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2022年7月27日(水)

バーゲン・ジャパン 世界に買われる“安い日本”(2)労働力

バーゲン・ジャパン 世界に買われる“安い日本”(2)労働力

新興国での賃金高騰と急速な円安を受け、中国など外資系企業が日本に製造拠点を作る動きが出始めています。まじめで質の高い労働力が"割安"で雇用できることが魅力だと言います。一方、かつて安い労働力を求め生産拠点を海外に移し続けてきた日本メーカーも国内回帰の動きを加速させるなど戦略を大きく見直しています。この30年間賃金がほとんど上がらず、今や世界でも“格安”となった日本の労働力を通して経済成長のヒントを考えました。

出演者

  • ジョセフ・クラフトさん (経済アナリスト)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

世界に買われる日本 注目される"労働力"

桑子 真帆キャスター:
今、日本の「労働力」が注目されているのはなぜか。鍵は世界の人件費の変化です。

日本企業は1980年代から90年代にかけて、円高を背景に生産コストの安い海外、特にアジアへ工場移転を急速に進めました。現地の安い労働力が日本の利益の源だったのですが、ここに来て、進出した国々で人件費が高騰しているんです。

例えば、この10年ほどで見ますと、中国では平均月給が217ドルから651ドルに。タイでは231ドルから433ドルなど、2倍から3倍も上昇しているのです。

一方、日本はほとんど賃金が上がらず、加えて今は円安の影響でコストがかさんでいます。日本企業が生産拠点を引き揚げたり、逆に中国企業が日本に生産拠点を移したりと、新たな動きが出始めています。

日本の労働力は"割安"!? 世界が注目する理由

大阪で海外企業の日本進出をサポートする団体。この20年で団体を通じて大阪に進出した企業は620社を超えます。ここ数年増え始めているのは、製造業。生産拠点を日本に構える企業も出てきているといいます。

大阪外国企業誘致センター 根来宣克事務局長
「地域によっては自国の賃金水準も上がってきている部分もありますし、今後も製造業の進出が増えてくるように感じています」

確かに、アジア各国の最低賃金は高騰を続けています。

しかし、それでもまだ多くの国が日本の3分の1以下と低い水準です。

ではなぜ、日本に製造拠点を移す動きが始まっているのか。

去年、大阪で操業を始めた中国資本のマスク工場では機械や原材料は中国から輸入し、日本国内向けのマスクを作っています。働くのは、社長以外すべて日本人。パートの時給は、中国より3割高い1,000円です。

社長の林励鯉(りんれいり)さんは、中国の投資家から8千万円を調達し、この工場を立ち上げました。日本に工場を作った理由の1つは、トータルで見た場合"割安"になったからだといいます。

これまで林さんは中国の工場で日用雑貨などを作り、日本に輸出していました。しかし林さんの中国工場の人件費は、この15年で10倍に上昇。利益を圧迫するようになっていました。

そこで注目したのが、横ばいで変化のない日本の人件費。日本で生産すれば、輸出の際の検品や輸送の費用を削減でき、中国より時給が多少高くても利益を出せるようになったというのです。

マスク製造会社 林励鯉社長
「日本と給料の面は、非常に近づいてきてるんですよ。日本で(人を)雇っても採算が合うんじゃないかなということがあって、われわれは踏み込んだんです」

もう1つの理由は「品質の高さ」です。

林励鯉社長
「例えばひもの付け方、ひもの強度とか、やっぱり1回使ってみたらリピート客はすぐ出てくるんですよ、品質いいと」

日本の従業員の正確な作業で不良品を減らせれば、返品のコストも大幅に削減できる。さらに将来、中国の人件費が上がると想定すると、当面日本で生産するほうが利益につながると考えたのです。

有能な技術者が"お買い得"?

日本企業には、生かされていない有能な人材が眠っている。それは世界的に見ても"割安"だと考え、獲得に動く企業も。

中国に本社を置く白物家電の世界的シェアを誇るハイアールグループは、10年前に三洋電機の白物家電部門を買収し、本格的に日本に進出。これまで、日本の家電メーカーなどで活躍していた技術者を積極的に雇用してきました。

日本地域を統括する杜鏡国(ときょうこく)副総裁が今特に注目するのが、入社まもない若手技術者です。年功序列が残る日本企業では、若手はたとえ能力があっても給与が低く抑えられているため"割安"で獲得できるといいます。

ハイアールグループ 杜鏡国副総裁
「素質といえば、日本の社員は非常に高いレベルを持っていますので。若者を育てる、早めに人材になれるよう非常に重要な投資だと思っています。うちのハイアールグループという会社は資金力をすごく持っていますので、なんでも投資可能と思います」

おととし、日本の半導体メーカーから転職した大久保晴加さん。

取材班
「ここは、ふだんの仕事場?」
大久保晴加さん
「そうですね。自席でもしますし、こっちで洗濯機を見ながら実際に仕事するときもあります」

大久保さんが担当するのは、洗濯機に組み込まれるプログラムの開発。今、画像解析で汚れの落ち具合を判定する新技術の研究も進めています。

大久保晴加さん
「実際に私が作ったものを洗濯機に書き込んで、想像通りに動いたときが一番楽しいです」

以前働いていた企業では、希望していた研究開発に携わることができなかった大久保さん。今の会社では若手社員にも研究開発のチャンスがあると聞き、転職を決断しました。毎月の給与は変わりませんが、成果を上げればボーナスが上積みされます。

大久保晴加さん
「若手で、かつ私がやりたいと言ったアイデアが採用してもらえて。前職では考えられないことで、やりたい人には挑戦を後押ししてもらえるところが外資系っぽいなと思いました」

今後も日本の優秀な技術者の確保を進め、世界市場で勝ち抜く礎にしたいと考えています。

杜鏡国副総裁
「業界をリード出来るような商品と技術も、どんどん生まれています。わたし、すごく高い評価していますので、社員に。品質、コスト、商品のデザイン、商品の性能、全部世界中で戦うことが出来ると思っています」

注目される"労働力"

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、経済アナリストのジョセフ・クラフトさんです。よろしくお願いいたします。

日本の労働力が"割安"だというふうに見られるのは、日本人からすると複雑な気持ちになるわけですが、こういう動きは全国的に今広がっているのでしょうか。

スタジオゲスト
ジョセフ・クラフトさん (経済アナリスト)
世界的な証券会社や投資銀行でマネージャーを歴任

クラフトさん:
今がまさに転換点で、今後確実に広がっていくと思います。ただ長期的に見て、これは決して日本にとってマイナスではないと思います。

桑子:
まず、なぜいま日本の「労働力」が注目されているのかをクラフトさんに挙げていただきました。

なぜいま日本の労働力が注目?
・質が高く"安い"人材
・社会の"安定性"

2点あるわけですね。まず、質が高く"安い"人材。

クラフトさん:
日本人は勤勉で真面目、ルールを守ると。優秀ながらも比較的"割安"という概念が、海外では浸透していますね。

桑子:
質は高い、ここは評価できるわけですね。社会の"安定性"というのはどういうことでしょうか。

クラフトさん:
コスト以上に最近重要になってきたのが、地政学リスク。例えば中国でいえば、急にコロナでロックダウンしたり、東欧でいえばウクライナ侵攻、こういった問題で事業の継続性が妨げられるリスク。逆に日本は非常に安定していますし、治安も衛生面も総合的に見て、非常に労働力が魅力的ということが言えると思います。

桑子:
日本でもコロナ禍などで企業が稼動できなくなることはあるのですが、世界的に見た場合、比較的安定だと見ていらっしゃるのでしょうか。

クラフトさん:
日本も当然そういったリスクはありますが、海外のほうがそういったリスクは大きいですし、ポイントは一極集中ではなくて、日本だけ、あるいは海外だけではなくて、生産拠点を分散することによってリスク管理、リスクの分散化をするということが重要だと思います。

桑子:
では、日本の労働力を当てにする外国企業が今後増えてくると何が起こるのか。かなりしたたかに海外企業は日本を見ているわけですが、メリットとデメリットがあるといいます。まず、メリットからお願いします。

クラフトさん:
当然、海外企業が進出することによって「雇用」が生まれます。それから海外企業からの「税収入」も増えます。注目なのは、日本で賃金が上がらないというのは、やはり労働者の競争力がない。したがって海外企業がいい人材を割高な賃金で雇うと、日本企業もいい人材を採るためには賃金を上げると。この相乗効果で賃金が上がっていく。人材獲得の競争というのが重要ですね。

桑子:
日本企業全体の賃金が底上げされるというメリットもあるわけですね。

クラフトさん:
おっしゃるとおりです。

桑子:
一方でデメリットもあります。

クラフトさん:
日本の優秀な技術者が、海外企業に勤めることで「技術の流失」。それから、もう1つ「日本的なサービス」、アフターケアなどが薄まっていくリスクはあると。

ただ、デメリットといっても両方メリット、デメリットがあって、例えば「技術の流失」は経営者から見たらデメリットなのですが、雇用者や技術者から見たら自分の技術でより活躍の場が増える、あるいは使われる。

「日本的なサービス」においても、過剰サービスということから生産性が低いと言われてきている。多少生産性を向上することによって企業の価値が上がっていくということもあるので、両方メリット、デメリットが裏と表になっているというところだと思いますね。

桑子:
こうした中、日本企業がどのように対応していくべきなのか、どういうふうにお考えですか。

クラフトさん:
いろいろ側面はあるのですが「スピードが非常に遅い」というところもありますし、もう1つは今デフレマインドで、ずっとコスト管理、コスト削減だけを見てきたと。

ただ、今後は商品の価値を上げていく「ブランド力」とか、リスク管理をより重視した経営が求められる。そういった海外企業が入ることによって競争が高まって、日本の企業の競争力も上がっていくということが期待されますね。

桑子:
労働市場の変化を、チャンスと捉えることができないか。今、戦略を大きく変えようとしている日本の企業もあります。

労働力めぐる"転換点" 日本企業の新戦略は

電機メーカーJVCケンウッドでは、ことしインドネシアで生産していた国内向けカーナビの生産をすべて日本に戻しました。そこには、海外の人件費の高騰だけではない理由がありました。

これまで設計や開発は国内で行い、生産はインドネシアで行ってきたメーカー。しかし生産拠点を海外に置くことで、日本人技術者が実践に関わる機会が減り、人材が育ちにくくなっていたといいます。

JVCケンウッド 長野 杵築兼史工場長
「国内での生産がなくなってきたということで、設計者も含めて生産現場に携わることが少なくなり、それによって技術力が下がってきている。競争に勝てなくなってきている」

国内に拠点を戻し、次の時代を担う人材を育成する。今、若手社員をあえて生産ラインに配置する戦略を進めています。トラブルにも臨機応変に対応することが求められる現場。ものづくりの再出発の足がかりにする考えです。

入社3年目 青木太一さん
「チャレンジすることも数多くあり、より深い知識が身について、新しい、いろんな多角的に考えられるようになった」

海外の人件費が上がり、価格を抑える戦いが難しくなった時代。世界と価格で競うのではなく、質で勝負する戦略に出たのがアパレル大手、ワールドです。鍵は日本製の復活。デパート向けブランドで3割ほどだった国内生産を、9割にまで拡大する改革に乗り出しています。

計画を指揮する大峯伊索さん。国内生産のねらいは、高品質を突き詰めた再ブランド化です。

ワールドグループ 大峯伊索常務
「不況感も世の中に出ていましたし、価格を抑えざるを得なかった。高い安いではなくて、価値、価格、バランスがとれたメードインジャパンをしっかり訴えていきたい」

例えば、このジャケット。1着を作り上げるまでに行う工程は160以上。

アイロンで形を整えながら少しずつミシンで縫うなど、海外では省略されることが多い難しい工程です。

国内での服の生産を一任された、入社19年目の吉田佳代さん。中国やベトナムの現場に任せていた服の作り方を一から見直し、手間と技術を投入した日本の商品で、もう一度世界と勝負したいと考えています。

技術研究所 量産 設計 リーダー 吉田佳代さん
「お店に行ってもメードインチャイナとか、メードインベトナムが増えてきていて、ものを作っている立場からすると悔しくもあった。品質のいいものが海外に出ていくことで、これがメードインジャパンです、見てくださいと。こだわったものづくりを、海外の方にも見ていただけるのはうれしい」

勝負の舞台は中国。去年、日本製を売りにした店を出しました。

店員
「綿の生地を使っているので、着心地が抜群です。UVカット機能と防臭にも優れています」

「いろいろな面で優秀ですね。日本製を選びたい」

価格設定は日本の1.7倍。それでも売れ行きは順調で、手応えを感じています。

大峯伊索常務
「なかなか日本の手じゃないとできないものがたくさんあるので。人が真ん中にいることが非常に大事なので、われわれは必ず人をきちんと継承して育成していく。そういう意味では(生産は)国内が非常に理がある」

新時代の戦略は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今の変化に対応しようとしているという印象は受けるのですが、すぐに適応していくというのはやはりなかなか難しいなという気もしていて、どんな課題があると思いますか。

クラフトさん:
ひと言で言うと「競争」が大事だなと思います。今、日本の優良企業を連想していただくと、例えばトヨタとかソニーとか、それらはみんな海外で競争にさらされて、非常に向上している。日本の企業はいい企業がたくさんありますので、日本でももっと競争が高まれば、危機感とともに向上心が高まってよくなるのではないかと思います。

桑子:
そのためにはまず、経営者はどういう視点が大切ですか。

クラフトさん:
今までのグローバリゼーション、いわゆるデフレマインド、一極集中のコスト型経営から“セグリゲーション(分離)”経営、例えばリスク管理型。日本だけにサプライチェーンを置くのではなくて、海外にも日本にもサプライチェーンを置いて、リスク分散をする。あるいは、地政学リスクのようなさまざまなリスクに対して対応できる多角経営が今後求められると思います。

桑子:
リスクを背負うことになると、働く身とすると責任も問われることになるわけですよね。そのあたりはどうでしょうか。

クラフトさん:
労働者、従業員も「さらに責任が課せられるのが嫌だからあまり活躍したくない」という意識も今後変えていかなきゃいけないですね。ですから、従業員も経営者も、もっと責任とリスクをもって向上していくという概念が大事だと思います。

桑子:
挑戦する心ということですね。取材の中ではこんな課題もあります。「“国内回帰”の課題は?」ということで、

JVCケンウッド 長野 白須良社長
「国内でサプライチェーンを再構築できるか」

今、グローバル化でかなり外に向かってしまっている。それを改めて国内でつくれるのでしょうか。

クラフトさん:
グローバル化で国内のサプライチェーンが空洞化してしまったので、それを早期に構築していくというのは急務なのですが、日本だけではなくて海外のサプライチェーンも維持しつつ、日本でのサプライチェーンも強化していくという分散型の経営が求められていると思います。

桑子:
日本だけでつくれることも大切ですが、それだけだと日本で何かがあったときに対応できなくなるわけですね。

クラフトさん:
おっしゃるとおりです。

桑子:
最後に、日本はこれからどのように進んでいったらいいのか。「日本が進むべき道は?」ということで、クラフトさんはこんなことをおっしゃっています。

「"消費者マインドの変化" 追い風に」

クラフトさん:
円安がマイナスであるとか、いろんな説があるのですが、昔は消費者は質が悪くてもコストが安いものを求めてきた。それに対応して企業は、とにかくコスト削減。今の消費者というのは、多少高くてもいい品質のものを買いたい。あるいは、人権問題とか環境問題を意識した企業の製品を買いたいという「消費者の意識」が変わっているんです。

桑子:
それは日本だけではなくて、世界的な潮流なのでしょうか。

クラフトさん:
はい。ですので、メードインジャパンは海外から見ると非常に質が高い。それを逆手に今は円安でより安いですから、もともとブランド力があるメードインジャパンを円安のときにチャンスとして海外展開を促進していくというのを非常に僕は推奨しますね。

桑子:
メードインジャパンというと、ずっと言われてきていることかなという気もするのですが、あえて今なわけですか。

クラフトさん:
今だからですね。円安が「マイナスだ」といいますが、メードインジャパンを海外に展開していくには円安を利用していくのが非常にチャンスだと思います。

桑子:
逆に利用する心も必要なのではないかと。日本のよさは守りつつ、海外の力をあえて私たちの利益にどうつなげていくかという視点も大切かもしれないですね。

クラフトさん:
非常に大切ですね。

桑子:
ありがとうございました。


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