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2022年2月2日(水)

新作戦で連覇をつかめ
~密着!パシュート大革命~

新作戦で連覇をつかめ ~密着!パシュート大革命~

3人で隊列を組んで滑る、スピードスケート・団体パシュート。日本女子は、「高速の先頭交代」と「一糸乱れぬ隊列」を武器に、ピョンチャン五輪で金メダルを獲得した。しかし、北京五輪を目前にひかえて、これまで常識だった「先頭交代」を減らし、前の選手を手で押し続ける「プッシュ作戦」が世界を席巻。日本のライバルが急速に力をつけてきた。この変革の波をどう乗り越えるのか。連覇を目指す、日本チームの苦闘を追った。

出演者

  • 田畑真紀さん (バンクーバー五輪 女子団体パシュート銀メダリスト)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

まもなく北京五輪開幕 密着!パシュート大革命

井上:あさって(4日)から始まる北京オリンピック。きょう(2日)とあす(3日)にわたって、新境地への挑戦を続けるアスリートに迫ります。今回はスピードスケート、女子団体パシュートです。以下のリンクでは、パシュートのルールや見どころなどの記事を紹介しています。

保里:日本から出場するメンバーの皆さんをご紹介しましょう。まずは日本のエースで女子1,500メートルの世界記録保持者、髙木美帆選手。前回大会で2つの金メダルを獲得した、姉の髙木菜那選手。そして、個人種目でもメダル候補の佐藤綾乃選手。さらにオリンピック3大会連続出場のスーパーサブ、押切美沙紀選手。

このうち髙木姉妹と佐藤選手は、前回の大会で金メダルを獲得したメンバーです。

井上:団体パシュートのルールです。4人のうち3人が出場し、2チームによる対決形式で行われます。女子は2,400メートルを滑り、最後尾の選手がフィニッシュしたタイムで勝敗を決します。

連覇をねらう日本ですが、新たな作戦の台頭で状況は一変。日本は、どう戦おうとしているのでしょうか。

女子団体パシュート 新作戦で連覇をつかめ

これは選手の体に取り付けたカメラの映像です。時速50キロ。

この猛スピードの中、3人の選手が一列になって滑るのが団体パシュートです。

最大の敵となるのが、先頭の選手が受ける強烈な風圧。その負担を3人で分散するために行うのが、先頭交代です。

後方で体力を温存したフレッシュな選手を先頭に回すことで、トップスピードを維持するのです。

先頭交代をいかに素早く終えるかは、レースを制する大きな鍵でした。もう一つの鍵は、隊列の形です。前の選手の腕や足の動きに、後ろの選手がいかに合わせられるか。乱れのない隊列ほど、後ろの選手は風の抵抗を抑えられるのです。

4年前のピョンチャン大会。日本は磨き上げた高速の先頭交代と、一糸乱れぬ隊列を披露。金メダルを獲得しました。さらにその後、世界記録も更新。北京大会に向け、世界トップの座を揺るぎないものにしました。

髙木美帆選手
「ピョンチャン五輪のときより、地の力が上がっていると私は思っている」

髙木菜那選手
「北京五輪に向けて、これからできることを集中してやれる時間を増やしていけたら」

しかし、2年前。世界に衝撃が走ります。それは、日本チームを率いるヨハン・デ・ヴィットコーチが目にしたレースで起きました。

おととし2月の国際大会。アメリカの男子チームが、これまでの常識を根底から覆す作戦を実行したのです。3人の1,500メートルのタイムを合計すると、アメリカは8チーム中、6位。決して強豪とはいえないチームでした。レースで見せたのは、後ろの選手が前の選手を押し続ける「プッシュ作戦」。しかも、これまで常識とされていた先頭交代は一度も行わなかったのです。この作戦で、ピョンチャンオリンピックのメダル圏内のタイムをマークしたアメリカ。日本のデ・ヴィットコーチは驚きを隠せませんでした。

スピードスケート 日本代表 ヨハン・デ・ヴィットコーチ
「(アメリカの)個人はそれほど高いレベルの選手たちではなかったのですが、団体パシュートの結果は、とてもよかったのです。それを見て、興味深いと思いました」

なぜ、アメリカは好成績を収めることができたのか。従来の先頭交代では、先頭の選手が後方に回ると1回およそ0.2秒のタイムロスが生じます。

先頭交代をしないプッシュ作戦では、交代のたびに生じていたタイムロスを減らすことができたと考えられています。

一方で、先頭交代をしないことで先頭にかかる大きな負担をどう減らしたのか。それをサポートしていたのが、風の抵抗が少ない後ろの2人。先頭の選手をプッシュすることで、推進力を加えていたのです。

昨シーズンは女子にもプッシュ作戦が広がり、中にはピョンチャン大会の時に比べ、5秒近くタイムを縮めるチームも現れました。

急激に上がる世界のレベルに対して、日本はどう立ち向かうのか。

オリンピックが近づく中、選択を迫られた日本。プッシュ作戦へのチャレンジを決めました。

ヨハン・デ・ヴィットコーチ
「他のチームも追いつこうとしてきます。世界のトップをキープするには、私たちも成長しなければなりません。これまでと違うことを試しています」

そして去年2月。日本のプッシュ作戦が初めて報道陣に公開されました。しかし、ここで明らかになったのは思わぬリスクでした。カーブの出口にさしかかったときのことでした。二人の選手のブレードが接触し、あわや転倒という状況に。原因は、選手間の距離が縮まったことでした。

従来の隊列とプッシュ作戦の隊列の比較です。選手間の距離は、およそ1.4メートルから0.8メートルに縮まります。

そのため、少し足元が乱れただけで接触が起きてしまうのです。

髙木菜那選手
「手をずっと押していると、今まで以上にくっついて行かなければいけない。プラスして足をきれいに合わせないと、ちょっとずれるだけで前の人の足がぶつかったりしてしまう」

一方で、接触を恐れ足元に気をとられると、今度はプッシュする手に集中できなくなってしまいます。時速50キロで滑走する選手にとって、大きなジレンマが生じる作戦でした。

佐藤綾乃選手
「長い間時間をかけて(経験を)積んできたものを大きく変えることに対して、個人的には少し抵抗があった。本当にこれでいいのかというのは、まず最初の印象だった」

秘策は手つなぎ&先頭交代

どうしたら、このプッシュ作戦を成功させられるのか。オリンピックまで半年を切った、去年10月。取材班は、日本の新たな作戦を目にすることになりました。

注目は選手の「手」。前の選手の腰のあたりでしっかりとつないでいます。これまでの添えるように押していた形とは、まるで異なるものでした。

この「手つなぎ作戦」。手に気を遣わなくても、安定してプッシュし続けることができます。それによって、接触のリスクを減らせるメリットもあると考えました。

髙木菜那選手
「手をつないでいたほうが、集中して足を合わせられる。難しいけど、そっちに集中をするので、より一層足が合ってきた」

日本が編み出した、手つなぎ作戦。去年12月にアメリカで行われたワールドカップで、さらなる進化を遂げました。

先頭は、髙木美帆選手。2周目に入ったところから、手つなぎ作戦を開始します。3周目、先頭を髙木菜那選手へスイッチしました。より速いタイムを目差し、先頭交代を1回だけ交えた「ハイブリッド作戦」です。残り1周の時点で、世界記録より速いぺース。

しかし、その直後。先頭の菜那選手が転倒。レースは最下位に終わりました。それでも、残り1周までは世界記録より速いペースだった「手つなぎハイブリッド作戦」。選手たちは手応えをつかんでいました。

髙木美帆選手
「現状維持をとるのではなくて、変わっていくために作戦を変えていったり、新しいことにチャレンジするというヘッドコーチの意見に賛成だったので、実践を積める時間はそこまで多くはないけど、ほかにできることはまだあるなと思っている」

女子団体パシュート 新作戦を徹底分析

井上:スタジオには、バンクーバーオリンピック女子団体パシュートで銀メダルを獲得した、田畑真紀さんにお越しいただいています。よろしくお願いします。
改めてですが、VTRにもあった隊列をスタジオでも見ていきたいと思います。こちらが前回の大会の隊列です。

こちらが、日本が挑戦している新たな隊列となります。

田畑さん、前回よりも間隔が60センチほど縮まっているということなんですが、従来と比べてどれぐらいのチャレンジなのでしょうか。

田畑真紀さん (バンクーバー五輪 女子団体パシュート銀メダリスト)

田畑さん:かなり難しいと思います。数ミリ単位で選手は相手を感じ取りながら滑らないと、感覚を研ぎ澄まさないと足がぶつかって接触して転んでしまう可能性があります。なので、ものすごい集中力が必要になると思います。

井上:先ほど菜那選手が転倒したとのことで、先頭の選手のかかる負担というのはどれぐらいのものだと思いますか。

田畑さん:先頭がいちばん空気抵抗があって、出したスピードを殺さないようにいちばんいいスケーティングを心がけて滑らなきゃいけないので、すごくきついと思います。

井上:どういうふうにきつさがくるんですか。

田畑さん:全部空気抵抗を受けるというふうになるんですよね。押されて楽に進んでいるようですけれども、実は体に負担がかかっている。すごい大変なポジションだと思います。

井上:それで足がこらえ切れなくなっちゃったりとか。

田畑さん:そうですね。

井上:あと、日本の新たな戦術、手つなぎというのはどういうメリットや難しさがあると思いますか。

田畑さん:手つなぎをすることによって、より相手を感じられやすくなる。微細な相手の動きが感じ取れることによって安定する。3人がそれぞれではなくて、1個の物体となってより省エネで速いスピードにつながるのではないかと思います。

井上:コミュニケーションも取りやすいと。

田畑さん:そうですね。

井上:手つなぎに加えて、先頭交代。これは日本流のアレンジだというふうにいっていいのでしょうか。どう見ていますか。

田畑さん:先頭交代をより少なくしていますよね。外国の女子のパシュートを見ても日本は1回しか交代してなかったりするので、より空気抵抗を減らせているのかなと思います。

井上:なかなかでも短期間の調整ですよね。

田畑さん:そうですね。特に昨年はコロナの影響で海外でのレースがない中、その分、日本で十分練習する機会はあったのですが、やはり実戦でやってみないと分からないところがあります。ワールドカップでもカナダが3レースとも優勝してますので、これまでずっと勝ってきた日本チームとしては、本当に油断できないという状況なのかなと思います。ただ、いろいろ課題を持って帰って、その課題をクリアするために選手はいろいろ取り組むことができたので、すごくいいのではないかなと思います。

保里:日本のライバルと見られているのが前回の大会で銀メダルのオランダと、カナダのチームです。パシュート出場が有力視されている両チームの選手たちですが、どんな特徴があると田畑さんは見ますか。

田畑さん:両チーム共に個の力がすごい強い。もちろん日本チームもそうなんですが、特にカナダの188センチのイザベル・ワイデマン選手。この選手がチームの鍵になっていて、1,500メートルの平均タイムとしてはさほど上ではないんですが、彼女が壁となることによって最大限に力を発揮できている。個々の力を最大限に発揮できているのではないかと思います。

保里:カナダは直近のワールドカップで3戦全勝という結果を残していますから、日本にまさに迫ってきているチームなわけですね。

田畑さん:そうですね。まさかカナダがここまで強くなるとは思ってもいなかったところで、より日本人らしい、自分たちの特徴を生かしたレースをしていかなくてはいけないなとそれぞれ感じていると思うんですけれども。

井上:こうしたライバルを上回るために、日本に必要なこととは。選手たちは自分たちの役割を改めて見直していました。

女子団体パシュート 連覇のカギ 4人の役割とは

日本が世界記録に迫る滑りを見せてから1週間後。オリンピック前、最後となる実戦の機会。エース・髙木美帆選手にとって、みずからの役割を再認識させられるレースとなりました。

美帆選手は、前回と同じく序盤から隊列の先頭を滑ります。後半は、手つなぎ作戦を使った日本。ミスなく滑りきったものの、トップに1秒近く差をつけられ2位に終わりました。世界記録に迫った前回に比べると、1周ごとのラップタイムは5周目まですべて落ちていました。美帆選手は「先頭を引っ張る自分が序盤のスピードをさらに上げる必要がある」と言います。

髙木美帆選手
「最初の私のラップを作るところで、それができなかった場合、盛り返すのは相当な力を使わないとできない。私自身も、もっと強い気持ちで最初の2周半をいかないと、(ハイブリッド)作戦は成立しないと改めて感じたレース」

レース中盤、2番手から先頭に上がる髙木菜那選手。「ペース配分が重要な役割」だと言います。

アメリカでの転倒は、自身の体力が最後までもたなかったことが原因だと考えていました。先頭に出てから、菜那選手はスピードを維持するために力を最大限に使って滑走。しかし、あまりにもペースが速かったため、体力が奪われていきました。

最後の1周。今度は後ろの2人が力を出し切ろうと、強い力でプッシュします。限界に達していた菜那選手の足が、そのスピードに耐えられなかったのです。

ラストスパートに備え、いかに体力を温存できるか。菜那選手は、ペース配分の試行錯誤を続けています。

髙木菜那選手
「最初の1周目、前回みたいにほぼフルでいくのではなくて、その力を10%でも後ろに持っていけるように。そういうペース配分もうまく話し合ってやっていけたらいい。あのとき転んだからこそ、五輪でいい結果が出たと言えるように準備していきたい」

菜那選手の体力を温存させるためには、どうすればいいのか。「鍵を握るのは自分」だと言うのが、佐藤綾乃選手です。いちばん後ろからスタートし、中盤から先頭の菜那選手の後ろにつきます。菜那選手が体力を使わずスピードに乗れるかは、後ろからプッシュする自分にかかっていると考えています。

佐藤綾乃選手
「この作戦でいくのであれば、(後ろの)美帆さんの力を失わないように(前の)菜那さんに伝えられるか。先頭を引かないから責任がないわけでは全くなくて、逆に言えば、ほぼ私にかかっている」

4人目の押切美沙紀選手にも、重要な役割があります。準々決勝から決勝までの3本のレースを2日に分けて行う、オリンピック。それぞれのチームは、出場する3人をレースごとに選ぶことができます。

押切選手が「自分の力を最も発揮できる」と言うのが、2レースを行う2日目の準決勝。ここに自分が出場して力になれれば1人を完全に休ませることができ、決勝に向けてチームの力を温存できると考えています。

押切美沙紀選手
「4選手のメンバーとして、チームの力になれるとなったら準決勝。そこでどれだけ決勝に向けてみんなの力を蓄えられるか、温存できるかというのが重要だと思う。確実に決勝に進めるようにみんなの力を温存するには、何がベストなのか考えていきたい」

4人で目指すオリンピック連覇。その実現のために、全員が自分の役割を完璧にこなす覚悟です。

髙木美帆選手
「それぞれがちょっと気を抜いたりすると、一気に転がっていってしまう。フォローするのが難しい状況になる可能性もある作戦。それを完遂する気持ちというのは、どんなことがあってもそこだけは徹底するという気持ちは大事になってくる」

女子団体パシュート 連覇のカギを握る"チーム力"

井上:メンバーそれぞれの緻密な役割というのは、メンタルも含めてですけど奥深いですね。

田畑さん:そうですね。自分たちの力配分の持ち味で戦略が全く変わってきてしまうので、自分たちにあったやり方を自分たちで見つけて編み出していくことのおもしろさというのはあると思います。

保里:こちらはパシュートの出場が有力視されている日本、オランダ、そしてカナダのそれぞれ3選手の1,500メートルのベストタイムを足した表になります。

カナダは直近のワールドカップで3戦全勝しているわけですが、これを見ると日本より8秒近く遅いタイムなんですよね。田畑さん、やはり個人の結果がそのまま反映されるわけでもないというのがパシュートの奥深さですね。

田畑さん:そうですね。先ほども言ったように、カナダの一番体の大きい選手、188センチのワイデマン選手が本当に鍵になっていて、この選手がいかに1回先頭に出て後ろに下がった選手をカバーして滑るかというのが戦略としてあるので、それが鍵になってきますよね。その戦略でも勝てるということですよね。

井上:日本選手たちの最新映像が入ってきました。きょう(2日)の午前中の練習では、髙木美帆選手、髙木菜那選手と佐藤選手が北京入りして、初めて隊列を組んでスピードを上げる本格的な練習を行いました。パシュートは12日に準々決勝、15日に準決勝、決勝が行われます。田畑さん、この隊列を見ていかがでしょうか。

田畑さん:すばらしいですよね。みんな体も絶好調でキレがあって、いい滑りをしていると思います。

井上:乱れがないですよね。

保里:そして表情ですが、どんなふうにご覧になりますか。

田畑さん:やっぱりそれぞれが自分の役割をしっかりやろうという感覚を研ぎ澄ましているなと思います。

保里:そうした中で、デ・ヴィットコーチはどんな作戦にするか。これは最後まで検討すると取材の中で話していました。これから、どんなところに注目して見ていきましょう。

田畑さん:オリンピックが始まって、個人種目があってパシュートの予選が中間に入ってきまして、また個人種目を挟んで準決、決勝。1日に準決、決勝の2レースあるという中で、それぞれがどのぐらい疲労しているのか。それによって先頭何周出るかとか、戦略が決まってくると思うんですよね。そこを見極めてどの作戦にするかというのも、本当に勝つためには大事なところだと思います。

井上:チームワークはもちろんだと思うのですが、鍵となる選手というのは誰になりますか。

田畑さん:私は全員だと思います。1人とかではなくて、4人がそれぞれの役割をしっかりする。自分がリーダーなんだと思ってやることが、いいチームになる鍵であると思いますので、本当に頑張ってほしいです。お互いを信頼していけば大丈夫なんだという安心感を持ちながら、自分たちの滑りをやりきってほしいなと思います。

井上:勝敗だけではなくて、戦術だったり作戦というのも注目ですね。

田畑さん:そうですね。どんな作戦を日本チームがしてくるのか楽しみです。

井上:ありがとうございました。