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2022年9月7日(水)
揺らぐ“中絶の権利”日本の現実は

揺らぐ“中絶の権利”日本の現実は

年間14万件の人工妊娠中絶が行われている日本。産婦人科の医師を対象に調査すると、意図しない妊娠をしたケースでも中絶できない「壁」があることがわかりました。調査のきっかけとなったのはアメリカの中絶をめぐる混乱です。半世紀ぶりに最高裁の判例が覆され、中絶を厳しく規制する州が増えたため、追い詰められる人が相次いでいます。妊娠や中絶という女性の人生を左右しかねない重い選択を迫られる現場で、いま何が起きているのでしょうか。

出演者

  • 中島 かおりさん (NPO「ピッコラーレ」代表理事・助産師)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

全米に激震 "中絶禁止"でなにが

桑子 真帆キャスター:
ことし6月、アメリカ社会を大きく揺るがす出来事がありました。それまで連邦最高裁判所は「中絶は憲法で認められた女性の権利だ」という判断を示していましたが、その判断を半世紀ぶりに覆したのです。

アメリカでは長年、胎児の命を尊重すべきだとする「中絶反対派」と、女性の選択を尊重すべきだとする「容認派」の対立が政治的な争点にもなってきました。

今回の判断を受けて、中絶を禁止するかどうかはそれぞれの州の判断に委ねられることになり、すでに禁止された州は11に上ります。アメリカで何が起きているのでしょうか。

"中絶禁止"で必要な治療が受けられない

いま中絶が認められている州には、禁止された周りの州から処置を希望する女性が押し寄せています。

このクリニックで行っているのは、飲み薬を使った中絶です。1か月で患者は350人。そのうち、少なくとも200人が州外から10時間以上かけて訪れます。

医師 フランツ・ティアードさん
「ヒューストンやダラスから。それに、ミシシッピ、ルイジアナ、オクラホマからも飛行機などで来ます。3日前には、レイプされて妊娠した、わずか11歳の女の子がやってきました。隣の州の中絶反対派の政治家は、若い人たちをどんな目にあわせているか知るべきです。11歳ですよ、私の孫と同じ年です」

すでに中絶を禁止する州が相次いでいるアメリカ。今後、全米の半数近くに広がると見られています。その一つ、来週から中絶が完全に禁止されるインディアナ州。意図しない妊娠をした女性を支援する団体には、中絶に関する相談が殺到しています。8月の相談は週に100件余り。以前の3倍以上に急増しています。そのほとんどが経済的に困窮している女性です。

支援団体 ジェシカ・マーチバンクさん
「中絶が禁止されても、経済的に余裕がある人たちは困りません。禁止されていない州まで自分の車で行けばいいわけですから。弱い立場の人や、日々暮らすだけで精いっぱいの人たちこそが、困難を抱えるのです。絶望的な状況です」

この州で中絶の処置をぎりぎりまで続けているクリニックでは、周囲で反対派が抗議活動を続ける中、意図しない妊娠をした女性が複雑な事情を抱えて駆け込んできます。

すでに子どもが4人いる上、借金も抱えているという女性。思いがけない妊娠に、悩みながらも決断しました。

オハイオ州から来た35歳の女性
「まだ、これで良かったのかとためらいはありますが、お金が…。前の出産で100万円以上借りていて、返済に何年もかかります。今いる子どもを育てるだけでも大変で、これ以上育てる自信がないんです。こんなことになるなんて」

2歳の息子をひとりで育てている女性。このままだと美容師の仕事を続けられなくなり、収入が途絶えるといいます。

オハイオ州から来た24歳の女性
「私はシングルマザーで、自分の収入しかありません。もう1人子どもを抱えると、ホームレスになってしまいます。自分で自分を守らなければ」

月に500人を診察してきた医師。来週以降、女性たちが行き場を失うと懸念しています。

医師 キャサリン・マクヒューさん
「中絶を禁止しても、中絶の安全性が低下するだけ。医療へのアクセスが難しくなるのです。自力で中絶をする人たちが出てくるのを、とても恐れています」

中絶が原則禁止された州では、女性の命を守るために必要な治療ができない事態も起き始めています。

4か月前、妊娠中に危険な状態に陥ったエリザベス・ウェラーさん。当初は、初めての出産を心待ちにしていました。

エリザベス・ウェラーさん
「体全体が写っています。ちょうど性別が女の子だと分かったときです。すべて順調に進んでいました」

異変が起きたのは妊娠18週目。散歩中に出血し、その後、破水。慌てて駆け込んだ病院で「胎児の命は助からない」と告げられました。

エリザベス・ウェラーさん
「赤ちゃんがおなかの中で亡くなるまで待つのか、あるいは死を受け入れて中絶手術を受けるのかということでした。その夜、夫と中絶が赤ちゃんがいちばん苦しまずにすむ選択だと決断したのです」

母体にも危険が及ぶリスクがあるとして、主治医は手術の手続きを始めました。しかし、病院の許可が下りず、手術を受けられませんでした。破水から4日後。エリザベスさんの子宮は細菌に感染し、危険な状態に陥りました。

エリザベス・ウェラーさん
「『すぐに緊急治療室に入って下さい。早く対応しないと命が危険で、もう妊娠できなくなる可能性もある』と言われました」

この州の法律では「母体の命に関わるような緊急事態」に限って、例外的に中絶ができるとしています。なぜ、エリザベスさんのケースではすぐに対応できなかったのか。州の産婦人科医会の会長は、「何が例外に当たるのかあいまい」で医師が「罰せられるおそれ」があるためだと指摘します。

テキサス産婦人科医会 会長 ジョン・ソーピルさん
「この州では、レイプや近親相姦(かん)でさえも中絶できず、例外は『命に関わる緊急事態』だけです。法律では医療を詳しく知らない人が緊急事態にあたるかを決定するわけですから、医師が不安を感じるのも無理はありません」

中絶が禁止されたことで、必要な治療をすぐに受けられなかったエリザベスさん。その深刻さを知ってほしいといいます。

エリザベス・ウェラーさん
「女性から体の自己決定権を奪うなんて、とても乱暴な法律です。私たちは基本的な医療を受けるために、命がけのギャンブルをしなければならない状況に追い込まれているのです」

意図しない妊娠 日本では

桑子 真帆キャスター:
今見たように、当事者である女性たちが振り回されている実態について、アメリカ憲法が専門の拓殖大学、小竹聡教授は、

アメリカ憲法が専門 拓殖大学教授 小竹聡さん
「産むか産まないかを政治が決めることになっていて、個人の身体の決定に公権力が介入することは、その人の生き方を強制することにもなり問題だ」

と指摘しています。

生まれてくる命や、産むという選択は当然守られなければいけません。一方で、意図しない妊娠をした女性が、産まないことを自分で決められずに追い詰められるという現実は、アメリカだけでなく日本にもあります。それはなぜなのか。

日本では、そもそも刑法の規定で「堕胎罪」が100年以上前に定められていて、中絶をした女性と、それに関わった医師などは罰せられることになっています。
ただ、「母体保護法」のもとで「配偶者の同意」を得れば、医師は中絶手術を行うことができるとされていて、実際年間およそ14万5,000件の人工妊娠中絶が行われています。

しかし、取材を進めるとこの仕組みに日本特有の壁があることが明らかになりました。VTRの中には、性暴力被害や中絶に関する描写があります。

"自分で決められない" 中絶めぐる日本の現実

4年前、交際相手との間に妊娠が分かったアミさん(仮名)です。当初は優しかった男性。一緒に暮らし始めると、ひょう変したといいます。

アミさん(仮名)
「気に入らないことがあると、私のことを朝まで怒ったりするようになりました。仕事もしちゃだめだということで全部やめさせられて、買い物行くのも、ひとりでは行かせないよという感じで」

避妊のために飲んでいたピルも、捨てられたといいます。

アミさん
「『捨てろ』って言われたから、このままゴミ箱にぽいってしたら、そんな拾えるところに捨てて、おれが許すと思っているのかって感じで。『貸せ』って言って、1個1個、錠剤をトイレに流していましたね。(子どもという)事実をつくれば、私が離れていかないと思ったんだと思います」

ほどなくして、妊娠。出産を強く望む相手に逆らえず、産むしかないと思っていました。しかし、妊娠9週目。衝撃的なことばを投げつけられたといいます。

アミさん
「一度、反論したんですよね。そうしたら『子どもをおろして実家に帰れ』って言われました。正直、信じられなかったんですよね。私は道具かなと思って。産めと言われて強制的に妊娠させられたのに、またおろせと言われて」

アミさんは実家に身を寄せ、中絶を決意しました。手術費用を工面し、やっとの思いで訪れた病院で、さらに壁が立ちはだかります。手術の同意書に、相手の男性のサインを求められたのです。相手に連絡を取りましたが。

アミさん
「人殺しの手助けなんかするつもりはない、みたいな感じで断られちゃったので病院側に『両親じゃだめですか』と聞いたのですが『絶対に相手じゃなければいけない』と言われて。早くしないとおろせなくなると思って、どうしようどうしようと」

このとき求められた「相手の男性の同意」。実は、未婚のアミさんの場合は法的には必要ないものでした。

それを知らなかったアミさんは悩んだ末、知人の男性に相談。「俺の子だということにすればいい」と、署名してくれたといいます。中絶には至りましたが、追い詰められた日々を思い出すと今でも苦しくなります。

なぜ、医師は未婚の場合でも法的に不要な同意を求めるのか。今回番組では、医療情報サイトと共同で、中絶手術に携わる産婦人科医にアンケートを実施しました。

NHKと医療情報サイト(m3.com)の共同調査
対象:中絶を行う医療機関に勤務経験がある産婦人科医

未婚の女性に対して「どのような状況でも相手の同意を求める」と答えた医師は、33%に上りました。

同意を求める理由を聞くと「母体保護法をそのように解釈しているため」が71%と、法律の正しい解釈が現場の医師に浸透していない実態が明らかになりました。さらに「訴訟のリスクを避けるため」という医師も、43%に上りました。

アンケートに答えた1人、都内の産婦人科クリニックの院長、杉山太朗さん。女性の体への負担が少ない方法で、年間50件ほどの中絶手術を実施しています。女性が未婚の場合は法的に同意は不要だと知っていますが、可能な限り求めているといいます。

産婦人科医 杉山太朗さん
「クリニックにとって訴訟は、いちばん怖いものになりますので、いかに問題が起きないようにやるか、それを中心に考えてしまう。おかしいなと思いながらも、書類として成り立つようにする意味で(相手の)サインをなんとかもらうようにしています」

相手の男性の同意が不要なのは、未婚の場合だけではありません。厚生労働省は、結婚していてもDVで婚姻関係が実質的に破綻している場合などは、不要だとしています。

相手の同意が不要なケース(厚生労働省)
◇未婚の場合
◇夫のDVなど婚姻関係が実質破綻しており、同意を得ることが困難な場合
など

しかし取材を進めると、女性がDVを訴えても同意を求められる実態があることが分かりました。

4年前に結婚した、サツキさん(仮名)。夫は結婚直後から避妊を一切しなくなり、サツキさんが頼むと物を投げたり、暴れたりするようになったといいます。

サツキさん(仮名)
「家の中をめちゃくちゃにされて、暴れられて怒られる状況のほうが面倒くさいし、そういう状況にされると、落ち着くまでの時間を耐えることのほうがしんどい。しょうがない、応じようという感じでした」

そして、妊娠。直後に、夫には400万円の借金があることも知らされました。とても育てることはできないと中絶を決意しましたが、夫には同意書へのサインを拒まれたといいます。

病院で「夫からDVを受けていて同意がもらえない」ことを、泣きながら訴えました。

サツキさん(仮名)
「人生相談の場所じゃないと、お医者さんに言われて。母体は胎児のためのゆりかごだ、みたいなことも言われて、そこで心は折れましたね。自分の体なのに、自分の意思だけで自分の生き方を決めることができない。当事者なのに、いちばん蚊帳の外みたいな。なんなんでしょうね」

無力感にさいなまれ、一人悩みを抱えたまま出産。その後、エスカレートするDVに耐えかねたというサツキさんは、逃げるように離婚しました。子どもとは離れ離れになったままです。

なぜ、女性本人がDVを訴えても同意を求められるのか。

配偶者同意を得られず、追い詰められた女性たちを診てきた産婦人科医の太田寛さん。現場で医師が判断することの難しさを指摘します。

産婦人科医 太田寛さん
「例えばセックスだけ強要されるようなDVとかだと、外から見てもわからない。配偶者同意を取れない状況だと本人が言っている場合に、それを信用していいかどうかというのは判断できませんよね。その負担を引き受ける女の人本人が『産めない』と言っていることに対しては、中絶を認めるというかたちにしてもらいたい」

自分の体 自分で決められる社会に向けて

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
こうして不要な同意が医療現場で求められていることについて、日本産婦人科医会の石渡勇会長は、「未婚やDVなど、法的に不要とされている同意については求めないよう適切な法解釈を周知徹底するとした上で、女性の証言に基づいて判断すべき」として、初めて踏み込んだ発言をしました。

日本産婦人科医会 石渡勇会長
「基本的には本人の証言だけで十分だと思っています。適切に対応しているにもかかわらず、クレームはどうしても出てきます。場合によっては紛争、訴訟にもつながりかねないこともでてきます。そのときは、日本医師会、あるいは日本産婦人科医会が、全面的にバックアップする」

桑子:
きょうのゲストは、女性からの相談を数多く受けてこられたピッコラーレ代表理事の中島かおりさんです。

中絶をしたくても自分で決められないという現状ですが、支援をふだんされている中で、どんなことを感じていますか。

スタジオゲスト
中島 かおりさん (NPO「ピッコラーレ」代表理事・助産師)
妊娠に関わる悩み 約7,000人の相談をうける

中島さん:
そもそも妊娠は相手がいることなので、思いどおりにならない中で妊娠を継続するのかしないのか、継続したいと思っても流産であるとか、不妊であるといった形で、妊娠のすべてに医療が必要なんです。

今回の中絶の話もヘルスケアの話であって、そして医療を受ける権利の話でもあると思います。1人の人が妊娠をして、健康であるとか命に関わる、そういう話に対して宗教的な信条であるとか、イデオロギーのようなものが優先されてしまうという状況というのは、すごく暴力的で差別的だなと感じます。

VTRの中で、当事者だけではなくて医療の現場にいる医師も困っていましたよね。法律というのが、誰の何を守るための法律なのかと思ってしまいます。

桑子:
ふだん女性たちと接する中で、大切にされている視点というのはどういうことですか。

中島さん:
ピッコラーレが現場で大切にしているのは「セクシャル・リプロダクティブヘルス&ライツ」という概念です。

セクシャル・リプロダクティブヘルス&ライツ
性と生殖に関する健康と権利

これは簡単に言うと、自分の体のことを自分で決めるという考え方です。相談の中で、相談者に「自分で決めていいんだよ」というと、電話の向こうですごくほっとされる様子が感じられます。

ただ「自分で決めていい」と言ったとしても、実際には決めていくことにはすごく大きなエネルギーがいりますし、決めるために必要な情報であるとか、決めたあとも葛藤が続いていて、そしてサポートが必要なのですが、それがなかなかないという中で、自分で決めていくのはすごく大変で苦しいことだと感じます。

だからこそ私たちはジャッジをしないで、そしてその決定を支えていくということを大事にしています。

桑子:
あくまで本人の意見を大切にされているわけですね。今回、番組の医師アンケートでは、配偶者同意の法律の規定そのものについても尋ねています。

「撤廃すべきでない」と「撤廃すべき」が、ほぼきっ抗する結果となりました。それぞれの意見も聞いていまして、中島さん、例えば男性のことについて触れているもの。

「男性にも妊娠の責任を自覚してほしいので配偶者同意は必要なんだ」

という意見。こういったものはどういうふうに感じますか。

中島さん:
こういった意見は支援の現場でもよく聞こえてきますし、すごく共感をする意見だなと思います。例えば、乳児遺棄の問題の中でも女性だけが罪に問われてしまうとか、自己決定することが自己責任とセットにされてしまっている中で、異議申し立てのような意見なのかなと思います。

そもそも男性の責任の取り方が「配偶者の同意」という形でなくてもいいと思いますし、自己決定した人が自分で責任を取らなければならないということではなくて、一人で抱えないようにできる、社会全体で支えることができるという仕組みが大事だと思っています。

桑子:
自分の体について、自分で決められるようにするためにはどういうことが必要だと考えていますか。

中島さん:
そもそも中絶をしたくて妊娠する人はいないですよね。日本の場合は、妊娠を継続するのかしないかということを決めるよりも、もっと手前に大きな課題があると思っています。

例えば、諸外国では薬局で安価で手に入れることができる「緊急避妊薬」というものが、日本ではまだ処方薬のままで、しかも高額です。そういった状況を変えるところからやっていく必要があると思います。

桑子:
あと、ほかに何か訴えたいことはありますか。

中島さん:
基本的な人権と、そして科学的な根拠に基づく一人一人の「ウェルビーイング」を目指した包括的な性教育というのが、若い人だけではなく、むしろ私たち大人こそが学ぶ必要があると思います。この番組のように、オープンで安全な場所で性に関することについて、みんなで語ることができる社会になってほしいと思います。

桑子:
ありがとうございます。自分で決めるということ、これはすべての人に当てはまることです。

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