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2022年8月1日(月)

“戦争犯罪”は裁けるのか ウクライナ検察・知られざる闘い

“戦争犯罪”は裁けるのか ウクライナ検察・知られざる闘い

ウクライナでは今、史上例のない規模での“戦争犯罪”の捜査が進められています。2万件以上の膨大な被害をどう検証し、容疑者を特定するのか。番組では、ウクライナの地方検察庁にカメラを入れ、知られざる闘いに密着しました。困難を極める戦火の下での捜査。そこに、迅速かつ厳しい処罰を求める国民感情が交錯します。果たして検察は「公正な正義」を貫けるのか。そして、プーチン大統領の責任は問えるのか―。

出演者

  • 越智 萌さん (立命館大学国際関係学部 准教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

"戦争犯罪"は裁けるのか 密着 ウクライナ検察

ウクライナ北部の都市、チェルニヒウ。軍事侵攻の直後からおよそ1か月にわたりロシア軍に包囲され、激しい攻撃にさらされました。犠牲者は1,000人以上に上っています。

民間人の殺害、拷問、略奪など、ロシア兵の戦争犯罪を立件するために奔走しているのが地元の検察官たちです。検察が今、最も力を入れて捜査している郊外のヤヒドネ村。

ロシア軍が攻撃の拠点として占領していた小学校です。ここで何が起きたのか。村の住民から証言を集めていました。

チェルニヒウの検察官
「これは撃たれた人の名前ですか?」
住民
「そう。いつ殺されたか書いてあります。この人は撃たれた。この人も。この人たちは爆弾で亡くなった」

この小学校の地下に300人ほどの住民が軟禁され、15人が殺害されたといいます。

住民
「外に遺体を出せなかったので、そのままここに置いてありました」
チェルニヒウの検察官
「ということは、遺体と一緒に寝ていたのですか?」
住民
「そうです」

当時ヤヒドネ村には、およそ100人のロシア兵がいたと見られています。誰がどのような犯罪行為を行ったのか、証拠を積み上げていく必要があります。

チェルニヒウの検察官
「(兵士の)コードネームが書かれています。被害者の証言だと、指揮官は『クモ』と呼ばれていました」

残された荷物などから手がかりを探していますが、村からロシア軍が撤退した今、兵士一人一人を特定することは困難を極めていました。

チェルニヒウの検察官
「捜査で最も難しいのは、ここにいたロシア兵の数や彼らのデータ、そして住民に確認してもらうための容疑者の顔写真を入手することです」

ヤヒドネ村の捜査をする検察官の1人ハマイコさんは、この日、聞き取りを行った男性から住民を拷問したとされるロシア兵の有力な情報を得ました。

ロシア兵に拘束された男性
「機関銃を向け『動くと撃ち殺すぞ』と言われました」

ロシア兵に脅され、3日間にわたり拘束されたという男性。森の中に掘られた穴に押し込まれ、死を覚悟したといいます。

ロシア兵に拘束された男性
「穴の中に座らされ、膝に銃を突きつけられました。『撃ち抜いてやる、この日を忘れないように』と言われました。その後『膝じゃなく、かかとの方がいいだろう』と、銃口をかかとに向けました」

さらに、男性はロシア兵の顔を覚えていると証言しました。

ロシア兵に拘束された男性
「顔が平べったくて、目が細く、肌は黒かった。下手なロシア語で話していました」

ハマイコさんは犯行に及んだ人物を特定するため、村に侵入したと見られる複数のロシア兵の写真を示しました。

セルギー・ハマイコ検察官
「あなたが見た人はこの中にいますか?」
ロシア兵に拘束された男性
「3番」
セルギー・ハマイコ検察官
「3番の人ですね」
ロシア兵に拘束された男性
「はい」
セルギー・ハマイコ検察官
「この4人の中から、どんな特徴で彼を見分けましたか?」
ロシア兵に拘束された男性
「顔の形、目の形、広い鼻」
セルギー・ハマイコ検察官
「彼で間違いないですか?」
ロシア兵に拘束された男性
「私が見た男に、とても似ています」

この日の捜査で、新たに2人のロシア兵が容疑者として浮かび上がりました。

セルギー・ハマイコ検察官
「さらに多くの具体的な証拠を得る必要があります。例えば、ロシア兵の通信を傍受したデータなどです。その後、収集した情報を裁判所に渡します」

戦時下の戦争犯罪の捜査を担う人たちは、過酷な現実と向き合いながら職務に当たっていました。

検察で遺体の検視をする医師のフェネンコさんは、700体の死因を調べ、被害者の証拠として報告してきました。

ユーリ・フェネンコ検視官
「爆破や火災で遺体の損傷がひどく、身元を特定できないことが多かったです」

ロシア軍の撤退から4か月。冷凍のコンテナには、いまだに身元が特定できない遺体がおよそ30体残されています。

ユーリ・フェネンコ検視官
「とても感情的になります。仕事中は大丈夫なのですが、忙しいし、集中しているので。ただ、家にいるときや時間がたつと…」

ロシア兵を弁護するウクライナ人弁護士もまた、厳しい現実に翻弄されていました。

戦争犯罪を裁く初めての裁判で国選弁護士を務めたオブシャンニコウさんは、軍事侵攻の直後からロシア軍に強い怒りを感じ、領土防衛部隊に参加。そうした中で、民間人を殺害した21歳のロシア兵を弁護することになりました。ほとんど何も知らされないままウクライナに送り込まれたという兵士。犯行は上官から命じられたものだと証言しました。

ビクトル・オブシャンニコウ弁護士
「彼もまた被害者で、責任を取らせるのは違うと思いました。彼自身の意思ではないからです」

裁判が進むにつれ、連日ウクライナ市民から抗議の声が寄せられました。


「殺人行為を正当化するのか」
「ロシア兵の犯罪を知りながら、弁護を引き受けるのか」

フェイスブックより
ビクトル・オブシャンニコウ弁護士
「『そっちに行ってぶっ飛ばしてやる』なんて電話もありました。ウクライナは正しい裁判をする国です。そうでないと、ロシアになってしまう。ロシアでは法律は機能していませんから。正しき裁きは、とても大切なことだと思っています」

検察官のハマイコさんは、公正さが求められる仕事と、みずからの感情との間で揺れてきました。実はロシア軍が仕掛けた地雷によって、親族の女性を亡くしていたのです。

2人の子を持つユリアさんは、家族ぐるみでつきあう仲でした。

セルギー・ハマイコ検察官
「つらかったでしょう。全身を火傷(やけど)して、3時間後に亡くなりました」
取材班
「そのことを知ったときは、何を感じましたか?」
セルギー・ハマイコ検察官
「叫びました。いまだに私は、この感情を表現できません。彼女の夫と会ったとき、ただ無言でハグをしました。しばらく沈黙しました」

みずから武器を持って、戦場に行くことも考えたハマイコさん。しかし、裁判でロシア兵を公正に裁くことこそが正義なのではないかと考えるようになったといいます。

セルギー・ハマイコ検察官
「いま私には、やるべき仕事があります。感情に左右されてはいけません。戦場で戦うことだけが、すべてではありません。一人一人の行いの積み重ねが勝利につながるのです」

容疑者を特定するため、地道な捜査を続けてきたチェルニヒウの検察。ようやくロシア兵の身柄を確保しても、裁判にかけられない事態に見舞われていました。

3月、ロシア軍の戦闘機が墜落したときに起きた事件です。機体から緊急脱出したロシア兵のパイロットが、駆けつけた住民を射殺。その後、ウクライナ軍の兵士に捕らえられました。

戦闘機の墜落で、自宅を破壊されたコレツキーさん一家です。2人の子どもを育て、40年暮らしてきた家。家族の思い出が詰まった居場所を一瞬で奪われました。

オレクシー・コレツキーさん
「少しずつお金と時間をかけてこの家を建てたのに、それをすべて…」

ロシア兵のパイロットに射殺された、男性のめいです。厳罰が下されることを望んでいました。

射殺された男性の遺族
「ここに、おじが倒れていました。すでに亡くなっていました。明るくて、家族思いの人でした」
取材班
「裁判で、どのような判決を望みますか?」
射殺された男性の遺族
「最低でも終身刑です」

事件から1か月。チェルニヒウの検察は、ロシア兵パイロットを起訴。しかし、いまだに裁判は開かれていません。ウクライナの政府当局が、ロシア兵の捕虜を返す代わりに自国の兵士を返してもらう「捕虜交換」を行ったからです。

戦争犯罪の立件を目指してきたチェルニヒウの検察長官は、どう受け止めているのか。

チェルニヒウ検察 セルギー・ワリシーナ長官
「捕虜交換の問題は、国家の指導者が直接対処するものです。この問題を一般的に考えると、ウクライナ市民や兵士を救えるのであれば、ロシア人との交換は正しいことです」
取材班
「あなたの立場として、捕虜交換をどう思いますか?」
セルギー・ワリシーナ長官
「これに関して、私はコメントすることができません。」

これまでにチェルニヒウの検察が確認した戦争犯罪は1,400件以上。このうち、実際に裁判にかけることができたのは1件です。

セルギー・ハマイコ検察官
「私たちが平和に暮らすために、裁判は正確に機能する必要があります。そのとき(プーチン大統領を裁く日)は必ずくると信じています。これほどひどいことをした責任を絶対に取らせないといけません」

真実めぐる闘い

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今回私たちが取材できたのは、ウクライナ側の被害でもごく一部にすぎません。各地で捜査が続けられています。

きょうのゲストは、立命館大学の越智萌(めぐみ)さんです。よろしくお願いいたします。

スタジオゲスト
越智 萌さん(立命館大学国際関係学部 准教授)
戦争犯罪や国際刑事司法が専門

越智さん:
よろしくお願いします。

桑子:
戦争犯罪の裁判というのは戦争が終わったあとに第三者によって開かれるという印象があるのですが、まだ戦闘が続く中、しかも当事国によって裁判が行われているわけですよね。これはどう捉えたらいいのでしょうか。

越智さん:
戦争犯罪には戦争を始めるという侵略犯罪と、戦争中のルールの重大な違反という2種類があるのですが、ウクライナが行っているのは後者の裁判になります。

あまり知られていないかもしれないですが、戦争中の戦争犯罪に関しては、すべての国ができるだけ迅速かつ公正に戦争犯罪裁判というのを行う義務が国際法上あります。

なので、ウクライナで今行われている戦争犯罪裁判というのはウクライナの国内法に基づくもので、かつ国際法的な義務の履行でもあると思います。

桑子:
ウクライナが今、戦争と同時進行で戦争犯罪の裁判を行っているわけですが、このねらいというのを越智さんに2つ挙げていただきました。

ウクライナ
・国際社会へのアピール
・歴史的な真実の確定

「国際社会へのアピール」、そして「歴史的な真実の確定」ということですが、まず「国際社会へのアピール」というのはどういうことでしょうか。

越智さん:
このねらいは抑止や被害者への救済といった基本的なものに加えてのねらいなのですが、まず1つ目はウクライナは国際社会、特にヨーロッパ諸国に共感してもらい、支援をし続けてもらわなければいけない立場なので、国際法を順守した形で裁判ができるし、やる意識があるということを示すことが重要だと考えられているのではないかと思います。

桑子:
そして「歴史的な真実の確定」というのはどういうことでしょうか。

越智さん:
今後ロシアの侵攻の度合いによっては、証拠や証言がこれからどんどん失われたり、隠滅されてしまう可能性があります。その前に、できるだけ早く証拠を保全し、そして法的な解釈を踏まえて判決として確定させてしまうことで、将来歴史の修正を試みようとする人を阻もうという意識があると思います。

桑子:
一方のロシア側ですが、ロシアでもウクライナ兵の裁判というのは始まっています。ロシア側のねらいというのは、どういうことでしょうか。

越智さん:
ロシアもウクライナと同様に国際法上、戦争犯罪の事案を認知すれば戦争犯罪裁判を行う義務が形式的にはありますので、それを守っているという見方もできるかと思います。

単なる報復ではなく、ロシア側も今回の軍事侵攻の正当化を図る必要がありますので、裁判をしていく中で証拠としてそういった事実が出てくればなおよいと考えてのものかなと思っています。

桑子:
双方の思惑を聞きましたが、現在訴追が行われているのは戦地で罪を犯したロシア兵です。ただ、ウクライナ検察はその先も見据えています。

指揮命令系統を追う 密着 ウクライナ検察

戦地で下士官に命令を下したのは誰なのか。その上官に作戦を命じたのは誰なのか。

指揮命令系統をたどり、最終的に軍の最高司令官など、戦争指導者の責任を問うことを目指しています。

例えば携帯電話の通信傍受記録や、下士官の証言などを手がかりにたどっていきます。

ウクライナ検察庁 戦争犯罪局 ユーリ・ベロウソフ局長
「指揮命令系統を証明しなければなりません。軍の高官で犯罪に関与したのは誰なのか。捜査はとても難しいです。特に『国際刑事裁判所』の支援が必要です。なぜならプーチン大統領、ラブロフ外相、首相を、ウクライナの国内法廷で裁くことはできないからです」

"戦争犯罪"は裁けるのか 指導者の責任は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ウクライナの検察が今後の裁判で支援が必要だと話すのが、ICC=国際刑事裁判所です。

ICC(国際刑事裁判所)
・"戦争犯罪"個人を裁く
・各国の刑事裁判権を補完

ICCは戦地で戦争犯罪、つまり非人道的な行為を行った個人を捜査して裁くための国際機関で、各国の検察や裁判所が持つ刑事裁判権を補完する立場です。

越智さん、ICCが入ることで、司令官や指導者を今後裁くことにどうつながっていきますか。

越智さん:
ロシアはICCに加盟していませんし、協力義務がありませんので、ロシア国内に指導者や司令官がいたとしても、その人たちをすぐに引き渡すとか、司法の手がのびるということは想定しづらいと思います。

ただし、ICCの場合は日本を含め120か国以上の加盟国が協力する義務を負っていますので、今後、将来にわたって上層部の責任ある人の国際的な包囲網を敷いていくことがねらいだと思われます。

桑子:
すぐに指導者を罪に問うことは難しいとしても、戦時下で戦争犯罪を問い続けるということは意味があると捉えていいでしょうか。

越智さん:
そうですね。戦争犯罪というのは国際法で犯罪として規定しているもので、国際社会全体がそれを破ることは平和と安全を破壊する行為だと認定していますし、そのために裁判を行うというのは破壊された国際秩序を少しずつ修復していく試みになります。

戦争犯罪には時効がないので、今後犯罪を抑止していくためにも、たとえ長い時間がかかったとしても、強国によるものであっても、罪には罰が伴うということを証明していく必要があると思います。

私たち国際社会に住むすべての人の未来にとって非常に重要なことですし、それが分かっているからこそ多くの国がウクライナが今行っている戦争犯罪裁判を見守っていて、そして協力の意思を見せているんだと思われます。

桑子:
事実を記録して記憶する地道な闘いは続きます。その過程や行方を私たちも見ていかなければいけません。

"戦争犯罪"に直面した町 ある家族の願い

ロシアの戦闘機が墜落し、自宅が破壊された家族。いつか、もう一度家族で暮らす家をここに建てたいと願っています。

ロシア兵は裁判にかけられず、罪を問うことはできませんでした。

自宅を破壊された男性
「『彼に死んでほしい』とは私は思いません。神の裁きが下る。それだけのことです。誰かの死を願ったりはしません。もう誰かが死ぬのは十分ですから」

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。