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2021年4月28日(水)
コロナ重症者病棟 家族たちの葛藤

コロナ重症者病棟
家族たちの葛藤

感染力が強い変異したウイルスによって、感染者も重症者も増加している。そうした中、患者本人だけでなく、その生死を見守る家族たちも厳しい日々を送っている。病院で面会できず、ひたすら自宅で電話を待つ日々。状況が刻々と変わるなかで、薬は?治療方針は?人工呼吸器をつけるか?家族は重い現実に向き合わなければならない。さらに、最期の時間をともに過ごすこともできないのだ。私たちが備えておかなければならないことは何か、考える。

※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから

出演者

  • 讃井將満さん (自治医科大学附属さいたま医療センター 副センター長)
  • 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)

重症者急増 危機の中あなたは? 家族が直面する葛藤 1年の記録

家族
「おばあちゃん頑張ってね。すごい元気になっているから」

新型コロナウイルスで重症化した祖母に、毎日声をかけ続けている男性。

家族
「また元気になって旅行いこうね」

ひとつきにわたり、ずっとこん睡状態だった80代の祖母がこの日、初めて反応しました。

家族
「最近ですよね、反応してくれるのは。もどかしいですけど、一緒に直接は会いたいですけどね」

しかし、この5日後、女性は息を引き取りました。命の瀬戸際にある、重症患者が運ばれる集中治療室。私たちは、その最前線を1年にわたって記録してきました。カメラが捉えていたのは、患者や医療者だけでなく、厳しい現実に翻弄され葛藤を重ねる家族の姿。

家族
「家族がそういう状況になって、生きるか死ぬかをやると、ほんとに怖いんだな」

感染リスクがあり、長期間、直接会うことができない中で迎える家族の死。多くの家族が心の準備もできないまま、最期のときを迎えていました。

家族
「普通に退院して帰って来るんだろうというのは、ありました。まさかという感じです」

1年にわたる、重症者病棟の記録。取材に応えてくれた家族のほとんどが、まさか自分の身に起こるとは思わなかったと語っていました。

変異ウイルスが広がり、重症者が急増しています。自分は関係ないと思っていてはだめです。今こそ知ってもらいたい、当事者たちが抱える重い葛藤です。

コロナ重症者病棟 家族の葛藤 次々と直面する厳しい現実 そのとき…

主に重症患者を受け入れている、聖マリアンナ医科大学病院。先月下旬、変異ウイルスに感染した重症患者が搬送されてきました。

患者は40代の男性。変異ウイルスは重症化するスピードが早いとも言われ、現場に緊張が走りました。

聖マリアンナ医科大学病院 救命救急センター長 藤谷茂樹医師
「国内では未知な部分があるので、これから本当に危機感を抱いて、治療をしていかないといけない」

重症患者の治療にあたる集中治療室では、17床のうち9床を使用。この1週間で倍増しています。

今月上旬に入院した70代の男性。前日まで、みずから呼吸ができない状態が続いていました。この日、入院後初めて、ビデオ通話で2人の子どもと話すことができました。

「きょう(人工呼吸器が)外れたってね。さっき聞いたよ。ようやく外れて声出せてよかったね」

70代・男性
「良好にむかっているよ」

「よかった、よかった」

入院後、家族と直接会えずに話もできなかったという男性。

「入学時期の写真」

70代・男性
「入学できてよかった」

孫が大学に入学したことを、このとき初めて知りました。

70代・男性
「じゃあ元気で」

「お父さんだよ。頑張ってね」

「逆だよ」

東京大学などの調査によると、重症化したときのことを、ほとんどの人が想定できていないことが見えてきました。重症化した場合、どのような治療を受けたいかなど家族と話し合ったことがないと答えた人は、およそ9割に上っています。

重症化したとき、家族は何に直面するのか。重症者が再び急増する中、自分たちの経験が少しでも参考になればと、ある家族が取材に応えてくれました。

73歳の原口さん(仮名)です。去年4月、突然発熱して搬送。人工呼吸器をつけなければ命をつなげない、極めて危険な状況でした。

妻の加奈子さん(仮名)は、入院後すぐに病院からの電話で、事態の深刻さを知らされました。

妻・加奈子さん(仮名)
「先生も『もういいんですか?最後の会話ですよ』と言われたのをよく覚えているんです。最後の会話って…」

そのとき迫られたのが、人工呼吸器をつけるかどうかの判断でした。医師からは人工呼吸器をつけなければ、死のリスクが高い。一方で、人工呼吸器をつけて助かったとしても、最悪の場合、植物状態になることもあると告げられました。

妻・加奈子さん
「もう人生終わりにするか、あるいは寝たきりで植物状態になるかもしれないけれど、どうしますかという選択をその場でしないといけなくて、電話で」

命だけは救いたいと、人工呼吸器をつけると判断した加奈子さん。夫は何とか、一命を取り留めます。しかし、入院から1か月後、医師から重い現実を告げられます。

妻・加奈子さん
「命は取り留めたんですよね?」

医師
「はい、今の段階ではね。ただ、ひとつ大病を越えたあとだと、体が弱っていることにはかわりないので」

妻・加奈子さん
「この状況を脱したときに、普通の生活は難しいですか?」

医師
「例えば、自立して全部自分でやるという生活は難しいと思います」

自分の判断は、本当に夫のためになったのか。当時、加奈子さんは精神的に追い込まれていました。

妻・加奈子さん
「長いトンネルで出口が見えなくて、なんとも言えないんですけど。不安の先にまた不安が、困ったことに…」

入院して3か月。原口さんの病状は改善し、歩けるまでになりました。しかし、今もけん怠感や、足のしびれは残っています。加奈子さんは自分の判断が適切だったのか、今でも考え込むことがあるといいます。

妻・加奈子さん
「本当に生か死かというのを選択してくださいと、どっちにしますかみたいな形は、本当にどうしていいか分からない。何が起きるか分からないんだなというのは、しみじみ思いました」

家族が突然重症化したとき、何が支えになるのかを知ったという人もいます。
50代の石井さん(仮名)と、妻の舞さん(仮名)です。

発症する前、会社員として忙しく働いていた石井さん。去年4月、急激に悪化し救急搬送されました。

妻・舞さん(仮名)
「こんな状況におかれるなんて想像できないでしょう、この若さで。病院にいることは事実なのに、私の中ではあまり触れたくない事実というか、現実だから」

直接面会もできず不安が募る中、支えになったのは2人の娘でした。

妻・舞さん
「(病院から電話が)鳴るたびに3人でばっと(集まって)、『電話が鳴っている』って。私は怖くて『電話うけとりたくないな』って、『どうしよう』って。そしたら長女が『私が電話を受けていいよ』って、言ってくれて。本当にありがたかった」

そうした中、舞さんの気持ちを変えたものがあります。病院から、枕元に家族の写真と手紙を置けると提案されたのです。

「みんなで乗り越えようね。毎日、家から3人からエールを送ってるよ」

家族で書いたメッセージです。

当時、電話で舞さんたちの相談に乗っていた看護師。家族の支えは、治療に欠かせないと考えていました。

看護師 中村晴美さん
「お預かりしたお守りとか写真とか、手紙もベッドサイドに貼らせていただいています。そういうご家族の気持ちも伝わると思いますので、ご安心してください」

妻・舞さん
「数ある家族写真の中から、どれを持っていこうかって。3人で頭をつきあわせて、どの写真を持っていけば、パパが元気になるかなって。何ができるかわからないけれど、私たちがいるってことを見せたかったというか、ひとりじゃないよって」

一時は、生死をさまよった石井さん。5か月に及ぶ治療を経て、退院しました。

石井さん(50代・仮名)
「それ(写真)がベッドの足元のところに点滴棒に置いてあって、自分の励みになりました。まだまだ死ぬわけにはいかないという」

コロナ重症者病棟 家族の葛藤 みとりをめぐり揺れる思い そして…

1年に及ぶ記録の中には、患者の死に直面する家族の姿もありました。

「生きてくれて、ありがとうね。ありがとう。いいよもう頑張らなくて、頑張らなくていい」

息を引き取った家族に、ビデオ通話から最期のことばをかけていました。

この1年、コロナに感染し、この病院で亡くなった患者は35人。遺体はビニールにくるまれ、多くの家族は直接みとることができません。

看護副師長
「まるで"物"かのような包み方で、最期をお送りしなきゃいけない。人間の命の尊さが、どこにいっちゃっているんだろう」

家族の最期に立ち会えなかったことで、1年たっても死を受け入れられないと語る男性がいます。亡くなったのは、男性の兄・高木椋太さん(58)。世界で活躍する、シャンソン歌手でした。

去年4月、意識不明の状態で搬送された高木さん。入院してから、一度も意識を取り戻すことはありませんでした。

高木さんの弟
「まだまだ希望はあるんじゃないかなという気持ちは、ずっと持ってはいたんですけども」

闘病から25日。高木さんは息を引き取りました。感染を防ぐため、家族は病室に入れませんでした。

高木さんの弟
「最期に体に触ったりという中で、死を受け入れていく部分があると思うんです。そういう最期、本当になかったものですから」

家族は1年たっても、兄の部屋を整理できずにいます。いまだに現実を受け入れられないといいます。

高木さんの弟
「やはり死の実感がない部分がありますので、いつ帰ってきてもおかしくない気持ちはどこかにあるんですよね」

葛藤しながらも、家族の死を受け入れることができたという人もいます。先月、70代の父親を亡くした田中陽子さん(仮名)です。

田中陽子さん(仮名)
「父はボランティアがすごく好きな感じだったので、震災のときも車で。自慢の父ではあります、私の中では」

離れて暮らす2人の娘や、孫たちと会うことをいつも心待ちにしていた父親。年末にも集まったばかりでした。しかし、年が明けた1月。突然食欲がなくなり、検査したところ感染が分かりました。

田中陽子さん
「たばこも吸わないし、お酒も飲まないし、本当に今までこれといって病気したこともなかったので、絶対に大丈夫とは思ってましたけど」

しかし、入院から19日。父親の症状が悪化。自力で呼吸ができなくなり、人工呼吸器を装着することになりました。

医師
「家族との面会を、そろそろさせてあげないといけないかな」

陽子さんは、このとき初めて父親の死がよぎったといいます。

田中陽子さん
「本当に病院で息を引き取ったら、もうそこで最期。次に帰ってくるときは、遺骨になって帰ってくるって。しばらくは絶望的という感じでした」

自分たちに何かできないかと、陽子さんたちは毎日のようにビデオ通話で声をかけ続けました。

「もしもし、パパ。聞こえてないの?おーい、頑張って」

医師
「ご家族ですよ」

「頑張ってね」

このころ病院では、半年以上かけて、家族が直接みとれる仕組みを整えつつありました。最期を共に過ごせないことで、苦しむ家族を目の当たりにしてきたからです。

入院からひとつき。陽子さんは最期を直接みとりたいか、病院から聞かれますが、悩んだ末、断りました。

田中陽子さん
「"会いたい"っていう気持ちはあったんですけれど、いろいろなチューブをつけてたり、点滴を打ってたりという姿を見たことがないので、会いたい気持ちよりも、怖い気持ちのほうが強かったんだと思います」

せめて、できることはないか。陽子さんは、父親の愛用の青いシャツと、家族の写真を病室に届けました。

入院から36日。父親は息を引き取りました。知らせを受けた陽子さん。母親や姉の一家と共に、病院に来ていました。

田中陽子さん
「いま会っておかないと、本当に父には会えないよと。やっぱり母と姉も、最期もう一度会いたいと(病院に)言ったら、承諾してくださったので」

医師
「お会いしたときは、お声かけしてもらっても大丈夫ですし、手を握ってもらっても大丈夫です」

防護服を身に着け、初めて入る父親の病室。

「あら、きれい」

医師
「手を握っていただいて、大丈夫です」

「あらあら、むくんじゃったわね」

「よく頑張って。ここの病院にお世話になったもんね」

「よかったわね、長い間」

「お疲れさん、お姉ちゃんは私に任せて」

入室を許されたのは、僅か10分。

「ありがとうございました」

看護師
「お持ちいただいた、お洋服です」

「お気に入りの」

身に着けているのは、陽子さんたちが選んだ青いシャツでした。

田中陽子さん
「すごくきれいにしていただいて、今までどおりの私の知っている父だったのと、父も苦しみからも解放されたし、これで全部終わったんだというのはありました」

「じゃあ、いきますからね。もう目を開けても遅いですよ」

「ありがとう」

「みんなの声も届いているもんな」

「今度はみんなのことを、ちゃんとお空で見てもらわないと」

「じゃあまた、あちらで会いましょう」

「じゃあね」

田中陽子さん
「父に触れなかったと思うと、実際に父が他界したという思いもわかなかったでしょうし、コロナに、り患して亡くなったという父を受け入れながらも進んでいかなきゃいけないので、勇気を持ててよかったと思います」

医師
「今回は本当に力およばずで。最期、本当に安らかな顔を」

第4波のいま、重症者がさらに増えれば、こうした家族の時間は作れなくなると病院は危惧しています。

聖マリアンナ医科大学病院 救命救急センター長 藤谷茂樹医師
「第3波を超える人が入院してきた場合は、マンパワーが足りなくなってきて、心のケアまで手が回らない可能性が出てきます。ぜひともそうならないように、ここで第4波を食い止めてもらいたい」

重症者急増 医療の最前線で 危機の中あなたは?

保里:重症化した患者本人だけでなく、その家族も直接会えない、治療の決断を迫られる。たくさんの葛藤を抱えながら、いまも大変な時間を過ごしています。

井上:新型コロナの重症患者の治療に当たっている、讃井將満さんです。現場の状況を直接皆さんに訴えたいと、スタジオに来ていただきました。大変な中、ありがとうございます。

保里:よろしくお願いいたします。

井上:讃井さん、重症者病棟、家族と接する中でどんなことを一番いま感じていらっしゃいますか。

讃井將満さん (自治医科大学附属さいたま医療センター 副センター長)

讃井さん:この病気、ご家庭にいらっしゃる間に感染をした、急に悪くなって入院が必要になる、結果、人工呼吸が必要になるということがしばしば起こります。そうしますと、家族としては不意を突かれるような状況になると思います。
さらに入院した後、会う時間や接する時間が非常に限られているので心の準備ができない。さあ、どうしようといったとき、ご家族がみずから感染させてしまうような場合もありますし、患者さんが飲食、それから旅行などに行くのを止められなかったとか、そういう状況もあるかと思います。そうすると非常に後悔とか、自責の念が強くなるのではないかと思います。

井上:そしていま、変異ウイルス重症化が早いとも言われていますが、家族にどういう影響があるのでしょうか。

讃井さん:やはり比較的若い層の方が急激に悪くなって、入院が必要になる方が増えています。ご自身のパートナーであったりとか、あるいはお子さんかもしれないと。そういう場合には、やはり高齢者が悪くなる場合に比べると、家族としての心理的な負担というのは大きくなるのではないでしょうか。

保里:感染が確認されて亡くなった人、1万人を超えました。急激に症状が悪化して亡くなる人がいる中で、心の負担が大きくなる、家族に対するサポートも必要だということですね。

讃井さん:そうですね。患者さんだけでなく、ご家族の心のケアも必要です。非常に不安定な心の状態に置かれてしまいますよね、ご家族が。ですから、ご家族自身への心のサポートというのも、われわれの1つのタスクだと思います。

井上:重症者ですが、全国で増加していて、いま900人を超えています。僅か1か月で、3倍に増えています。前の波よりも、早いペースでグラフも上がっています。

こうした中で、讃井先生に家族で話しておいてほしいことをまとめてもらいました。まずは治療に必要な情報として、既往歴や飲んでいる薬、かかりつけ医について。そしてふだんの運動、食べ物の好みや、飲酒やたばこなどのライフスタイル。こういったことを話しておくということが、大事ですね。

讃井さん:そうですね。適切な診療看護を行うために、極めて重要な情報です。通常は、もし患者さんがお話しできる状態であれば、われわれからお聞きすることができますが、今回はそれがかないません。この状態になったときに、ご家族は患者さん自身の代弁者であるべきだと思います。ですから、あらかじめふだんの会話の中で、いろいろ聞き取り調査をしていただいて、例えば簡単なメモに残すとか、そういうことを心がけていただけたらなと思います。

井上:万が一のことを想定しておく、ということですね。

保里:お薬手帳があれば、そういうものも役に立つかもしれないですね。

讃井さん:おっしゃるとおりですね。

保里:そして万が一のことを考えて、命に関わることも話すことが重要だということです。心肺蘇生するかどうか、人工呼吸器やECMO(エクモ)をつけるかなど、どこまで治療するのかということについて、特に高齢の家族がいる人には話しておいてほしいということです。

讃井さん:自分自身の命ですから、自分の「意思」ですね。もし生死をさまよう状態になったときに、どうしたいかという「意思」はすごく大事。一番大事なことだと思います。実際、人工呼吸というのはなかなか想像できにくいかもしれませんが、非常に危ない状態になったときに、機械をつけて、それでも頑張るかどうか。このことはぜひ、ご家族の中で共有していただきたいなと思います。

井上:29日から大型連休という方もいらっしゃると思いますが、こういう中でどんなことをいま訴えたいですか。

讃井さん:やはりこのウイルス、非常にわれわれの想像を超えたスピード、感染力でやってきて、知らない間に想像力の及ばないところでわれわれがやられてしまうと。そういうことが現実に起こっています。ワクチンが十分広まるまで、ぜひ皆さん、改めてお気をつけて暮らしていただければと切に思います。

井上:また、家族からどんなことばを言われるのでしょうか。

讃井さん:やはりご家族は非常に心を病んで、受け入れられなくて、長くずっと思い悩む方というのは絶対いらっしゃいます。そうならないためにも事前にぜひ、情報共有をしていただきたいと思います。