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2022年10月12日(水)

五輪汚職疑惑の深層~スポンサー選定の闇に迫る~

五輪汚職疑惑の深層~スポンサー選定の闇に迫る~

東京オリンピック、パラリンピック大会組織委員会の元理事・高橋治之容疑者が、受託収賄の疑いで逮捕・起訴された事件。内幕についてキーパーソンを独自取材すると、スポンサー選定のプロセスが“ブラックボックス化”していた実態、広告業界なしでは立ちゆかない歪な構造、そして高橋容疑者が理事に抜擢された知られざる経緯が浮かび上がってきました。汚職事件の実態と背景に迫り、透明性なき五輪との決別は可能なのか検証しました。

出演者

  • 來田 享子さん (中京大学 教授)
  • 田畑 佑典 (NHK記者)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

五輪汚職 疑惑の深層 スポンサー選定の闇に迫る

桑子 真帆キャスター:
今回の汚職事件で、これまでに分かっている構図です。

準備や運営を担った大会組織委員会は、大手広告会社の電通に専任する形でスポンサー企業と交渉を行い、スポンサー収入を得ていました。ところが、このルートとは別に組織委員会の高橋治之元理事がみずから企業と交渉を行い、便宜を図るよう依頼されて、多額の賄賂を受け取ったとみられています。この部分が、今回の汚職事件です。

関係者によると、受託収賄の罪で逮捕・起訴された高橋元理事は、調べに対し「身に覚えはない」などと不正を否定しています。組織委員会は高橋元理事が逮捕される前の2022年の6月に、すでに解散。事件の検証はされず、全貌は明らかにされていません。

高橋元理事は何者なのか。なぜ事件はこの人物を中心に起きたのか。実態に迫ります。

高橋元理事とは何者か

33年前、当時電通の部長だった高橋元理事がビジネスとしてのオリンピックの魅力を語っていました。

<1989年 NHKニュースより>

電通スポーツ事業部 高橋治之部長(当時・45)
「オリンピックの持つスケールの大きさ、あるいはスポーツの持つさわやかさ、そういったものに便乗して、企業・商品イメージをつくり上げていこうというニーズが大変強くなっていますから」

電通で国際的なスポーツビジネスを手がけてきた、高橋元理事。オリンピックが商業化される先駆けとなったロサンゼルス大会では、スポンサー集めに手腕を発揮。さらに、FIFA国際サッカー連盟の会長とも個人的な関係を築き、2002年のワールドカップ誘致にも尽力しました。

電通でスポーツビジネスに携わった元社員によると、専務まで務めた高橋元理事はレジェンドとも呼ばれていたといいます。

電通 元社員
「オリンピックとワールドカップは世界のスポーツの中でずぬけた存在で、ずぬけた存在ということは、イコールお金が非常に大きく動く。IOC、FIFAという2つの大きな国際組織にも直接交渉力があるということで、高橋さんのノウハウが傑出していたのは事実」

高橋元理事の人脈作りを支えたとされるのは、後に巨額の不正融資事件で逮捕される弟の治則氏。バブル期に成功を収め、資産総額1兆円を超える実業家でした。

<1995年 クローズアップ現代より>

高橋元理事の弟 故 高橋治則氏
「日本は小さい島。海外に拠点を持つことは非常にロマンがある仕事」

高橋元理事は、弟の資金力や人脈を生かし、政財界の要人と頻繁に会食。太いパイプを作っていきました。

弟・治則氏とともに不正融資事件で実刑判決を受けた、元衆議院議員の山口敏夫氏も会食に参加していた1人です。

元衆院議員 山口敏夫氏
「月に1回か2か月に1回くらい、10数人ぐらいの政治家や民間人とかオリンピックの話をするし、天下国家の話をしてる。(高橋元理事は)野心家ですよ。地位も欲しいし、名誉も欲しいし」

高橋元理事は、どのような経緯で組織委員会の理事になったのか。

2014年2月。東京都、国、組織委員会など、オリンピックの準備を進める関係機関のトップが集まる会議。複数の関係者によると、この会議の前後に作成された理事候補のリストに高橋元理事の名前が記されていたことが分かりました。

理事に推したのは、組織委員会の当時の森会長だったといいます。中には「会長が推せば反対する人はいなかった」と証言する人もいました。


森さんが推した。「高橋さんが理事だから」と。
森さんは理由なんて言わない。
理由を聞いて異議があっても通るわけじゃないし…

取材メモより

元理事の就任の経緯などについて森氏に取材を申し込んだところ、弁護士を通じて「捜査に支障を来すといけないので、回答は控えさせて頂きます」と答えました。

なぜ事件は起きたのか

今回の汚職事件、スポンサー選定の現場では一体何が起きていたのか。

協賛金の調整の過程で、元理事が入り込む隙間が生まれていたのではないかと電通元社員の一人は指摘します。

電通 元社員
「本来のルートだけではなく、高橋さんを通じた2通りのお金の流れのルートができてしまった。高橋さんを通じれば、確実にスポンサーになれるだろうと。もうひとつのルート、高橋さんに頼るという構造になったのだろうと思う」

事件の対象となったスポンサー企業には、共通点がありました。

協賛金の額によって、3つに分かれるスポンサーのランク。事件が起きたのはいずれも「Tier3」でした。契約期間が短く、宣伝効果が小さいなどとして金額の折合いがつかず、契約に至らない企業もありました。こうした企業と、元理事は個別に交渉。協賛金の大幅な減額を提示し、契約を成立させたケースもありました。

元理事が交渉に関与したスポンサー企業の元幹部が、事件後に初めてインタビューに応じました。

スポンサー企業 元幹部
「ある日、担当役員から『大幅値下げの話が来ている』と、こういう話がありましたね。他役員から『えっ、そんなに大幅値下げ?それ信用できる?大丈夫?』というコメントがありました。担当役員いわく『電通絡みの高橋氏、元総理の森さんの好関係が背後にあるので大丈夫』と。大幅減額がそのまま通るんであれば、実現したいというふうに落ち着いた。安心ということに至ったと覚えていますね」

高橋元理事は、KADOKAWAの事件でも協賛金を「3億8,000万円以内に収めてほしい」と依頼を受け、価格の調整に関与したと見られています。

さらに、日本代表選手団が開会式で身につけていた「スーツ」。高橋元理事は、このスーツを製作したスポンサーのAOKIホールディングス側からも賄賂を受け取ったとされています。

これまでに元理事が受け取った賄賂の総額は、1億4,000万円余りに上ると見られています。理事は原則「無報酬」で、本来、特定の部門を統括する立場にはありません。しかし、電通で専務まで務めた元理事は特別な存在だったといいます。

KADOKAWAの元会長は、逮捕される前に「高橋元理事が交渉の実質的な窓口になっていた」と語りました。

KADOKAWA 角川歴彦元会長
「組織委員会があって、その時に長テーブルがあって、議長席に高橋さんが座っていましたよ。組織委員会が高橋さんと電通の窓口にしたんですよ。そうでしょ、当時。そうすると、そこに挨拶に行くしかないじゃない。理事にお願いするというのは当然じゃない。組織委員会の理事なんだよ」

正規のルートでスポンサーを集めていた電通の担当者は、元理事について周囲にこう語っていたといいます。


高橋さんをむげにはできなかった。
苦々しい気持ちはあったが、お金をとってくるので、そこに頼っていた部分もあった

電通関係者(取材メモより)

見過ごされた背景は

事件が見過ごされた背景に、何があったのか。取材からは、大会を運営する組織委員会の構造的な問題が見えてきました。

1兆円を超える予算が見込まれた、東京大会。公費負担を抑えるため、組織委員会にとってはできるだけ多くのスポンサー収入を確保することが最重要課題になっていました。

独自に入手した、組織委員会の内部資料。マーケティング局、全306人の名簿です。電通が集めてくるスポンサーとの契約業務や、ライセンスの管理などを担当するこの部署は、都や企業からの出向者もいますが、3人に1人に当たる110人が電通からでした。さらに、局長や部長などの幹部のほとんどは、電通からの出向でした。

当時、マーケティング局に所属していた職員は、電通関係者に頼りきっていた実情を語りました。

組織委員会 マーケティング局 元職員
「組織委員会はいろんなバックグラウンドの人がいますので、寄せ集めの人たちは素人の人が多いですね。イベントに慣れていない人たちが多い。そのなかでプロ集団である電通が入ってくるのは、本業そのものですから、かなりスムーズに業務が進む。収入が増えることは、それだけ財政の軽減にもつながりますので」

こうした組織体制のもと、チェック機能が十分に働かなかったことも分かってきました。

組織委員会の元幹部です。

組織委員会 元幹部
「この名前の会社がスポンサーになりますっていうのは報告されますけれど、じゃあ、それがいくらかっていうのは全然あれですよね、報告されないですよね」

スポンサーの獲得状況を、組織委員会の内部で共有するための資料です。スポンサーの名称だけが記載され、金額や契約内容などは一切書き込まれていません。

今回、組織委員会がスポンサー契約で採用したのは「相対(あいたい)」と呼ばれる方法です。企業と個々に交渉するため、他社に金額が漏れるなどして不利益が生じないよう、詳細は限られた担当者しか把握していませんでした。


入札は公平性が保たれるかもしれないが、一発で契約額がいくらか決まってしまって、もしかしたら、もっと金額をつり上げられるのに、それができない可能性がある。そうなると、電通も組織委も損をする。
一方、相対契約であれば、スポンサー側と交渉の上での契約となるので、結果的に収入を増やすことができる

組織委員会 元幹部(取材メモより)

スポンサー契約について、幹部ですら把握していない仕組みが事件の背景にあったと組織委員会の元幹部は次のように語りました。

組織委員会 元幹部
「最大限電通の力を使って、最大限お金を集めようという考え方に行き着いた。関係者が電通でまとまってた。『丸投げだった』、『ブラックボックスだった』って批判があれば、そういうところかなと思います」

最終的に組織委員会が集めたスポンサーは、68社。総額は3,700億円に上り、大会史上最高となりました。

2022年6月。組織委員会は8年の活動を終え、解散しました。組織委員会の理事で副会長も務めた荒木田裕子さんは、組織委員会のガバナンスに大きな問題があったと痛恨の念を口にしました。

荒木田裕子 組織委員会 元副会長
「議論すべきこと、議論したかったことはたくさんあったが、意見を言ったり質問したりすることすら難しく、『理事会は取り決めたことを粛々と進める場だ』とくぎを刺されたこともあった。

そういう状況を考えれば、組織委員会は一般的な理事会の体裁をなしていなかったし、理事の一員としてそれを容認してきたことに対して、深い自責の念がある。

失った信用をどのようにして取り戻していくのか、スポーツ界全体として考えていかなければならない」

スポンサー選定の闇に迫る

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
取材で分かったことを整理していきたいと思います。

組織委員会は、スポーツビジネスのノウハウを持つ電通を頼ってスポンサー選定を進めてきました。電通は、組織委員会の内部の「マーケティング局」でも大きな役割を果たし、スポンサー収入は過去最高額となりました。

ただ、スポンサーとの交渉というのは「相対」という方法で行われ、組織委員会の内部ですらほとんど共有されていませんでした。こうした状況の中でチェック機能が十分に働かず、高橋元理事の不正が見過ごされてきたと見られます。

取材に当たった田畑記者です。こう見ますと、高橋元理事はスポーツビジネスにおいて並外れた力を持っており、組織委員会も企業もそこにあやかろうと動いている実態が見えてきたわけですが、何が一番の問題だったと考えていますか。

スタジオゲスト
田畑 佑典 (NHK記者)
社会部

田畑:
やはり、高い公共性、公益性が求められるオリンピックを舞台に事件が起きてしまったこと、これがいちばん大きな問題です。高橋元理事が民間の立場で企業を仲介し、手数料を取るならば罪には問われません。

しかし、組織委員会の理事や職員は法律で「みなし公務員」と規定されており、職務に関して金銭などを受け取ると一般の公務員と同じように罪に問われます。オリンピックには多額の公的資金も投入されており、チェックの甘さも含め、国民の納得が得られるとは到底思えません。

桑子:
そして、電通一社に依存している構造自体は問題ないのでしょうか。

田畑:
ブラックボックスとも言われるスポンサー選定の方法には批判もありますが、この構造自体は違法ではありません。また、現在のスポーツ界は大会の運営や開催など、広告会社に支えられているという現実もあります。

ただ、今回の事件では電通を頼るあまり、元専務という肩書を持つ高橋元理事につけいる隙を与えてしまったのではないかという指摘もあります。こうした構造や問題について、組織委員会はすでに解散していて、検証は行われていません。うやむやにせず、第三者による検証が必要だと思います。

桑子:
今後ですが、高橋元理事への捜査、そして事件はどこまで広がっていくと考えていますか。

田畑:
高橋元理事は一連の事件で3度逮捕されていますが、いずれも不正を否定しています。また、贈賄側のうちKADOKAWAの元会長は「汚職に関与したことは一切ない。裁判では無実を明らかにしたい」と主張しています。

ただ、捜査の対象は依然広がりを見せていて、底なしの様相も呈しています。東京大会の国内スポンサーはあわせて68社あり、元理事がどこまで関与していたのか、最終的な決定がどのように行われていたのか、全体像はまだ分かっていません。

特捜部は、なぜ高橋元理事がここまで影響力を持てたのか。組織委員会の森元会長や竹田恒和元副会長からも任意で事情を聴いていて、実態の解明を進めています。

桑子:
そして、ここからはオリンピックの研究をされている來田享子(らいたきょうこ)さんにも加わっていただきます。

來田さんは、組織委員会の森元会長のいわゆる「女性蔑視発言」のあと、2021年3月に理事に就任されました。

組織委員会の副会長だった荒木田さんが「何もできなかった」と痛恨の念を話していましたが、不正を見逃してしまった組織委員会のガバナンスのあり方について、どういうふうに考えていますか。

スタジオゲスト
來田 享子さん (中京大学 教授)
オリンピックを研究

來田さん:
ひと言で言うと、官僚主義的だったんです。専門性が高い人たちが、迅速に円滑に物事を進めていくにはよい組織なのかもしれないですが、一方で上下関係が非常に厳しくて、上の言うことにはなかなか逆らえない。あるいは決まっていくプロセスの中で、責任の所在が不明瞭になるというような状況があった組織ですね。

桑子:
そういう実感を持っていらっしゃるわけですね。こうした中で、札幌市とJOCは2030年の冬のオリンピック・パラリンピックの招致を目指しているわけです。

9月、今回の事件を受けて「組織委員会の理事会の役割の明確化」、「取り引きの管理体制の整備」、「広告代理店の役割、組織委員会の意思決定プロセスを検討する」という宣言を出したわけですが、來田さんはご覧になって印象はいかがでしょうか。

來田さん:
どれももちろん大事なことではあると思います。ただ、これを宣言する前の段階として、いま何が起きていて、どこに問題があったのかというものが分からないと、この言葉は実効性があるものにはならないところがあると思います。

桑子:
これから何をすべきかを問われると思うのですが、同じことを繰り返さないために、來田さんが参考になるとおっしゃっているのが、次の夏のオリンピックの開催地であるフランス・パリの取り組みです。これは、どういうことになっているのでしょうか。

來田さん:
特に真ん中と右側のところが特徴的だと思うのですが、この「倫理委員会」が立ち上がる前の段階として、議会が「組織委員会」に対して「あなたたち、こういうこときちんと守りなさいね」という倫理憲章を作ります。それを基にして、組織委員会は第三者機関として自分たちを監視する組織を自分たちで作るわけです。

桑子:
自分たちで作っている。

來田さん:
外側に作るわけですね。そして右側の「汚職防止の専門機関」ですが、これはフランスの政治家たちが汚職をたくさんやった。それに対する国の中での対応というものもあるのですが、これを組織委員会にもかけていくという形で最初から最後まで仮設を取っ払うまで、すべて監視対象にしていくと。

桑子:
厳しいチェック体制がある。そして「フランス会計検査院」があるわけですね。

來田さん:
国民の税金を使うということですから、当然日本と同じように会計検査院が見ると。こういう仕組みを全部作ることによって、パリは「汚職が多かったこの国を変えるんだ、そして世界のモデルになるんだ」ということをきちんと示そうとしているのだと思います。

桑子:
一連を通して見ますと、開催の前後にさまざまな問題が明らかになっており、オリンピックとは一体何なのだろうという気持ちになるわけですが、來田さんはオリンピック開催の意義をどのように考えていますか。

來田さん:
オリンピックは、それぞれの人にとって意義があるもの、意義を作るべきもので、上から意義が降ってくるものでは実はなかったんだろうと思うんです。ですからこういう出来事が起きて、きちんと検証も進んでいない部分もありますが、一体東京大会というのは誰がやりたいと思っていたものなのか、そしてそれはなぜだったのかということを、一人一人がもう少しきちんと問いかける。それが無ければ、次には向かえないと考えるほうがいいのではないかと思います。

桑子:
ありがとうございます。オリンピックが追求する重要な理念の1つに「公正性」というものがあります。だからこそ今、検証し尽くすことが必要ではないでしょうか。

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