた井戸。しかし、出たのは塩水でした。

アーデル・イサウィさん
「しょっぱいです。家畜もこんな水は飲みません」

干ばつで、地中の塩分が濃縮していると見られます。

アーデル・イサウィさん
「もう辞めて移住しようと思っています。この状態では、どうにもなりません」

ヨーロッパで相次ぐ干ばつ 住民と飲料メーカーの対立も

2022年、過去500年で最悪とも言われる干ばつに見舞われたヨーロッパ。先進国フランスでは、住民とグローバル企業の対立も表面化しています。

80の火山が連なる、フランス中部のピュイ・ド・ドーム県。地域の暮らしを支えてきたのが、火山性の地層から湧き出る豊富な地下水。フランスの食品メーカー「ダノン」も、この地域で年間12億本のミネラルウオーターを生産してきました。しかし今、異変が起きています。

先祖代々、この地で養殖業を営んできたドフェリゴンドさんは、地下水脈を使って年間24万匹のマスを養殖していました。

エドゥアール・ドフェリゴンドさん
「この水源は、ローマ時代からドラゴンの泉と呼ばれていました。湧き出てくる勢いがあまりに強く、ドラゴンの叫びのような音を立てていたからです」

近年、湧き出る水の量が激減。養殖に必要な水を確保できなくなり、廃業に追い込まれました。

取材班
「水はどこまであったんですか?」
エドゥアール・ドフェリゴンドさん
「ここまでありました。6人の従業員を雇っていましたが、解雇せざるを得ませんでした。給料を支払う糧を失ってしまったわけですから」

今フランスでは、相次ぐ干ばつで地下水の減少が加速しています。最新の研究では、2030年に地域によっては2割以上の地下水が失われると予測されています。

水資源の政策が専門 ベルナール・バラケさん
「気候変動による影響で、地下水は少なくなるのです。干ばつが深刻化し、土がかたくなって、雨が降っても地中に浸透しなくなっているのが問題なのです」

地下水を利用してきたこの地域のりんご農家も、2022年は3割のりんごが十分な大きさに育たず、売り物になりませんでした。

りんご農家
「木が育たず、枯れました。水不足でした」

地下水を独自に調査した、ドフェリゴンドさん。干ばつによる減少に加え「ダノン」による、くみ上げが原因だと考えています。

ダノンに対し繰り返し窮状を訴えてきた、地域住民。ドフェリゴンドさんは今、損害賠償を請求するとともに、国に対してはダノンに与えた取水許可の取り消しを求める訴訟を起こしています。

NHKの取材に対しダノンは「私たちも近年の干ばつを注視している」とメールで回答。5年前から効率化に取り組み始め、取水量を14%削減したほか、今後3年間でさらに1割減らすとしています。

今、世界各地で相次ぐ地元住民と飲料メーカーの対立。同様のケースは、アメリカやドイツ、カナダ、メキシコなどに広がっています。

エドゥアール・ドフェリゴンドさん
「皆さんがミネラルウォーターを1本買うたびに、私たちの地域の地下水を破壊し、干ばつに追い込んでいます。地下水の権利は、地元の人が正当に持つべきです。地域の財産なんです」

世界地図から見る降水量 引き起こす社会問題は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、世界の水の異変を研究している東京大学の沖大幹さんです。

まず一緒に見ていきたいのが地図です。世界の水源というのは雨にかかっているわけですが、降水量を表したものを色分けしています。赤色が干ばつが深刻な地域で、青色が降水量が多い地域です。ここから読み取れることはどういうことでしょうか。

スタジオゲスト
沖 大幹さん (東京大学教授)
水と気候変動を研究

沖さん:
これは、2022年9月に、ふだんの年と比べて雨が多かったところが青色、少なかった所が赤色となっています。地球全体として降る雨の量が変わっていなくても、私たちは過去普通だった気候に合わせて農業をしたり、水を確保して飲んだりしていたわけです。

水が多過ぎると備えができていないので、洪水による被害が出る。そして、ふだんよりグッと少ないと、ためる施設も十分になく、水不足で被害が生じてしまうことになります。

実際、過去20年に干ばつや洪水がどうだったかというと、さらに20年前と比べてみると、干ばつでは1.29倍ぐらい、洪水に至っては2.34倍ぐらい報告数が増えている。国連の防災機関が取りまとめています。

桑子:
降っているエリアが変わることによって、社会に起こることはどういうことでしょうか。

沖さん:
例えば、先ほどのVTRにあったとおり仕事がなくなる。そうすると、農村から例えば都市に人が集まって、集まった人たちが十分な職が得られない。そうすると国外に行くかもしれない。

実際、2015年のヨーロッパの「移民危機」といわれる時には、ヨーロッパ人口の僅か0.5%ぐらいの人々がヨーロッパに行っただけで「政情不安」、あるいは「社会不安」が生じたということになります。

つまり、気候変動が水不足を引き起こし、それによって移民が生じ、社会不安、場合によっては、政治的な問題に発展するということです。

桑子:
連鎖的に問題がどんどん深刻になっていくということですね。水不足が国家の安定を揺るがしかねないとして、総力を挙げて対策に乗り出しているのが中国です。

中国が直面"水の危機" 国家をあげた対策とは

異例の3期目に突入し、さらなる経済力の強化を目指す習近平国家主席。

10月 習近平国家主席
「国際的な気候変動対策に積極的に参与する」

2021年に打ち出した新たな方針。深刻な水資源不足が経済社会発展の足かせになっているとして、対策の強化に乗り出しています。

その中国が試練にさらされたのが、この夏、全土を襲った干ばつです。猛暑日は、長江流域で観測史上最多となる70日以上を記録。

中国最大の淡水湖、鄱陽瑚では水が干上がる異常事態に。「水中の楼閣」と呼ばれる遺跡がむき出しとなりました。

地元住民
「56年も生きていて、このような干ばつは初めてです」
農家
「水不足で稲が全滅してしまいました」

この夏、特に深刻だったのが電力不足です。水力発電ダムの水位が低下し、一部の地域で急増する電力需要に追いつかなくなったのです。

中国最大の河川、長江。流域には4億5,000万人(2019年)が暮らし、内陸部には重慶や成都などの工業都市があります。

動画サイトに投稿された、四川省内の工場で撮られたとみられる映像。

工場の社員
「工場は今、真っ暗。本来はこの時間は稼働しているのに」

8月、地元政府から製造業を対象に電力の使用を制限する指示があり、大きな影響を受けていると訴えています。

工場の社員
「またきょう新しい通知が来て、電力制限が5日延びた。納期が延びているがどうしようもないので、通知内容を客に説明する対応に追われている」

電力制限の影響は、トヨタやパナソニックなど、現地に拠点を置く日系企業にも及びました。ホンダは、重慶にあるエンジン工場が5日間に渡って稼働を停止。その後、自家発電を用意して部分的な稼働を行うなど対応に追われました。

ジェトロ成都事務所 森永正裕所長
「一部のメーカーはサプライチェーンを止めると、他に影響がある。ものすごいお金を払って自家発電機を大量にレンタルして、リースで借りて、ディーゼルオイルを買って、それでなんとか回して最低限の部品を送り続けた。ディーゼル発電機のレンタル料が倍以上に高騰して、みんな涙目になりながら借りて、自家発電で工場を回していたところがけっこうあった」

この夏、過去数十年で最悪の干ばつに見舞われた中国。被害は工業や農業など幅広い分野に及び、経済損失は6,400億円に上りました(11月6日時点)。

地球環境戦略研究機関 金振研究員
「中国政府にとって、今までにない試練です。この大干ばつなどによる被害を適切に処置できない場合、農業生産と経済活動が停滞し、社会が不安定になります。そして、最終的には政権への打撃につながりかねません。なので、中国は自然災害を防ぐための絶え間ない取り組みに追われているのです」

国家の威信をかけ、気候危機と対じする中国政府。進める対策のひとつが「人工降雨」です。

ミサイルや飛行機を使って特殊な薬剤を雲の中に散布し、人為的に雨を降らせるというものです。8月は、重慶市だけでのべ300回行われたといいます。

日本にも影響?気候危機と"水の異変"

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
人工降雨をひと月に300回というのは驚きましたが、中国で起きている異変が日本の企業にも影響を及ぼしていましたね。

沖さん:
例えば今、日本でスマホだとか、あるいは自動車が手に入りにくくなっています。それはなぜかというと、ICチップ、半導体の大製造拠点である台湾で、2021年の暮れからことしにかけて、大干ばつになってしまった。半導体チップの製造にはたくさんの水が必要なのですが、十分に確保できないので供給が途絶えてしまったという影響が出ています。

食糧に関しても2022年はヨーロッパ、特にスペインやフランスで高温に弱い小麦、トウモロコシの生産が大打撃を受け、さらにウクライナ侵攻が重り、今のような食糧価格の高騰を迎えるということになっています。

なので気候変動が進むにつれ、干ばつや水不足の頻度が増え、日本の産業や私たちの暮らしにも影響が出るのではないかが心配されます。

桑子:
ただ、この気候危機はなかなか1つの国では解決できないということです。今、まさに世界ではCOPという場で議論しているわけですが、国際社会が具体的に何ができるのか。沖さんは、2つがポイントだとおっしゃっています。

沖さん:
1つは、気候変動の対策というと「緩和策」。これは、二酸化炭素のような温室効果ガスの排出を減らす。例えば太陽光パネルであったり、風力発電で電気を作る。そして、できた電気や、あるいは水素で動く自動車に乗り換えるといったことが「緩和策」になります。

しかし、私たちが「気候変動危機が起こるぞ」というのが分かってから20年、30年たつのですが、ぼうっとしていたということもあり、もう既に先ほどのような被害が出始めています。緩和策で温室効果ガスの排出を減らすだけでは、間に合わない。

なので、今起きている気候変動の被害を少しでも減らすための「適応策」が大事。「緩和策」と「適応策」が、気候変動対策の車の両輪だと言われています。

桑子:
この2つを合わせて進めることが重要だと。

沖さん:
「適応策」としては、例えば高温にも強い農作物の品種改良をする。あるいは、高潮や激しい豪雨に対しても被害が出ないような防災対策をするといったことが「適応策」になります。

桑子:
これを合わせて進めていくことが重要ではあるのですが、今現在、世界を見渡すとウクライナ情勢が深刻で、なかなか世界が1つになれていないわけですよね。そうした中で、実際にこの危機を乗り越えられるのか。どういうふうに考えていますか。

沖さん:
そもそも地球環境問題が国際社会で注目されたのは、ちょうど冷戦が終わったころです。第三次世界大戦の危機は少し去ったと思った時に、じゃあ次、人類共通の敵は何だろうと考えると、地球環境問題、生物多様性も含めて取り組まなければならないと。

そして、その中でも気候変動対策をしなくてはいけないとなり、今の状況が生まれています。そういう意味では気候変動も、ウクライナやパンデミックと同じく、いま目の前にある危機で、気候変動と戦争、そしてパンデミックなどを克服しないと、子どもたちの明るい未来というのは僕はないと思います。

桑子:
具体的にどういうことをしていくといいでしょうか。

沖さん:
カーボンニュートラルの実現のため、対策技術に対する開発投資、そして得られた技術をいろんな国で共有する。あるいは世界各国が協調して、それを生かす制度を作っていく。そういったことをすれば、僕は気候変動の悪影響を最小限に抑えることができると確信します。

桑子:
確信していらっしゃいますか。必ずできると。

沖さん:
できる。できるし、やらなくてはいけない。

桑子:
そうですね。

沖さん:
やるためにみんなで協力できるといいですね。

桑子:
今、本当に目の前の危機に私たちは翻弄され、そこにばかり目を向けがちです。けれども、同時にその間も気候変動というのは確実に進んでいる。このことを改めて私たちは認識しなければいけません。

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