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2021年6月10日(木)

ドキュメント
“ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実

ドキュメント “ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実

社会における男女の格差=「ジェンダーギャップ」の解消を進めようと、今年4月に「ジェンダーギャップ対策室」を立ち上げた兵庫県・豊岡市。就職や進学で地元を離れる女性のうち4人に1人しか戻らず人口減少が進む背景に、ジェンダーギャップがあると考えたのだ。「お茶出しは女性社員」「地域の会合の時間を決めるのは男性」…様々な慣習を見直そうと動き出した。ところが、政策の旗振り役だった市長が4月下旬の選挙で敗北。取材のなかで聞こえてきた人々の"本音“とは。「ジェンダーギャップ解消」という理想を掲げた街の3ヶ月の密着記録。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • NHK記者
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

「女性が住みたいまちに!」異例の挑戦

4月上旬、日本記者クラブで開かれた講演会。豊岡市の、中貝宗治市長が招かれました。

コウノトリの保護や、演劇のまちづくりなど、特色のある取り組みをしてきた中貝氏。新たに掲げたジェンダーギャップ解消の政策が、注目されていました。

豊岡市 中貝宗治市長(当時)
「『豊岡に暮らす価値』は、若者に選ばれていない。とりわけ若い女性に選ばれていない」

取り組みのきっかけは、4年前に独自に割り出した「若者回復率」でした。10代で豊岡市を転出した人と、20代で転入した人の割合を比べると、男性は減少後、回復。一方、女性は減少が止まらず、3割以下にまで落ち込んだのです。

中貝宗治市長(当時)
「豊岡は何をやってきたのか。若い女性がすーっといなくなっていました。気付かなかったんです。私はこれを『女性たちの静かな反乱』だと呼んでいます」

地域に根強く残るジェンダーギャップが、女性の活躍の機会を奪い、住みづらさにつながっているのではないかと考えた豊岡市。

4年後に、地域の自治会役員の割合を30%以上に。企業の女性管理職の割合を20%以上に引き上げるといった、数値目標を掲げました。

市の方針に賛同し、改革に取り組む精密ばねの会社。従業員は、およそ100人。役職に就いている女性は、5人です。

社長の岡本慎二さんは女性を登用したいと考えていますが、課題に直面しています。

精密ばね会社 岡本慎二社長(63)
「"高い役職を担いたい"が、極端に低い」

社内で行った意識調査です。「高い役職を担いたい」と答えた人は男性は38%でしたが、女性は9%しかいなかったのです。

なぜ、女性たちは役職を望まないのか。岡本さんは、2年前に主任に抜てきした女性に意見を求めました。

岡本慎二社長
「どうですか?役がついて」

総務部 主任 小田垣有紀さん(47)
「周りからどう見られているんだろうという、女性の活躍というので(主任に)していただいたんだろうけど、『頭数で』と周りから思われているのではという不安もある」

総務部所属の、小田垣有紀さん。

小田垣有紀さん
「ずっと日課です」

入社して20年。毎朝必ず、上司にお茶出しをしています。電話の応対や請求書の処理など、製造現場を補助する仕事を担当してきました。主任に抜てきされたとき、喜びよりも戸惑いのほうが大きかったといいます。

小田垣有紀さん。
「突然降ってわいたようなキャリアアップだったので、『えー』という」

家庭で受けてきた教育も、小田垣さんに大きな影響を与えています。

小田垣有紀さん
「いつか、しゃべれたらいいな、大学行って勉強できたらいいなと思って」

大学で語学を学びたいと考えていましたが、家族から反対され、その夢を諦めました。

小田垣有紀さん
「結婚するときにバランスが取れるという。あまり学歴が高すぎると相手の方が卑下してしまうかなということで、やっぱり男性が主なんだなというのは、知らず知らずに思ってしまっている」

今、日本ではジェンダーを巡る問題が相次いでいます。

この状況を変えるヒントが豊岡市にあるのではと考え、私たちは取材を始めました。4月に立ち上がった、市のジェンダーギャップ対策室。

豊岡市ジェンダーギャップ対策室 上田篤室長(62)
「ジェンダーギャップ解消を、さらに地域とか家庭とか学校とかに広げて」

企業や地域をどのように巻き込んでいくか、手探りで進めていました。

「これは何の本ですか。ジェンダーギャップに関する本ですか?」

上田篤室長
「そうそう。こういう本で、知識をできるだけ得ようとしている。勉強しないと、だめなことがたくさんある」

町の政策にも、気付かないうちにジェンダーギャップの影響が。

上田篤室長
「自治会、行政区からあがってきた、要望リストです」

自治会の1つから寄せられた、要望書。道路や河川の整備など、要望に偏りがあるといいます。

上田篤室長
「(地域の)役員の中に、女性があまりいないことも影響しているんじゃないか。いろんな住民のニーズが、要望で出てくることが大切なのかなと」

ある地域が、私たちの取材に応じてくれました。日本海に面した、竹野地区。人口減少に直面しています。この日、地区では役員会議が開かれていました。

「畑、忙しい時期になっていますけど、コミュニティー竹野の役員会、始めます」

地区の役員は代々、消防団やPTA会長などを務める男性が多いそうです。16人の役員のうち、女性は2人だけです。

会議が始まるのは、夜7時半と決まっています。

女性役員
「(7時半は)すごい負担です」

女性役員
「夜はね」

女性役員
「夜は、やっぱり出にくい。これ(役員会)に出るために早めに夕食を作って段取りして。けっこう、バタバタしないといけない」

一方、男性の役員は全く違う意見でした。

竹野地区 副会長
「女性も出やすい時間ということで、7時半に設定させてもらっている」

竹野地区 副会長
「その時間は、みんなが『都合悪い』と言ったら変更も可能なんだよね」

夜7時半なら夕食が終わり落ち着く時間で、女性も家を出やすいだろうと考えたそうです。ジェンダーギャップ解消に対する、地域の本音も話してくれました。

竹野地区 副会長
「少子高齢化の波は、どっと来ている。女人禁制が守れなくなっている(伝統)行事もある。女の子が入ってきたりして、『しかたがないな』って空気も生まれつつある」

ディレクター
「『しかたがないな』で変わるというのが、違和感を感じる」

竹野地区 副会長
「僕らからすると、『しかたがないな』というのが、偽らざる気持ち。だけど依田さん(ディレクター)からすると、『そうじゃない、そこが違う』と言いたいわけでしょ。そこがまさにギャップですよ。あなたと私の。そこなんですよ。これの捉え方が、どうしても何十年と生きてきて、なかなか数か月や1年そこらでは、というところもあるんじゃないかと思う」

一方、市の取り組みによって、町には少しずつ変化が出始めていました。

ばね会社では、女性のお茶出しを廃止することが決まりました。

岡本慎二社長
「全員にメールで配信しました。(お茶出しは)一切やめると。合理的であれば、どんどん変えていかないと」

小田垣さんにも、新たな意識が芽生えていました。給与システムの効率化を提案しようと、プログラミングの勉強に取り組むことにしたのです。

小田垣有紀さん
「頭数かもしれないけれども、この会社で名札にも『主任』と入れていただいて、やっぱりしっかりせねばという意識はあります。若い子の見本になればいいかなと思いますね」

「ジェンダーギャップよりも…」コロナ禍で追い詰められる女性たち

コロナ禍による経済的な打撃で、女性たちの暮らしが追い詰められています。市の商工会議所の調査では、8割の企業が収益が悪化したと答えています。

女性が多く働く、宿泊業。市内の城崎温泉では、この冬、キャンセルが12万人を超え、36億円の損失となりました。

ある喫茶店では、ひとり親世帯の支援のために弁当の無料配布を行いました。受け取った人の、ほとんどが女性でした。

喫茶店 店主
「シングルマザーとか、近所のつきあいもなくて、孤立して自分ひとりで頑張って、みたいなのがしんどい」

ジェンダーギャップ対策に、暮らしという視点が抜け落ちていると感じる女性がいます。主婦の永田優さん(35)です。小学生の娘と、夫の3人で暮らしています。

地域の子どもを預かるボランティアをする、永田さん。コロナによる休校やイベントの中止などで、子どもたちの居場所がなくなる中、母親たちからは親子で追い詰められているという声を聞くようになりました。女性たちの悩みを、どこまで把握したうえでジェンダーギャップ解消を掲げているのか、違和感を覚えています。

永田優さん
「今の在宅育児をされているお母さんのほうが、行ける場所がないというか、さみしい思いをすごくされているな。ジェンダーギャップをやる前に、もう少しやってほしいことがある」

この日、永田さんは市長との意見交換会に参加しました。

手渡したのは、母親たちの声をまとめた要望書。

永田優さん
「『子育てについて思っていることありますか?』って聞いたら、ぶわーと出てきて、まとめたんですけど」

親子が行ける場所を整備してほしいと、切実な声が書かれていました。

市長は、優先順位をつけて対応すると答えました。

豊岡市 中貝宗治市長(当時)
「いろんなしなくちゃいけないことに、どう割りふるかという議論ですよね。これもしてほしい、あれもしてほしい、全部フルにしてほしいって言ったら、恐らくみんな不可能になっちゃうんですね。だから一歩ずつなんだろうと思いますけどね」

永田優さん
「私たちが思っている、これが問題だなというところと、市長のレベルで思われている問題というところは溝がある」

「ジェンダー?」「コロナ?」有権者の選択は

取材を始めて1か月。豊岡市では市長選挙が告示され、8年ぶりに選挙戦となりました。ジェンダーギャップについての議論は行われるのか。

豊岡市 中貝宗治市長(当時)
「深さを持った演劇のまち作りも、ジェンダーギャップの解消も、この道は必ず豊岡を救います」

中貝氏が重視したのは、町の未来。人口減少を乗り越えるため、演劇のまちづくりや、ジェンダーギャップ解消などを続ける必要性を訴えました。

一方、対立候補は市議会議員を3期務めた、関貫久仁郎氏(64)。

関貫久仁郎氏
「主人公は、市民。子ども支援、福祉、市民の文化スポーツ振興、置き去りになってます」

子どもの医療費を無償化するなど、コロナで疲弊した暮らしの再建を最優先すると訴えました。

町の未来か、今の暮らしか。ジェンダー対策が主要な争点になることは、ありませんでした。

こうした中、少し引いて町の取り組みを見ている女性がいました。齊藤栄理香さん(32)。農業を学んでいます。齊藤さんは、ジェンダーギャップ解消の取り組みに、あまり期待は持てないと感じています。

齊藤栄理香さん
「田舎という閉鎖的な場所で、ジェンダーギャップ解消の旗をあげられたというのは、すごい。反対賛成はあれど、一人一人が何か考えるきっかけにはなっているので。ただ、男性優位で築き上げられてきた社会の仕組みの中での女性の比率を上げていくということになると、そこが違うんじゃないかって」

豊岡市で生まれ、大学を卒業後、市内の企業に就職した齊藤さん。女性に総合職は大変だからと、一般職に振り分けられました。自分の力を試したいと、東京の大手人材会社に転職。男性と同じように働けることにやりがいを感じていましたが、深夜残業が続く毎日でした。やがて、生理痛が重くなったり自律神経が乱れたりして、起き上がれなくなったといいます。

齊藤栄理香さん
「お正月とか帰ってくるじゃないですか、いったん。空港に送ってもらう車内で、ジェスチャーで自分によろいをつける」


「カチャカチャって。必要以上に頑張っているというのも、あったかもしれません」

今の男性中心に作られた社会に、合わせることはできない。齊藤さんは、自分のペースを守りながら働きたいと考えています。

齊藤栄理香さん
「私も勘違いしていた。この(男性が作った)土俵で女性がバリバリ活躍することが、すばらしいことなんだって。既存の社会の仕組みの中で活躍していくのがフィットしている人もいるとは思うけど、私はそうじゃなかった」

「無理しないでやる。疲れたら休む」

齊藤栄理香さん
「『終わりはあるのよ』が合言葉です」

豊岡市長選挙、投開票日。接戦の末、選ばれたのは関貫氏でした。

敗れた中貝氏。ジェンダーギャップ解消の道半ばで去ることを、どのように感じているのでしょうか。

中貝宗治前市長
「(有権者に)未来に対する議論というのが、届かなかった。たぶん、そういうことなんだろうと。いまの大変さは人口減少から来ているので、未来はもっとひどくなるから、そのためにもということではあるんですけど。そこはふだんの日々の暮らしから見ると、かけ離れているように見えた。さらにコロナが輪をかけている。苦しい人たちがけっこういる。日々の暮らしと直結しなかった。それはリーダーとして、問題があったと思っています」

市民の「選択」が意味するものは?

井上:以前「生理の貧困」についてお伝えしたときに、女性にとってだけではない社会の構造そのものが問題なんだと気付かされましたが、今回もやはりギャップを生んでいるのは、当たり前になっている男性中心社会なんだと痛感させられました。ぜひ皆さんも、ジェンダー問わず、取材内容を関連記事からもご確認ください。

保里:3か月にわたって取材してきました、豊岡支局の金さん。中貝前市長は未来への取り組みとして、ジェンダーギャップ解消を訴えたわけですが、そのことが届かなかったと振り返ってきました。金さん、何を感じましたか。

金 麗林記者(豊岡支局):ジェンダーギャップの解消が、日々の生活に直結する問題として捉えられていなかったのではないかと感じました。選挙戦の中でも、賛成か反対かという前に、争点にならなかったという印象です。
町の人に話を聞くと、ジェンダーギャップの解消は否定はしないけれども、それよりも日々の生活をどうにかしてほしいという声が多かったです。
ただ、ジェンダーギャップの解消は、日々の生活に関係がないわけではありません。グラフをご覧ください。

豊岡市の統計によると、男性の年収は年齢を重ねるごとに上昇していきますが、女性はほとんど変わらず、さらに雇用形態にもその差が表れています。男性は80%以上が正規雇用であるのに対して、女性は半数以上が非正規雇用です。

女性のほうが、例えばコロナ禍で勤め先の経営が悪化するなどで、より影響を受けやすい立場にあるといえます。

保里:そうした中で、この豊岡市のジェンダーギャップ解消、一体どうなっていくのか。関貫新市長に聞きました。

豊岡市 関貫久仁郎市長
「最優先でやることはコロナ対策ということで、今進めています。ジェンダーギャップはジェンダーギャップ解消のための(対策)室がありますから、その室で戦略を作った内容を粛々と実行していく。本当に市民の中でそういう問題があるのかどうか、あるならばどういうことなのか、そしてそれをどういうふうに解消していこうかというのが、一番重要なジェンダーギャップ対策と思っております」

迎えた転機 まずは身の回りのことから

対策室では、地域の女性たちの声を反映させようという取り組みに、改めて力を入れています。

先月開かれた、ワークショップ。参加した地域の代表からは、当たり前とされてきた慣習を見直そうという声が上がりました。

参加者
「特に、子どもさんを持っておられる方々も参加していただこうと思うと。大体夜の会が多いのですけど、昼間の会を作っていく必要がある」

誰もが参加しやすいよう、会議の開始時間を見直そうという提案が相次ぎました。

そして、役員のほとんどが男性だった竹野地区でも新たな動きが。

竹野地区 会長
「委員さんを作っていくんだということで、その一人として丹下さんにお願いしたい」

まちづくり計画を策定する委員の半数を、女性に担ってもらうことにしたのです。

竹野地区 会長
「男性だ女性だって無しに、いろんなところから、いろんな話を聞きたい。それが竹野の声だし」

取材から見えた "進めるために大切なこと"

井上:豊岡市で今始まっているのが、この男性目線で作られた社会の仕組み、そのものを変えようという試みですが、例えばお茶出し20年、本当にすごいことだと思うのですが、こういった小さな当たり前を疑っていくということが大事ですよね。

金:そうですね。取材をする中でも、市民の人からは市の問題提起を受けて、自分の身の回りの身近なジェンダーギャップについて目を向けるようになったという声を聞きました。ことし3月に、豊岡市がまとめたジェンダーギャップ解消戦略の中にある、「相手の立場に立ったとき、世界がどのように見えているか思いを寄せる」ということばを思い出しました。VTRの中でもあったように、女性の視点に立って、当たり前とされてきた会議の時間を見直すといったエピソードがありました。一見、こういったことは小さなことですが、ジェンダーギャップを考えていく上で、実はとても大きな一歩なのだと感じました。

保里:社会進出を巡る世界各地のジェンダーギャップに関する調査でも、日本はことし156か国中、120位となりました。この状況を変えていかなければいけませんが、変えていけるのか。女性としても本当に危機感を覚えています。金さんは、どう感じていますか。

金:私もそう感じています。ただ今回の取材を通して、この順位だけに注目するのではなく、ジェンダーギャップの解消は男性にとっても大事なことなのだと伝えていく必要があると思うようになりました。取材の中で、60代の男性が小さいころから「男の子は家を継ぐもの」と言われ、「仕事の選択肢が狭まって、つらかった」という、まさに男らしさを突きつける苦しみを話してくれました。ジェンダーギャップの解消が進めば、誰もが生きやすい社会につながると私は思います。

保里:性別によって選択肢を狭められない社会、どう作っていけるか。これからも取材を続けていきます。ありがとうございました。

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