クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2022年4月4日(月)

戦火の下の「情報戦」 ウクライナ“虚と実”の闘い

戦火の下の「情報戦」 ウクライナ“虚と実”の闘い

戦地の情報を伝え続ける「ウクライナ公共放送」の臨時拠点に、NHKのカメラが入りました。
情報統制、そしてプロパガンダが飛び交う中、公平公正に伝えようと格闘するスタッフたち。
一方、最大の激戦地マリウポリでは、市民たちが被害の実態を伝え続けています。
ウクライナで起きている「情報戦」の実態に迫りました。

出演者

  • 土屋 大洋さん (慶應義塾大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

戦火の下の「情報戦」 ウクライナ 真実めぐる闘い

ウクライナの公共放送「ススピーリネ」。その臨時拠点で取材班が撮影を始めたのは3月28日のこと。場所を絶対に明かさないという条件で、特別に許可が下りました。

この放送局が最も重視しているのが、自分たちが直接現場を取材し、確かな一次情報を得ることです。

ウクライナ公共放送のスタッフ
「危険な地域、電波も不安定で、連絡はSNSで取ります」

この日も、全国に24ある支局の記者と連絡を取り、取材状況を確認していました。

<記者とのチャットのやりとり>

「いま何を撮る?」
「なかなか情報が集まらなくて、これではまともな映像が作れない」

激戦地の1つ、東部ハルキウにとどまり取材を続けているスラヴァ記者です。

ウクライナ公共放送 スラヴァ・マヴリチェヴ記者
「いま私がいるのは、ハルキウ環状道路から南東に数キロ」

被害を受けた場所にいち早く駆けつけ、リポートを続けています。

スラヴァ記者が撮影した、ロシア軍の支配から解放されたばかりの現場。大破した多数の車。遺体も放置されたままでした。

ウクライナ軍兵士
「見てのとおり、おばあちゃん(の遺体)です」
スラヴァ・マヴリチェヴ記者
「進むことも引き返すことも許されず、その場で射殺されたのだ」

ウクライナは今、真実を巡る情報戦の渦中にあります。

3月、首都キーウのテレビ塔を狙ったロシアの砲撃。放送が一時停止に追い込まれました。

ネット配信にも力を入れ始めた公共放送。4つの民放と連携し、24時間、テレビ、ラジオ、ネットでの配信を続けています。

ウクライナ公共放送 ミコラ・チェルノティツキー会長
「戦争の中だからこそ、人々は信頼できる情報を求めています。私たちはウクライナの自由を守り、正しい情報を提供し続けることが使命です」

最大の敵は、ロシア側が発信する作為的な情報です。ロシア軍が掌握した南部の都市ではウクライナの放送が停止され、公共放送も映りません。放送は全て、ロシアのテレビ局の番組に置き換えられています。

命がけの潜伏取材を続ける、公共放送「ススピーリネ」の記者たち。現地からは悲壮な報告が。

へルソン支局の記者
「ここでは、ロシアのフェイクニュースばかりです。彼らは事実をすべて変えてしまう。ロシア軍が幼稚園や病院を破壊したのに、ウクライナ軍の仕業だと報道している」

誤った情報を正しい情報で押し返す。戦火の街と直接つながりながら、ぎりぎりの攻防を続けています。

スラヴァ・マヴリチェヴ記者
「情報がないことは、銃と同じくらい人を破滅させます。誤った情報やフェイク情報で混乱した人々が私に問い合わせてきます。根拠を明らかにして、できるだけ迅速に打ち返しています」

非常事態のさなかにある放送局。スタッフみずからも、戦火の当事者です。

ウクライナ公共放送 エグゼクティブプロデューサー
「以前は戦地に取材に行っていたのに、いまは戦争が…、戦争が私たちのところに来た。遠くに行かなくても窓の外を見るだけで十分。私の感情を許してください」

大事にしていた一次情報の確認も、国の制約下に置かれています。ニュースの責任者は、事実確認のため現地での取材を指示。しかし軍の許可が得られず、実現しませんでした。ジャーナリストとしての使命を果たせているのか。誰もが苦悩していました。

ミコラ・チェルノティツキー会長
「『戒厳令』の下、報道の制限があります。例えば、ミサイルが撃たれた現場の詳しい情報を公開してはならない。その情報をもとに、相手がミサイルの撃つ先を調整しかねないからです」
取材班
「戦時下で公平公正でいるのは、難しいですか」
ミコラ・チェルノティツキー会長
「この質問には、戦争が終わってから答えた方がいいでしょう。どれぐらい公平公正でいられたか、後から評価するのです。私たちは今できることはやっていますが、同時に行いを振り返って正しかったのか、どう改善できるのか考えることは、このあと待っている大事な責務です」

長期化するロシアとの戦い。全国の支局を結んだオンライン会議で、新たな困難が浮き彫りとなりました。

<オンライン会議での会話>
「音声技師がラジオ局に1人、テレビ局に1人、2人しか残っていません。テレビ局に残っている人もウクライナ軍に招集されます」

スタッフは激減。軍事費の増大で予算も減らされる見通しで、全国ネットワークを維持するのが厳しい状況になっています。

さらに恐れていた事態も。記者の安否情報すら取れなくなっているのは、最大の激戦地・マリウポリでした。

最大の激戦地・マリウポリ 最新の状況は

まさに陸の孤島、激戦地マリウポリでは、1か月にわたり電気や水通信などが寸断されています。その街の実態を記録し、発信しているのは市民たち自身です。

マリウポリ市民
「ロシアは『平和をもたらしている』と言っている。見てくれ。家が燃えている」
マリウポリ市民
「マリウポリには多くの遺体がありますが、(ロシア側は)うそだと言います」

1週間前まで戦闘の最前線にいた、地域防衛隊の男性です。

地域防衛隊 ルスラン・プストボイトさん
「(ロシア兵が)一般市民の車を銃撃しているのを見ました。どうみても普通の家族なのに、わざと撃っていました。恐ろしいほどの数の遺体を見ました。ロシア兵の遺体も街のあちこちに残されていて、野良犬に食べられています」

通信状況が極めて悪い中、今も街にとどまる警察官から最新の状況が伝えられました。

マリウポリの警察官 ミハイロ・ヴェルシニンさん
「朝5時ころから夜12時まで、われわれは砲撃を受けています。マリウポリにいる人間を根絶やしにするためです。追撃砲で始まり、海や陸からもミサイル攻撃。戦闘機からの空爆、多連装ロケット砲などで終わります。街は焼け野原です。これは想像ではなく、現実に起きていることです」

一方、ロシアは。

ロシアプレス リポーター
「フル装備の戦車が出発します。さあ、行ってらっしゃい」

自国のメディアをマリウポリ市内に入れ、軍事侵攻の正当性を主張しています。こうした中、複数の市民の証言から、ロシア軍が住民の避難を妨げている実態が浮かび上がってきました。

多くの市民が避難先として目指していたのは、270キロ離れたザポリージャ。しかし…。

アレフチナ・シュベツォワさん
「ロシア兵が車で街を走り、拡声器で『ザポリージャはあなたたちを受け入れない』と念を押していました」

この女性は、命がけの避難の一部始終を語りました。

フリスティーナ・グサクさん
「Zの文字が書かれた戦車の銃口が、こちらを向いていました。母は撃たれると思い、悲鳴をあげました」

避難のゆくてに待ち受けていたのは、ロシア側の17もの検問。そこで目にしたのは…。

フリスティーナ・グサクさん
「検問所に近づくと、目の前で車が撃たれました。ロシア兵が11歳の少女を撃ったのです。ロシア兵は『車に工作員がいる、立ち止まらなかった』と言い始めたのです。後部座席のドアが開いて、女の人が叫んでいました。女の子のお母さんか、おばあさんでした」

避難を巡っては、マリウポリ市長が3万人もの市民が強制的にロシアへ移送されていると主張。一方、ロシアは避難ルートを設置し、市民を誘導、保護してきたとしています。

実態はどうなのか。この女性は、親族がロシア側に連行されたと証言しました。

オルガ・デミドコさん
「私の叔母といとこが強制連行させられました。ロシアの遠いところで3年間働くことが義務づけられます。仕事内容は、ロシアの発展していない町を発展させることだそうです」

現地の人々の取材を重ねる中、ロシアに連行されたという人につながることができました。

ロシアに連行された人
「行き先は知らされず、ロシアに避難させられました」

通信状態が不安定な中、みずからの体験を語りました。

ロシアに連行された人
「歩いていたら、親ロシア派の兵士に誘導されました。検問の後にバスが待っていた。聞かれることなく、そのバスへ乗るしかありませんでした」

今はマリウポリから1,000キロ以上離れた、ロシアのある町の療養施設にいるといいます。

今も10万人以上が取り残されていると見られる、マリウポリ。市民たちの映像からは、壮絶な現実があることも分かってきました。

この夫婦は、気温がマイナス10度を下回る中、地下室に100人以上の市民と身を潜めていました。

テチャナ・ビロストツカさん
「子どもたちが『お母さん、おなかすいたよ』と叫んでも食べるものはありませんでした。冷蔵庫がないので、やがて肉にカビが生えてきました。肉をトイレの水で洗って食べました。地獄を見たような感覚です。『地獄』こそ、私たちが置かれた状況を表現するのにふさわしい言葉です」

ザポリージャにある避難所の映像を投稿しているのは、マリウポリのテレビ局の経営者です。

マリウポリテレビCEO ミコラ・オシチェンコさん
「避難所にやってきました」

テレビ局はロシア軍に破壊され、今も社員の半数と連絡が取れていません。

避難してきた市民をみずから取材。深刻な人道危機の実態を、SNSでなんとか世界に伝えようとしているのです。

ミコラ・オシチェンコさん
「実際にマリウポリで何が起きているか、信じない人も多くいます。みなさんに知らせてください。マリウポリの壊滅的な被害は、まぎれもない真実なのです」

情報戦の実態は?専門家が分析

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、世界各国のサイバー戦略が専門で、今回のウクライナ侵攻における情報戦について分析を行っている慶應義塾大学の土屋大洋さんです。

インフラが破壊され、テレビ塔なども攻撃される中、実際にはどのくらい情報を届けられているのでしょうか?

スタジオゲスト
土屋 大洋さん(慶應義塾大学教授)
ウクライナ侵攻の"情報戦"を分析

土屋さん:
私の想定よりはるかに上のレベルでインフラが維持されていると思うんです。

キーワードは「電力」と「電波」だと思います。例えばスマホを使って発信するというときにも、スマホの電池はそんなに長くもちませんよね。一定の間隔で充電をしなきゃいけない。そして、そのスマホが動いていて、それが録画、あるいは撮影に使われたとしても、それを届ける手段がなかったらだめですから、電波を受信するアンテナが生きている、その電波の先にある通信設備が生きているということなんです。これは、こういう戦場では予想を超えるすばらしい維持のレベルだと思います。

桑子:
なぜここまでしっかり維持ができているのでしょうか。

土屋さん:
やはり2014年にクリミア半島をロシアが占拠したということがあって、それをもう一度やられたら困るということで、ウクライナ側が必死に準備をしてきたと思うんです。

特に2015年、2016年にはウクライナ西部で大きな停電をサイバー攻撃によって起こされているわけです。これはもう必ず起きるだろうということで、必死に準備してきたということです。

桑子:
しっかり体制を整えてきているわけなんですね。今回、ウクライナの戦略を象徴していると土屋さんが指摘されるのがこちらです。

ロシアの侵攻直後に起こった攻防です。まず親ロシア派、地域のメディアがウクライナのゼレンスキー大統領が逃亡したと伝えたのですが、このあと即座にゼレンスキー大統領が大統領府と見られる場所から自撮りの動画を撮影して、フェイスブックにアップしました。これはどんなところを注目されているのでしょうか。

土屋さん:
これは画期的だったと思います。つまり、ロシア側はゼレンスキー大統領がいなくなった、逃げ出したということでウクライナ軍、あるいはウクライナの人々の士気を低めたかったわけです。

ところが、すぐにゼレンスキー大統領は自撮りをして、そして背景に自分はどこにいるかということを明らかにした上で、ここにいるということを言った、世界に発信した。そしてそれをウクライナの人たちはそれを見て、「まだ行ける、大丈夫だ」ということを確信した。そういう転換点だったと思います。

桑子:
転換点になる。そういう意味ではロシアの情報は誤ったものが多いと伝えられていますが、ロシアの情報はすべて誤っている、ウクライナの情報はすべて正しい、こう思うのもまた違うわけですよね。

土屋さん:
これはもちろん、ウクライナ側も自分たちに有利な形で情報を発信したいと思っていると思うんです。しかし、そういう面でわれわれは慎重に見なくてはいけないわけですが、民主主義というのは逆にうそをつけないということも重要なことだと思うんです。

桑子:
民主主義はうそをつけない。

土屋さん:
はい。これは「目には目を、歯には歯を」といって、ロシアに対抗するためにウクライナ側がうそをつき始めたら、ウクライナの国民は自分たちの政府がうそをつくと思ってしまうかもしれない。そうしたときに信頼が損なわれてしまうわけです。

そういったときには、ウクライナ側も多分言いたいことをすべて言わない。言いたくないことも言わない。その辺のぎりぎりのところを考えていると思うんですね。

桑子:
そこは冷静に私たちも見ていかないといけないわけですが、今後、停戦協議なども行われる際に情報戦はやはり繰り広げられると思うんです。今後の展開というのはどのように見ていらっしゃいますか。

土屋さん:
やはり「電力」と「電波」が生き残るかどうかだと思います。もしかすると、ウクライナ側からの情報発信が減っていくかもしれないわけです。当然、ロシア側はウクライナの発信を止めたいと思っているでしょうから、その出力のインフラ、そして電波のインフラというのを攻撃し始めると思うんです。そこをなんとかして、ウクライナ側はしのがなくてはいけません。情報発信が減ってきたときに、私たちはどうなるのかということを見ておかなくてはいけないと思いますね。

桑子:
情報発信が減ってきたときに、危機感を私たちも持たないといけないということですね。

土屋さん:
おっしゃるとおりです。

桑子:
事実を伝えるためにできることは何なのか。確かな情報を発信し続けようとする、ジャーナリストたちの戦いです。

戦火の中でのジャーナリストたちの戦い

ロシア軍が占領したとしている、南部の主要都市、ヘルソン。

すべてのテレビ局が制圧される中、この街で取材を続けるアンジェラさんは、見つかれば拘束される危険があるため居場所を転々としています。

これは先日、アンジェラさんがひそかに撮影したロシア軍が支援物資を配る場面。よく見ると、ロシア側にはカメラマンがいます。

アンジェラ・スロボディアンさん
「ロシア軍は住民に人道支援物資を配るという、プロパガンダ映像を撮影していました。夫の後ろに隠れ、彼の上着の隙間からスマホで撮影しました。いまジャーナリストは何が間違った情報で、何が事実なのかを注意深く区別する必要があります」

そして戦火の下で放送を続ける、ウクライナ公共放送のスタッフたち。この日、一瞬だけ表情が緩む場面がありました。共に働く仲間の誕生日です。

ウクライナ公共放送のスタッフたち
「いつまでも幸せに。いつまでも元気で。おめでとう」

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。