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2022年2月3日(木)
“二刀流”いばらの道の先に ~スノーボード 平野歩夢~

“二刀流”いばらの道の先に
~スノーボード 平野歩夢~

北京オリンピックのスノーボード・男子ハーフパイプで、金メダル獲得が期待される平野歩夢選手。
昨夏の東京オリンピックではスケートボードの日本代表として出場。
わずか半年後に再び五輪の大舞台に立つという、前例のない“二刀流”に挑んでいます。
「困難にぶつかりながら成長していきたい」と、覚悟を語る平野選手。
いばらの道の先にどのような進化を見据えているのでしょうか。

出演者

  • 野上大介さん (スノーボードジャーナリスト)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

東京から北京へ 平野歩夢"二刀流"の挑戦

平野選手が挑むスノーボード・ハーフパイプは、半円状にくりぬいたコースで、エアと呼ばれる技の高さや難易度を競う種目です。

去年10月、北京オリンピック出場を懸けて海外遠征に臨んでいた平野選手は、こう話をしました。

スノーボード・ハーフパイプ平野歩夢選手
「スノーボード久々すぎて、体の使い方が違って難しかった」

平野選手が「久々すぎて」と言ったのにはわけがありました。

その2か月前、平野選手はスケートボードの選手として東京オリンピックの舞台に立っていました。それまでの3年間スケートボードに専念し、大舞台で世界のスペシャリストを相手に14位の成績を残しました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で大会が1年延期されたため、東京オリンピックが終わってから北京までは、わずか半年しかありません。
スケートボードからスノーボードに競技を切り替えての挑戦は"無謀"だとささやく人もいました。

それでも二刀流にこだわったのはなぜなのか。平野選手がその理由を明かしてくれました。

平野歩夢選手
「人と同じことが嫌なんだろうなっていう、根本的に自分の思う部分でもあって、自分のオリジナル感っていうところを持っていたい」

あえて挑んだ"いばらの道"

幼いころから、人とは違うことに挑戦するのが好きだったという平野選手。4歳でスケートボードを始めましたが、同時にスノーボードにも打ち込み、世界のトップ選手を目指してきました。

15歳で初めて臨んだオリンピックで、スノーボード日本勢初のメダルを獲得。冬のオリンピック、日本人メダリストの最年少記録を塗り替えるなど数々の偉業を打ち立てます。前回のピョンチャン大会では、当時最高難度だった縦2回転、横4回転の大技「ダブルコーク1440」をオリンピックで初めて連続で成功させました。

「新たな道を切り開きたい」と、困難な二刀流にあえて挑戦することにしたのです。

平野歩夢選手
「"自分らしさ"というか"自分とは"みたいなところで、そこをたどっているうちに自分しか、自分だけの道を切り開いていったらそれが理想なのかなと思います」

"踏み切りが安定しない…"

北京オリンピックまでの時間が限られる中、平野選手は思わぬ事態に直面していました。

平野選手のチーム関係者
「いい感じになってきた?」

平野歩夢選手
「いや微妙です」

平野選手の持ち味は、滞空時間の長い高いエアです。ところが、その高さを生み出す踏み切りが安定しないというのです。

これまで平野選手は、シーズン前に基礎練習を繰り返すことで踏み切りの強さや角度を体に覚え込ませてきましたが、今回はその時間がありませんでした。

平野歩夢選手
「ベースづくりはゆっくりやりたい。焦らずやりたいけど、バランスよく技もやっていかないと今まで通りすんなりいかない」

"逆境の先にこそ成長がある"

調整の遅れを取り戻そうともがく日々。
そんなとき平野選手の心の支えとなっていたのは、逆境を乗り越えたかつての経験でした。

それは、ピョンチャンオリンピックを1年後に控えた2017年3月のこと。
アメリカの国際大会に出場していた平野選手に悲劇が起きました。着地で激しく転倒し、左ひざのじん帯を損傷。選手生命を脅かす大けがでした。

しかし平野選手は懸命なリハビリを続け、半年後には競技に復帰。
翌年のオリンピックで、2大会連続の銀メダルをつかみ取ったのです。

平野歩夢選手
「いろいろな壁があって。それにぶつかりながらも負けずに来られている感覚が今の自分を作り出していると思うし、そういうことを乗り越え続けて自分もそれと同時に変わり続けていく」

逆境の先にこそ成長がある。
北京オリンピックに向け平野選手は、1日5時間以上、練習に打ち込みました。

初戦で感じた"手応え"

スノーボードに復帰して2か月後。平野選手はワールドカップ初戦に臨みました。北京オリンピックの代表選考を兼ねた、重要な一戦です。

3本滑ることができる決勝。その1本目で、平野選手は踏み切りの角度がずれ、コースの縁に接触してしまいます。

それでも2本目は、すべてのエアを成功。

最後のエアでは着地でバランスを崩しますが、持ちこたえました。表彰台は逃したものの、スケートボードで培った経験が実を結んでいると手応えを感じていました。

平野歩夢選手
「スノーボードしかしていない時の体のバランスだったら、もうダメだって、こけた。着地に厳しい状況では。着地の中で、これは厳しいなっていう時の対応というか、体の使い方とか柔らかさというのは自分の中では感じています、そういう対応力を」

スケートボードは、ボードに足を固定せずに技を繰り出し、複雑な起伏を滑走するため、繊細なバランス感覚が求められます。

平野選手は、腕などを使ってバランスを取る練習を3年間続けてきました。
今回の着地も、その成果が出たというのです。

スケートボードの経験生かし北京へ

さらにスケートボードで磨いたバランス感覚が、空中で繰り出す技の進化にもつながっていました。

取り組んだのは、自身の代名詞とも呼べる「ダブルコーク1440」の改良です。体を後ろに反らせ、テールと呼ばれる板の先端をつかみます。
これまでは両足の間をつかんでいましたが、それよりもバランスを取るのが難しくなり、高得点をねらうことができます。
進化する平野選手の姿は、各国の関係者から注目を浴びていました。

平野歩夢選手
「動かし方が、すごく幅が広がった。同じ技でも、前をつかむだけじゃなくて、後ろでスタイルを出すことができたり、ノーズをつかんで回すことが可能になったり」

そして迎えた、ワールドカップ第2戦。夜に行われた決勝では、ハーフパイプの斜面が凍り、転倒する選手が続出します。
平野選手も得点を伸ばせないまま、7位で最後の一本を迎えていました。トップに立つには、93点を超える高得点が必要です。

最後の一本、平野選手は冒頭から大技の「ダブルコーク1440」を2本連続で成功。
踏み切り、空中でのバランス感覚、いずれも完璧で、95点台をたたき出し、逆転で優勝を果たしました。

平野歩夢選手
「次につながる内容で終えられた。久々にいい滑りができました」

その後のワールドカップでも優勝し、今季2勝目を挙げ、3大会連続となるオリンピック出場を決めた平野選手。逆境を乗り越え進化を遂げた日本のエースは、北京オリンピックで悲願の金メダルを目指します。

平野歩夢選手
「今までの自分を上回る滑りができているのは、スケートボードをやってきた経験のおかげだと思っていて。すべて出しきれた上で、結果が周りを上回る滑りになればと思っているので、その大きい舞台で頂点に立ちたいという気持ちは強い」

スタジオトーク 平野歩夢 "二刀流"で目指す新境地

井上:スタジオには、平野選手を10年以上取材されてきたスノーボードジャーナリストの野上大介さんです。平野選手の二刀流の挑戦。自分だけの道を切り開くということばもありましたけど、どうご覧になっていますか。

野上大介さん (スノーボードジャーナリスト)

野上さん:僕はソチ五輪の前から平野選手とことばをよく交わすようになったんですが、自分にしか歩めない道のりの先にある"夢"を追いかけるというのがすごく一貫している。
もともとピョンチャン五輪の前から「スケートボードも含めた自分を表現していきたい」というのは言っていたので、東京五輪のスケートボード挑戦は想定内だったんですけど、スノーボード専門の目線で見ると、北京五輪の頂点がゴールであるとしたら不可能に近い挑戦なのかなと思っていました。

井上:実際に淡々と挑戦しているように見えるんですが、プレッシャーはないのでしょうか。

野上さん:歩夢(平野選手)は本当に誰よりも考えるタイプです。スケートボードに挑戦するだけでも本当にいばらの道なんですが、その中でもスノーボードの国際大会にはすべて目を向けていました。
スケートボードに集中しなければいけないのに、「スノーボードのことを考えると、夜は寝汗べっちょりで目を覚ましてしまう」ということも吐露してましたね。

技術だけではない"二刀流の成果"

保里:3年間スノーボードから離れて、いわばブランクがあったといえると思うのですが、それにもかかわらず僅か半年で結果を出す。どうしてこんなことができるのか、どのように見ていますか。

野上さん:大きく2点あって、ひとつはスケートボードの技術的なフィードバック。誤解を恐れずに言えば歩夢の想定以上にたくさんあった。

保里:結果的に非常に生きているわけですね。

野上さん:もう一つは、ピョンチャン五輪の時点で歩夢は、世界中から追われるハーフパイプのトップの競技者でした。ピョンチャンを目指すにあたっては"金"しか目指す道がなかった彼が、スケートボードに挑戦したことによってチャレンジャーになれた。
かつて、彼の兄、英樹(えいじゅ)だったり、兄と同い年でソチ五輪・銅メダリストの平岡卓選手を追っかけているころのような気持ちで、今スノーボードに取り組めている。
技術的にトップの選手が、チャレンジャーとして不屈の精神を持った。これは僕の想像をはるかに超えるぐらいの…

保里:「無敵なのではないか」というところですね。

北京五輪のライバルは

保里:このスノーボード・ハーフパイプ、北京オリンピックでは前回もメダルを争った2人が今回もライバルになると目されています。過去3大会で金メダルを獲得しているアメリカのショーン・ホワイト選手。有名なレジェンドですが、今大会どう挑んでくるかというところも注目です。

野上さん:今回35歳という年齢もあるんですが、ショーン・ホワイトの真骨頂であるエアの高さは健在なんですよね。今回足首を痛めたりとかいろいろあったんですけど、まずはアメリカの代表になるということを考えた上での戦いだったと思うんです。なので、ピョンチャン五輪の時点での彼のパフォーマンスからしたら、まだ全然、50、60、70%ぐらいしか出してないんですよ。今回が最後の大会と明言している分、何か隠してるんじゃないかと考えると、すごく不気味ですよね。

井上:そして今回は、日本の選手たちも強力なメンバーがそろっています。
まず、2大会連続の出場となる戸塚優斗選手。昨シーズンは世界選手権やワールドカップなど、出場したすべての大会で優勝しています。

さらにオリンピック初出場の平野流佳(るか)選手。今シーズンワールドカップ初戦で優勝した、19歳です。

そして平野歩夢選手の弟、平野海祝(かいしゅう)選手も初出場で、メダル獲得を目指しています。野上さん、この3人の中で特に注目は?

野上さん:やはり戸塚優斗選手ですね。彼は昨シーズン、その前のシーズンから続けると6戦6勝。しかも国際大会の本当にトップの中のトップなので、彼が持っている力を全部出しきれば間違いなく金メダルに一番近い選手ですね。

メダル争いのカギを握る"超大技"

これまで以上にしれつなメダル争いが予想されますが、その鍵を握るとみられているのが日本の選手たちが挑む"超大技"です。

昨シーズンの世界王者、戸塚優斗選手の持ち味は、圧倒的なエアの高さ。最高到達点は5メートルを超え、世界トップクラスを誇ります。前回のオリンピック11位に終わった悔しさを胸に、この4年間、スノーボードにすべてを懸けてきました。

戸塚選手が練習を重ねてきたのが「トリプルコーク1440」です。縦に3回転し、その間に横にも4回転します。平野選手が得意とする「ダブルコーク1440」よりも、縦の回転が1つ多い超大技です。

戸塚優斗選手
「(トリプルコークを)決められたらスコアも伸びると思う。全部出しきって、それが金につながればいい」

平野選手も「トリプルコーク」に挑戦

メダルの行方を左右するといわれる「トリプルコーク」ですが、実は、平野選手も今シーズンその習得に向け動き出していました。失敗すれば大けがを負う可能性もある、リスクを伴う挑戦です。3か月間何度も練習を繰り返し、体に感覚を覚え込ませていきました。

平野歩夢選手
「どこか1個でもミスしたら、本当しゃれにならないようなレベルのトリック(技)なので」

去年12月。平野選手は試合で初めて「トリプルコーク」を成功させ、世界に衝撃が走りました。歴史的な快挙に、世界から称賛の声があがりました。
しかし平野選手本人は満足していません。

平野歩夢選手
「周りがやる前に自分がやれた気持ちよさはありますけど、もっとクリーンに決めたかった。本当、そこの完成度は上げていかなきゃと思いました」

平野選手の挑戦は、若い選手たちにも刺激を与えています。

先月のワールドカップで、19歳の平野流佳選手が「トリプルコーク」に挑んだのです。僅かに着地が乱れたものの、可能性を感じさせる滑りでした。

オリンピックの大舞台で誰がトリプルコークを決めるのか。日本の選手たちに世界が注目しています。

平野歩夢選手
「やれる人は何人もいるので、その先かなと思ってはいますけど。その先というのは完成度、高さ、ほかのトリックもすべて、そこが整っている人が勝つんじゃないかと僕的には思います」

「トリプルコーク」どれだけすごいのか

保里キャスター:平野選手が世界で初めて決めた大技「トリプルコーク1440」。一体どれほどすごい技なのか、ご紹介したいと思います。
踏み切りからの高さはおよそ5メートル。地面からはおよそ12メートルの高さまで飛んでいるんです。そして、その複雑な動き。縦に3回転、横に4回転しているんですが、踏み切りから着地まで僅か2秒でこの技を繰り出しているんです。

野上大介さん (スノーボードジャーナリスト):高さがないと出せない技なので、歩夢(平野選手)が言っていたとおり本当に1つのミスが命取り。本当に命を落としてしまいかねないぐらいの高難度な超大技ですね。

保里:実際ショーン・ホワイト選手も過去に挑戦し、断念したこともあるわけですよね。

野上さん:10年ぐらい前に挑戦して大けがしたんですよね。ですので10年の時を経て、実現すると思っていなかった超大技が現実化しているというのが今ですね。

保里:体への負荷も相当だと思うのですが、改めてどんなところがすごいのか教えていただけますか。

野上さん:スケートボードからスノーボードに戻したときに「踏み切りがなかなか合わない」、調整不足だという話があったんですが、もう一つありまして、やはりどうしてもスケートボードは足が固定されてないので、「オーリー」という後ろ足で蹴って前足でしゃくりあげる動作が必要ですが、スノーボードは逆にそれが必要ないんですよ。
歩夢のことばを借りれば「蹴り癖」というんですけど、その「蹴り癖」を克服したときに、3年間スケートボードの競技に出場していた平野歩夢はもともと持ってたテイクオフ抜けの精度がよりさらに高まった。本当に数センチ単位で板をハーフパイプのへりに残せるからこそ、さらに高さを生み出せるようになったんです。

井上キャスター:あとは着地ですよね。その着地の対応力もスケートボードがつながってたわけですね。

野上さん:やはり着地時のバランス感覚であったり、ハーフパイプの僅か50センチ60~70センチくらいの、「バーチカル」という垂直にそり立ったところで衝撃を抑える技術というのは、やはりスノーボードだけではなかなか体得できなかった技術ではないかなと思います。

井上:それが超高難度の技が成功した秘訣だったわけですか。

野上さん:そうですね。抜けの動作、着地の動作すべてにスケートボードからのフィードバックがあった。それにプラスして精神的な強さ、チャレンジする強じんな精神力があったからだと思います。

平野選手 "メダルよりも伝えたいこと"とは

井上:この五輪はまさに「トリプルコーク」の戦いになると思うのですが、実際どういう戦いになると思いますか。

野上さん:「トリプルコーク」はもちろん着地が難しいというのは今述べたとおりなんですが、どこに繰り出すかというのが一つの焦点かなと思っています。歩夢のようにファーストヒットに持ってくるというのは当然リスクは高いので…。

井上:序盤から飛ぶかどうかですか?

野上さん:着地でミスしたらもう次のヒットにつながらないというリスクがあるので。やはり得点も高いですし、操れる選手は4、5人ぐらいいるので、そのトリプルコークを出す順番というのは鍵を握っているのかなと。

井上:平野選手は二刀流ということで、「自分だけのオリジナリティー」という話もありましたが、何を目指していると思いますか。

野上さん:彼はどのインタビューでも「金メダルを取ります」「金メダルを目指します」というフレーズを僕は聞いたことがなくて。直接対話しててもないんです。
彼は「敵は選手ではない。おのれである」「そこに自分にしかできない道を歩んだ結果の夢である」と。
競技を通して彼が育まれたスノーボードの文化価値というのを伝えたいというのが、メダルの先にあるのではないかと思っています。

井上:ありがとうございました。


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