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2021年6月3日(木)

“さらばサラリーマン”
人生100年時代の生き方

“さらばサラリーマン” 人生100年時代の生き方

新卒で入社し定年まで勤め上げる日本型雇用が、新型コロナの影響などで大きく揺らぐ中、企業や働く人たちの間で新たな働き方が注目を集めている。ある広告代理店は、早期退職者に一定の仕事と報酬を10年間保証しながら起業などを後押しする新制度を今年スタート。すでに230人の退職者が制度の支援を受け、過疎地での農業や映像制作の仕事など、第2の人生への挑戦を始めている。また若者の間では、会社に頼らず、副業・投資・倹約などで経済的自立を目指す動きも広がっている。1つの会社でキャリアを終えることにとらわれず、多様な働き方や生き方を組み合わせて人生100年時代を生きぬく『ライフシフト』を提唱したリンダ・グラットンさんとともに、これからの会社と個人のあり方について考える。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • リンダ・グラットンさん (ロンドン・ビジネススクール教授)
  • NHKディレクター
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

"さらばサラリーマン" 人生100年時代の生き方

井上:今回のゲストはロンドン・ビジネススクール教授、リンダ・グラットンさんです。リンダ・グラットンさん、ご出演ありがとうございます。

リンダ・グラットンさん (ロンドン・ビジネススクール教授)

リンダさん:こちらこそ。

井上:私たちはこれまで学生、仕事、老後といった、この3つのステージで人生を考えてきました。

しかし、人生100年時代が到来する中で、新たな学びを繰り返しながら新しい仕事に挑戦していくという、マルチステージの生き方に変えていく。そんな「ライフ・シフト」を提唱されていまして、世界から注目を集めました。

いわゆる人生100年時代、人生も働く期間も長くなった。そして、新型コロナです。会社と働く人にとって今、何が問われていますか。

リンダさん:私は、今こそ私たちの働き方をデザインし直す、千載一遇のチャンスだと思っています。

井上:後ほど詳しくお聞きします。

保里:お話を伺うのが本当に楽しみです。さあ、今回は2つのポイントから迫っていきます。まず注目していくのは、中高年を対象にした「早期希望退職制度」です。人件費の削減のために、定年を迎える前に社員に会社を辞めてもらうという仕組みです。

井上:日本では、やはり「リストラ」という代名詞の印象がどうしても強いですよね。

保里:そういう印象がありますよね。大手調査会社の調べによりますと、去年、早期希望退職を募集した会社の数は、上場企業だけで93社。前の年の2.6倍に上り、ここ10年で最も多くなりました。ことしは、さらに去年を上回りそうな勢いだということです。

実は、この93社の中に、これまでとは少し違う新しい早期退職の仕組みを導入した企業があるのです。

"さらばサラリーマン" 早期退職に応じた50代たち

島根県伝統の調べ、安来節。巧みなざるさばきで、どじょうすくいを披露する51歳の男性。去年12月まではサラリーマンでした。

大手広告代理店で部長を務めていましたが、早期希望退職に手を挙げ、会社を辞めました。第2の人生に選んだのは、地方で農業を営むことです。

「光が株元とか果実に当たるように」

島根県の就農支援制度を利用して農家に弟子入りし、2年かけていちごの栽培を学びます。見習い修業の今、農業からの収入は一切ありません。それでも農家への道に踏み出せたのは、会社が新たに導入した早期退職制度のおかげだったといいます。

通常、割り増しの退職金をもらって早期退職すると、会社との関係はそこで終わりますが、この会社の制度はちょっと違います。

早期退職者は、会社が作った子会社と新たに契約を結びます。そして、一定の仕事を請け負うことで、退職前の給料を元にした報酬を、最長10年間受け取ることができます。報酬は徐々に減っていきますが、会社を辞めても収入が保障されるため、新たなチャレンジに踏み出しやすくなります。会社にとっても、その人たちの人件費を半分に圧縮できるというメリットがあります。

実はこの制度、社員からの働きかけで実現しました。発案者の山口裕二さん(52)。3年前、社内の働き方改革のリーダーを務めていたとき、中高年の社員がうまく生かされていないと感じたのがきっかけでした。

山口裕二さん
「もともと持っているポテンシャルを開花させてあげられてない感じとか、居場所と出番がない感じに苦戦されてるというのはすごく感じました」

51歳の元部長も、この制度に応募する前は会社に居場所のなさを感じていました。バブル経済の余韻が残る、1992年に入社。新聞やテレビの広告枠を取り引きする、花形部署でキャリアを積み上げていきました。しかし、インターネットとデジタル端末の普及に伴い、会社はデジタルマーケティングへとビジネスのかじを大きく切ります。元部長は、その流れに乗ることができませんでした。

元部長
「僕はちょっと付いて行けないというのが、正直ありましたですね。どうしようって」

一方で、娘と毎週参加していた就農体験をきっかけに、農業への思いを深めていきました。日本の食を守りたいと、会社に農業を支援する事業提案まで出しましたが、本業とかけ離れていることから採択されませんでした。

そんなとき導入が決まった、今回の制度。すぐさま早期退職を決断。農家を目指し、単身、安来での修業に臨んでいます。

元部長
「制度的にしっかりとフォローしてくれるものがあれば、何か新しいことに挑戦することができるんじゃないかなと思って」

この男性は安来のいちごの全国展開など、農業プロデューサーとしても地域に貢献したいと考えています。長年使われてきた、このいちごのパッケージをデザインし直し、地元のJAに提案しようと考えました。

元部長
「(このパッケージを)十数年、使っていると聞いています」

協力を求めたのは、同じ早期退職制度を利用して会社を辞めた、デザイナーです。この早期退職制度のもう一つの特徴が、退職者たちのネットワークです。個人事業主となった退職者たちを子会社が束ね、新しい仕事をうまく軌道に乗せられるよう、互いに助け合える仕組みを作りました。

こうして出来上がったデザインが、こちら。安来といえば、安来節のどじょうすくい。そのざるがモチーフです。

会社員だったころは、所属する部署の違いから面識すらなかった2人。退職者どうしの新たな結び付きが、新たな仕事の可能性を生み出すと期待されています。

元部長
「僕がデザインを必死に考えるんじゃなくて、そういう経験のある人間の知見とか経験とかを、何か形にできないかなというところからスタートしているので。だから絶対になかったと思いますね。今回の制度がなかったら、この提案は」

今回の制度を使って早期退職したのは、229人。会社の外で育ててきたネットワークを頼りに、やりたかった仕事を実現した人もいます。塩田(しおだ)京子さん(57)も、その1人です。退職後、憧れだった映像制作の仕事に取り組んでいます。

クリエイティブな仕事に関わりたいと、広告代理店を志望した塩田さん。しかし、当時女性の採用は事務・専門職に限られ、入社から30年以上、事務方の仕事に携わってきました。50歳を過ぎて、一度は制作現場の仕事に取り組んでみたいと上司に訴えたところ…。

塩田京子さん
「いや、これぐらいの年になって新しいことをやるのは大変ですよとか、若い人にも迷惑になりますよみたいな。その時すごく悔しいなと思ったんですよ、正直」

早期退職に踏み切った塩田さんは、念願だった映像制作の仕事を始めようと動きました。後押ししてくれたのが、プライベートで長年交流を重ねてきた、全国1,500人の着物愛好家とのネットワークです。

つきあいのあった和服の組合に、着物の魅力を伝えるためのビデオ制作の企画を持ちかけたところ、塩田さんがやるならと予算がつきました。出演者は、着物愛好家の仲間たち。手弁当で、友情参加してくれました。

初めて制作したビデオの評判がよかったことから、塩田さんに新たな仕事が舞い込みました。着物だけでなく、日本の伝統文化を広く伝えるための映像も制作したいと、意気込んでいます。

「これからも続けていくんですか?」

塩田京子さん
「続けられたらいいですね」

名著「ライフシフト」著者が語る 70歳まで働く時代が目前に

井上:今回取材に当たりました、56歳の中高年ディレクター・片岡さん。どんなことを感じましたか。

片岡利文ディレクター:ぜひ広がってほしいなと思ったのは、退職者たちがつながる仕組みですね。今、企業の間で退職したOB・OGを「アルムナイ(卒業生・同窓生の意味をもつことば)」と呼んで、即戦力として活用していこうという動きがあるのですが、元いた会社とのつながりだけではなくて、退職者どうしの横のつながりで新しい仕事を生み出そうとしている点が、とても興味深いなと思いました。私、3年後に定年を迎えるのですが、私自身、そして今回取材した皆さまのような50代こそが、リンダさんが提唱されている「人生100年時代」の後半戦の生き方を、これから本格的に切り開いていく世代だと思うのです。しかし、退職したものの組織から切り離されて、砂粒のような孤独な存在になってしまったら、いくら経験豊かなシニアといえども、力を発揮できないのです。なぜかというと、イノベーションというのは何かと何かが結び付くことによって生まれるからなのです。だから退職したシニアたち、経験豊かなシニアたちが、みずからの知識や技能を学び直しによってアップデートしながらつながることができる仕組み。これを作ることこそが、世界に先駆けて高齢化に直面している日本が取り組むべきテーマだと、今回取材を通して改めて感じました。

井上:今、片岡ディレクターがつながりを持つことですとか、つながりを生み出す仕組みの大切さについて話しました。これについてはどう考えますか。

リンダさん:ネットワーク。つまり、あなたがどういう人とつきあっていくかはとても大切です。自分とよく似た人たちとばかりつきあってると、自分を変えることは困難です。しかし、自分とは全く違う多様な人たち、例えば新しいビジネスを始めた人。学び直して、新たなスキルを身に着けようとしている人。あるいは旅をしている人。そういった人たちとつながりを持つことで、人生を変えるヒントが得られるんです。

井上:もう一つ、お聞きします。日本で今、早期退職が急激に増えているという状況、どう見ますか。

リンダさん:日本の皆さんに伝えたいのは、「70歳まで働きましょう」ということです。しかし、会社を辞めてはいけないという話ではありません。ほかのこと、例えば自分がやりたいビジネスを始めるのも、ボランティア活動を行うのもよいでしょう。とにかく高齢化が進む日本では、70代の人もまだまだ働く能力があって、社会に貢献できる存在です。そのことを社会全体で認識すべきです。

保里:中高年の人たちは、変化に適応するのにとても苦労されているようにも見えます。どんな壁があって、この新しい現実にはどのように適応していけばいいのでしょうか。

リンダさん:日本の企業がすべきなのは、まず働く人たちが変化に対応できるよう、経済的な支援を行うことです。さらに起業の仕方や、フリーランスで仕事をする方法についての研修を行ったり、これまでとは違う仕事を経験させることも大切です。例えば、アメリカのIBMやAT&Tといった会社では、中高年社員のスキルを上げるための教育に何十億ドルも費やしています。

片岡:実際に個人が自分のスキルアップにお金をかけるのは、それほど容易ではありません。というのも日本では、家計の可処分所得が長期的に見ると、かなり減っているからです。こうした状況で私たちは、どう学んでいけばいいのでしょうか。

リンダさん:おっしゃるとおり。ほとんどの人にとって、学ぶことにお金をかけるのはとても難しいことです。生活水準も実質賃金も下がっていますが、これはほとんどの先進国に共通することです。注目すべきは、2つの存在です。1つは、先ほど述べた企業です。企業は、従業員のスキルアップを後押ししなければいけません。もう1つは言うまでもなく、政府です。シンガポールがよい例です。中高年の人たちのスキルアップのために、多大な労力をかけています。一方で、最近ではデジタル技術を使うのが当たり前になってきています。ネット上で、膨大な学習教材を安く手に入れることができますよね。50歳から学び始めても、決して遅くはありませんよ。だって少なくとも、あと30年は人生が続くんです。まだまだ世の中に貢献し続けるんですよ。ぜひ学びに挑戦し続けてください。

保里:果敢に挑み続けなければいけない、学び続けなければいけない。

井上:次の話もそこにつながりますね。

保里:そうなんです。一方の若い世代では、働くことに対する考え方がまた大きく違ってきているようです。去年行われた調査では、大学生の35.1%、およそ3人に1人が、就職した会社が65歳まで存続しているとは思わないと答えています。

会社を頼らない若者たちが、ある動きを見せています。

"さらばサラリーマン" 「会社からの自立」を目指す若者

23歳の、らっしーさん。去年、大学を卒業し、アウトドア用品を販売する会社に就職しました。しかし、50歳になるまでに会社を辞め、経済的に自立したいといいます。

らっしーさん
「最初から一つの会社に勤める考えはない」

そう考えるようになったきっかけは、入社直後の出来事。配属された店が、新型コロナの影響で2か月間の休業を余儀なくされたのです。自分の会社も、いつなくなるか分からない。自宅待機中に、自立に向けた準備を始めます。

小学生のときにリーマンショックが起こり、企業のリストラが相次ぐ時代に育った、らっしーさん。親の世代とは、会社に対する考え方が違うと話します。

らっしーさん
「おそらく親の世代は、『どこに就職するのか』って1回しか聞かれないことだったと思うんですね、人生の中で。僕たちの場合は、大学時代から『最初(の会社)はどこにする?』っていう質問なんです」

自立への第一歩として始めたのが、副業です。趣味のカメラで収入を得ようと、行きつけだったカフェに売り込み、仕事をもらいました。毎月SNS用の写真を撮って、2万円の報酬を得ています。

投資も始めました。実家暮らしで生活費を切り詰め、手取り19万円の中から副業の収入を加えて、月11万円を投資に回しています。投資に回すお金を徐々に増やし、利回り年5%で運用できれば50歳までに1億円がたまるというのが、らっしーさんの計算です。

らっしーさん
「淡々と毎月積み立てられれば、確実に達成できるかなと思います」

らっしーさんと同じ志を持つという、大学の同級生たち。全員が会社勤めですが、将来の自立を視野に入れています。

大学の同級生
「漠然と年金に対して不安がありまして、今、自分の給料から引かれているけど、自分が受け取る側になったときに本当に受け取れるのかなって」

大学の同級生
「やっぱり安心できるお金があると、やりたい仕事ができるじゃないですか。本当にやりたい仕事が」

すでに、会社からの自立を果たした人もいます。31歳のゲンキさんです。

ゲンキさん
「とうとう、この日がやってきました。きょうがサラリーマン最後の日です。ただただきれいに、きょうをもって辞めることができます」

この日、勤めていたコンサルティング会社を退職。8年間のサラリーマン生活を終えました。

ゲンキさん
「すべてから解放されました、私は。セミリタイア記念ヌードル」

会社員のころは年収1,000万円を得ていましたが、毎日が激務でした。休日もパソコンをにらみ、ひとつきの労働時間が400時間に達したこともあるといいます。

ゲンキさん
「この生活が何十年続くんだろうと考えたら、うつっぽくなっちゃったんですね」

会社に縛られる人生は送りたくない。ゲンキさんは投資や副業など、複数の収入源を確保し、経済的に自立する道を模索しました。

収入源の1つが、動画配信です。会社からの自立を目指す自分の暮らしや考えを紹介し、月15万円を得るようになりました。

会社を辞めた今、当面は蓄えを頼りに仕事をセーブし、秋に産まれる子どもの世話に力を入れるつもりです。

ゲンキさん
「そんなにめちゃくちゃ金持ちにならなくても、必要最低限あれば残りの足りない部分は自分のしたいようにして稼いでいけばいい。それで幸せを感じられる」

名著「ライフシフト」著者が語る 人生100年時代の生き方

保里:リンダさん、若い人たちについても伺います。経済的な自立を追求して、みずから会社を辞める若者たちが増えている、どうご覧になりましたか。

リンダさん:日本企業の柔軟性のなさが会社にとって危ういばかりか、若者たちにとっても我慢ならないものになっていることを表しています。若者たちに、3年ごとに仕事や職場を変わるべきだなどと言うつもりはありません。そんなことが行われている国もありません。でも私は、人々が今の会社で働く以外の道はないのかと本気で考えるようになってきていると感じます。人生のどの時点にも選択肢があると、気付き始めたのです。

井上:私が懸念しているのは、経済的な自立を追求するだけでは人生は満たされないのではないかということです。自立を達成するのはいいことですが、それだけでは何も残らないのではないかと。情熱や、やりがいも大事だと思うのですが。

リンダさん:確かにお金は大切だと思います。生きていくうえでは必要なものですからね。でも長い人生においては、もっと重要な、お金以外の資産があります。長生きするためには、何よりもまず健康でなくてはなりません。それに、友達の存在も大切です。

保里:今、日本では新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言も出ていて、大変厳しい状況にあります。そうした中で、どうすればよりよい人生を歩むことができるでしょう。

リンダさん:感染が拡大する中で、仕事に対する考え方や長時間働くことに対する考え方に変化がありました。私たちは、より強く、適応力や柔軟性を備えた人間へと成長していると思うのです。自分の人生は自分で決められると思えるようになりましたし、また、家族をより身近に感じられるようにもなりました。

保里:きょうから始められることはありますか。

リンダさん:まず、自分に問いかけてください。自分が本当に好きなことは何だろうと。そしてネットを活用して、そのことを学び始めましょう。3つ目は、毎日運動をしましょう。

井上:日本は世界第3位の経済大国であり、長寿社会であり、先進技術を備えています。日本にしかできないことはあると思いますか。

リンダさん:高齢化が進む中で、どうすれば健全な社会を維持していけるか、その方法を日本が示すことを世界が注目しています。日本は高齢化社会だと言われています。だからこそ日本はテクノロジーや、すばらしいAI技術、画期的なロボット技術などを駆使して、50代、60代、70代、そして80代になっても社会に貢献し続けられることを世界に示してほしいと思います。それこそが日本から世界への贈り物だと思います。

保里:いろんな気付きが得られましたね。リンダさんのことばにあったように今、新型コロナウイルスの影響、大変な状況にありますが、こうした大変な中での変化というのが、これからの未来に生かしていける変化でもあるのだということは、勇気をいただけた気がしますね。

井上:本当にありがとうございました。リンダさんのメッセージは、日本の皆さんに伝わったと思います。

保里:とても勇気づけられました。

井上:ありがとうございました。

リンダさん:サンキュー。

※2023年6月2日、その後の情報に基づき、記事を修正しました。

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