なぜ急増?“ガチ中華”新時代の日中関係に迫る

ナマズの煮込みに、ザリガニのニンニク煮込み…。日本人の舌に合わせた料理ではなく、本場中国の味を出す中国料理店が都内に急増!その数300軒にのぼります。急増の謎をひもとくと、中国社会の知られざる変遷が明らかに。熾(し)烈な受験戦争や就職戦線、“頑張らない若者”の増加…。中国の若者たちは日本の価値観や終身雇用など雇用環境に共感、来日するケースが増えています。ブームから見える新時代の日中関係に迫りました。
出演者
- 高口 康太さん (ジャーナリスト)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
本場・中国料理"ガチ中華" 日本での急増の裏に何が?
都内でも"ガチ中華"の店が集中する池袋。
雑居ビルに3年前にできたのは、"ガチ中華"のフードコート。週末には数百人のお客がやってきます。"ガチ中華"は、町の中国料理店と異なり、日本風のアレンジはありません。

こちらは、肉や野菜を冷麺の生地でくるんだ「烤冷麺(カオレンメン)」。野菜や卵などの具を激辛のたれに漬けた「冷鍋串串(レングオツァンツァン)」や、日本でも知られるようになった「麻辣タン(マーラータン)」も四川省発の"ガチ中華"です。
最近よく見る火鍋の店も、より"ガチ度"を増しています。

具には、かもの血を固めたものや、豚の脳みそなど本格的な食材。決め手は、とうがらしをふんだんに使った激辛麻辣スープです。
店長の金さんは、ブームに乗って2店舗目を展開。2022年5月、コロナ禍で撤退したスポーツ用品店の跡地にオープンしました。
「コロナ(禍)になって空き物件がたくさん増えて、いいところがあったのでお店を作らせていただきました。ずっと右肩上がりです」
日本で急増の裏に何が?
急拡大する"ガチ中華"。一体、誰がこの需要を支えているのか。

この店の常連、中国人のラキさん(仮名)。上海から1,000キロ以上離れた内陸部から来日しました。この店を知ったきっかけは?

「『レッド』の口コミで知りました。リアルな写真と評価を見て、どこへ行くか決めています」
見せてくれたのは、ユーザー数3億人の中国版インスタグラム。これを見た日本に住む中国の若者が、店の常連になっています。
日本に住む中国人は、この20年で2倍近くに増加し、70万人を突破。留学生も着実に増えています。ラキさんも留学のために来日。経済成長が続く中国から、なぜ日本へ?
「今、中国では就職が大変だよね」
「競争が激しすぎない?日本でいい仕事が見つかるなら、帰らない方がいいよ」
ラキさんは、中国で大学受験に失敗。志望校ではない大学に進学し、中国の地方の小さな旅行会社に就職しました。その会社ではノルマが達成できない場合、自主退職するという契約が交わされ、何人もの同僚が職場を去っていきました。
「常に携帯を確認して、24時間働いている感覚でした。(同僚に)お客さんを取られたこともあります。業績で収入が大きく変わるので、すごくストレスでした」
その後、中国での仕事を辞めたラキさんは、日本の大学院に入学。10月からIT企業で働き始めました。安定した収入に加え、手厚い研修。日々、自分が成長していると実感しています。

「中国と比べたら、日本のほうが自分に合うと思います。居心地がいいです。仕事と生活を両立できるので、ワーカホリックにはなりません。もし今も中国にいたら、キャリアアップもできず『寝そべり』もできず、ただ苦しいと感じていたと思います」
ラキさんが口にした「寝そべり」。2021年から中国で流行している言葉です。「努力しても報われない」、「頑張るのをやめる」という若者たちの思いを表しています。
今、中国では受験戦争が激化。2022年、大卒相当の学歴を持つ人が初めて1,000万人を突破しました。しかし学歴に見合った仕事が限られ、雇用のミスマッチが深刻化。若者の失業率は、18%に上ります。
中国人から見た日本の魅力とは
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
さまざまな理由で日本に来る中国人が増えている中で、"ガチ中華"のお店も急増していることが見えてきました。
きょうのゲストは、中国社会を長年取材し、若者たちのトレンドにも詳しいジャーナリストの高口康太さんです。
数ある国の中で、なぜ日本を選ぶ若者たちが増えているのか。高口さんに4つのポイントを挙げていただきました。それぞれ説明していただきましょう。まず、コスパの良さ。
①コスパの良さ
②ビザがとりやすい
③文化的に近い
④安心できる社会

高口 康太さん (ジャーナリスト)
中国社会を長年取材 若者のトレンドにも詳しい
高口さん:
日本の教育、不動産、あるいは日用品、何でもクオリティーが高いのに、その割に国際的な水準から見ると価格は安い、コスパがいい。
そして2番目ですが、アメリカやヨーロッパと比べてビザが取りやすい、来やすいということがあります。
そして、3番目の文化的な近さ。漢字を共有しているとか、歴史的な要因もありますが、アニメや漫画などで最近また親近感が高まっているというのもあります。
桑子:
そして4つ目、安心できる社会。
高口さん:
そうですね、これは日本の人に分かってもらうのは難しくて、中国というのは本当に競争社会で、競争に勝たないといつ首を切られるか分からない。インセンティブで給料をもらうことも多いので、業績を出さないとお金も入ってこないとか、いろんな落とし穴がある。安心できないという社会ですね。
それと比べると日本は、終身雇用制度もあったりして安心するとか、競争よりももっとみんなで団結を重視しようという社会なわけです。中国にもいろんな人がいますから、中国のあり方よりも日本のほうが私はいいなという人もいるわけですよね。
桑子:
あと、治安の良さというのも安心の中に入るんでしょうかね。さらに、中国の若者たちのリアルな気持ちが分かるものがあります。

中国の出版社が毎年出している、ネット流行語ランキングです。4位、5位に「エモい」、「神ってる」。日本とちょっと近いものもある中で、1位と2位は、読み方も含めてどういうことでしょうか。
高口さん:
1位の「巻(ジュエン)」、「内巻(ネイジュエン)」というのは、竜巻を想像してもらうと分かるのですが、竜巻は上は広くて、どんどん下のほうは狭くなっていきますよね。上は過去の世代、昔の世代です。同じようにぐるぐる回る努力の量は一緒ですが、彼らが狙えるターゲットとなる面積は広いわけです。それがどんどん最近の世代になっていくにつれて、細くなっていく。同じようなぐらい努力しても、得られる収益、狙える利益というのはどんどん減っていく状態。内部で消耗していくというのが「ネイジュエン」という考え方になるわけです。
学歴で言うと、20年前ぐらいですと四大卒というのはスーパーエリートだったわけです。それがいまですと、修士、いやいや足りない博士、それでも足りない海外留学、それでもだめでアメリカのトップ校に行ってなかったらそんなに自慢するような学歴じゃないんだよと、どんどん競争が激化しているわけです。
そんなに頑張ってるのに、親世代が買えた不動産は高くなりすぎて自分は買えない。教育価格も高くなっていて子育ても十分にできない、不満がたまっている、それでも頑張るのが「ネイジュエン」。もし、その競争から降りる選択肢があるとしたら、2番目の「寝そべり」になるわけです。
桑子:
つながっているわけですね。
高口さん:
はい。中国も今かなり豊かになりましたから、そんなに頑張ってトップのリターンを得なくても、そこそこ頑張って、そこそこのリターンを得られれば、そこそこ楽しく生きていけるじゃないか。だったら無理に頑張らなくてもいい、という考え方が「寝そべり」ですね。
桑子:
それが2021年のトップを占めていたわけですが、より最近の流行語というのがこちらだそうです。

「潤学(ルンシュエ)」と読むんですね。
高口さん:
「潤学」は「潤う学問」と書くので、美容のテクニックみたいに見えるかもしれないのですが、「潤」という字は、中国の発音記号でrun、英語の読み方で「run」と読めるわけです。そうすると、「逃げ出す方法」という意味で捉えるネットスラングとして「潤学」は流通しています。
2022年、上海のロックダウンごろからこの言葉がすごく流通しだして、中国にいたくない、これ以上はつらいと考えた人たちが、どうにかして海外に行きたい、でもすぐには行けないわけです。何かいろんな方法を駆使して海外に行く方法を見つけ出したい、そのテクニックを磨く、テクニックを教授するようなサイトとか、指南書とかもどんどん増えてきて、そういった知識の体系であったりとか、それを実践する人のことを「潤学」というふうになっているわけです。
桑子:
今のお話にもありましたが、何が「潤学」な気持ちをより強いものにしているのか、実は新型コロナも大きな影響を及ぼしているのです。
"日本にひかれた理由" ゼロコロナ政策で…
2022年6月に来日した、コさん(仮名)、32歳。上海出身の留学生です。

コさんは留学する前、上海の行政機関に勤める準公務員でした。日本へ来た理由は、中国の「ゼロコロナ」政策の下での経験です。
「(コロナ禍で)価値観が変わる出来事が何度も。上海はもっと自由で、開放的な街だと思っていました」

厳しい外出制限が敷かれた、上海。ゼロコロナ政策は、多くの市民の生活を制約しただけでなく、役人の中にも過酷なストレスにさらされた人が少なからずいました。
コさんの任務は、10人ほどのチームで地域に住む7,000人にほぼ毎日PCR検査を受検させることでした。
「2か月もの間、帰宅することができず、24時間、いつ仕事が入ってくるのか分からない状況でした。ほとんど眠れませんでした」
そうした中、コさんを揺さぶるある出来事が起きます。大けがをした子どもが、4時間にわたり病院で治療を受けられませんでした。コさんは、この子どもにPCR検査を受けさせていましたが、24時間以内の検査結果ではなかったという理由で断られたのです。やるせなさが積み重なる中、脳裏をよぎったのは、以前留学を夢見た日本でした。
「全力を尽くしても力になれず、申し訳なく、残念に思います。留学せず、このまま仕事を続けたら一生後悔するかもしれない。だから私は日本に行くことを選びました」
上海にいる妻と3歳の息子。コさんはできるだけ早く日本で就職し、家族を呼び寄せて定住したいと考えています。

「パパは今、どこにいるか知ってる?」
「日本」
「日本で何してる?」
「日本でものを食べている」
中秋の名月の、この日。

「ほら見て、明るいよ」
「こっちも明るいよ、同じ月じゃん」
「そばにいられなくて、残念です。一歩一歩、悔いがないように精いっぱい頑張っていきます」
ゼロコロナ政策について中国の人の考えは
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
中国政府は、ゼロコロナ政策は人々を守るためだということで進めていますが、実際に中国の皆さんはどのように感じていると思いますか。
高口さん:
1年前と今とで、恐らく評価がガラッと変わっているところがあるんです。1年前までは中国のコロナというのはかなりコントロールできていて、感染もさほど出ないので、ふだんはそんなにコロナ対策を意識することもなく過ごすことができたと。
一方、アメリカとか日本は感染者がたくさんいて、それに比べれば中国はすばらしいという考え方だったと思うんです。それが今だと、オミクロン株の流行に伴ってぽこぽこ感染者が出るし、1人2人の感染者でもロックダウンがある、行動制限があるという状況になると、とても苦しい。
なのに、アメリカや日本はどんどん緩和に移っているとなると、どうしてもうらやましくなるし、今の中国の体制・制度はこれでいいのかなと考える人が増えていますよね。
桑子:
そうした考えも加わって、最近日本に若い中国の方々が来ているわけですが、そういった皆さんのうちにITエンジニアやコンサルタント、通訳などの専門職や事務職に就く人の数というのが増えています。こうした仕事に就くための在留資格を持つ人は、この10年で8.3万人にまで増えています。では、そうした彼らを日本の企業はどのように受け入れているのでしょうか。
中国人材が日本で活躍 相乗効果で業績アップ
静岡県にある鉄道会社です。親子連れに人気の観光列車で利益を上げています。

しかし長年、ある悩みが。日本人には人気の一方で、外国人観光客の認知度が低く、インバウンド需要を取り込めずにいたのです。そこで。

2021年、孫江明(そんこうめい)さんは、グループ会社に初めての中国人社員として採用されました。

孫さんが始めたのは、中国版インスタグラムの活用。鉄道会社の公式アカウントを開設し、毎週のように動画をアップしています。動画の制作には、近年増加している中国人留学生の力も借りています。
「14億の中国のみなさんに、静岡の良さ、日本の良さを感じていただけたら」
9月、観光列車の車内には中国人留学生の姿が。孫さんの投稿を見て興味を持ったといいます。
「SNSでアップして、みんなに『こういうところがありますよ』みたいな」
「人気出ますよ。中国にはこういうのがないですから」
「かなり貴重な存在ですよね。われわれだけではできないことなので。第2の孫、第3の孫を増やしていきたい」
IT業界でも中国人の力を生かして、業績を伸ばしている企業があります。

企業向けのシステム開発を手がける、社員850人余りのこちらの会社。現在、社員の4割は中国人。この5年間、売り上げも伸び続けています。
今、日本ではIT業界の人材不足が深刻です。国は、3年後にはIT人材が36万人不足すると予測しています。
「やはり人が命になってきます。いかに優秀な方を着実に採っていくかが、成長のカギになってくると思っています」
この会社は国内だけでなく、中国の大学でも説明会を行い、現地での採用を進めてきました。
システムエンジニアの薄小虎(はくしょうこう)さんは、中国の大学でコンピューターサイエンスを学び、新卒で入社しました。

「小学生の頃は、よくドラゴンボールとか見てました。SEとしての知識を勉強して日本に来ました」
薄さんは入社以来、即戦力として活躍。2022年、5年目にして主任に昇格しました。
「最新技術への好奇心が旺盛で、スピーディー、生産性が高い、その辺は中国の方特有なところ。日本人、中国人、お互いのいいところ、シナジー効果を出しながら発展につなげてるというのが当社の現状です」
国交正常化から50年 新時代の日中関係
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
こうした関係性、現状をどのように評価されますか。
高口さん:
「潤学」で日本にやってくる方々の多くは高学歴で、(海外へ)逃げ出すテクニックを発揮できるようなタイプの方ですので、IT人材も多くて、まさに今日本の不足している人材を補ってくれるような人々。日本の経済活動であるとか企業活動に与えるポジティブな面は大きいのかなと私は見ています。
桑子:
今回は"ガチ中華"の話題から、日本と中国の新しい潮流を見てきたわけですが、今後のお互いの関係、どんな展望を持っていますか。
高口さん:
今、"ガチ中華"のお店に行くと、中国の若者があふれ返っていて、それを見ると中国人がたくさんいるなと思うかもしれないですが、ただ多いだけではなくて、今までになかった新しい現象だと私は思っています。
というのは、昔の中国の方というのは「日本に行きたい」ではなくて「先進国に行きたい」と思ってやってきてたわけです。それが、今日本に来る彼らは日本の文化やカルチャーというのはある程度理解した上で、それでも日本に行きたい、あえて日本に、という感覚で来てる。
日本を好きだとか、ちょっと行ってみたいなという感じで来てくれているというのは日本人ともかなり通じるというか、ある程度予備知識を持って来てくれているというわけで、そういう意味では日本社会でうまくやっていきやすいというか、一緒に働いていく、勉強していくという時にすごく大きなポジティブな要素になるのではないかなと思っています。
桑子:
同じような価値観を共有できる相手として、仲間としてどんどんきてくれているという印象ですか。
高口さん:
そうですね。価値観を共有するというのはすごく大事だと思いますし、彼らの発信がこれから日本と中国の関係をすごくよくしてくれる可能性もあるなと思っています。
桑子:
ありがとうございます。先ほど紹介した、IT企業に勤める薄さん。最近、ささやかな楽しみができたそうです。
"ガチ中華"に舌つづみ おいしさを分かち合う
仕事帰り、薄さんが日本人の同僚を誘ってやってきたのは、やっぱり"ガチ中華"。

「いろいろお店紹介してもらって、辛いものもハマって食べてます」
「(みんなが)おいしいって言ったら、ちょっと自分もうれしいです。幸せです」
※その後の情報に基づき、3月21日、記事を修正しました