クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2021年5月27日(木)

新生ワクチンは世界を救うのか!?
開発の立て役者・カリコ博士×山中伸弥

新生ワクチンは世界を救うのか!? 開発の立て役者・カリコ博士×山中伸弥

ワクチンは「ゲームチェンジャー」になるのか。変異を続けるコロナウイルスを抑え込むことはできるのか・・・高齢者への接種が始まり、関心が高まる今、私たちが知りたい疑問に答える対談が実現した。パンデミック収束の切り札と期待を集めるmRNAワクチン開発の立て役者でノーベル賞候補の呼び声も高いのが、ハンガリー出身の女性研究者、カタリン・カリコ氏(66)だ。今回のワクチン開発に大きな影響を与えたのが、iPS細胞研究で同じく生物学の常識を書き換えた山中伸弥さんの研究だったという。ワクチンはなぜこれほどの速さで実現し、世界の期待を集めるようになっているのか。パンデミック収束の道筋や人類がいま問われていることとは・・・カリコ氏と山中さん。2人の対談から、「いま知りたいこと」に迫っていく。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 山中伸弥さん (京都大学iPS細胞研究所所長・教授)
  • カタリン・カリコさん (ビオンテック上級副社長・科学者)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

ワクチン開発の立て役者・カリコ博士×山中伸弥さん

保里:きょうは京都大学の山中教授とお伝えしていきます。山中さん、カリコさんと対談されてどんなことを感じられましたか。

ゲスト山中伸弥さん(京都大学iPS細胞研究所所長・教授)

山中伸弥さん:本当に楽しかったですし、改めてカリコさんのすごさと、お人柄のすばらしさを痛感しました。

井上:日本では、このワクチンの大規模接種が始まったばかりで、安全性や有効性など、知りたいことが本当にたくさんあります。今回の対談では、ワクチンによる抗体が体内の意外なところでも確認されたこと、そして、今後もウイルスの変異が続いたときに、どう対応するのかなど、私たちが知りたいことをとことん語り尽くしていただきました。

山中伸弥が迫る"いま知りたいこと"

対談は、カリコさんの故郷ハンガリーと、山中さんのいる大阪を結んで行われました。

山中伸弥さん
「新型コロナウイルスはとても手ごわいですが、ワクチンのおかげでようやく乗り越えられると思えるようになりました」

ワクチン開発の立て役者 カタリン・カリコ博士
「ありがとうございます。私もあなたをとても尊敬しています」

山中さん
「近い将来、あなたがノーベル賞を受賞することを願っています。いろんな可能性があります。医学・生理学賞だけでなく、化学賞、平和賞だってあり得ますね」

カリコ博士
「私たちの研究は、先人たちの成果の上に築かれたものです。私は多くの科学者の研究に助けられてきました。今回、自分も科学の歴史に加わることができてうれしいです」

カリコさんが開発の立て役者となった今回のワクチンは、何が画期的なのか。それは従来とは全く異なる発想で、90%以上という高い有効性を実現したことです。
このワクチンは、新型コロナウイルスの中にある遺伝情報がもとになっています。

まずウイルス全体の情報の中から、表面にある突起の情報だけを取り出して、人工的な遺伝物質「mRNA(メッセンジャーRNA)」を作ります。それを特殊な脂の膜で包んだものが、「mRNAワクチン」です。

接種すると体の中で何が起きるのか。
細胞に取り込まれると、mRNAの遺伝情報が読み込まれます。

すると、ウイルスの表面にあったものと同じ「突起」だけが作られます。

この突起を血液中の免疫細胞が異物と認識。次々と「抗体」を作り出します。いざウイルスが体の中に入ってくると、抗体がウイルスの突起に取りつき、感染を妨げてくれるのです。

それだけではありません。ワクチンによって強い免疫機能を持つ「キラーT細胞」も活性化。細胞が感染したとしても、細胞ごと破壊しウイルスの増殖を阻止するのです。

山中さん
「このワクチンの有効性は95%と、驚くべき高さです。これほど高いと最初から予想していましたか?それとも驚きましたか?」

カリコ博士
「私は高いと予想していました。以前に行ったジカウイルスやインフルエンザでの動物実験で、ワクチンの効果が高かったからです」

さらに最新の研究では、カリコさんにとっても意外なことが分かってきたといいます。

カリコ博士
「ワクチンを接種した人の唾液にも、抗体があることがわかり驚きました。そのため、ワクチンを接種した人たちが、ウイルスを広めることはないと思います」

体の中だけでなく、唾液にも含まれていることが確認されたという抗体。感染経路の入り口となるのどなどで、ウイルスの侵入を防ぐことができれば、より感染のリスクを減らせるとカリコさんは期待しているのです。

ただ気になるのは、ワクチンの効果がいつまで続くのかということです。

山中さん
「2回の接種で、どのくらいの有効期間があると思いますか?」

カリコ博士
「いま、はっきり言えることは、6か月間は有効だということです。治験で2回接種した人たちが、その後、感染したかどうか追跡調査を行っていて、6か月が経ちました。次は9か月後に改めて調べて、有効性を確認します。有効期間はもっと長いと思います。抗体を作り、体を守る免疫細胞が記憶してくれるからです。ただ、記憶がいつまでもつかはわかりません。このウイルスを経験するのは初めてですから」

山中さん
「1年以上、2年以上、効果が持続することを強く願います」



今、新たな脅威となっているのがインドで見つかった「変異ウイルス」。今週、東京都でも初めてクラスターが確認されるなど、急拡大が懸念されています。

山中さん
「インドで確認された変異ウイルスが心配です。変異ウイルスへのワクチンも開発していますか?」

カリコ博士
「今回のワクチンは、さまざまな変異ウイルスに対しても有効とみられています。常に変異ウイルスをチェックし、有効性のデータを公開しています。もし新たなワクチンが必要になれば、4~6週間で作ることができます」

山中さん
「それは速い。驚きました」

今回のワクチンは、なぜ変異ウイルスにも素早く対応できるのか。それは、ウイルスが変異を起こしても遺伝情報さえ分かれば、それに合わせたmRNAをすぐに作れるためです。
その後の製造工程は、今回のワクチンと同じです。

カリコ博士
「この技術は、とてもシンプルで調節しやすいので、新たなウイルスが出現しても素早くワクチンを作ることができるのです」

世界を驚かせた"常識にとらわれない発想"

世界が驚く発見をしたカリコさんと山中さん。対談で2人が共鳴したのは、「常識にとらわれない」研究姿勢についてでした。

カリコさんの研究が道を開いた、今回のmRNAワクチン。かつては、実用化は困難というのが常識で、カリコさんも壁にぶつかりました。人工的に作ったmRNAを細胞に加えると炎症反応が起き、細胞そのものが死んでしまうことがあったのです。
それでも、カリコさんたちは実験を繰り返しました。そして、mRNAの一部を別の物質に置き換えると炎症反応が抑えられることを発見。これまでの常識を打ち破ったのです。

一方、山中さんも、動物では不可能とされていた万能細胞「iPS細胞」の作製に成功。パーキンソン病など難病の治療の可能性を開きました。

カリコ博士
「不可能だと教わったことでも、それを不可能とは知らない人が可能にするかもしれません」

山中さん
「それはとても重要なポイントです。私がiPS細胞の研究を始めたとき、ある植物生物学の教授が私にこう言いました。『あなたは非常に困難だと言ったが、植物ならとても簡単なことです』と。その言葉が、私の考え方を変えてくれました。植物ができるのだから、動物でもきっとできると思うようになったのです」

カリコ博士
「それは若者たちに伝えるべきメッセージですね。世の中には多くの知見があり、自分の知識不足を不安に思うかもしれません。しかし、不可能だと知らないからこそ実現できることもあります」

山中さん
「同感です。知りすぎていることが危険なこともあります」

カリコ博士
「不可能だという思い込みが、挑戦することを妨げてしまいます」

山中さん
「時には教科書に書いてあることや、先生が言ったことを無視するべきです。時には、ですが」

新生ワクチンは世界を救うのか!?

保里:勇気をもらえるインタビューでしたが、対談を通じて、このワクチンについてどんな発見があったでしょうか?

山中さん:私も論文でいろいろ勉強しているんですが、今回初めて知ったのは、唾液にもワクチンでできた抗体が出ていると、カリコ先生がおっしゃっています。お母さんの母乳に出ているという論文は読んだことがあったんですが、唾液のことは知らなかったので、唾液に出ているというのは感染そのものを防ぐという意味で非常に重要なポイントだと思います。このワクチン、発症だけじゃなくて感染も抑えると言われているんですが、そのメカニズムの一つかなと思いました。

井上:新開発できるスピードも、ちょっと驚きましたよね?

山中さん:新しい変異型ができて、必要だったら4週間でできるとおっしゃっていたんで、今までのワクチンの常識から言うと、やっぱり考えられないスピード。実際に1年ちょっとで今回のワクチンができたわけですから、本当にそうなんだと思います。

保里:日本で接種が始まっているのはこちらの2種類です。どちらもカリコさんの研究がもとになったmRNAワクチンです。大きな期待が集まる一方で副反応などへの不安の声もありますが、山中さんはどのように考えていますか?

山中さん:確かに、私も毎年受けているインフルエンザワクチンに比べると、発熱、けん怠感という副反応は、かなり頻度が高いみたいです。特に2回目のあとは数十%の人が、こういう副反応を覚えるみたいですが、ただ、どの副反応も1日、2日で収まるということが全世界で1億回以上、接種されて証明されていますので、その副反応に比べて効果がもう本当に絶大ですから、ぜひこの副反応を怖がらずにできるだけたくさんの人に、できるだけ早く接種を受けていただきたいなと強く思っています。

保里:この新型コロナウイルスとの闘いが始まって1年以上が経過しました。その間、ウイルスは次々と姿を変えて襲ってきている現状がありますけれども、このウイルスとの闘いはこの先どうなっていくのか。私たちは、どう向き合っていくべきだと考えていますか?

山中さん:突然、長いトンネルに入ってしまった。ほとんどの人が誰も予想していなかったことで、長い長いトンネルが1年以上続いているんですが、ようやくこのワクチンのおかげで、トンネルの向こうに光が見えてきたという状態だと思います。ただ、まだ出口には行ってませんから、出口に行くためにも、繰り返しになりますが、できるだけたくさんの人が、できるだけ早くワクチン接種をする必要が(ある)、ある意味、いまはそれしかないと思っています。この変異型は非常に感染力が強いので、ワクチン接種が進まないと、今の強い経済とか社会の制限を続ける必要がありますから、それを防ぐためにも、ワクチンが切り札だと思っています。

井上:お二人の対談は、さらに深いところへと入っていきました。mRNAワクチン実用化の道を開き、世界的な注目を集めるカリコさん。その研究人生は苦難の連続でしたが、実は山中さんのiPS細胞研究との偶然の接点が、ターニングポイントだったんです。

試練が続いても…信念貫いた研究人生

カリコさんは一貫して、謙虚なことばで語り続けました。

カリコ博士
「私のことをヒーローという人がいますが、それは違います。患者を治療する医師や看護師、それに清掃作業の人たち。感染のリスクがあり、命を危険にさらしている彼らこそがヒーローです。私は、ただ研究室にいただけです」

そのことばの背景には、困難続きだった研究者としての道のりがあります。
最初の試練は30歳のとき。社会主義体制だった母国ハンガリーは、経済が行き詰まり研究資金を打ち切られました。通貨の持ち出しが厳しく制限される中、車を売って得た僅かなお金を娘の縫いぐるみの中に隠し、アメリカに渡ることを決断します。

カリコ博士
「仕事を辞めてアメリカに行くのは、怖かったです。片道切符ですから。クレジットカードも携帯電話もなく、何があっても成功すると信じる以外に道はありませんでした」

アメリカに渡ったカリコさんは、mRNAの基礎研究に没頭します。しかし、ほとんど評価されず研究費を減らされたり、ポストを降格されたりしました。

山中さん
「当時の研究の主流はDNAでしたよね」

カリコ博士
「RNAは、いつもDNAの陰に隠れていましたからね。最初だけじゃなくて、ずっと苦労しました。同僚の研究費に頼るしかありませんでした。尊敬している人に批判されていると知って、傷ついたこともありました」

山中さん
「どう乗り越えたんですか?」

カリコ博士
「『どうにもできないことに時間を費やすのではなく、自分が変えられることに集中しなさい』と、愛読書に書いてあります。ほかの人を見て『働いていないのに給料がいい』『昇進している』と落ち込む人もいますが、私は違います。いつも、何ができるかに立ち返りました。他人や環境は変えられません。自分が今すべきことに集中するのです」

当時、同じ大学に所属し、カリコさんと10年以上一緒に研究してきた、村松浩美さんです。

当時の研究パートナー 村松浩美さん
「こんな小さいニンジンを、ポリポリ生でかじりながら論文を読んでいた。『土日は家でゆっくり論文が読める』と、そういうふうに言っていました。『土日、家で論文読むの?』と思っていました」

実験で得られたデータを、何より重視する姿勢が強く印象に残っているといいます。

村松浩美さん
「こんな結果でいいのかなと思って、(実験結果を)持っていくと『じゃあ次』って。『これでいいの?最初に考えていたのと違うじゃん』と言うと、『だってこれが結果だろ』と。結果が大事なんですよね。結果のよしあしに、いちいち引きずられない。これが本当の科学なんだなと、そのとき気がつきましたね」

カリコさんが積み重ねてきた研究は、あることをきっかけに日の目を見ることになります。それが、山中さんによるiPS細胞の作製でした。
世界がこぞってiPS細胞を研究する中で、アメリカの研究グループが、カリコさんのmRNAの技術を使うとiPS細胞が効率的に作れることを突き止めました。カリコさんの研究が、一躍注目されるようになったのです。

カリコ博士
「山中さんの発見と私たちの発見が思いがけず、ハーバードの研究室で出会いました。それが無ければ、私の研究の重要性は知られなかったでしょう」

山中さん
「mRNAでiPS細胞を作るのは、本当に効率がいいです。もっと協力しあいたいですね」

カリコ博士
「私のような研究づけの科学者が、ほかにもたくさんいることを知ってほしいです。精一杯の努力が、実を結ぶかどうかはもちろん分かりません。『自分のデータを参考に誰かが科学を発展させる』と信じることが大切です」

山中さん
「新型コロナのワクチンは、1年足らずの短期間で開発されました。でも、それまでの長い歴史があったことを忘れてはなりません。それが科学なのです」

逆境の中でも、みずからの信念を貫いてきたカリコさん。40年にわたる研究人生をこう振り返ります。

カリコ博士
「私の人生で最も誇れるのは、ハンガリーにいたときから変わらなかったことです。好奇心と熱意を持つ謙虚な科学者でいたことです。自分がワクチンを打っているとき、私を相手にしてくれなかった人たちを思い出しました。でも、幸運だったと思います。彼らがいなかったら、ここまでたどりつけず、今回のワクチンもできなかったかもしれません。『もっといい実験をしたい。効果を証明したい』と思ったことで研究が進み、科学が進歩したのです」

未知のウイルスと どう闘うのか

保里:試練が続く中でも信念を貫き通して、ようやくカリコさんの努力が実を結んだ。本当に頭が下がる思いがしました。山中さんはカリコさんが続けてこられた基礎研究の重要さについて、どのように感じていますか?

山中さん:医学研究は、最後の目標は病気を治すことなんですけれども、そのためには基礎研究から始まって、基礎研究の成果を応用して治療に結び付けるという、非常に長い10年、20年、30年かかる長い長い闘いなんです。その上でいろんな困難、研究費がなかなかもらえない。支援がもらえない、研究環境がなかなか与えられない。信頼していた人に、ある意味では裏切られる。いろんなことがあるんですが、それをカリコ先生が、自分の信念を貫いて乗り越えられたというお話を、きょう、もう一度お伺いして本当に心が震えるといいますか、研究者の原点を思い出させていただきました。やはり研究費とか支援というのは、待っていてもなかなか向こうから来ないです。自分の信じることを実現させるためにあらゆる手を使って、自分から取りに行く必要がありますから、そのこともカリコ先生とのこの対談で、もう一度思い出すことができました。そういう意味でもこの機会を感謝しています。

井上:まさに今触れていただきましたが、時には目先の成果が優先される風潮というのはありますけれども、このパンデミックをきっかけに世界の各国が科学予算を大幅に増やしている状況の中で、具体的な対応に当たっています。日本では、どんなことを求められると思いますか?

山中さん:科学予算が増えるのは、非常に研究者にとってはありがたいんですけれども、やはり研究者がそれにどう応えるかです。今の話でも何度も出てきましたが、やはり研究者にとってはデータがすべてです。このデータを、いかに早くほかの研究者の検証を受けた論文として公表できるか、これにかかっていると思うんですね。今回のmRNAワクチン、2つの会社が成功しましたが、去年の1月に開発を始めて、夏ごろには最初の臨床試験の有望な結果を論文として公表しました。このスピード感がその後、さらに加速につながりましたので、ぜひ日本でも同じようにスピード感を持って、臨床研究の結果を論文として公表する。こういう流れがどんどん出てきたらいいなと思っています。

井上:また未知のウイルスが襲ってくる時代、きっとこれが最後ではないと思うんですけれども、私たちはどんなことを今大事にしていくべきなのか、何が問われていると思いますか?

山中さん:パンデミックは繰り返すと思いますから、今回の経験から何を変えるべきか、何を備えるべきかということを検証することが非常に大切だと思います。それから感染症以外にもいろんな脅威、地球温暖化であったり人口の爆発的増加であったり、いろんな脅威を科学者は言ってきましたが、パンデミックというのはちょっと忘れられていたと思うんです。それを思うと、ほかに何か忘れている人類への脅威が本当にないかということを、もう一度、世界中の科学者及びいろんな政治家が議論して、もし忘れていることがあるのであれば、それに対する対応も、今からしっかり備えるということが非常に重要じゃないかと考えています。今回のパンデミックを、七転び八起きで生かすということが大切だと思います。