“送料無料”の陰で・・・ トラックドライバーの悲鳴

脳・心臓疾患の労災は全業種の10倍、過労死も頻発▼謎!改善された労働基準が過労死ラインを超えている!?▼あるトラックドライバーの2日間に密着。高速代が出ず長時間下道を走ります。運転以外の“タダ働き"が横行?改ざんされる労働記録。▼現役ドライバーのホンネを緊急アンケート。「長時間労働が制限されたら困る!?」悲痛な叫びとは?▼“送料無料"が当たり前の意識。あなたは変えられますか?
出演者
- 首藤 若菜さん (立教大学教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
"送料無料"の陰で トラック運転手の悲鳴
日本で1年間に運ばれる貨物は43億トン。その9割を運ぶのがトラックです。私たちになじみ深いのは自宅に届く宅配便などのトラックですが、今回注目するのは「企業間輸送」です。

企業間輸送とは、私たちの手元に届く前、産地から市場、市場からスーパーなどの間を運ぶトラックです。まさに日本の物流を支えている企業間輸送のドライバーたちは長距離の輸送も多く、長時間労働になりやすいとされています。いわゆる「過労死ライン」、ひと月の残業が100時間を超えるケースも少なくありません。
ドライバーたちはどういった労働環境にあるのか。1人の長距離ドライバーが取材に応じてくれました。
長距離トラック運転手 400kmで42時間労働
島谷浩一さん(仮名)、47歳。会社を転々としながら、30年近く長距離ドライバーを続けています。
「どんな仕事が回ってくるんですか?」
「人のやりたくない仕事、安い仕事」
小さな会社のため、仕事のほとんどが3次・4次の下請け。荷物が重い長距離輸送など、大手がやりたがらない仕事が回ってきます。この日の仕事は、朝7時開始。400キロの輸送です。

荷主の元に向かった島谷さん。早速「荷積み」を始めました。契約にはないため、本来はやる必要のない作業だといいます。10キロほどの箱が200個。すべて手で積むよう、荷主から指示されました。かかった時間は1時間。これでも、ふだんと比べて楽だといいます。
本来、積み込み作業でも料金を受け取れると法律で定められています。
積み込みなどの役務は、運賃とは別に料金を収受
しかし、仕事をもらうために無償で行っています。荷積みが終わるとすぐに出発です。
「とにかく積んだら『積ましてやったから出ていけ』って。人間扱いされてないみたいな」
「それだけではない」と、荷主からの業務依頼書を見せてくれました。

高速料金ゼロの文字。荷主と高速料金を受け取る契約を結ぶこともできますが、仕事を回してもらうために受け取らない場合がほとんどです。この日も、高速なら4時間半の距離を下道で倍近くかけて走ります。
働き始めて12時間がたった、夜7時ごろ。島谷さんが突然、あるボタンを押しました。

「証拠隠滅ですよね」
運行記録を残す紙です。労働時間の基準を守れないときは途中で記録を切るよう、会社に指示されているといいます。
夜8時過ぎ。休息は継続して8時間取る必要があります(改善基準告示)。しかし…

「これが目覚まし時計。10時に起きる」
僅か2時間の仮眠。ちゃんと起きられるか心配で熟睡はできません。

翌朝4時。指定の場所に到着しました。しかし、届け先の許可がなければ敷地の中に入れません。入れたのは5時間後。1時間半かけて無償の「荷降ろし」を行いました。島谷さんはこのあと、帰りも別の荷物を運びました。

2日目も、日課のように運行記録の紙を引き抜いた島谷さん。自宅に戻れたのは、深夜1時。初日の作業開始から42時間後でした。
「実態なんですよ、これ。断っちゃうと会社も飯食えないし、俺らも飯食えないし」
輸送中に倒れた運転手 過労死ライン超えの実態
トラック業界で2021年度、脳や心臓の疾患で労災認定されたのは56件(うちドライバー53件)。全業種の中で10年以上連続でワーストです。過労死認定も26人(道路貨物運送業)でワースト。

トラック業界独自の基準、1か月125時間まで認められる残業が、過労死が後を絶たない大きな原因と指摘されています。
大阪府に住む40代の女性は、2020年の3月、長距離ドライバーの夫、健司さん(仮名)を亡くしました。
静岡から大阪へ高速道路を走行中だった、健司さん。めまいに襲われ、トラックを路肩に止め、救急車を呼びました。緊急手術が施されましたが、9日後に息を引き取りました。死因は、くも膜下出血。49歳でした。
「仕事のことに関しては、特に責任感をもってやっていたと思います。何か仕事『こんなんお願いしたいねん』って言われたら、それを『いやや』とか『そんな無理や』とか、あんまり言わなかったんじゃないかな」

健司さんが亡くなる前の半年間、1か月ごとの残業時間です。トラックドライバーの労働基準「1か月最大125時間の残業」を超えたのは、2回。しかし、国が定める過労死ライン「1か月100時間」に照らせば、4か月連続で超えています。
実は、トラックドライバーは昼夜が逆転したり長時間労働になりやすいため、例外的に100時間を超えることが認められてきたのです。
2022年7月、労働基準監督署は健司さんの死を"過労死"と認定しました。専門家は、働き方の基準を根本的に見直す必要があると指摘します。

「昼と夜が逆転する生活になると、疲労がどんどん蓄積していく。ある程度蓄積して回復しきれなくなるときに、体が破綻すると。過労死が国として発生をやむをえないことを認めていると理解せざるをえないような、本当に非常に不十分なものだと思います」
新たな基準示されるが… なぜ過労死ライン超え
桑子 真帆キャスター:
亡くなった健司さん(仮名)が勤めていた運送会社に取材を申し込んだところ、「この件に関する取材は一切お断りしています」という回答でした。
なぜ、ドライバーはこうした働き方になってしまったのか。
大きな転機となったのが、政府が1990年に行った「規制緩和」。バブル期で増加した物流に対応するためです。この規制緩和によって新規参入が簡単になり、運送会社の数は1.5倍の6万社以上に急増しました。それによって荷物を奪い合うという構図が生まれ、運送会社は荷主から仕事をもらうために「過剰なサービス」や「安い運賃」で差別化せざるをえなくなったのです。
今回番組ではアンケートを実施し、200人以上のドライバーから回答を得ました。
その中には、
荷主優先の働き方をしているという声が多く聞かれました。

この状況を打開しようと、ようやく2022年に新たな基準が示されました。これまではドライバーのひと月の残業時間が最大125時間とされていましたが、最大115時間に短縮されました。2024年から運用される予定です。ただ、この基準も国が定めた過労死ライン100時間を超えています。
なぜ115時間で決着したのか。交渉に当たった運送業界の経営者、そして労働者の代表、さらに厚生労働省に聞きました。
過労死ライン超えで妥結 経営者と労働者の主張
トラック会社の経営者側が主張したのは、「労働時間を減らし過ぎれば、荷主の発注をすべてこなすことができない」という危機感でした。

「われわれの業界は、社長さんが常に3人いますと。自分のところの社長は当然いるんですが、この方がいちばん弱い。発荷主さんが2番目ぐらい。いちばん強いのは、着荷主さん。『今じゃなくて昼から来い』みたいに平気で現場現場で言われるから、そこでそれぞれ『待ってちょうだい』とかですね。そう言われても『われわれ1日もう16時間でどうしても帰りたいんだけど』と言ってそこで降ろして帰ってくるわけにはいかない商売なので、そこら辺の葛藤ですよね。経営者が意欲なくしてね、『運べるものしか運ばない』って思い出したとたんに物流は止まるでしょうね」
一方、トラック業界の労働者で作る組合は、労働時間が減ることで収入などの待遇に悪い影響が出ることを恐れたといいます。
「結果が過労死を許容してしまう範囲だったことは、非常に苦渋の選択だったなと。(残業ができないと)運行も減ってきますし、企業としての収入も下がりますし、ドライバーは歩合給が多いところであれば当然給料下がりますので、そこの見直しに着手しないと、ドライバーが居着かないですよね。本当にジレンマというか、本来は一斉に運賃上げて給料維持か上げる事ができれば良いんですけど」
過労死ライン超えで妥結 "物流を止めないため"
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
厚生労働省は、
守れない基準を定めても改革が前に進まない。実現可能な範囲でできるかぎり過労死などを起こさない水準を目指した。
運用後の3年をめどに、見直しに向けた検討を予定している
とのことでした。
きょうのゲストは、新たな基準の作成に専門家として携わり、トラック業界の実態調査を長年続けてこられた、立教大学教授の首藤若菜さんです。
今回の新たな基準ですが、かなり難航されたと聞いていますが。

首藤 若菜さん (立教大学教授)
トラックドライバーの労働環境を研究
首藤さん:
確かに労使間の意見の隔たりは非常に大きかったと思います。時間も、その分長くかかりました。ただ、115時間という時間外労働、過労死基準を超えるようなものも例外規定としては確かに残ったのですが、新しい基準では総体として見ると労働時間は大幅に削減されている面もあります。
桑子:
そこは評価できるということですね。
首藤さん:
なので新しい基準で働けば、ある程度過労死も予防できるのではないかという期待もできるわけです。
ただ新しい基準で働く場合に、物流が本当に維持できるのかというところは懸念されています。国交省と経産省が行っている検討会の中では、例えば新しい基準でドライバーが働いて物流が今の状態である場合、およそ14%の荷物が運べなくなるという試算も出されています。
なので、私たちの日本社会がいかに長時間労働に依存しながらモノを運んできたかということです。けれども物流を止められないということがありますので、運送会社はもちろんのこと、荷主を含めて労働基準を守りながら物流をどう維持していくのかを努力していく必要があると考えています。
桑子:
新たな基準をドライバーの皆さんたちはどう受け止めているのでしょうか。アンケートで聞いています。
厳しい声が相次いでいます。
経営者は「物流」を守りたい。そして労働者は「生活」を守りたい。それぞれの希望があるわけですが、これらを両立することはできないのか。模索を続ける会社が熊本県にあります。
運送会社の改善策 頼みは運賃値上げ…
長距離ドライバーを17人抱える運送会社。以前は半数近くのドライバーが過労死ラインを超えていましたが、今では2人にまで減りました。
一体、どんな対策を講じたのか。

例えば、サービス労働が常態化している「荷積み」。もともとは長距離ドライバーが担ってきましたが、新たに集荷を専門に行うドライバーを雇い、分業することにしました。残業は1人当たり18時間分減らせましたが、人件費は年間5,000万円増えました。
さらに、熊本県はトマトの生産量が日本一。農作物の輸送が多くを占めます。

この会社が労働時間短縮のために3年前に導入したのが、鮮度を保つための大型冷蔵庫です。以前は天候や収獲のタイミングに出荷が左右され、ドライバーの待ち時間が長くなっていましたが、冷蔵庫を導入したことで大量にストックが可能に。これにより待ち時間を減らし、運び出すことができるようになったのです。残業は1か月当たり12時間の削減。一方で、冷蔵庫の購入に2,000万円かかりました。
「コストは増えますけど、原資は会社の利益から絞り出すしかありません」
燃料代が高騰する今、自助努力も限界に来ています。そこで、地元の農業組合に運賃の値上げを再三お願いしています。
「荷主さん側にも(運賃値上げの)協力いただかなきゃいけない」
「そこは死活問題というか…」
なかなか値上げは実現できません。農業組合の担当者が、苦しい胸の内を語ってくれました。
「5割上がる肥料もあるし、資材高騰がすごいですもんね。運賃も上がり、生産者の負担は大変なもの。死活問題ですね、お互いに」
商品の価格に転嫁するのも簡単ではありません。
「例えばトマトが小売りで急にひと玉150円、250円になった場合に、消費者さんが手に取られるかってことですよね」
"送料無料"はもう限界? 新たな試み始まる
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
会社も限界、生産者も限界、消費者も今いろんなものが値上がりしている中で、なかなか簡単に値上げを受け入れにくい空気感でもあるかもしれません。どうしたらいいと考えていますか。
首藤さん:
私は、まず"運賃の見える化"が重要だと思います。
桑子:
運賃の見える化ですか。
首藤さん:
例えばスーパーで何か商品を買う時に、その商品の価格がいくらで、運送料がいくらであるのかということは分からないですよね。日本の商慣行では、商品の価格の中に運送料込みで表示することになっています。ただ、外資系企業では商品価格とは別に運送料を表示することもあります。
桑子:
見える化されているんですね。
首藤さん:
そうです。なので運賃の見える化をすると、自分が物流を利用していることを自覚することになりますし、物流を考えるきっかけにもなるかなと思います。
桑子:
今、日本はなかなか見える化がされていない、しかも世の中には「送料無料」という文字があふれています。送料無料があふれることでもたらすことは、どういうことだと考えていますか。
首藤さん:
まず、送料は絶対無料ではないです。ネット上で何かクリックして買った時、その商品は必ず倉庫から誰かがピッキングをして、こん包して、トラックに積み込んで、配送をして、私たちの手元に届いています。この労働が、すべて無料のはずはありません。なので、送料無料という表現は運送料がいくらか分からないということだけではなく、商品を運ぶドライバーたちの姿も見えにくくしてきたと私は思っています。
桑子:
ドライバーの負担を減らしつつ、どう物流を守っていくか。さまざまな試みが始まっています。

2つご紹介します。まず「パレット」というもので、国が推奨しているパレットと呼ばれる台を導入することで、荷積みなどの作業をフォークリフトで行い、ドライバーの労働時間、さらには肉体の疲労を減らせるというものです。

さらに、食品メーカーやビールメーカーなどが取り組んでいるのですが「共同配送」というものです。従来は会社ごと別々に荷物を運んでいたのですが、配送センターなどに集約することで輸送のむだを省き、効率化を図ろうというものです。
こういった取り組みをどう評価しますか。
首藤さん:
物流の効率化やパレットの利用、共同配送は、ドライバーの労働環境を改善させるきっかけになる可能性を感じています。ただ、商慣行がパレットが利用できれば必ず労働環境が改善するのかというと、そう簡単ではないと思っています。
例えば、運賃が上がればドライバーの賃金が上がる可能性があります。でも、運送会社にしてみたら運賃が上がって利益が出たら、先ほどのような大型冷蔵庫を買うかもしれませんし、環境対応の車両に変えないといけないかもしれません。他にも設備投資をするような場面というのはたくさんあるわけです。
そういう中で、どういうふうにして労働環境を改善できるのかということを考えた時、すごく大切なこととしては、働くドライバーたちが「仕方がない」と諦めるのではなく、きちんと声を上げて要求をしていくことだと思います。働く側から商慣行を変えさせていく流れを作っていくことが大事かなと感じています。
桑子:
なかなか声を上げづらいという声がアンケートでもありましたが、そこをうまく吸い取る、国なり企業なりの視点というのも大事ではないでしょうか。
首藤さん:
そうですね、改善基準告示も3年後を目途に見直しが進むことになっています。法制度を変えて法律が変わったので「パレットを利用しないと運べないね」というふうに、働く側からの働きかけを強めていってほしいと思っています。
桑子:
双方の働きかけで、より皆さんを守るという仕組みがどんどんできていったらいいですね。最後にトラックドライバーの皆さんのメッセージをご紹介します。
たくさん声をいただきました。
24時間、ワンクリックで荷物が届く時代です。便利さの陰で、物流は危機にひんしていないでしょうか。職場で荷物を出す時、自宅で商品を受け取る時、その当たり前を支えるドライバーに今、思いを巡らせてみるタイミングではないでしょうか。