NATOとロシア “新たな対立”の行方

ロシア軍によるウクライナ侵攻をきっかけに欧州の安全保障体制が激変しています。軍事的中立を続けてきたフィンランドやスウェーデンがNATO加盟を申請。ロシアは強く反発し、新たな対立が生じています。そしてNATO各国からウクライナに送られる膨大な軍事支援。効果をあげる一方、行き過ぎるとロシアを追い詰めて取り返しのつかない事態を招くとの指摘も。NATOを巡る動きが世界と日本にどのような影響を及ぼすのかを探りました。
出演者
- 広瀬 佳一さん (防衛大学校教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
NATOとロシア "新たな対立"の行方
NATOとロシア。その対立の歴史は1949年にまでさかのぼります。
NATO(北大西洋条約機構)は、アメリカやイギリス、フランスなど、12か国が設立した軍事同盟。加盟する国が攻撃を受けた場合、それを全体に対するものとみなし、反撃などの対応を取ると定められています。
西側の資本主義諸国と、東側の社会主義諸国に分かれてにらみ合う「冷戦」と呼ばれる時代が続きました。

転機が訪れたのは1991年。ソビエトの崩壊とともに、ワルシャワ条約機構も解体。
東側の国々は、次々とNATOに加盟していきました。しかし、ロシアは歴史的につながりが深いウクライナが加盟の意向を示すようになると、激しく反発。

2014年、クリミアを一方的に併合。そして、ことし2月に本格的な軍事侵攻に踏み切りました。
「NATOが軍備をさらに拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発し始めることは、私たちにとって受け入れがたいことだ」
プーチン大統領の決断の背景には、NATOの東方への拡大があったとロシアの専門家は主張します。

「NATO拡大は西側の行った最も非建設的な行動だと思います。NATOの拡大は続き、まだ終わっていません。ワルシャワ条約機構はもうないのに、NATOは残っています。まさに、これが私たちに不信感を与え、西側を信頼できないという感覚が正しいことを裏付けたのです」
アメリカの専門家は、NATOの拡大を理由に軍事侵攻を正当化することはできないと指摘します。

「ソビエトは1991年に崩壊しているのです。ウクライナは完全な独立国です。それを認めないというのは、あり得ません。ウクライナ人は独立した国で暮らしたいと思っています。プーチンが戦争を行うことを、許してはいけません」
ロシアの軍事侵攻を受けて、NATOはウクライナの支援に乗り出しました。

「ウクライナは極めて重要なパートナーです。長年、支援してきました。ロシアの侵攻を非難するため、ともに立ち向かいます」
NATOの加盟国は、かつてない規模とスピードで武器の供与を続けています。戦車や、りゅう弾砲、そして自爆型のドローン。先週、精密攻撃が可能な「高機動ロケット砲システム」の供与も発表しました。

さらに、ウクライナが有利に戦えるよう、機密情報の提供も行っていることが分かってきました。
航空自衛隊でNATOとの連絡官を務めていた長島純さんは、「AWACS(エーワックス)」と呼ばれる軍用機が、重要な役割を果たしているといいます。

「レーダーが上部についていて、だいたい10秒間に1回まわることによって、機体の周辺360度、すべて周りを見通せる。一般的には400~500キロ以上先が見える。戦場全体を管理する、監視する。戦闘としては、非常に容易になる」
AWACSは、ウクライナの領空に入らないように国境線の外側を飛行し、ロシア軍などの動きを偵察しているといいます。

「ここに今、NATO 01というのが飛んでいて、これがNATOのAWACSの1機が飛んでいるということです。中央にウクライナがあって、今、ルーマニアとかブルガリアの国境近くを飛んでいる。ぐるぐる回りながら情報をとる。もしくは警戒監視を行う」
黒海でロシア海軍の主力と位置づけられてきた、旗艦「モスクワ」。NATO加盟国から提供された情報に基づいて、ウクライナ軍がミサイルで破壊したと見られています。
NATOの加盟国の中で、突出した軍事支援を行っているアメリカ。ロシアを弱体化させるねらいもあることが見えてきています。
「ウクライナ側は、適切な装備と支援があれば勝てる。われわれは、できる限りのことをする。ロシアがウクライナに侵攻して行ったようなことができなくなる程度まで弱体化することを望んでいる」
一方のロシア。6月5日に、首都キーウをミサイルでおよそ1か月ぶりに攻撃。NATOをけん制しました。
「もしウクライナに射程の長いミサイルが供与されれば、われわれは新たな標的を攻撃するだろう。破壊するための手段はいくらでもある」
アメリカのCIA=中央情報局でロシア分析の責任者を務めていたジョージ・ビービ氏は、追い詰められたロシアが危険な手段に訴えてくる可能性を指摘しています。

「ロシアがどの程度まで許容するのか、その限界線を見定めようとしています。しかし、私たちが一歩間違えば、取り返しがつかない状況に陥りかねません。ロシアがNATOと対立した場合、ロシアは早期に核戦力に頼らざるを得なくなるでしょう。戦闘が長引けば長引くほど、その可能性は高くなると思います」
NATOとロシアの対立 各国の思惑は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、ヨーロッパの安全保障が専門で、防衛大学校教授の広瀬佳一(よしかず)さんです。
このNATOとロシアの対立構図の中で、ウクライナ情勢が深刻化しているわけですが、各国の思惑がどうなっているのか整理していきたいと思います。

まず、アメリカ。ウクライナの最大の支援国ですが、「ロシアの"弱体化"を目指しつつも、配慮している」ということ。この「配慮」というのはどういうことなのでしょうか。

広瀬 佳一さん (防衛大学校教授)
ヨーロッパの安全保障が専門
広瀬さん:
アメリカの姿勢は、武器援助政策を見ることでよく分かります。アメリカはウクライナからロシア軍を追い出すために、大量の武器を今支援しているわけですが、例えば同時にウクライナが強く求めている「戦闘機」を提供しませんし、また西側の最新の戦車も提供しません。さらに先ほどの高機動ロケット砲についても、提供はしますが、射程を短くして提供します。これらはすべてNATO側で「エスカレーションをしないぞ」というロシアに対するメッセージだと考えられます。
桑子:
「われわれは100%の支援をしているわけではないんだよ」という、ロシアへのメッセージ。
広瀬さん:
はい。それによって、ロシアが核を使用するのをけん制しているということが言えると思います。
桑子:
一方のロシア。「"存続危機"なら核の使用も」とあります。実際に、どうなった場合に「存続危機」だとロシアは捉えているのでしょうか。
広瀬さん:
大きく2つあると思いますが、1つはNATOとの正面衝突です。今NATOと戦闘した場合、ロシアは勝てないと分かっていますから、NATOの介入を避けたい。その意味でNATOの介入を「存続危機」という言い方で抑止しているということが言えます。
もう1つは、今後の停戦のあり方に関わってきます。ウクライナのゼレンスキー大統領は、領土を2月24日の開戦以前に戻して、その上で交渉するという原則的立場を明らかにしています。
桑子:
侵攻以前の状態についても、確認していきたいと思います。
最新の戦況では、ウクライナの東部、広い地域をロシアが掌握していると見られています。

侵攻以前というのは、ドンバスとクリミアのみがロシアに支配されていた状態だった。

この状態に戻した上で、ウクライナは停戦交渉したいということですが、ロシアにとってはどうでしょうか。
広瀬さん:
2月24日以前に戻すということは、ロシアにとっては多大な犠牲を出したにもかかわらず、何の利益も得られなかったわけですから、プーチン政権が危機に陥るということが考えられます。
また、ウクライナの政府の高官の中には、ドンバス、あるいはクリミアを取り返せという人もいますが、もしそこまでに至ると、明らかにクリミアはロシア領となっていますので、プーチンは存続危機の立場から核の使用をする可能性を排除できないと思います。
桑子:
こうした中で、どこまでウクライナ支援を強化するかを巡って、実はNATOの加盟国の中で温度差があるということです。
例えばバルト三国ではロシアと国境を接していますが、「徹底的なロシアの弱体化」を主張しています。
一方のドイツ、フランスなどは「早期停戦」を訴えています。この思惑の違いというのはどういうことなのでしょうか。
広瀬さん:
バルト三国、あるいはポーランドもそうですが、これまで歴史的に何度もロシアに侵略されてきました。そういう意味で、この戦争以前からロシアに対する脅威認識を強く持っています。したがって、これらの国はこの戦争以降も二度とロシアが侵略をできないように、徹底的な弱体化を望むという立場になっています。
桑子:
地理的な距離の近さというのが大きいわけですね。
広瀬さん:
やはり大きいですね。それに対してドイツ、フランス、あるいはイタリアもそうですが、もともとロシアが「脅威」というふうには必ずしも思っていない国で、こういった国にとって脅威というのはテロとか不法難民だったりするわけです。現在のウクライナ戦争によって犠牲が出ていますし、財政負担も増えているし、難民問題もある、あるいはアフリカの食糧危機まで引き起こすかもしれないと。こういうことを念頭に、早期の停戦を模索する動きに出ていると考えられます。
桑子:
こうした温度差があるということですが、NATOを巡って今、歴史的な大転換が起きようとしています。これまで軍事的に中立を保ってきた北欧のフィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請しました。
"NATO拡大"へ ロシアの隣国は今
ロシアと1,300キロに及ぶ国境を接する、フィンランド。軍事的中立を貫いてきたこの国で、今、異変が起きています。
市民を対象にした防衛訓練に、およそ40人が参加。こうした訓練はフィンランド各地で行われています。

参加希望者は、ウクライナ侵攻が始まってから5倍に増えました。フィンランド政府は、7月にも訓練で使う銃を国が提供できるよう法改正を行い、市民の参加を後押しする方針です。
「ウクライナ侵攻は、他人事ではありません。私たちもロシアと国境を接していますから」
「銃を持って国境に向かう覚悟はできていますか?」
「できています。そうならないといいですが」
5月、NATOへの加盟を正式に申請したフィンランド。

「私たちはいま、数か月前とは全く違ったロシアを目の当たりにしている。ロシアが隣にある中で、私たちだけで平和な未来はない」
5年前の世論調査では、NATO加盟に賛成する国民は20%余りでした。しかし、今年5月には70%を突破。調査を開始してから最も高くなりました。

レストランで働くヴィッレ・ライヒアさん(30)は、NATO加盟を支持する1人です。ヴィッレさんが暮らす街は、ロシアとの国境沿いにあります。

「私が行けるのはここまでです。この先は国境地帯。許可なく入ることはできません」
この国境の街は、80年以上前にソビエトの侵攻を受けた歴史があります。「冬戦争(1939~1940)」と呼ばれる戦いでは多くの命が犠牲になり、領土の一部も失いました。今、ウクライナで起きている惨状、平和な暮らしが奪われていく様をフィンランドの人々は冬戦争と重ね合わせて見ていました。同じ悲劇を繰り返させないためにも、NATOに加盟する必要があると考えたのです。
「ウクライナ侵攻は、冬戦争にとても似ています。同じような歴史を繰り返すなんて、ばかげています。フィンランド人なら誰もが、長い国境を接しているからこそ同じことが起こりうることを突きつけられました」
NATOへの加盟を表明してから、ロシアの態度が変わりました。ロシアからフィンランドへの電力や天然ガスの供給が、相次いで停止したのです。
ある工場では、ロシアから輸入したガスを使ってパンやお菓子を作ってきました。そこで5月、ガス以外の燃料も使って製造できるように設備の変更を急きょ行ったのです。
「言葉にはできません。不安と失望に直面しました。代わりになるエネルギーを検討し、新しいやり方を探しました」
さらに、フィンランドとロシアを行き来していた鉄道の運行も止まりました。
国境の街のレストランで働くヴィッレさんにも影響が出始めています。ロシアからの観光やビジネスの客が途絶え、店の収入が大幅に減ってしまったのです。しかし、いくら生活が厳しくなってもNATOへの加盟は譲ることができないとヴィッレさんは言います。
「NATO加盟(申請)は決して簡単なことではなく、大きな決断でした。恐怖を取り除きたい。何かをされたら、反撃する力があることを示したい。この世界で平和を確かなものにするには、それしかないと思います。」
NATOとロシアの対立 そのとき日本は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
実際にフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するかどうかは、まだ議論の途中ではありますが、さまざまな代償を支払ってでもNATOに加盟したいと。NATOに加盟したとすると、どんな意味を持つのでしょうか。
広瀬さん:
フィンランドの場合は戦後70年以上、スウェーデンに至っては200年以上、非同盟中立というのを維持してきたわけです。それは政策というよりは、国家のアイデンティティーの一部になっていたわけです。そうした独自の立場から、例えば地域の北欧地域協力とか、あるいはEUの安全保障政策に積極的に関与するという形で安定を保ってきたはずなんです。
それでも今回、ウクライナ戦争が発生して、生々しい暴力、例えば4月の初めのブチャの虐殺のような非常に生々しい暴力を目の当たりにして、これらの国は一気にNATO加盟の申請に至ったわけです。やはりヨーロッパ安全保障の中で、NATOの重みというのが再確認されたということになると思います。
桑子:
こうした流れによって、ロシアとNATOの分断がさらに深まると、かつての冷戦時代のようなことになるのかというふうにも思うのですが。
広瀬さん:
今のロシアは、かつてのソ連のような強さはありません。例えば、軍事力にしてもすでに相当消耗していますし、生産基盤も弱体化しているとされています。
また、ロシアのパワーの源であるエネルギーですが、欧米各国は禁輸を進めているため、次第に先細りになっていきますし、欧米各国はカーボンゼロを目指していますので、そうした動きが加速化されて、ロシアの石油天然ガスは座礁資産化すると考えられます。
桑子:
先細りしていくと。
広瀬さん:
さらに、今のロシアはソ連時代のような他国にアピールするようなイデオロギーを持っていません。したがって、分断というよりはロシアの孤立化に向かうのではないかと思います。
桑子:
ただ一方で、ロシアは核大国であるという事実もありますよね。
広瀬さん:
そうですね。ですから孤立化するとはいえ、核大国ということは変わらない。特に、軍縮交渉の枠外である戦術核についてNATOの10倍ほどの核を持っていますので、そうした核大国とわれわれは向き合わなければいけない現実は変わらないと思います。
桑子:
こうした新たな脅威と向き合うために、NATOは今、世界各国と連携を強めています。日本もその一つです。6月末に行われるNATOの首脳会議には日本の総理大臣として初めて岸田総理大臣が出席する方向で調整されていますが、6月7日に新たな動きがありました。
6月7日、NATOの軍事機構を率いるバウアー軍事委員長が日本を公式訪問しました。岸防衛大臣や、山崎統合幕僚長と相次いで会談。ウクライナ情勢などについて意見を交わした上で、日本とNATOが連携を強化していくことを確認しました。
北大西洋条約機構であるNATOが日本に連携を求めてきている。この動きはどういうふうに読み取ったらいいのでしょうか。
広瀬さん:
そもそもNATOのウクライナ支援というのは強権的体制に対する民主主義、法の支配、人権を守るための戦いなわけです。これは北大西洋条約の前文にも明記されています。つまり、NATOは同じ価値を持っているアジアの日本、韓国、あるいはオーストラリアと連携することでロシアを国際的に孤立させようとしているわけです。
日本にとってはNATOとの協力強化によって、インド太平洋で秩序を脅かすような事態が発生した場合、日米同盟に加えてNATO加盟国の支援が期待できるという意味で非常に重要です。つまりアジアにおいて日本は、例えばロシアや中国に対する抑止力がNATOとの協力によって強化されると考えられるからです。
桑子:
その点についてはいい面もあるかもしれないですが、NATOは軍事同盟でもある。ここは少し気になるところです。
広瀬さん:
はい。確かにNATOは軍事同盟ですから、協力強化という場合には政治的側面だけではなくて、軍事的側面があります。ただ、私たちは今、ウクライナで生々しい暴力を目の当たりにしているわけです。そうした状況の中で、日本がこれからNATOとどのような協力をどのレベルまで進めていくのか。これは単に政治だけの問題ではなくて、日本の社会に突きつけられた課題だと思います。
桑子:
実際に、国民的議論をしていく段階に来るかもしれないということは考えておいたほうがいいですか。
広瀬さん:
やはり軍事同盟との協力というのは、常に日本においては緊張を生む要素になりますので、その点で私たちは、これからウクライナの状況を見ながら考えていかなければならないと思います。
桑子:
世界の秩序は今、まさに大きく揺れ動いています。そうした中で私たちも決して、無関係ではいられないということです。
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