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2021年7月8日(木)

他者の靴を履いてみる
~無意識の偏見を克服するヒント~

他者の靴を履いてみる ~無意識の偏見を克服するヒント~

ジェンダーや世代間のギャップ、多文化共生や経済格差…現代社会の様々な課題の解決に欠かせないと今、世界的に注目されるのが「無意識の偏見」の解消だ。「女性は気配りができる」「シニアは頭が固い」といった、私たちが知らず知らずのうちに抱いている偏見…。 今回、ジェンダーギャップをテーマに、社会心理学の手法で「立場入れ替わり」実験を実施。夫と妻、会社の社長と平社員…自分と異なる立場の生活や仕事を体感し、自身の無意識の偏見に気づいたとき、人はどう変わり、課題をどう改善するのか。「他者理解」(エンパシー)の研究と実践を続けてきたブレイディみかこさんと共に、互いの価値観を尊重する社会を作るためのヒントを探る。 ※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • ブレイディみかこさん (ライター・コラムニスト)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

"他者の靴を履く" 無意識の思い込み・偏見を取り払う

保里:女性に対する、偏ったイメージを当てはめられてしまうのもつらいですけれども…。

井上:男性も「我慢する」とか「弱音を吐けない」とか、いろいろと偏ったイメージというのは確かにありますね。

保里:お互いありますね。

井上:他者の靴を履く力、これについてイギリス在住のライター、ブレイディさんみかこさんと一緒に、ひもといていきたいと思います。ブレイディさん、よろしくお願いします。

保里:よろしくお願いいたします。

ブレイディさん:よろしくお願いします。

保里:ブレイディさんが著書の中で紹介されている、「他者の靴を履く」ということば、なぜこのことばに注目されたのでしょうか。

ブレイディみかこさん (ライター・コラムニスト)

ブレイディさん:「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」という本を書いたときに、その本は中学校に通っている息子の日常を書いた本なのですが、その中に学校の試験の問題で「エンパシー」ということばの意味について書けというのが出て、うちの息子が「誰かの靴を履いてみること」って書いたというエピソードがあるんです。1冊の本の中の4ページぐらいしかない小さいエピソードなんですけど、あの本が出たときにすごくエンパシーということばに反応された方が多くて、もっとエンパシーについて知りたい、何か刺さったとおっしゃる方がすごく多かったので、エンパシーという概念だけを掘り下げた本を書いたのが、「他者の靴を履く」というタイトルなんです。

井上:このエンパシーですけれど、同じ意見や考えを持っていない相手に対しても、その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる。後天的に身につけられる能力のことを言います。今回、番組では職場や家庭で他者の靴を履きたい人、誰かに履かせたい人を募集しました。社会心理学の専門家や、コンサルタント、アーティストなどのご協力のもと、他者の靴を履いてみる実験を行いました。

職場に残る男女の役割を見直す

私たちの呼びかけに応じてくれたのは、千葉県の老舗機械メーカー。社長の芦澤直太郎さんです。

就任から20年。すべての部署に女性社員を配置し、育児休暇後の復職率100%を達成するなど、女性活躍に力を入れてきたと胸を張ります。しかし…。

アシザワ・ファインテック社長 芦澤直太郎さん
「女性が4名在籍していまして、機械の設計図を書いてくれています。女性らしい細やかな心配りで、詳しくわかりやすく作っているんですね」

女性らしい細やかな心配りという、無意識のうちに抱く思い込み。解消したいと、声を上げた女性社員がいます。

経営企画課 酒井梢さん
「努力みたいなものもすべて、『女性だから気が利くね』のひと言で片づけられてしまっているような。『女性だから当たり前でしょ』みたいに思われるのは寂しいな」

人事総務課 宮下絢さん
「そうじゃない社員が、まるで女性らしくない。うちには要らないみたいな。それこそ、とんでもないって話なので」

こうした認識の違いを解消するために今回行うのが、社長に女性社員の仕事を体感してもらう実験です。

実験の場は、毎朝の社内清掃。この会社では、掃除を社員全員で分担していますが、給湯室は女性だけが担当しています。

誰もが使う場所なのに、なぜ女性だけなのか。

掃除を担当する女性社員にカメラとマイクを装着。社長には、モニターに映る女性社員の目線映像を基に、掃除の仕方を考えてもらいます。企業のジェンダーギャップ解消の専門家、小安美和さんが気付きのポイントを一緒に見つけてくれます。

一体、どんな発見があるのでしょうか?実験スタートです!

まず取りかかるのは、流し台の掃除です。

芦澤直太郎さん
「黒く見えるのは、お茶の葉っぱか何か?」

掃除担当 社員
「これは替えた方がいいと思います」

芦澤直太郎さん
「いいですか?青いビニールもったいないような気がするんだけど。はい、替えます。うちだったら放っておくけど」

その後、ごみ箱や電子レンジの掃除、食器棚の点検などを行います。掃除を進める中で、社長があることに気付きました。

芦澤直太郎さん
「手際いいね。でも何か、そうか、おれだって家ではやってんだから別に会社で出来ないことはないんだけど。会社の中で、なんで給湯室は女に任せてるんだろうっていう」

掃除担当 社員
「そうなんです。男性、ご家庭ではやってると思いますよ」

芦澤直太郎さん
「でも『私たちの領域ですから荒らさないで』とか、『めちゃくちゃやらないで』というような雰囲気も感じないでもないんだよな。言い訳?」

女性の就労・雇用の専門家 小安美和さん
「この気づきですが、(人材を)混ぜることによって面倒なこともきっと起きますし、対立だったり葛藤みたいなものもあると思う。そこから対話が始まって、新しいルールが出来ていくのではないか」

掃除担当 社員
「はい、では終わりますか」

芦澤直太郎さん
「終わりにしようかね。はい、無事終了です。お疲れさまでした」

掃除担当 社員
「はい、お疲れさまです。ええと、これは…」

芦澤直太郎さん
「あっ、それどうするんだろう」

掃除担当 社員
「お洗濯します」

芦澤直太郎さん
「そこ洗濯機があるの?」

掃除担当 社員
「こちらのタオルは、1階女子トイレの洗濯機で洗濯するようになっています」

芦澤直太郎さん
「そうしたら男は洗濯出来ないじゃん」

掃除担当 社員
「そうなんですよ。だから女性が洗濯をしているんですよ」

芦澤直太郎さん
「おかしい。誰が決めたんだよ、そんなことは」

掃除担当 社員
「それはわかりません、私には」

次の実験は、女性社員の指示の下、社長が業務を行います。

舞台は営業部。これまで外回りの営業は、主に男性が。事務作業などアシスタント業務は、女性が担当してきました。

営業アシスタントの業務は初めてだという社長。実験スタートです!

社員
「社長、越川です。よろしくお願いします」

芦澤直太郎さん
「越川先輩、よろしくお願いします。私のことはもう社長と言わないで、芦澤って呼び捨てでもいいんですけど、新入社員だと思って指導してください」

芦澤直太郎さん
「そうしたら1階に下りて、越川さんの席に行けばいいんですか?」

社員
「あっ、待ってください。従業員用の階段からお願いします」

実験のルールに従い、指示に基づいて動きます。

芦澤直太郎さん
「営業の皆さん、お疲れさまです。きょう、営業アシスタントをやる芦澤です。よろしくお願いします」

芦澤直太郎さん
「緊張するなぁ」

最初の業務は、来客対応です。

社員
「受付に移動してください」

芦澤直太郎さん
「このあと、お茶をちゃんと出せるかな。なんか会社の看板になった感じだな」

社長は指示を受ける中で、社員の考え方や大切にしている視点を体感します。

芦澤直太郎さん
「初めての経験だ。ちゃんとお出しできるかな」

芦澤直太郎さん
「ただいまー」

社員
「席に何か書類が置かれているようなので、確認してください」

自席に戻ると、書類作成や電話応対など、次々と仕事に追われます。

社員
「お客さまの昼食の準備をしたいので」

そして、息つく暇もなくお客さんの昼食準備へ。

社員
「テーブルのほうに行っていただいて、奥のほうに準備しましょうか。お弁当、もう少し正面に、イスの正面に」

芦澤直太郎さん
「でも最終的には、ここで召し上がるということで。これはどうしましょうか」

社員
「そちらの場所で結構なので、並べてください」

ここで、社長が考えた配膳方法が採用されました。

小安美和さん
「ここ、すごくいいポイントですね。(社長は)お客様がどうしたら、どこに何を置いたら飲みやすいだろうかということを常に意識をして動かれている様子がカメラ越しにも見えましたので。それこそ、これまで営業アシスタントさんに求めてきたスキルそのものなんじゃないか」

2つの実験が終了。小安さんも交え、気付きや反省点を出し合います。見えてきたのは、男性と女性双方が持つ固定観念でした。

小安美和さん
「女性の従業員がやっているということについて、何か気づきというか新たな思いはございましたか?」

芦澤直太郎さん
「男性がやっていた仕事に女性が入ってきたことは間違いないんですけれども、女性がやっていた仕事に対して男性も分担していいんじゃないかといったところは当社の中では誰も意識して変えてきていなかった。女性にだけやらせておけばいいという固定観念は、これはなくすべきだなと」

酒井梢さん
「とはいえ、男性には任せられないというふうに考えている人も中にはいますので、実際やってみてもらったらどうなのかなとか、そういうのを今後試してみて」

相手の立場に立つことで気付いた、固定観念。その解消が会社の成長にもつながると、小安さんは指摘します。

小安美和さん
「人材開発の観点で、もったいないことになっていくのかなというふうに感じました。実は能力としては出来るのに、阻んでしまっているステレオタイプがあるので」

芦澤直太郎さん
「宮下さん、男女に限らずね、それ決めつけていませんかっていう言動があったら、その場で現行犯で指摘してください」

宮下絢さん
「はい、厳しく取り締まらせていただきます」

固定観念による役割分担を解消する取り組み。実際に企業の現場で取り入れられています。

大手損害保険会社の営業部。社員の6割を女性が占めています。アンケートでは、管理職を希望する女性は僅か13%。「女性にはできない」という思い込みが原因でした。

そこで取り組んだのが、女性社員の管理職体験「マネージャーチャレンジ」。代理店との打ち合わせや予算会議、部下との面談など管理職業務を代行。すると…。

研修参加者 小原朝子さん
「管理職を目指すことも、ありなんじゃないのかな。女性だから出来ないわけではないという意識が芽生えたのが、1番大きいと思います」

"エンパシー"が能力や多様性に

井上:この研修に参加した23名の女性社員のうち、22名が管理職を目指すことに前向きになったそうです。

保里:ほかにも大手広告代理店がミュージカル劇団と開発した、演劇的手法を用いた研修があります。設定されたシーンの中で与えられた役を演じてみることを通して、立場の異なる自分以外の人が何を考えて何を思って発言するのか体感するというものです。

井上:ブレイディさん、固定観念だったり、思い込みについてですが、こういった無意識の問題というのはどのように捉えていますか。

ブレイディさん:息子の学校の先生がロックダウン中に出した課題で、最初の週は男子生徒も女子生徒もみんな、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をやっていたのですが、最初の週はみんなロミオになって、韻を踏んだラップ調のラブレターを書いてこいという課題が出て。次の週は、今度はみんなジュリエットになって、比喩の表現をいくつか使ったクラシックなラブレターを書いてきなさいという課題が出たらしいのです。
先生にお話を伺うと、思わぬ傑作が出たと。それも、ふだんはマッチョですごく反抗的な感じの男子生徒が、すごく思わぬ文学的なスイートなジュリエットのラブレターの名作を書いてきたらしいのです。逆に、全然目立たない生徒がものすごいクールなラップ調のラブレターを書いてきたりとかして。男子生徒というのは男の子たるもの感情的な部分とか、ソフトな部分は見せちゃいけないというのでふだん封印しているのだとすれば、もしかしたらその子は将来すごいラブストーリーの書き手、大作家になったりするかもしれないのに、ステレオタイプにこだわることによって、固定観念によって自分の才能というか、可能性を狭めているかもしれないですよね。
他者の靴を履いて固定観念から外れていくということは、必ずしも靴を履かれている相手にとっていいことじゃなくて、履いている自分にとって思わぬ才能、思わぬ能力に気付く。思わぬ可能性が広がるという、自分のためにもなることですよね。

保里:まさに無意識の思い込み、偏見、誰にでもあることだと思うのですが、他者の靴を履くために大切なことはどんなことなのでしょうか。

ブレイディさん:まず、やっぱり私たちは誰でも人間は一人一人、複数の顔を持つ集合体だという意識が必要だと思うのです。
例えば医師の男性がいるとして、その方は職場では医師かもしれないけど、家庭では父親であって夫であって、また、もしかしたら週末は公園の草むしりをやっているボランティアの一員かもしれませんよね。その方は、その場その場によって違う顔を持っていらっしゃると思うのです。
だから自分の顔は1つじゃないんだ。自分はいろんな顔を持つ多面的な人間なんだということに気付けば、するっと自分の靴も脱いで、他者の靴も履けるようになっていく。エンパシーって、やっぱり他者に対する想像力ですから、想像力を育てることが今とは違う状況、今とは違う組織とか、今とは違う家庭とか、今とは違う社会の在り方を作り出すことにもつながっていくんじゃないかなと思います。

保里:日常生活の中でも相手の立場になって考える力は大切だなと思うのですが、ただ、今回の他者の靴を履く体験からは、その力がまた強すぎると逆に自分自身を縛ってしまうという課題も見えてきました。

家事分担に悩む夫婦の気づき

次の体験者は、家事分担に悩むご夫婦です。現在、妻の恭子さんは育児休暇中ですが、復職を前に夫との家事分担を見直したいといいます。

妻・恭子さん
「ほぼほぼ、平日の家事はすべて私がやってて。私のキャリアも夫のキャリアも大事にする。自分の生活も、夫の生活も大事にできるような関係にしていきたい」

夫の指示で、妻の恭子さんが行動。夫婦間の意識のずれを探ります。

家族でお出かけする前に済ませておく家事が、こちら。

夫・達也さん
「いっぱいありますね。できるかな」

実験スタートです!

夫・達也さん
「右の棚の(シリアル)を出して」

早速取りかかったのは、朝食の準備。

夫・達也さん
「3人分入れて」

妻・恭子さん
「誠也は、まだこれ食べられない。ナッツ入ってるから」

夫・達也さん
「わからんわ。誠也が何食べるか」

妻・恭子さん
「食パンにする?」

夫・達也さん
「食パン取って、半分ぐらい」

妻・恭子さん
「誠也、真っ白な食パンだけなの、かわいそうじゃない?」

ふだんは手間をかけ、品数の多い朝食を用意する恭子さん。もの足りなさを感じたようです。

妻・恭子さん
「私、食べました」

夫・達也さん
「じゃあ、すぐ片づけて」

食事のあとは、休む間もなく洗濯へ。

夫・達也さん
「じゃあ掃除機で、どうしよう。廊下とか掃除しようか。その間に、佑奈におもちゃを片づけさせると」

妻・恭子さん
「ゆうちゃん、お母さんが掃除している間に、おもちゃ片づけて」

女性の就労・雇用の専門家 小安美和さん
「あれすごく素敵だなって思ったんです。達也さんがお子さんをチームメンバーのように指示をして、お子さんを巻き込んでやっちゃうという。あれは本当に達也さんのすばらしいマネージメント力じゃないかなと」

子どもたちと連携し、順調に進むかと思いきや…。

夫・達也さん
「なんで?楽しそう?なんで、わーって言っとる?」

妻・恭子さん
「せいくん、どうした?パパどうしたって。鼻水出とるな」

夫・達也さん
「拭いたって、ティッシュで」

実験後、気づきを共有。

小安美和さん
「達也さん、いかがですか?」

夫・達也さん
「どうせ(妻が)やってくれるだろうっていう気持ちが結構あったりするんで。自分がやらなあかんという気持ちは、すごく思いました」

話を深めていくと、2人の間にあった家事に対する考え方の違いが、明らかになりました。

妻・恭子さん
「朝食に関しても、栄養のバランスを考えて私は出したいけれども、夫はおなかがいっぱいになったらいいっていうふうに思ってますよね、多分」

夫・達也さん
「そうですね」

妻・恭子さん
「(シリアルは)常備はしてあるんですけど、やっぱり使うことに抵抗があって、自分の中に。なんか手抜きだとか、本当に栄養がとれるのだとか」

小安さんは恭子さんから出た、あることばに注目しました。

小安美和さん
「さっき、恭子さんからすごくいいキーワードが出てきたんですけど、『手抜きだと思われるんちゃうか』っていう、『手抜きだと思われてはならない』、もしくは『手抜きはしてはいけない』という強い固定観念が、もしかしたらおありなのかなっていうふうに。例えば私だとしたら、親から家事は女性がするものだって教え込まれて、それがずっと抜けなかったんですね。だから仕事もやるし、家事もやるしっていうことで、自分を追い込んで爆発したことがあったりして」

妻・恭子さん
「私も一緒です。女は家事をしなきゃとか言われた記憶はないんですけど、そういう姿をずっと見てきたから、やっぱりこうあらねば、こうせねばっていう気持ちがあって。やっぱりその積み重ねで、そういうスキルも身に付いてくるわけじゃないですか」

女性や母親としての、あるべき姿にとらわれていた恭子さん。

妻・恭子さん
「1人でやっていると、自分だけが働いていて子どもたちと達也はくつろいでいるっていう孤独感があって。きょう改めて一生懸命家事を回しているのを感じて、すごいうれしかったし、楽しかったです。一緒に家事を回そうとしてくれるパートナー、それを私は求めてたなと、やっぱり気付きました」

強いエンパシーにとらわれると…

保里:相手の立場になって、一生懸命考えている。ただ、その力がまた強すぎると、逆に自分自身を苦しめてしまうものなのでしょうか。

ブレイディさん:そうですね。女性は家庭の中で、ケアラーの役割を背負っていることが多いですよね。子どものケアラーだったり配偶者のケアラーだったりして、「あっ、もしかしたらあした着ていくワイシャツがしわくちゃなんじゃないかしら」とか、「子どもが図工でそういえば空き缶が要るって言ってたわ」とか、常に他者の靴を履いている状態になってしまうのです。そうなってくると、常に誰かの靴を履いているだけに、自分の靴を見失ってしまうというか。それが逆に、自分を縛りつける呪いのようなもの、私がやらないといけないっていう呪いになってしまう。
これは何も家庭の女性だけじゃなくて、ケア労働者というか、ケアの仕事をしていらっしゃる方、例えば介護士さんとか、看護師さんとか、保育士さんとか。コロナ禍ではエッセンシャルワーカーといわれた方々ですが、彼らもやっぱり常に誰かの靴を履いて、誰かのケアをしているだけに、エンパシーはやはり能力だけに、いつも使っている人はたけてきちゃうというか、育っちゃうんですよね。エンパシー能力が高いがゆえに、私が今やらないと、私もすごく大変だけどもっと大変な人がいるからと、自分自身を縛りつけて私は私の人生を生きているということを忘れちゃう。自分の靴を見失ってしまうっていうようなところもありますよね。これはエンパシーが持つ危険性の1つで、俗にエンパシー搾取されているとかエンパシーを搾取されているとか言いますけど。

保里:その課題も見えてきました。ブレイディさんが特に重要だと指摘されている教育現場においても、そうした負の連鎖を断ち切ろうという取り組みが始まっているのです。

男は…女は…性別による決めつけ 教育現場で排除する試み

都内の大学の教職課程で行われている、こちらの授業。リボンがある人は男の子、ない人は女の子として扱われ、教師役が行う性別による決めつけを、子どもの立場から体験します。

教師役
「リボンのついているお友達から、委員長を1人決めてもらいます」

男性役
「やります」

教師役
「リボンのある子は、こういうふうに積極的でないといけないわよね」

教師役
「好きな色は何ですか」

女性役
「緑色」

教師役
「緑色、だめだよ」

女性役
「ピンクです」

教師役
「そうです。立派なリボンなしさんですね」

学生は褒められたりするうちに、リーダーは男性、女性は文系など無意識に演じてしまうのです。

川村学園女子大学 教育学部 内海﨑貴子教授
「学生たちに教壇に立ったときに同じようなことを、ジェンダーバイアスの再生産をしてほしくない。性別に関わらず、その子が持っている能力だとか、適正を伸ばす支援をしていってほしい」

未来を想像してよりよい社会を

井上:ブレイディさん、他者の靴を履く大切さを見てきましたけれども、とはいっても、どうしても分かり合えない、理解できない人の靴というのは履かないといけないのでしょうか。

ブレイディさん:そうですね。今、分断の時代といわれていますので、非常に切実な問題かなと思いますけど、でも分からない人の靴だからこそ履いてみないと、どうして自分が分からないと思うような行動や発言が出てきているかって分からないですよね。そのバックグラウンドを知ることによって、もしかしたらうまく説得できるようになるかもしれないし、効果的にその人を変えることができるかもしれない。そういうことを拒否して、最初からもう靴を履かないって諦めてしまうと、石を投げ合うことにしかならないので、物事は何事も解決しないし、前に進まない状態になると思います。

井上:多様性の時代だからこそ、というところもあるのでしょうか。

ブレイディさん:そうですね。多様性の時代だからこそ、エンパシー必要です。

保里:身近な誰かの靴を履いてみるところから…。

井上:片足ずつ履いてみますね。

保里:一歩一歩、始めましょう。

井上:ありがとうございました。

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