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2022年10月31日(月)

緊急報告・韓国ソウル“群集事故" その時 何が

緊急報告・韓国ソウル“群集事故" その時 何が

ハロウィーンを前に若者たちが集まった繁華街。首都ソウルの街・イテウォン(梨泰院)で起きた大規模な転倒事故は、150人以上が死亡する大惨事となりました。現場は坂道の路地、密集した若者らが坂の下へ向かって次々に折り重なるように倒れたといいます。現場で一体何が?路地にいた生存者や目撃者の証言から、壮絶な現場の詳細が明らかになってきました。現地からの最新映像、“群集なだれ”の専門家と共に徹底検証しました。

出演者

  • 室﨑 益輝さん (神戸大学名誉教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

韓国ソウル"群集事故" 緊急報告 そのとき何が

桑子 真帆キャスター:
決して人ごとではない今回の事故。最新状況と、どうすれば私たちの命を守れるのか徹底検証していきます。

事故が起きたのはソウルの繁華街、イテウォンです。人気の韓国ドラマの舞台としても知られ、日本人の観光客も多く訪れるエリアです。

現地メディアによると、当時ハロウィーンを前に、およそ10万人が集まっていたといいます。そうした中で起きた今回の事故。スタジオに現場の周辺を模型で再現したものを用意しました。

狭い路地の周りにホテルや飲食店が立ち並ぶこの坂道で、10月29日の夜10時過ぎ、大勢の人が折り重なるようにして倒れ、現在までに日本人2人を含む154人が死亡、149人がけがをしました。死傷者の多くは10代から20代の若者でした。

事故から丸2日がたとうとしている現地と中継がつながっています。

ソウル支局 長砂貴英(ソウル イテウォン中継):
地区の事故が起きた路地は今も立ち入りが禁止され、地区の大通りも先ほどまで通行規制が続いていまして、人通りはまばらです。本来ならば新型コロナウイルスの規制が緩和された初めてのハロウィーンを迎えて、大勢の若者や観光客でにぎわうところでしたが、事故を受け、打って変わった状況になっています。

10月31日の午後から、この路地で警察などの捜査員が事故の経過を詳しく調べる科学捜査を行っていました。取材をしていますと、負傷者の治療の優先順位を決めるトリアージに使われたと見られる赤い紙が落ちていまして、当時の混乱ぶりが伝わってきます。

事故を受けて、現場近くの飲食店の多くは11月初めまで休業すると貼り紙を出しているほか、韓国全土でも祭りやイベントなどが相次いで中止されていまして、国全体が重苦しい空気に包まれています。

桑子:
事故を受けて、がらりと変わってしまった現地。当時、何が起きていたのか検証します。

目撃者が明かす実態

事故のあと、現場となった坂道では、折り重なった人々を救助している状態が数十分にわたって続いていました

なぜ、こんなことになったのか。

事故現場は、地下鉄イテウォン駅がある「大通り」と、飲食店が立ち並ぶ通称「世界グルメ通り」を結ぶ坂道でした。長さは40メートルで、横幅は3.2メートル。

私たちは、事故発生の前後合わせて5時間の映像と証言を分析。そこから「事故の数時間前から危険な兆候があったこと」や、「人が流れ込み続けた実態」が見えてきました。

通報の4時間前、すでにグルメ通りには多くの人が詰めかけていました。スマホで撮影しながら前に進もうとした男性は、事故が起きた坂道は下り坂になっていて、前はよく見えなかったといいます。

金山浩平さん
「足元は見えないし、勾配がきつい。まだ6時の段階でも、もし誰かがバタバタと倒れたら、かなり大きな事故になって自分も巻き込まれる可能性がある危険を察知しました」

1時間後、さらに危険な兆候があったという人がいます。

グルメ通りの飲食店で働く、服部楓さん。通報の3時間以上前、すでに坂道では体が強く押される状況だったといいます。

服部楓さん
「本当に前後左右から押されるので、臓器がぐっと上がる感じ。熱気で中に閉じ込められている感じ。酸素が入ってこない。上を向くと酸素が吸えるという感じ」

坂道周辺へと向かう人の流れは、このあとも増え続けていきます。

男性
「これが地下鉄の出口なんですけど、まだ続々と人が出てきます」

この男性は、9時ごろにグルメ通りに入っていきました。坂道の手前20メートル程に来た時のことです。

男性
「すごい勢いで押し戻されている。下手したら圧死しかねない」

後ろに下がるように呼びかけている人の姿も。しかし後ろからも次々と人が押し寄せ、人の波が前後に大きく揺れます。

グルメ通りから坂道へ向かう人の流れ。大通りから坂道へ向かう人の流れ。複数の方向から押し寄せる中で、人々は身動きがとれなくなっていったのです。

事故が起きる前に坂道を撮影した映像には、下に向かって人々が押され、崩れそうな様子が映っています。坂の上には日本人の女性もいました。

坂の上にいた女性
「横からも後ろからも前からも押されるので、息ができなくてすごく苦しい。本当にここで死ぬんだな」

午後10時15分に最初の通報。坂道で事故が起きたあとも、グルメ通りではパニックが続いていました。

身動きがとれず、壁をよじ登って避難する男性や、人の波に押されてよろめく女性。

一方、大通りにいた住民は、救急隊が到着したあとも惨事に気付く人はほとんどいなかったといいます。

大通りにいた住民
「倒れている人はもっといたかもしれませんが、私が見たのは1人だけです。30メートル離れた場所では、みんな歌ったり踊ったりしていたほどでした。その時は深刻な状況だと思いもしませんでした」

救急隊員たちは中に入ることもできず、救助は困難を極めます。

グルメ通りの飲食店で働いていた、服部さん。大きな声が聞こえて目を向けた通りの様子に、言葉を失ったといいます。

服部楓さん
「『看護師です』、『医者です』と走っていって、ここで倒れている方の心臓マッサージをしているのを目撃しました。ひとつの命がなくなろうとしている。懸命に声もがらがら。相当叫んでいたので、これはただごとじゃないと感じました」

なぜ、被害がここまで拡大したのか。スタジオでさらに読み解きます。

事故はなぜ起きたのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、神戸大学名誉教授で長年災害や群集事故について研究してきた室﨑益輝さんです。事故がなぜ起きたのか、さらに深掘りしていきます。

まず、当時の人の流れがどうだったのか。主に2つあったと考えられます。

まず1つ目の流れは、地下鉄の出入り口から坂の上の飲食店街に向かって上がっていく人たち。

もう一つの流れが、坂の上です。この坂の上というのは、飲食店がひしめくメイン通りとなっていました。ここにも多くの人たちがいましたが、このメイン通りから坂を下りる人たちの流れもありました。上と下の双方向から人が押し寄せ、さらにこの坂道は脇道などの逃げ場がなかったこともあり、人が増える一方だったと見られています。

この坂道はどのぐらいの傾斜があったのか。現地メディアによると、坂の下と上では4メートル以上の高低差があり、坂の中程よりも少し上あたりで折り重なって亡くなっていた方が多かったということです。

室﨑さん、どういうメカニズムで事故が起きてしまったと考えていますか。

スタジオゲスト
室﨑 益輝さん (神戸大学名誉教授)
災害や群集事故を長年研究

室﨑さん:
ひと言で言うと、"群集なだれ"という現象が起きたのだと思います。先ほどの話にもありましたが、前後左右から力がかかった。それは逆に言うと、前後左右の人に支えられている状況。周りの人が全部つっかえ棒になってくれているわけです。たまたま何らかの形で転倒すると、つっかえ棒がなくなった状態になり、そこに隙間ができる。その隙間に向かって人が折り重なって、なだれを打つように倒れ込む。そういう現象が起きたということです。

桑子:
当時、かなりの人が密集していた。どれぐらいの密集度だったのでしょうか。

室﨑さん:
映像を見ると、少なくとも1平米あたり10人。いちばん混んでるところでは、ひょっとしたら15人は集まっている状況ですね。そうすると体と体が押し合うような、非常に大変な状況が生まれていると思います。

桑子:
今回勾配があった坂道については、いかがでしょうか。

室﨑さん:
なだれを打った状況のところに、坂道であることによって上から波が押し寄せるように人がのっかかってくる。群集なだれに、なだれのような波が押し寄せたという現象が起きていると思います。

桑子:
この異常な過密状態の中で、何が起きるのか。取材で明らかになったのは、圧迫による窒息の脅威です。

「圧迫」の脅威とは

身動きがとれないほど密集した現場。一部のメディアは「立っている状態で押しつぶされて亡くなった人もいた」と伝えています。

群集事故の分析を行っている吉村英祐さんは、事故当時、人々は呼吸ができない状況に陥っていたと見ています。

建築安全計画が専門 大阪工業大学 吉村英祐教授
「映像を見る限りは、1平方メートルあたり10人以上、10人を大きく超える密度になっていると思います。混んでいる所は(1平方メートルあたり)14人~15人、普通では起きえない。意識を失ったまま倒れている人がいた可能性が大いにあると思います」

1平方メートルあたり10人以上の密集状態では、人の体にどれほどの力が加わるのか。

吉村さんが過去に行った実験です。この実験では、1平方メートルあたり14人の時、押される方向に270キロもの力がかかっていることが分かりました。1人あたりに換算すると、およそ100キロになります。

2001年に起きた明石市の花火大会の事故は、実験と同じような密集状態で、その力は転落防止の柵も外れるほどでした。

吉村英祐教授
「1人あたりに直しても100キロに近い、それを超える値になると。まずは息ができなくなるということです。女性はどうしても体力的、身長的にもこういうときに犠牲者が集中しやすい」

法医学の専門家は、体重の5倍の力で圧迫された場合、5分で死に至るおそれがあるといいます。

法医学が専門 徳島大学 西村明儒教授
「体重の5倍になってしまうと、全く息ができなくなる。そのうち(体内の)二酸化炭素の濃度が上がってくると、麻酔作用があるので苦しさもよく分からなくなって、最後は意識を失うというような状況になるんじゃないかなと思います」

救助が困難を極めた今回の事故。災害や事故で数々の現場を指揮した救命救急の専門医は、群集事故は未然に防ぐしか有効な手立てはないと指摘します。

神奈川県医療危機対策統括官 阿南英明医師
「まずは(現場に)行けないということです。周りが人だらけでアクセスできない。行けたとしても組み体操でべちゃっとつぶれたときに、起き上がるあの難しさなんです。(群集の中の人は)動けないんですよ、みんな倒れこんだ状態で手足もからみあうし、荷物も持っているし。自分ではどきたいと思っていても、どけない。人がどけようとしても、うまく引っ張り出せない。これは、ほかの事案でも起きていることで、普遍的なこと。起きてしまったら、手のつけようがない事態になってしまう。これ自体起きないようにするということが第一」

命を守るために

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
いかに未然に防ぐかということですが、当時の警備はどうだったのでしょうか。警察や消防を統括する行政安全省の閣僚は、10月30日の会見で次のように釈明しています。

10月30日 行政安全省 閣僚
「われわれが把握していたところでは、コロナの行動規制が緩和されたという状況はあったが、特別に警戒するほど多くの人が集まっていたという認識はなかった。(事故は)警察や消防の隊員を配置したとしても、解決できた問題ではなかったと考えている」

桑子:
こうした発言、現地ではどう受け止められているのでしょうか。再び長砂記者です。

長砂:
行政安全省の閣僚の発言は、韓国国内で大きな物議をかもしています。メディアは、警察や行政機関があらかじめ安全対策を講じていれば防げた事故ではなかったのかと安全対策に疑問を投げかけていまして、この閣僚の発言は国民感情に反するのではないかという批判も上がっています。

閣僚は10月31日、原因が明らかになる前に「さまざまな推測をするのは適当ではない」という趣旨だったと弁明しました。この他にも、政府関係者も「現在の警察の権限や制度のもとではこうした事故を防ぐ対応が難しい」という意味だと釈明に追われています。

警察は目下、事故の経緯や原因の究明の捜査に全力を挙げていますが、国内では10万人を超える人出が予想されていたにも関わらず、十分な安全対策がとられていなかったのではないかという批判的な報道が目立つようになっていまして、ユン政権の対応にも国民の視線が注がれています。

桑子:
どうすれば2度と同じような事故を繰り返さないのか、私たちも考えていきたいと思います。

先ほど1平方メートル当たり10人からそれ以上いるのではないかという分析がありましたが、どれくらいのものなのか。スタジオに1メートル四方のマットを用意しました。

私が1人入ると、このような感じですが、ここに10人以上入るというのはちょっと想像できないのですが、どういう危険な状態といえますか。

室﨑さん:
イメージとしては、超満員列車の中のような状態で、大きな力がかかるということだと思います。

先ほども1人あたり100キロというお話がありましたが、明石の歩道橋とよく似ているのですが、今度の韓国の場合も「揺れ動いている」のです。運動する力も加わっているので、100キロが200キロになっているかもしれない。そうすると、人間の体重の4倍、5倍ということなので、押し挟まれて意識を失う人も出てくるし、当然押す力がはね飛ばす力なので、なだれを打つときにはたくさんの人が一気に折り重なる力にもなる。

なので、なだれによる圧死の方もいますし、圧迫死によって亡くなる方も出たのではないかと思います。明石のときは、鉄の手すりが折れ曲がるぐらいの力がかかっているので、その力が凶器になってると思いますね。

桑子:
こういった群集状態になったとき、人間の心理というのはどういうものなのでしょうか。

室﨑さん:
群集心理というのがあり、群集パニックというのは非常に不安定な心境になります。中には人を押しのけようとか押し倒そうという気持ちも表れてくるし、冷静に判断できなくなる。だから心理面からも群集の危険性というのは知らないといけないと思います。

桑子:
群集による事故というのは他にもありまして、2010年に東京の原宿竹下通りで複数の若者が折り重なるように倒れ、3人がけがをしたという事故がありました。

今回の韓国と同じ坂道の環境でして、今回よりも人は少し少ないのですが、やはり危険が潜んでいる。

室﨑さん:
少ないから安全ということではなくて、この程度人が集まってくると、やはりとても危険だと思います。原宿の場合も坂道なので、先が見えないとかの影響もあるのでとても危険だと思います。

桑子:
今はコロナの行動制限もある中で、10月31日はハロウィーンの当日ということで、渋谷の様子を見ますと多くの人出がありますが、こういった所での注意点はどういうところでしょうか。

室﨑さん:
大きく2つあると思います。私はいつも「ソフトウエア」と「ヒューマンウエア」と言っています。ソフトウエアというのは、マネジメントしたり、警備とかなだれが起きないように見守る体制をしっかり作るということです。

被害を避けるためのポイント
◆人数制限と一方通行
◆密集したところにいかない

その中で重要なのは「人数を抑える」。たくさんの人が来ると、どこかの地下鉄の入り口でストップをさせる対応、「分散入場」という専門用語があります。分散的に入る。そして重要なのは「一方通行」。自動車でも狭い所を通るときは、一方通行にする。だけど今回は衝突流といって、上から下から来てぶつかり合う。それはとても危険なので、少し広ければ右側通行、左側通行という警備もあるのですが、とにかく衝突させないことが必要だと。

もう一つがヒューマンウエア。そこに行く人を責められないのですが、できれば危険な所に行かないようにするということが必要です。どういう所が危険かというのを事前に頭にしっかり入れておくということがとても重要です。まさに坂道は危険、見通しがきかなくなるということもあります。それから密閉空間。逃げ場がないような場所。

桑子:
今回のような。

室﨑さん:
密閉空間が問題。転げ落ちる、転ぶ危険性がある。くねくね曲がってるとか階段が不規則だとか、そういう空間がとても危険だということをあらかじめ知っておいて、そういう所になるべく行かないようにするということが必要です。

空間的な問題だけではなく、社会的というか人間の集団の問題はとても大きく、不特定多数、いろんな人が集まるところほど群集パニックも起きますし、心理的な動揺が広がったりする。小さな子どもがいると立ち止まったりとか、非常にいろんな動きが起きることにより、混乱が起きたり結果的にはそれがなだれにつながっていくので、いろんな人たちがいるところも要警戒だと思います。

桑子:
今後のハロウィーンも本当に注意が必要です。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

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