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2022年6月14日(火)

封じられてきた声 映画界の性暴力〜被害をなくすために〜

封じられてきた声 映画界の性暴力〜被害をなくすために〜

映画界で相次ぐ性暴力の告発。証言からは性暴力を見過ごしてきた映画業界特有の構造が見えてきました。キャスティング権を持つ監督やプロデューサーなどが地位や関係性を利用して性暴力に及ぶケースや相談窓口がなく泣き寝入りせざるをえないケースが後を絶たないといいます。一方、海外では支援機関の設置や防止教育の義務化など、業界をあげて被害を防ぐ取り組みが進んでいます。被害の実態、そして先進事例から対策について検証しました。

※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。

出演者

  • 白石 和彌さん (映画監督)
  • 白河 桃子さん (相模女子大学大学院特任教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

映画界の性暴力 当事者の告白

俳優で文筆家の睡蓮みどりさん。20代半ばのころに受けたという性暴力の被害を告白しました。当時、駆け出しの俳優だった睡蓮さんは、知り合ってまもない監督から映画の出演を依頼されます。

俳優・文筆家 睡蓮みどりさん
「打ち合わせとして台本を取りに来てくれと監督から連絡が来て、当時私はフリーランスだったので、マネージャーさんと一緒に行くとか、そういうこともなく1人で行きました」

事務所に着くとスタッフはおらず、待っていたのは監督1人。その場で指示通りに演技するよう求められたといいます。

睡蓮みどりさん
「こういう役を演じてみろという流れで、服を脱ぐように言われました。私のほうから監督を誘惑する演技をしろと言われて、私は演技としてはそういう演技をしたんですけれど」

すると、監督は突然服を脱ぎ始め、性行為を迫ってきたといいます。

睡蓮みどりさん
「相手がひょう変する瞬間みたいなものを肌で感じて、大げさじゃなく、殺されるんじゃないかという、そのくらいの恐怖があって。何をどこで止めていいか分からないまま。いま思い返すと、演技を見る目的はなかったんじゃないかと思えて、本当に悔しいです」

映画俳優に憧れて入った世界。日常的に繰り返される性的なハラスメントに耐えていたといいます。

睡蓮みどりさん
「仕事だと思って呼ばれて行っても、結局仕事じゃなくてただの飲み会というか、何かしら仕事をくれる立場の人、とにかく男性の大人たちがいっぱいいて、触られるとかは頻繁にありました。そういうことに嫌だと思ってしまうこととか、うまく対応できない自分が悪いと思っていた。いくらでも代わりがいる存在だし、あまり生意気なことを言うと仕事がなくなる。あくまで使ってもらう側だという認識が強くあったと思います」

相次ぐ被害の告発を受けて、自らも声を上げた人がいます。俳優のカオリさん(仮名)です。

10年ほど前、演技を学ぶために参加したワークショップで、ドラマや映画に出演する俳優から指導を受けます。頻繁に開かれた飲み会で、演技の悩みをその俳優に話していました。

ある日、次の店に向かうと思って乗ったタクシーで、無理やりキスをされたといいます。

俳優 カオリさん(仮名)
「まったくそんな対象だと思っていなかったし、やめてくださいも言えなかったんですね、びっくりしすぎて」

連れていかれたのは飲食店ではなく、俳優の自宅。カオリさんに性行為を迫ってきたといいます。

俳優 カオリさん(仮名)
「その当時は処女の状態で、拒否したんですね。それでも無理やり脱がされて泣いていたんですけど、『女優やろ、声出せ』って。要は、あえげということを言われて。ふだんから飲み会の場とかでも、女優だったら覚悟が必要とか、脱げて当たり前とか言われていて。本当は心底嫌でしたけど、通過儀礼と思って。これを乗り越えないと、女優として覚悟がないとか、認めてもらえないとか思っちゃってて」

自らを責めたカオリさんは、このときのことを胸にしまい込んできました。

カオリさん
「言いたかった。けど、言えなかった。恥ずかしいし、『家に行ったのが悪いんじゃん』って片づけられるのも目に見えていたし」

今回、自らの体験を告白したのは、SNSなどで被害者に向けられる非難の言葉を目にしたのがきっかけでした。


「売名行為だと思う」

「女優が合意の上で近づいてきたのでは」

「仕事ほしさに枕営業したって話でしょ」

SNSより
カオリさん
「矛先が本当に間違っていて、加害者がいなければ、そんな被害にあうこともなかったし、根本的に加害者にしか責任がないはずなのに。もう繰り返したくないと思ったのが、一番ですね。同じことを受けた人たちを、ひとりにしたくなかった。せっかく声を上げてくれた人たちを」

映画界の性暴力 見えてきた実態

こうした被害は、どれほど起きているのか。

映画業界の労働問題に取り組む団体が、俳優やスタッフなどを対象に映画現場での暴力・性被害について、インターネットを通じて緊急で回答を募りました。

性被害やハラスメント被害を受けたり、見聞きしたりしたことがあると回答したのは223人。

俳優だけでなく、演出部や制作部などのスタッフからも被害を訴える声が寄せられました。


「上司から無理やりキスされた。プロデューサーに訴えたところ私が外された」

20代女性・演出部

「ありすぎて書ききれない」

30代女性・技術部

性暴力に関する調査・研究を行ってきた齋藤梓さんは、回答を分析し、特徴を指摘しました。

目白大学准教授 齋藤梓さん
「男性に対しては、身体的な暴力。女性に対しては、性的に扱う暴力が頻発し、上の人が下の人にそういった扱いをすることに対して、誰も注意できない」

特に目を引いたのは、過去のこうした調査ではあまり見たことがない記述です。

「書きたくないです」

齋藤梓さん
「ここに書いてどうなるか分からないから書けませんとか、信用できないから書けませんという記載もあって、珍しいなと。それは、この世界に対する不信感とか、問題はきっと解決しないだろうという諦めがあると思いました」

現場のスタッフは、何に直面しているのか。

10年間、映画の制作部で働いていたマイさん(仮名)です。

元制作部スタッフ マイさん(仮名)
「現場では寝なくても当たり前だし、休めないのも当たり前だし、それの一環で触られてもしょうがないとか。ハラスメントをされても、まひしちゃっているので、ああ、またされた、でも頑張らなきゃっていう」

働き始めて間もないころ監督から性被害を受けましたが、周囲に言いだすことはできなかったといいます。

マイさん(仮名)
「声を上げることで撮影の現場が止まったら、"あなたの責任だよ"と。きっと私が責められると思った。確実に加害する方の立場が上なので、それで、もみ消されるじゃないですけど言ってもしょうがないなとなってしまう」

映画界の性暴力 被害なぜ見過ごされたか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、映画監督の白石和彌さんです。よろしくお願いいたします。

望まない、合意のない性的な行為はすべて性暴力です。今回の取材からは映画制作のスタッフにまで被害が及んでいるという実態が見えてきたわけですが、映画制作の現場に30年近く身を置いてこられて、今どんな実感がありますか。

スタジオゲスト
白石 和彌さん (映画監督)
30年近く映画制作の現場に携わる

白石さん:
実際に生の声を聞くと、本当に心が苦しいというか、いたたまれないですね。30年近く映画界にいて、こういったことに気づけなかった、直すことができなかったということに大きな責任を感じています。

僕自身も若いころは当然ハラスメントというか、先輩からの暴力とかの中で映画を作ってきたのですが、僕はなんとかサバイブできて。今サバイブできずに被害を受けて、夢を持って入ってきた業界なのに、やめざるをえなかった人たち、心に深い傷を負った方たちのことを考えると、本当にことばが出ないです。今、このタイミングでいろんな声を出すことが本当に重要だと思っています。

桑子:
取材では、「あり過ぎて書き切れない」、「まひしてしまっている」という声もあったわけですが、VTRで分析を担当された齋藤梓さんは、性暴力が起きやすい構造を3つ、特徴として挙げています。

まず1つ目は、「地位や関係性」。映画界では監督やプロデューサーに権限が集中していて、師弟関係などの上下関係があり、抵抗しにくい構造になっている。

2つ目は、「立場の不安定さ」。フリーランスが多く、契約書がないケースも多いため、被害を訴えることで職や収入を失うことを恐れるという構造がある。

3つ目は、「ハラスメントを許容する文化」。厳しい指導と暴力が混同されていて、性的な言動が日常的なものになっていると指摘されています。

ここからはハラスメント、そして働き方の問題に詳しい白河桃子(とうこ)さんにも加わっていただきます。よろしくお願いいたします。こうした構造を見ますと、映画界だけではなく、テレビも含め、さまざまな業界・会社であり得ることかなと感じるのですが、なぜこうした構造がなかなか解消されないのでしょうか。

スタジオゲスト
白河 桃子さん (相模女子大学大学院 特任教授)
ハラスメント・働き方の問題に詳しい

白河さん:
まず、「個人の問題」としてしまうことがいちばんよくないですね。これは本当に構造の問題です。ハラスメント、性暴力をしやすい因子を持つ人はいます。しかし、どこでもやるわけではない。それが許されている、許容されている場所だと思うからやるんです。ですから、まず「場所の風土」を変えなきゃいけない。

それから、変われないのは同質性のリスクですね。男性中心のホモソーシャル社会であり、先ほどおっしゃったようにサバイブした人だけの社会。そうすると外の変化に気がつけず、自分たちの常識がとっくに非常識になっていることに気づけない。

さらに、フリーランスの方が多いというだけではなくて、会社だとハラスメントなどを防止するのは会社の義務なんですね。しかし、映画の場合は製作委員会方式です。誰が働く人の労働・衛生・安全に責任を持つのか。ここの所在がはっきりしないと、誰に訴えていいかも分からない。結局そのまま見過ごされてしまうことになります。

桑子:
そして、自分が加害していることをなかなか認識できないという風土もあるのかもしれないですね。

白河さん:
誰にもとがめられず、成功体験を積み重ねてしまうことが、さらに加害を助長すると思います。

桑子:
こうした課題をどう解決していけばいいのか。ヒントになるのが韓国の映画界の取り組みです。

性暴力を防ぐために 韓国映画界の模索

2016年以降、映画界などで性暴力の告発が相次いだ韓国。制作現場の責任者、自らが意識を変えようと取り組みを進めています。

およそ500人が所属する韓国映画監督組合です。

何が性的ハラスメントに当たるのか規則を作り、違反した場合は除名などの処分が下されます。


「オーディションのとき身体を見る目的で、服を脱ぐよう要求しない」


「飲み会で酒をつぐことや、特定の席に座ること、飲み会の後に個人的に会うことなどを強要しない」

韓国映画監督組合が作成した行動規範より
映画監督 パク・ヒョジンさん
「現場の責任者である監督が動かなければいけません。韓国の社会、特に映画界では明らかな事件にならないかぎり、性的ハラスメントとして認識されません。"問題だ"と認識して、初めて解決できます」

被害者が安心して声を上げられるよう、専門の相談窓口も整備されました。

4年前に公的な支援を受け設立された、韓国映画性平等センター。相談を受け付けるのは、カウンセラーの資格を持った常勤のスタッフです。外部の法律事務所やメンタルクリニックと連携し、裁判の手続きや治療のサポートなどを行います。その費用についても、日本円でおよそ50万円を目安に補助します。

韓国映画性平等センター イ・ハギョンさん
「私たちの団体は、秘密保持の義務を負っています。そのことを説明すると安心して、相談してくれます」

さらに、この団体が力を入れているのは「性暴力予防教育」の実施です。スタッフや俳優を対象に、年間100件以上のセミナーを行い、映画界全体の意識を変えようとしています。

国も、こうした取り組みを後押ししています。去年、法律が改正され、映画制作者に性暴力予防教育の実施などが義務づけられたのです。

韓国映画性平等センター シム・ジェミョンさん
「"性暴力は個人の問題だ"として、業界や国が責任を負おうとしないことは大きな間違いです。社会全体で問題意識を共有し、解決しようと努力することが必要だと思います」

性暴力を防ぐために 求められる対策は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
韓国では業界、そして国を挙げて取り組みが進んでいるようですが、白河さん、日本では今ようやく声が上がり始めた段階で、この差はなぜ生じてしまっているとお考えですか。

白河さん:
韓国は#MeTooが早く、そして今、活躍していたのは女性の映画人ですよね。フェミニズムがとても盛んです。それからもう一つは、韓国の映画業界は、すでにグローバルに仕事をしているということです。#MeToo以降、契約関係が厳しいハリウッドと一緒に仕事をしている。そういうところと仕事をするとき、例えば契約関係がないとか、いつ#MeTooされるか分からない。そんな映画では怖くて誰も買ってもらえませんよね。そういったところの意識があるんだと思います。

桑子:
リスクとしてしっかり取り組まないといけないという。

白河さん:
ビジネスのリスクとして、しっかり取り組んでいるということだと思います。

桑子:
日本の業界をけん引する立場として、番組では大手映画会社で作る日本映画製作者連盟に今後の対策を問いました。

日本映画製作者連 華頂尚隆事務局長
「性加害ハラスメントの実態が事実であると認知されるのであれば、われわれ映画製作者も非常に残念だなと思いますし、契約書の締結の履行、時間的制約を設けて撮影をする。ハラスメントの防止策をうたった適正化ガイドラインを完成させて、2023年のしかるべき作品から、これを遵守した撮影をやっていく」

桑子:
白石さんはすでに現場レベルでハラスメントの防止教育というのを取り入れているということですが、現場で変化というのを感じますか。

白石さん:
ハラスメントの防止教育をすることによって、それはプロデューサーであったり、われわれ監督であったり、権力勾配のあるほうからやりますよと言うので、ある種、この現場ではあらゆるハラスメントを許しませんと宣言すると、みんな働きやすく働いてくれるというのがすごいあると思います。ただ資金の問題とか、まだ解決しなきゃいけない課題がいっぱいあるんですが、たぶん今後のスタンダードにはなっていくのではないかなと思います。

桑子:
白石さん、今、業界全体で取り組むべきことはどういうことだと思いますか。

白石さん:
いろいろ問題が起こっていること自体を、やっぱり他人事ではなく、自分事として一個一個解決していくということ。あと、声を上げてくださった人たち、被害者の人たちを孤立させずにちゃんと守るということです。それと、このタイミングであらゆるハラスメントを断ち切ろうという強い意思と勇気が必要になってくるんだと思います。

桑子:
実際に白石さんが教育を受けられて感じたことはどんなことですか。

白石さん:
現場にハラスメントがあっては、おもしろい映画は絶対できないですから、映画をおもしろくするためには必要なことだと思いました。

桑子:
性被害、性暴力を防ぐためには、これまでの常識を変えて行動を変えていく必要があるわけですが、白河さん、今何が求められると考えますか。

白河さん:
やはり、安心できる場がよい作品につながる。このことをみんなでやっていくのがとっても重要です。そして誰から手をつけるかなんですが、お金を出す側がやるべきだと思います。もし何かあって映画が公開できなくなった場合、みんなの力で作った作品、本当に多くの人に影響があります。このことに対して誰がいちばん損をするのか。そのことを考えたら、やはりお金を出す人たちがやるべきなのではないでしょうか。

桑子:
誰かが行動を起こさないと変わらない。

白河さん:
本当にそうだと思います。

桑子:
ありがとうございます。こうして声を上げてくれた人たちの思いを、決して私たちは無駄にしてはいけません。受け止めなければなりません。封じられてきた声を受け止め、性暴力・性被害を生まない社会を、私たちがこれからどう実現していくのか。当事者の訴えにもう一度、耳を傾けたいと思います。

それでも私は伝えたい 性暴力をなくすために

俳優で文筆家の睡蓮みどりさんは、被害を告白してから初めて公の場で語りました。

睡蓮みどりさん
「私は実名で告発したというのもあり、これからどんなことが起きるか分からない。不安に押しつぶされそうな日々です」
睡蓮みどりさん
「被害にあった人間が、いまも生きているという、そのことを自分の声できちんと伝えたいと思って。いま止められるかもしれない、この世代でストップできるかもしれない。ここに居続けた者の責任として、変わるまで、嫌われてもしつこく言い続けたいと思います」

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