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2021年9月7日(火)
緊迫アフガニスタン ~“タリバン支配”の行方は~

緊迫アフガニスタン
~“タリバン支配”の行方は~

9・11米同時多発テロを受けて軍事作戦が始まってから20年。アフガニスタンから米軍が撤退する中、武装勢力タリバンが攻勢を強め、政権は崩壊。戦慄の渦中にあるのが女性たちだ。NHKは1年前から実業家や人権活動家といった女性たちを取材してきた。今、タリバンが再び実権を握った事で先行きは極めて不透明だ。世界を巻き込んだ「テロとの戦い」とは何だったのか。現地の最新情勢、元米兵など米国側の視点も取材し、今後を展望する。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 東 大作さん (上智大学教授)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

緊迫 アフガニスタン "タリバン支配"で女性たちは

「タリバンよ、女性の権利を」

9月4日、首都カブールで行われた女性たちのデモ。タリバンに対し、女性の教育や働く権利を侵害しないよう、数十人の女性たちが訴えました。

タリバンは権力を掌握して以来、女性の権利を保障していくと繰り返し強調してきました。

記者
「(女性は)これまで通り働けるのか、明確に答えてください」

タリバン報道官
「まだ明確に示すことはできない。政府と法律ができるのを待ってほしい。イスラムの教えの範囲内において、女性の権利を約束する」

それでもなお、不安と恐怖にさいなまれている女性たち。背景には、この20年にわたる女性たちの苦難の歩みがありました。

中部の都市、バーミヤンです。町のシンボルだった仏教遺跡は、かつてタリバンによって破壊されました。去年、私たちはその跡地のすぐそばで店を構える女性に出会いました。

ファトゥマ・アリさん(仮名)です。手作りの服や雑貨を販売しています。

「これは、いくら?」

ファトゥマ・アリさん(仮名)
「6,000アフガニです。バーミヤンで作られた、新作です」

高校生のとき、服を作る仕事に憧れるようになったファトゥマさん。しかし1996年以降、タリバン政権の下で女性の教育や就労は禁止されます。女性たちは、全身を覆うブルカを着用することを強いられました。

当時、ただ一人応援してくれたのが、幼いころからかわいがってくれた叔父でした。

ファトゥマ・アリさん
「(叔父は)『しっかり学んで、国の未来を担う立派な人になりなさい』と言いました」

その叔父もタリバンと対立し、殺害されたといいます。

状況が変わったのは、2001年。同時多発テロをきっかけにアメリカ軍が侵攻し、タリバン政権が崩壊したのです。女性には就労の自由が認められ、社会進出が進みました。ファトゥマさんも、かつての夢をかなえようと少しずつ事業を広げてきました。

ファトゥマ・アリさん
「仕上がりはでどうですか、よくできましたね」

戦争で夫を亡くしたり、生活に困窮したりした女性たちに雇用の場を作ってきたのです。

ファトゥマ・アリさん
「すべての女性が働き、自立できる場所を作りたいと思いました。『女性は何もできない、家に閉じ込められる運命』と思ってほしくありません」

ところが去年、ファトゥマさんに衝撃を与えるニュースが伝えられました。長年、戦闘を続けてきたアメリカと、タリバンが和平合意に署名。アメリカ軍が徐々に撤退を進めると、タリバンが各地で勢いを取り戻していったのです。

このころから、働く女性を狙った事件も相次ぐようになりました。ファトゥマさんは、従業員の自宅を訪ねて回るようになりました。多くの女性が、タリバンの目を恐れて出勤をためらうようになったからです。ファトゥマさんは、自宅でもできる仕事を依頼し、女性たちをサポートしていました。

ファトゥマ・アリさん
「私が助けるから心配しないで」

従業員
「ありがとうございます。この仕事がなければ、生きていけません」

ことしに入ると、女性たちへの圧力はさらに強まっていきました。東部の都市、ジャララバードに暮らす、フスナ・アハマドゥザイさん(仮名)です。

フスナ・アハマドゥザイさん(仮名)
「車を確認してください」

出かける必要があるときには、車に爆発物が仕掛けられていないか必ず確認しています。

フスナ・アハマドゥザイさん
「家から一歩出ると、生きて帰れるか分かりません。撃たれるか、車ごと吹き飛ばされるか、死と隣り合わせです」

フスナさんは、これまで人権活動家として女性の教育や結婚など、さまざまな権利の向上に取り組んできました。ところが5月以降、タリバンとみられる相手から頻繁に電話がかかってくるようになったといいます。

フスナ・アハマドゥザイさん
「見知らぬ番号から電話があり、脅されました。『女性が働くことは禁止だ。(守らなければ)お前の家に行くぞ』と。怖くて眠れません」

仕事に出かけることができなくなった、フスナさん。国外へ逃れることも考えるようになっていました。

フスナ・アハマドゥザイさん
「命の危険を感じている。どうすればいい?」

父親
「お前の身が心配だ。ここを離れ、安全な場所へ逃げなさい」

フスナ・アハマドゥザイさん
「私のせいで、家族に危害が及ぶことだけは避けたいの」

そして先月中旬、タリバンは首都カブールを制圧。一方、アメリカ軍は20年におよんだ駐留に終止符を打ち、アフガニスタンを去りました。

バーミヤンで店を営んでいた、ファトゥマさん。今は身を隠しながら生活をしています。

ファトゥマ・アリさん
「『仕事を続ければ死ぬぞ』と、脅されました。今は避難して、従業員にも逃げるように伝えました。店は奪われ、私には何も残っていません」

人権活動家のフスナさんも、家から一歩も出られずにいるといいます。

フスナ・アハマドゥザイさん
「この中で、囚人のような生活をしています」

おい
「下校中、タリバン兵から『フスナはどこだ』と聞かれた。知らないと言って逃げたよ」

フスナ・アハマドゥザイさん
「知らないと言ったのね」

動画は、私たちへのメッセージで締めくくられていました。

フスナ・アハマドゥザイさん
「この映像を通して、私たちの状況が伝わればうれしい。これからも私たちの声を聞いてください」

"タリバン支配"の行方は

井上:ゲストは、上智大学教授の東大作さんです。平和構築が専門で、アフガニスタンで国連政務官としても勤務されました。

保里:身の危険におびえながら実情を訴えた女性たちの声、東さんはどのように受け止めましたか。

東 大作さん (上智大学教授)

東さん:今後のタリバン統治を見ていく上で、私は2つの大きなポイントがあると思っています。1つは、1996年から2001年にタリバンがアフガンを掌握していたときに、基本的に女性の教育とか就労を禁止しました。これが非常に国際的な批判を浴びまして、当時タリバンを政府として承認したのは、サウジアラビアとアラブ首長国連邦と、パキスタンだけでした。
もう1つのポイントは、20年前、アフガニスタンはアルカイダという国際テロ組織の拠点になってしまいまして、そのアルカイダが9・11攻撃をアメリカに対してして、アメリカはそれに対してアルカイダも攻撃するけど、同時にタリバン政権も攻撃するということになったわけです。ですから、タリバンの指導部もそのことは非常に認識していて、今後、統治するときは女性の教育とか就労は認めますと。国際的なテロ組織の拠点には絶対にしない、ということはずっと主張しているのです。だけど、アフガニスタンの多くの女性からすると、また教育とか就労の機会が奪われてしまうのではないかという、非常に不安があるということなのです。

私もいろんな現地の人から話を聞くと、カブールでは最近は女性も普通に買い物に行ったりしてかなり平穏を取り戻していたり、ユニセフも学校の支援はずっと続けていまして、女性も基本的には学校に行けているということなのですが、ただ、あすからどうなるかが分からないということがあるので、そこを世界は非常に注視しているということかと思います。

保里:場合によっては、積極的に働きかけていく必要もあるということですね。

井上:まさにご指摘があった、不安だったり不確定要素がタリバンについてはたくさんあると思うのですが、そういう中で今回、各地を次々と制圧して復権したと。これはどうして可能だったのでしょうか。

東さん:私は、2010年にカブールで国連政務官として1年間勤務したのですが、そのころから本当に治安も悪くて、激しい戦闘が全国で行われていました。ここ数年は毎年数千人の民間人が犠牲になり、数万人ともいわれる戦闘員が亡くなるぐらい激しい戦闘が全国でありました。
また、旧アフガン政府は非常に腐敗もひどいと言われていて、一般のアフガン人は「政府の要人は海外からの支援を通じて私腹を肥やしているのではないか」というふうにも見ていましたし、警察や軍もあまり機能していなくて治安も非常に悪くて一般犯罪も多く、安全な暮らしができなかったのです。
それに対してタリバンは、自分たちは清廉潔白で汚職もなくて、かつ、いろんな水問題とか土地問題も、伝統的な紛争解決メカニズムを使って迅速に解決すると。しかも米軍を追い払うことで自分たちの国を自分たちの手に取り戻すということをずっとPRして、それが一定の支持、特に地方を中心に得ていたことは事実だと思います。
ですから、今回タリバンが一斉攻勢を始めた後に、アフガン政府がほとんど戦わないで自主的に降参して、支配をタリバンに譲っていったというふうには言えると思います。

保里:20年前に打倒タリバンを目指して軍事作戦に踏み切ったのがアメリカだったわけですが、多くの犠牲の末にその復権を許す事態となりました。この状況、アメリカ自身はどう受け止めているのでしょうか。

"20年の戦い"は何をもたらした? 問い直すアメリカ

アメリカ軍がアフガニスタンからの撤退を完了した翌日の8月31日、退役軍人の集会が開かれていました。

「20年に及ぶ、アフガニスタンでの戦争はアメリカ史上最長だった」

この20年の軍事作戦が、一体何をもたらしたのか。参加者の多くが、自問自答していました。

元アフガニスタン駐留兵士
「成功だが、大成功ではない。今起きていることが、20年してきたことをムダにしてしまったから」

アフガニスタンに派遣されたアメリカ兵は、80万人に上ります。父と息子の2代にわたって駐留を経験した、マバルワラさん親子です。父・ベイジュンさんは2002年から、息子・ベイジーさんはその10年後の2012年から従軍しました。

父・ベイジュンさん
「私も母さんも、お前のことが誇りだった。お前がアフガニスタンの道路で簡易爆弾を発見したと聞いたときは、心が躍ったよ」

息子・ベイジーさん
「あれは現地に入って数週間のころだった」

同じアフガニスタンに、異なる時期に派遣された親子。全く違う現実を見てきました。父のベイジュンさんは、2001年の同時多発テロ事件の直後、上官に直訴して派遣されました。

ベイジュンさん
「9・11同時多発テロが起きた時、怒りが込み上げてきました。『アメリカの領土を攻撃して、何もなしで済むわけはないぞ、決して見逃さない』、そんな気持ちでいっぱいでした」

通信兵として各地に赴き、人々の暮らしが年々豊かになっていくのを目の当たりにしたといいます。

ベイジュンさん
「誰もが携帯電話を手にして、医療を受けられるようになっていました。食料の流通システムも大幅に改善されていたのです」

一方、息子のベイジーさん。父の派遣から10年後、現地の状況が大きく変わる中で派遣されました。

タリバンが勢力を取り戻し、泥沼の戦闘が繰り返される日々。市民が巻き添えになることも、しばしばありました。次第に、自分たちは歓迎されない存在なのではないかと、感じるようになったといいます。

ベイジーさん
「あれは戦争じゃなかった。私たちが戦っていたのは、武装勢力です。軍事的手段で勝利を収めることはできず、むなしい戦いでした。タリバンに強制されて簡易爆弾を仕掛けた人を殺害すれば、その家族の憎しみを招きます。そうなれば残された兄弟や息子が、また爆弾を仕掛けるのです。悲劇の連鎖です」

帰国後、すぐ除隊したベイジーさん。PTSDと診断され、今もトラウマに苦しんでいます。20年にわたった戦争の意義を巡り、親子の考えは食い違ったままです。

ベイジュンさん
「アメリカはタリバンを倒すべきだ」

ベイジーさん
「それはできないよ」

ベイジュンさん
「タリバンの狙いを阻むべきだ」

ベイジーさん
「私たちアメリカは何を残したんだろうか?」

ベイジュンさん
「20年かけて、それなりに安定し、多くの人々が教育を受けられるようになった。数千の女子生徒が、教科書を抱えて通学していた。白いスカーフと青い制服を身につけ学んでいた」

ベイジーさん
「多くの犠牲者を出した。銃を向け、戦車を乗り回すと、相手は爆弾を仕掛けてくる。われわれが衝突を招いている」

タリバンとの泥沼の戦いを続けた20年。アメリカは、アフガニスタンの国づくりにばく大な人や資金を投じてきました。一連の軍事作戦や復興に投じられた総額は2.3兆ドル、およそ254兆円に達します。

その使い道は適切だったのか。アメリカの調査機関が、軍事関係者など600人以上に聞き取り調査を実施。問題を指摘する証言が、数多く寄せられました。国づくりの名の下、地元の行政当局や業者の間で、腐敗がまん延していたというのです。

告発した一人、軍の元部隊長ブライアン・コープス氏です。2009年に東部の州に駐留し、復興関連の技術指導に当たっていました。

不正を知ったのは、アメリカの資金援助で建設されたはずの複数の施設が実在しないことを突き止めたときでした。

アメリカ軍 元准将 ブライアン・コープス氏
「私たちは診療所が建てられるはずだった場所を調べ、14のうち10か所が存在しないことを突き止めました。写真を添えて『建てました』という報告だけで、(請負業者に)中抜きされていたのです」

巨額の援助にもかかわらず、豊かにならない人々の暮らし。アフガニスタン政府への信頼を失わせ、タリバンの復権を後押ししたのではないか。アメリカからの資金の流れを調査してきた専門家は、長年にわたる、ずさんな支援が皮肉な結果を招いたと指摘します。

ブラウン大学 上級研究員 ステファニー・サベール氏
「大量に流入したアメリカの資金が、腐敗を助長しました。それはアメリカ、アフガニスタンや、その他の地域の人々の安全を守るために機能せず、実際には正反対の効果を生みだしてしまったのです。アメリカのやり方は問題を解決せず、新たな問題を作り出していたのです」

国際社会の対応は

井上:この先の局面ですけど、国際社会とどう関わっていくか。東さんはどう見ていますか。

東さん:西側諸国としては、なるべく一枚岩でタリバンに向き合っていきたいと考えていると思います。ただ、実際には欧米はメディアも含めて、自分たちの基準、つまり民主主義の基準で人権が守られてなければ「タリバン、けしからん」というふうになっていく可能性が高いと思います。
他方で中国、ロシア、中東諸国は、自分たちの国が民主主義体制ではありませんので、アフガニスタンが非常に安定して治安がよくなって、しかも国際的なテロ組織の拠点にならなければ支援をしたり、どんどん投資をしたりというふうになる可能性は高いと思います。特にアフガニスタンには、銅とかレアアースとかが希少資源で100兆円ぐらい眠っているというふうに言われていまして、中国にとって支援をしたり採掘権を得ていくというのは非常にメリットがあると。そういった意味では西側諸国と中国、ロシア、中東諸国で対応が分かれていく可能性があるかなと思っています。

井上:いろんな動向がある中で、当然日本も入ってくると思うのですが、日本の位置づけ、役割をどういうふうに考えていますか。

東さん:アフガン人の方は、緒方貞子さんとか中村哲さんのこともすごくよく知ってくださっていて、特別な敬意を日本人に持ってくれています。そういった中で日本としてまずできることは、私は人道支援だと思っています。
地球温暖化の影響もあって、最近アフガニスタンは非常に干ばつに襲われていまして、かつ今回タリバン政権が掌握できたことで、アメリカがアフガン中央銀行の資産を1兆円ぐらい凍結したり、IMFとか世銀も支援を停止していますので、非常に人々の経済的な状況が苦しくなっているのは事実です。実は、国連もこのままだと1,400万人ぐらいの方が飢餓で亡くなる可能性がある、危険があるということで警告を鳴らしています。
来週13日にも人道支援の国際会議があるのですが、日本としては人道支援をやっている国際機関に拠出をすればすぐ対応できることですから、これは喫緊の課題だと思います。
長期的には、やはり日本はなるべく早くタリバン政権との対話を開始して、1つは女性の教育とか就労を維持してほしいと。もう1つは、国際テロ組織の拠点にならないでほしいと。つまり、タリバン自身が言っている公約を守ってもらうように今から働きかけていくことが大事だと思います。逆に言うと、その2つの公約を守ってもらえれば、日本としては経済支援とか農業支援とかインフラ支援とか、いろんな支援ができるということも伝えながら、やはりタリバンがより寛容で、かつ国際的にも認められていく、そういった政権になっていくように息長く関わっていく、そして促していくということが日本ができる役割なのではないかなと思っています。

保里:積極的に粘り強く働きかけて、また発信していく重要性。

井上:また今後のタリバンも政権樹立を目指していますが、やはりことばだけでなくて行動も注視していく必要がありますね。

東さん:そのあたりをこれから見ていくということになると思います。

保里:ありがとうございました。