あなたの先生は大丈夫?教師の過重労働 その果てに何が

取材班に中学生から苦悩の声が…「国語と美術の授業が数か月間、全て自習のように」。担当教師が休職、代わりの先生がこないのが理由ですが、生徒は「先生たちが多忙でかわいそう」と学校に掛け合うことはしませんでした。教師の過重労働。国は働き方改革を進めてきましたが、取材を進めると現場では勤務記録改ざんも。過重労働を背景に教員志望者は減少、教員不足が深刻化する負の連鎖も。学ぶ機会にまで影を落とす現実と教師の模索に迫りました。
出演者
- 中原 淳さん (立教大学経営学部教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
教師たちのSOS! 長時間労働・勤務改ざんも
切実な声を寄せたのは、中学2年の葵さん(仮名)です。去年の秋、国語と美術の教員2人が体調不良で休職しました。
「(美術は)レタリングの本があって、ただひたすら写す。2か月とか本当にひたすら文字書く」
ほかの教科の教員が交代で監督をしながら、生徒それぞれが自習する授業が2か月以上続いたといいます。

「(国語は)週に4時間あるんですけど、もう本当にずっと自習。答えも送ってくれるので、答えを見ながら丸つけをする感じ。先生たちいたらやれることを、他の学校はやっているのに、やれていない。勉強できていない」
学校側になんとかしてほしいと思いましたが、「忙しそうな先生にさらに負担をかけたくない」と相談しませんでした。
「先生たちは忙しいし、ちょっと暇ないみたいな感じでした。(他の先生も)いつか倒れて減るんじゃないかって心配してました」
先生たちに今何が起きているのか。NHKの情報提供窓口には、現役の教員からの悲痛な声が相次いでいます。
「自分も例に漏れず超過勤務は100時間超え」
「疲れてくると目が霞(かす)んで生徒のが顔が見えなくなり、いじめに気付けないほどだった」
メッセージを寄せた1人、23歳の元教員。新卒で公立高校の教員になりましたが、僅か1年で退職を余儀なくされました。
「適応障害という病名でして、ストレスが主な原因で。まさか自分がわずか1年にも満たずにこのような状態になるとは本当に夢にも思っていませんでした」
男性の1日のスケジュールでは、朝7時半に出勤し、日中は授業や事務作業などに追われます。午後4時から8時までは野球部の顧問。帰宅後に次の日の授業準備を行っていました。

「45連勤ですね。5月6日から仕事して、休日が取れたのが6月20日。この日はたまたま悪天候によって試合が中止になり休めましたが、これがなかったら次は7月です」
「授業準備が間に合わないことはなかった?」
「ぶっつけ本番と言いますか、自分でも予習できていない状態で授業をやらなくてはいけないこともありました」

「本当に栄養ドリンクでも飲まないと、もう体が持たない。生徒ひとりひとりと向き合う余裕が到底なくなってしまいました。私を含めて6人の先生がうつ病などで休職。こんな環境では今後学校は存続できなくなるのではないかと」
国の最新の調査では、精神疾患により休職した教員は5,180人。そのうち退職した人は1,020人に上っています。
国は近年、教員の働き方改革を進めてきました。例えば宿題をオンライン提出させることや、朝の活動や清掃を無しにすることなどで労働時間を削減できると示してきました。さらに2年前、時間外勤務の上限を1か月45時間と初めて示しました。
ここ数年で、月45時間以下の割合は増えているというデータも公表。国は一定の改善傾向にあると説明しています。

しかし、国のデータは必ずしも実態を反映していない。ある小学校の現役教頭は、私たちに打ち明けました。
教育委員会に勤務記録を報告する資料を作成する、この教頭。提出前に記録を改ざんしているというのです。

「実際は22時8分まで勤務していたんだけれども、そこまでいくとまずいので、このように17時8分というような状況で改ざん。こうせざるを得ない現状が現場にある」
なぜ改ざんを行うのか。その背景には、働き方改革のために示された国の方針があるといいます。
「80時間を超えると、病院に面談に行ってくれと言われる対象になる。そうなると結局、勤務時間、子どもたちに授業を教える時間内に面談行きなさいと。結局、産業医面談に行くことがマイナスと捉えられますので」
教頭は、違法だと思いながらも現場から反発はないだろうと考えました。給与が変わらないからです。
50年前に定められた、公立学校の教員の給与の仕組み「給特法」。教員の仕事の特殊性を考慮して、当時の残業時間8時間分に当たる給与の4%を毎月上乗せする代わりに、残業代や休日手当は支払わないと定められているのです。
「先生方もいくら働いてもやっぱり給料が変わらない。先生方も諦めている。もう私たちもどうしようもないので、声をあげない状況が生まれている」
こうした状況は全国で起きていると指摘するのが、名古屋大学の内田良教授です。去年の秋、現役の教員900人余りを対象に行った独自の調査では、勤務時間を少なく書き換えるように求められたことがある人が17%(6人に1人)に上っていたのです。

「労働時間を管理して短くしていくために時間管理をやっている。改革の大前提なのに、数字が小さくなっていてはもう改善は進まない。公立学校の教員は残業代が出ない仕組みになっている。そうすると、どうしても時間管理がいいかげんになっていきます。ちゃんと働いた分には、対価を支払う仕組みを作っていかなければならない」
教師の長時間労働 子どもの学びに影響は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
子どもの学びを守るためにもどうしていけばよいのか。
きょうのゲストは、国の中央教育審議会の臨時委員を務めている立教大学の中原淳さんです。
50年前に作られた法律によって公立学校の先生方は残業代がなかったり、勤務記録の改ざんもあったりと、私自身先生方のことを知っているようで知らないなと思うことが多かったです。実際の教育現場の実態というのはどうなっているのでしょうか。

中原 淳さん (立教大学経営学部教授)
国の中央教育審議会の臨時委員を務める
中原さん:
50年前というかなり昔に作られた給特法によって、働かせ放題みたいな感じになっていますよね。恐らくちゃんと残業代を支給するということになってしまいますと、ある試算によると9,000億ぐらいかかると。
桑子:
そんなにですか。
中原さん:
残業代を支払わないことになっていますから、やはりコストの意識とか就業時間を守らなきゃみたいに思う気持ちがなかなか働きにくいんです。管理職の方々も、コストがかかるんだったら残業を抑えなきゃなと思うんですけど、それはなかなか機能しにくい現状がありますね。
桑子:
先生たちの長時間労働、そして子どもへの影響について気になるデータがあります。名古屋大学の内田教授が行った調査です。

準備不足のまま授業に臨んでいると思う人の割合が、残業時間が増えれば増えるほど割合は高くなっています。そして、いじめの早期発見に不安かという設問に対しても、同じような傾向が見られるわけです。実際に子どもへの影響というのが心配になりますね。
中原さん:
そうですね。やはり長時間労働が続いてきますと、なかなかきめ細やかにケアすることが難しくなってくる。結局、子どもや子どもの未来にどんどんしわ寄せがくるという話になってくるんです。
桑子:
まさに長時間労働は、一丁目一番地で取り組まないといけないということですよね。
中原さん:
最大の教育課題だと思います。
桑子:
長時間労働ですが、これまでも問題視されて改善策が取られてきていると思うのですが、なぜなかなか解消されないのでしょうか。
中原さん:
社会の変化によって新たに教えなければならない教育内容とか、ケアしなければいけないというのが非常に増えているからだと思うんですね。

例えば英語、プログラミング、そしてGIGAスクールの対応、そうした対応をやらなきゃならない。もちろん国がリソースを付けているんですけれども、それがなかなか追いつかない現状があるということだと思うんです。
桑子:
負担を減らすなら人を増やせばよいというようにも思うのですが、実はそれさえ難しい実態もあるんです。それが「教員不足」です。国が初めて行った調査で、全国で2,558人の教員が不足していることが分かりました。現場では一体何が起きているのでしょうか。
先生が足りない 深刻化する学校現場
生徒数およそ500人の鎌倉市立深沢中学校。去年の秋、国語の教員が産休に。社会科の教員も休みに入り、代わりの先生を探すことになりました。しかし…。
「予想はしていたんですけど、予想以上に見つからない」
公立学校で欠員が出ると、自治体の教育委員会がなり手を探します。候補者は教員免許を持っているものの、採用試験で不合格だった人たちなどです。
しかし、ここ10年で教員採用試験の受験者数は4万4,000人減少。いざというとき、代わりとなる候補者も減っているのです。


「昨今いろいろ教員が働く環境が厳しいと言われていますので、要は志願者が減っている」
深沢中学校では、校長みずからのつても10人以上あたり、ようやく見つかったのが校長が中学生だったころの社会科の先生、神戸治男さん73歳でした。

「依頼を受けたときに正直びっくりしまして、もう現役過ぎてから10年以上たっていますので」
「まさか恩師にお願いするとは思いませんでした」
現役時代に使っていた手作りの教材も用いて、2か月間歴史の授業を受け持ちました。
「おじいちゃんみたいな先生が来て、通用するのかなと一抹の不安はあった。(授業を)おもしろく工夫すればついてきてくれるかなって」
新年度の人事異動で、この学校の欠員は解消しました。しかし、いつ再び教員不足が起きてもおかしくないと危機感を強めています。

「(学校は)人が集まらなかったから店閉めますというわけにはいかない。技能を持っている先生なわけですよね、その人が子どもを教えるという当然のこのシステムを維持していけるのかどうか瀬戸際ですね」
なぜ先生が足りない?教員不足の背景は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
国の調査では、教員不足によって小学校で教頭など、本来は担任を持たない先生が代行しているというケースが474件。さらに、担当教科の先生がいないことで授業ができないという学校が少なくとも中学校で16校、そして高校では5校あったということです。

中原さん、なぜ教員不足が起きてしまうのでしょうか。
中原さん:
2000年代以降、先ほどの73歳の先生のように正規職員はあまり増えなかったのですが、非正規職員を増やしていった。当時は採用できていたのですが、今、非正規の先生方が採用しにくくなっているんです。
まず1つは、多分長時間労働とか労働環境の悪化の問題。そして日本全国どこも人手不足ですから、民間とも取り合いになっている。そういう意味でなかなか取りにくくなってきたというのがあります。
桑子:
長時間労働や教員不足についてどうしていくのか、教育行政を所管する文部科学省に問いました。

「厳しい勤務実態があることについては、しっかり認識しなければいけない。(ことし)勤務実態調査を改めて実施する予定。教員の定数改善や、勤務実態調査を踏まえたうえでの給特法の法的な枠組みを含めた形での検討も、前向きに取り組んでいかなければいけない」
桑子:
教員の数、それから給特法についても言及がありましたが、これらはすぐにできるものなんのしょうか。
中原さん:
そのためには国民の理解と応援、これが必要だと思います。それが国とか財務省を動かしていって、大きなお金を付けていただくことが必要なのではないかなと思います。ただ、日本のレベルでいうと国がどの程度教育予算をうち出しているかというと、そんなに多くないんです。

桑子:
このグラフでいうとかなり右のほうですね。
中原さん:
世界的にも低いんです。もちろんこれは税金なので、国民の合意が必要、議論が必要なんですが、もう少しこれを増やしていくということも検討しなければいけないと思います。
桑子:
国による抜本的な対策がすぐには進まない中で、長時間労働改善のため思い切った取り組みに乗り出す自治体もあります。
どうする教師の長時間労働 "改革"の最前線
岐阜県の下呂中学校では、午後4時半が近づくと一斉に部活が終了。実は、下呂市では教員の働き方改革のために、この春から市内6つすべての中学校で4時半下校になったのです。
この学校の教員の定時は、朝8時から午後4時半。これまでは部活動が6時ごろまであり、そのあと授業準備などを行うため、月の残業が45時間を超えることも少なくありませんでした。市内すべての学校で同じ課題を抱えていたため、一斉に下校時刻を見直すことにしたのです。

「保護者、子どもからどんな思いをするかなという心配はありました。『いま学校内でできること』と考えたときの1つの方法として『4時半』というものがあった」
どうやって4時半下校を実現するか。委員会の活動や運動会の練習、卒業式の準備などを最小限にしました。さらに、掃除を週2回に削減。時間割りも大幅に見直すことで、授業や部活動の時間は減らすことなく4時半下校が可能となったのです。


「最初はなんで4時半下校なのかなと。遊ぶ時間に使おうかなと思っていた。受験で行きたい高校に受かるように、精いっぱい努力して勉強していきたい」
「先生は夜遅くいつも働いている感覚で、家族とのふれあいができていないと思っていた。良いことばかりだと思います」
一方で課題も。この日行われた市内6校の校長会では。
「親に聞いてみると、やっぱり帰ってからゲームをやっている。親として一番やらせてほしいのは、やっぱり勉強。宿題をもうちょっと出してもらえないかとか」
「部活動については、必ずもっとやりたい子が出てくるので、自主練習のメニューなども(相談が)きたら与えましょうという方向」
「子どもたちに自由な時間を作った以上、学校の責任はまだ終わっていないのかなと思って」
下校時間が早まる中、新たに求められる先生の役割。どこまで目を配るべきか悩む日々は続いています。
先生の働き方の実態を、地域に向け積極的に伝えているのが静岡県です。富士市にある富士見台小学校では、地域住民100人がこれまで先生みずから行うことも多かった校内の細かな仕事を引き受けるようになりました。
この日行われた生活科の授業。畑作りも、これまでは先生が放課後に行っていました。

鍵となるのがディレクターと呼ばれる調整役。教員からの要望を聞き取り、住民に依頼します。富士市では独自の予算をつけて、市内29の学校に配置しています。

「これは先生からです。教材で昔の遊びをやりたい」
今では、自習の見守りや大掃除の手伝いなど、先生が行ってきたさまざまな仕事を地域の人たちが肩代わりしています。
こうした取り組みの結果、月の残業を最大で18時間半削減。先生たちの働き方を地域ぐるみで改善しようと模索が続いています。
子どもの学び 守るには
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
中原さん、こうして見てくると1つの学校だけではなくて地域ぐるみで一緒に改善していくというのは一つ手だてとしてありそうですね。
中原さん:
そうですね。国や行政や学校が工夫できるところはあるんだと思うんです。それに加えて、やはり地域ぐるみで国民の協力、そして理解を得ていくということが非常に大事なのではないかなと思います。
長時間労働の問題は先生の問題、先生が楽するためのものではないかと思う方もいるかもしれないのですが、結局全部子どもの未来に返ってくるんです。ですので、教育はコストというふうに考える方もいらっしゃるかもしれないですが、これはコストではなくて未来への投資なんだと思って、みんなで応援していかなければならないなと思います。
桑子:
教育は未来への投資。こういう考え方はとても大切なことですね。この春から4時半下校に踏み切った、下呂市の中学校。先生たちにはある変化が。
「4時半下校」で先生たちに変化が
生徒が下校したあとの職員室で、理科の先生は生徒のノートにひと言ずつアドバイスを書いていました。

「4時半じゃないときは、朝早く来て7時前くらいに来てやっていました」
生徒が合唱する歌を練習する先生の姿も。

「子どもが自信なさそうに歌うので、一緒に歌ってやろうと思ってやっています」
「余裕があるというのは、人間顔変わりますよ、本当に。子供にも先生にも豊かな発想を生む」
